第106話

「る……『ルシファー』が、消滅した……!?」


『ルシファー』の身体が光の粒子となって散華していく様子をこの目で見ていながらも、私はその現実を素直に受け止めることができずにその場で立ち尽くす。すぐ横にいる遥と葵お姉さまもまた唖然とした表情で固まり、ため息のかすかな響きも感じさせないほどに言葉を失ってしまっていた。

 状況を少しでも把握しようと思考を巡らせる中、私はめぐるの左手に握られたメダルに目を向け、その形状と在り様を窺い見る。

それは、内部から鼓動が波打つように怪しい光の点滅を繰り返していて、金属でできた無機物というよりも生物のような気配だ。私が開発した『ブレイクメダル』や『エレメンタル・メダル』、あるいは以前集めてきた『魔』の波動を持ったメダルとも異なるように映るが、あれも波動エネルギーの源となるアスタリウムの結晶で創り出されたアーティファクトのひとつなんだろうか……?


「…………」


 私は視点を動かして、めぐるの足元へと向ける。そこに倒れ伏したはずの『ルシファー』の姿は、もはや跡形もなくなって何も残されていない。

どんな攻撃を受けても信じられないほどの回復力で立ち上がり、本気で不死身ではないかと脅威を抱くしかなかった人外の「バケモノ」。――それを見事に倒してみせためぐるの「技」は確かにすさまじく、さっきまでの苦戦を思えば留飲の下がる気持ちも確かにある。

だけど……この、胸の内にわだかまる違和感と困惑はいったい、何なのだろう。めぐるの力に対する驚愕か畏怖か、それとも――。


「テメェ……その力は、まさか……?」

「……『闇』の波動は、『光』によって生み出された対の存在。だから『光』に属する力に対しては、互いに打ち消し合うことで無効化させる。だけど――」


 そうひとりごちるように語るめぐるの言葉を遮るように、『ルシファー』の群れの中から3体が飛び出し、それぞれが大鎌を振りかぶって急迫する。そして、空間ごと引き裂くような鋭い斬撃が立て続けに繰り出された。


「――効かないよ」


しかし、めぐるは身の回りに盾のような障壁を出現させて、防御の姿勢はおろか一瞥すらもなく左右からの大鎌をことも無く受け止める。さらに、後ろの相手に対しては大きく逆袈裟に振り抜いたハンマーを容赦なく叩きつけ、ぐしゃり、と何かがつぶれるような嫌な音を響かせながら頭上へと舞い上げた。


「……はぁぁぁあっっ!!」


 3つの同時攻撃を未然に防いでみせたその直後、めぐるは俊敏な動きで地上の『ルシファー』2体に掌底を左、右と放って弾き飛ばす。そして、時間差をつけて落下してきた残りの1体には、その身体がくの字に折れ曲がるほどの拳を突き上げた。


「ぐっ……ぐぁあぁぁっ……!?」

「……眠って。ここは、あなたたちが望んだ世界と時間じゃない、からっ――!!」


 彼女の言葉が伝わった――とはとても思えないが、3体の『ルシファー』は苦悶の表情を浮かべて断末魔の叫びをあげると、その身体が瞬く間に光の粒子となって四散する。それと入れ替わるように宙にはメダルが出現し、それらは重力に引かれ固い金属音を立てながら床に転がり落ちた。

 一度に3体も強敵を倒してみせためぐるだったが、それに快哉を上げることもなくゆっくりと掲げた右手を下ろす。そんな彼女を見ながら壇上に立つブラックカーテンは、ちっ、と舌打ちして苛立ちをあらわにした表情で睨みつけた。


「なるほどな……お前、『闇』を受け入れやがったんだな……?」

「……『闇』同士がぶつかる時は、その力の量そのものが大きな意味を持つ。だから、この可哀そうな子たちはあたしに勝つことができないよ……絶対に、ね」

「へっ、言うじゃねぇか。『天ノ遣』につくり出された、「道具」の分際で……!」


 悔しまぎれの挑発なのか、ブラックカーテンはめぐるに侮辱の言葉をぶつける。だけど、それに対して彼女は衝撃を受けた様子もなく、むしろ普段の彼女にはとても考えられないほどの冷たい声の響きで返していった。


