第99話

「あなたたちの正体が、……人形……っ?」


 ヌイの口から語られた真実に衝撃を受けて、私は唖然と2人の姿を見つめ返す。

 ヴェイルとヌイ――彼らは銃火器を全身に搭載した、戦闘用アンドロイドだ。だからこそその感情や思考は人為的なプログラムによる疑似的な代物だと考えていたので、私は彼らを敵とみなして割り切る意味も込め、「機械人形」と揶揄したこともあった。

だけど、今の話が事実だとすれば……その「魂」は人との触れ合い、そして経験によって創り出されたものということになる。それはまさに、「ヒト」としての成り立ちにも近しい存在だった。


「では……あなたたちはどうやって、今の姿になったんですか?」

「メアリの仕業だよ。彼女は大魔王を復活させるため、世界各地に点在するアスタリウムの結晶……メダルを探して回っていた。そして、波動エネルギーの反応のひとつを追って北欧のとある廃村にたどり着き、小屋の焼け跡の下から僕たちを見つけたってわけさ」

「ただ、あいにくマトリョーシカの中にあったメダルは本体と融合してて、取り出すことができなくなってたね。だからメアリは、自分の役には立たないと考えていったんは私たちを捨てようとしたのこと。だけど――」

 

 廃棄する直前、メアリは人形から「声」を聞いたのだ。それはストロガノフ・ロマイアの最期の願いを聞いたことでヴェイルとヌイが抱いた、強く切ない「心」の叫びだった――。


『……人間ニ、ナリタイ』

『オバアサンノ願イヲ、叶エタイ……』


 そんな「意思」を、ただの無機物であるはずの人形から感じたメアリは興味を抱いた。そこで、当時開発中だったアンドロイドの中枢回路に制御CPUの代わりとして「彼ら」を核(コア)として搭載し、試行錯誤の果てに自律型の戦闘兵器として完成させたのだという――。


「……どうしてメアリは、そんなことを?」

「さぁね……単なる気まぐれだったのか、それとも彼女の好奇心をくすぐったのか。真相をメアリから聞いたことが無いから、今となってはもうわからない。……だけど、この身体を得たおかげで僕たちはこうして立って歩き、誰かに意思を伝えられるようになった」

「それに……この身体がなければ、めぐるたちと会うこともできなかったね。それだけは、礼を言うべきなのかもしれないのこと」

「…………」


 複雑な笑みを浮かべるヴェイルとヌイの表情を見つめながら、私は2人をつくり出したというメアリの意図について思いを馳せる。

実に、不思議な話だった。ただ大魔王ゼルシファーとの再会を願い、そのためにあらゆる悪事と邪道に手を染めてきたという彼女がなぜ、彼らの望みを叶えようというある意味で「優しさ」のような感情を抱いたのだろうか。


「(ヌイの言ったとおり、それは単なる気まぐれだったのかもしれない。だけど……)」


 独善的な言動と策略で、めぐるさんたちを苦しめてきたというメアリ。その印象から逸脱しているとしか思えないその経緯に、私は違和感を拭い去ることができなかった。


「ともあれ僕たちは、こうして念願の身体を手に入れることができた。その見返りと同時におばあさんの願いを実現させるため、メアリの誘いに乗ってメダル集めの結社に参加することにしたんだ」

「メダルがあれば、本物の人間になることができる。それにストロガノフおばあさんとも、もう一度会えるかもしれない――メアリはそう言ってたのこと。だから私たちはメダルを集めるため、めぐるたちの敵として戦ってきたね」

「あなたたちは信じたのですか? そんな戯言めいたことを……」

「もちろん。……でも、今になって思うと信じようとしていただけで、実際のところは疑っていたような気がするよ。しばらくしてから、僕たちの存在はほとんど奇跡的な偶然によって生み出されたものだ、って結論が出てしまったからね」


 ……ヌイの話によると、その後メアリは自分の手駒を増やすべく彼らを創り出した成功をもとにして「魂」を持ったアンドロイド、あるいは人造人間(ホムンクルス)を量産しようと何度も研究を行ってきたのだという。

しかし、ヴェイルたちのデータをもとに貴重なアスタリウムをどれだけ費やしても、生成されるものは命令をただ聞くだけの「人形」ばかりであったため……採算が合わないと匙を投げた彼女は開発を断念し、大魔王復活に専念することになったとのことだった。


「じゃあ、どうして……? 人間にはなれない、願いが叶わないとわかっていたのに、その後もメアリの野望に手を貸し続けたのですか?」

「僕たちにとっては人間になることと同時に、他に大きな目的があったからだよ。……いや、できたと言ったほうが正しいかな。だから僕たちは、あえて人間の敵になる道を選んだんだ。そして、こうして君たちと戦っている――」

「大きな、目的……っ?」


 いったいそれは何か、と疑問を投げかけようとした私は、彼らの経緯を思い出してはっ、と息をのむ。

 身内同然に慕うストロガノフ・ロマイアを、村に住む人々は死に追いやった。その記憶がいまだに残っているということは、つまり……!


「まさか……あなたたちを虐げてきた、人間への復讐ですか!?」

「……いいや、違うよ。全く考えなかったのかと言われたらウソになるけど、おばあさんもそんなことは望んじゃいないし、恨みや憎しみをぶつけるべき相手はとっくの昔にいなくなってる。だから――」


 そこでヌイは話を切り、隣のヴェイルと無言で目配せをかわす。そしてこちらに向けて顔を戻し、再び口を開いた。


「僕たちの、もうひとつの目的……それは、人間を理解することだ」

「……人間を、理解する……?」


 その言葉の意味がすぐには理解できず、私は眉をひそめて反芻する。するとヌイは、その反応が予想していた通りだったのか……ふっ、と軽く息を吐いて口元を緩めてから、言葉を繋いでいった。


「僕たちは、人間のことが……よくわからない。言葉を話し、色んなことを考えて、社会を構成し……文明を築く。地球上の他の生き物と比べても、抜きんでて聡明――それなのに、明らかに非論理的な行動で誰かを傷つけて、そして自分自身をも滅ぼそうとする愚かさを持つ。すごく矛盾で、理解しがたい存在だ」

「ルーシャのように、心優しくて尊敬できる……そんな人もいるね。だけど、おばあさんに酷いことをした村人たちも、同じ人間。どうしてそんな違いが、生まれるのこと?」

「人間は、優しい? それとも残酷? その心はあたたかいはずなのに、急に冷たくもなる。……どちらが正しいのか、全然わからない。どんなに考えても、結論が出てこないんだ」

「…………」


 ヴェイルとヌイの困惑が混じった人間に対する評価に、私は内心で確かにその通りだ、と同感する。それは私自身も同じ経験を重ね、数え切れないほどの悲しさと苦しみを味わってきた悩みでもあり……今もなお、その答えが見いだせないものだったからだ。

 大切な人に裏切られたこと。だけどその一方で、友達と呼べる人と心を通わせたこと。

 悲しくて、切ない思い……それと同じくらいに幸せで、嬉しい思い。

消し去りたい過去と、いつまでも大切に残しておきたい思い出――。

私の胸の中には、常に光と闇の記憶と思いが混在している。いっそどちらかに振り切ってしまうことができれば、どんなに心が楽だったかわからない……そう考えると、ヌイたちの懊悩が理解できるようにも感じられた。


「もしかしたら、人間になりたいって思うようになったのは……それが最初の理由だったのかもしれない。人間を理解するためには、それ自体になってみるのが最善の方法だからね。でも……」

「……でも?」

「組織に属して、人間の黒と白の感情に触れるうちに……いっそう、わからなくなったね。人間になるって……どういうこと? 人間の意義と本質って……なに?」

「それは……、……」


 説明をしようといったんは口を開きかけたものの、……その難しさと曖昧さに気づいた私は、頭に浮かんだ建前的な文言を飲み込む。

 おそらくヴェイルとヌイは、こちらが考える以上に「人間」を理解しようと様々な情報をもとに結論を出そうとしたのだろう。……にもかかわらず至ることができなかった答えを、私ごときが当意即妙で導き出せるとは到底思えなかった。


「めぐるとすみれは、大切な友達。……けど、あの2人も「人間」。ということは、その心には優しさの他に、残酷さもある……?」

「その可能性……もちろん、信じちゃいない。……でも、もし矛盾が人間の真理だとしたらその思考と感情を理解するためには、どうロジックを組み立てればいいんだ? そもそも僕たちは、何を正しいと考えなきゃいけない? それが、わからない……わから、ナイ……っ……!」

「……ヴェイルさん、ヌイさんっ?」


 頭を抱えながら呂律を乱し、2人は苦悶した表情でその場に膝をつく。突然の事態に私はとっさに彼らのもとへ駆け寄ろうとしたが、それを遮るように「……来るなっ!」とヌイが一喝する声が響きわたった。


「……情けないよね。人間の矛盾を理解しようとすると……こうなっちゃうんだ。やっぱり僕たちは機械、それもポンコツの類ってやつなんだろうね……」

「……っ……」

「だから……決めたね。私たちは、あなたたち人間と戦う。それがきっと、今の私たちにできる、ベターな解決策っ……!」

「えっ……!?」


 うつむいていた顔を上げたヴェイルの瞳にぎらり、と凶気の彩りが宿るのを見てとった私は、すぐさま体勢を整えて身構える。

 ひょっとして、少し前に謎の妖術で捕縛された時のように何者かが2人の身体に憑依したのか、とも感じて胸のうちに緊張が駆け巡り、頬を流れ落ちる汗が冷たい。……だけど、虚ろに濁ったあの時とは異なって彼らの目には意志の強い光があり、得体のしれない戦慄ではなく強敵に相対するような「気」の圧迫が伝わってきた。


「……安心して。ここに来る前の時のように、「あいつ」には手出しさせないから」

「「あいつ」……?」

「ブラックカーテンのことね。あの時は想定外だったから身体を乗っ取られたけど、私たちの身体と心は、私たちのもの……今だけは、邪魔させない……!」


 そう言ってヴェイルとヌイは立ち上がり、演算の信号音を響かせながら全身からあふれんばかりの波動を漂わせていく。その気配は、この浮遊城で二度戦った時よりも強大で……明らかに「機械人形」とは異なる感情や、意思の流れが含まれていた。


「ま……待ってください! どうしてあなたたちが、ここで私たちと戦わなければいけないんですか!?」

「……僕たちの思考回路では、人間の矛盾を許容することができない。だからせめて、人間の正しさをここで教えてもらいたいんだ。もし、僕たちが間違っていて、君たちが正しいのだとすれば……勝つのは、君たちのはず。そうだろう?」

「なっ……?」


 あまりにも極論的な……それも破滅的な考え方に、私は驚きよりも呆れの思いを抱いてしまう。

 人間を理解するために……そして自分たちの誤りを正すために、あえて戦いの道を選ぶ。……どうしてそうなる? それは思考を捨てて自ら命を捨てるような、まさに自暴自棄な考えにしか思えなかった。


「話を聞いてください! たとえ戦ったところで、あなたたちが求めるような答えは何も――、っ?」


 再考を促そうと呼びかけた私の声は、全てが言葉になる前に機関砲の連射音で遮られる。反射的に跳びすさった直後、さっきまで立っていた場所が銃弾の雨によって削り取られていくのが目に映った。


「くっ……!」


 威嚇射撃ではない。ほんのわずかでも判断が遅れていたら、致命傷ではないにしてもかなりのダメージを負わされていたことだろう。


「姉さん……!」


 そこへ、安否を気遣ったなっちゃんが油断なくヴェイルとヌイの様子をうかがいながら素早く私のもとへとやってくる。その表情を見て意図を察した私は、苦い思いで息をついて頷いた。


「……不本意ですが、戦うしかないようですね」

「了解。一気に――、っ?」


 そう言って身構えた次の瞬間、耳障りな警告音とともに私たちのスーツから発していた光が急速に弱まる。変身形態こそ保っていたものの、なっちゃんの双刃の剣は通常の大剣へと戻り、私の手からは電撃がみるみるうちに失われていった。


「っ、しまった……時間切れ!?」


 うっかり通常モードに戻しておかなかったことを後悔するが、もう今となっては是非もない。仕方なく私たちはいったん反撃ではなく防御主体に切り替え、彼女たちとの間合いをはかるべくバックステップで距離をとった。

 ……が、その動きを読んでいたのかヴェイルは両手の機関銃を収めると、私たちに視線を向けて目をぎらり、と輝かせる。その紅に染まった彩りにぞっとした殺気を感じ取った私は体勢が崩れることも覚悟の上で横に素早く身を投げ出し、直後に襲いかかってきた熱線が肌をかすめる寸前のところで回避した。

 まさに、間一髪。アクセラモードが解除されたことによる緊急対応だったとはいえ、もし普段通り反撃を試みていたらとてもかわすことはできなかっただろう。


「……やるね。だったら、これで――!!」


 その声とともにヌイは両手に光の剣を出現させ、私と同様に熱線をかわしたものの一瞬動きが遅れたなっちゃん目がけて襲いかかる。それを見た私は彼女の援護に回ろうと足を踏み出しかけるが、そのすぐ先の床に降り注がれる無数の銃弾に遮られ、きっ、とその主であるヴェイルに視線を差し向けた。


「あなたの相手は、私。ヌイの邪魔は、させないのこと――!」

「……っ……!」


 機関銃とミサイル、そして熱線を駆使してヴェイルは私の動きを封じてくる。

 だけど、わかる。この攻撃は、私を倒すためではなく足止めが目的。つまり真の狙いは、なっちゃんを仕留めること……!


「はぁぁぁあっっ!!」

「っ、たぁぁぁあっっ!!」


 左、右と微妙に軌道を変えて放ってくるヌイの斬撃を、なっちゃんは大剣をひらめかせながらぎりぎりのところで受け止める。

 その剣戟は、以前に戦った時よりも鋭さが増し――何よりもそのパターンは、彼女のわずかなスキを逃さず突いていた。


「(これが……あの2人の、本気……!?)」


 操られている時と比べても動きが速く、一切のスキがない。もはやそれは「人形」などではなくて……間違いなく「強敵」と呼ぶにふさわしいものだった。


「っ、やぁぁぁあっっ!!」


 気合の掛け声とともに、なっちゃんは執拗に攻撃を繰り出すヌイの猛攻をその身体ごと大剣で強引に押し戻し、その反動で後ろに跳んで大きく間合いを取る。

 彼女の呼吸に乱れはなく、眼光もいまだに強い。……ただ、その腕や脚には無数の切り傷があり、血がにじんで流れ出していた。


「(通常のままだと、こちらが不利……こうなったらもう一度、アクセラモードで対抗するしか……!)」


 私はそう内心で呟きながら、自分の腕にはめたブレスレット型のブースターを見つめる。

 アクセラモードを起動すれば、おそらく速度と力で互角以上の戦いが可能になるだろう。……だけど、先ほど機能が停止してから数分ほどしか経っていない。間隔の長さを云々する以前の問題で、連続使用といってもいいくらいだ。

前回、ヴェイルたちと戦った時でさえ再起動までの時間が短かったせいか、異常な負荷を感じたのだ。それ以上に無茶な使用がいったいどんな副作用をもたらすのか予想もできず、私は躊躇いを覚えずにはいられなかった。


『再起動の際には、数時間のインターバルを置きなさい。いい? これだけは必ず守って』


 ジュデッカさまの優しい、だけど厳しい口調で戒める言葉が脳裏に蘇ってくる。あの聡明なひとがそこまで注意を促すことの意味が理解できないほど、私は愚かではないつもりだ。だけど――。


「(……さっきは、無事に変身することができた。今回もきっと、大丈夫のはず――!)」


 そう自分に言い聞かせて私は、なっちゃんに視線を向ける。すると彼女も同じことを考えていたのか、無言で自分の大剣の柄を指さした。


「っ……わかりました! 行きますよ、なっちゃん!」

「了解……!」


「「アクセラモード、起動ッッ!!」」


 ……途端にこみあげてくる、気持ちの悪い感覚。ビリーとアンドロイドの大群と戦う前に味わった高揚感とは真逆の、乗り物酔いにも近い気分だ。

 そして虹のような光沢と、鮮やかだけど気味の悪い色彩の蠢きの中に浮かんできたのは、……会ったこともないはずの、どこか懐かしさを覚える男の人の顔だった。


「っ……だ、れ……? ぐ、ぅうっっ……!!」


 その顔は濁流、あるいは暴風の中に翻弄される中でかき消され、肉体よりも精神が引きちぎられるような感じに吐き気を覚える。それでも私は四肢に力を込め、あらんかぎりの気力を振り絞って目を開けた。

 ……体内から沸き起こるエネルギーに反比例して、意識を覆ってくる闇の気配。気を抜くとその中に沈み込みそうになってしまいそうになるものの、それでも圧倒的な力の気配が全身を包み込んでくれている。

どうなることかと危惧したものの、なんとか変身に成功したようだ。ただ、隣で顔をしかめるなっちゃんの顔を確かめるまでもなく、状態は全く安定していない。


「(一気に決めないと……長くは、持たない!)」


 ジュデッカさまの警告を無視してしまったことを内心で謝罪しながら、私は歯がみして意識を奮い立たせる。そして身構えると気を集中させ、体内から放出される電撃を両掌の中へとつぎ込んだ。


「『ファントム・インパルス』っ!!」


 私は腕を右、左と続けざまに振るい、電撃をヴェイルとヌイそれぞれに向けて投げ放つ。もちろん、それは命中を狙ってのものではなく、ただの牽制だ。だけど――。


「っ、てやぁぁぁあっっ!!」


 気を込めた声とともになっちゃんは地面を蹴ると、電撃をかわして宙へと跳び上がったヌイをとらえて斬りかかる。

 巧みに死角を狙ったその攻撃に、彼の反応が一瞬遅れた――と思った、次の瞬間だった。


「――はぁあぁぁっっ!!」


 ヌイの靴の裏で火花のようなものが弾け、彼の身体はくるりと宙で円を描くように回転する。そしてその勢いのまま、腕――ではなく足元に光の剣を出現させ、蹴るような動きでなっちゃんの大剣を弾き飛ばした。


「無駄だよ。君たちのアクセラモードも、すでに分析済みだっ……!!」


 そう言ってヴェイルは、着地と同時になっちゃんへと襲いかかっていく。彼女はその攻撃をひらり、とかわして間合いを大きく取ると、持っていた大剣を再び双刃の剣へと変えていった。


「『ライトニング・スラッシュ』ッッ!!」

「っ……そこだ!!」


 なっちゃんの放った斬撃をヌイは一方の剣で受け止め、同時にもう一方の光閃剣で至近から刺突を繰り出す。その動きの素早さに私は思わず戦慄して悲鳴を上げそうになったが、なっちゃんは後方に上体をそらしながら紙一重のタイミングで回避した。

 ……まさに動物的な勘としか表現が見当たらないほどの、見事な動き。ただ、やはり無理な反応であったことは否めず、彼女はその場に倒れ込んで無防備をさらしてしまっていた。


「――なっちゃんっ!!」


 ようやく喉から出てきた叫びを迸らせた私は、無数に繰り出されていくヴェイルの熱線を防ぎ、かわしながら駆け出す。

……いくつかの攻撃が肩口や頬をかすめて灼けるような激痛を感じたが、それでも私は今にもなっちゃん目がけて必殺の一撃を放とうとするヌイの前に立ちふさがり、ほとんど無意識に組んだ両手を前に突き出した。


「……やらせない! 『ライトニング・エクスキューション』――」


 瞬時に両手を中心にして、闇に包まれたブラックホール状の雷球が出現する。

この距離で放つ以上、相手にだけでなくこちらへのダメージも覚悟の上。だけど、背後のなっちゃんを巻き込まないようにするためには――!


「『クライン・ディメンション』ッッ!!」


 通常は内側に流れ込む雷球の重力場を、私はとっさの判断で外向きへと変化させる。それは、爆弾を炸裂させるのにも似たエネルギー波を呼び起こし、事前の対策で引きずり込まれまいと身をすくめて動きを止めていたヌイの身体をとらえ吹き飛ばした。


「ぐっ……ぅわぁぁあぁっっ!?」


 膨大な量のエネルギー嵐をまともに食らい、ヌイは受け止めようと背後で両腕を広げたヴェイルを巻き込み、数多くの機器を破壊しながら研究ルームの端の壁へと叩きつけられる。続けざまに大爆音が響き渡り、閃光が視界を埋め尽くした中で、私は……。


「……っ……!」


 猛烈に襲いかかる眠気にも似た倦怠感、そして力だけでなく魂をも吸い取られるような内からの干渉に耐え切れず……そのまま、意識を手放してしまった。

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