「言ったよね……? あたしはもう正義の味方にはなれないし、なろうとも思わない。ただ、あたしに与えられた役目――『決戦兵器』として、『闇』を倒す。……それだけだよ」

「っ……いちいち癇に障るやつだぜ、このクソガキがっ……!」

「子供じゃないよ。あたしはエンジェルローズ……あなたたちを倒す、滅びの天使。そして――」


 そこでめぐるは一呼吸おいて、わずかに顔を伏せる。その寂しげな背中に私は思わず声をかけようと足を踏み出しかけたが、それよりも早く彼女は手に持った『ローズクラッシャー』をメイス状へと変え、顔を振り上げると威勢の気合を放ちながら腰を落として身構えた。


「正義の味方の邪魔をする『闇』は、あたしの『闇』で消し去ってみせる……! それが、あたしなりのみんなへの感謝と、償いだよッ!」

「道化野郎が……! 下らねぇ世迷言をほざきやがって、虫唾が走るぜ!!」


 嘲りとともにブラックカーテンが手を振るうと、『ルシファー』たちは一斉に瞳を妖しく輝かせながら武器を構え、次々にめぐるへと襲いかかってくる。その脅威を見た私はやっと我に返り、彼女の援護をしようととっさにポシェットに手を伸ばした。


「――下がって、みるくちゃん! その武器は、あいつらに効かない!」

「っ、めぐる……!?」

「大丈夫。ここはあたしに任せて、あとでメダルの浄化を手伝ってね……、っ!」


 めぐるはそう言って私を制しながらにこやかに笑いかけると、私の返答も待たずに顔を『ルシファー』たちへと戻す。そして手に持った『ローズクラッシャー』を構えるや、気合一閃とばかりにロッドを振るい――水晶の巨球を目の前の数体に向けて投げ放った。


「エンジェルジェットタイフーン・暁ッッ!!」


 直撃を受けた哀れな対象はその勢いに弾き飛ばされ、群れの中に空白が生まれる。

びぃぃん、と限界まで延びて宙に真一文字を描く鎖。それをめぐるはロッドで手繰り寄せながら、素早く力強いステップで全身を回し、巨球の動きを直線から回転に変えて周囲から押し寄せる『ルシファー』たちを次々になぎ倒した。


「――っ、行くよッッ!!」


 敵の猛攻が止まった次の瞬間、めぐるは武器を手放して集団の中へ突進をかける。そして身軽になった彼女は立ち上がろうとする『ルシファー』たちに接近し、手近な個体からその胸や顔に掌底、あるいは拳を見舞い、倒れている敵には鋭く踵を落としていった。


「……がはっ!?」

「ぐふぅっ……!!」


 その撲撃を食らった『ルシファー』は苦しみ、悶えた末にその場へと崩れ落ちて……強い衝撃を受けたガラス細工が粉々に砕けるように粒子と化して消滅していく。

 あとに残るのは、床に転がった無数のメダル。それでもなお『ルシファー』たちは個々で攻撃の合間に生じたスキをつきながら死角へと回り込んで反撃をかけようとするが、彼女はそれらのことごとくをあっさりと防ぎ止めて、あまつさえカウンターを返すことで1体、また1体と撃破していった。


「つ、強い……っ!」


感嘆と、それ以上の驚きで私はめぐるの動きをただ、見つめ続ける。

確かにあの子は、これまでにも打撃系に高い適性を示していた。……ただ、その潜在的な力まかせの攻撃パターンは粗削りというか乱暴なもので、幼少の頃から武術の訓練を積み重ねてきたすみれと比べると、明らかに未熟な面が否めなかったと思う。

だけど、今の彼女はまるで達人を思わせるように豪快で、それでいて無駄のない立ち回りだ。如月家での修行には格闘技の修練も含まれていたと聞いたが、あの短期間でここまでの技術を身につけることができるものなのか……?


「……天月の、忌まわしき呪いの力……」

「えっ……?」


 ぽつり、と漏れ出た葵お姉さまの不吉な言葉を耳ざとく聞きとがめて、私は背後へと振り返る。するとお姉さまは戦い続けるめぐるの様子に目を向けたまま、感情を抑えるように淡々と口を開いていった。


「昔……お祖母さまが教えてくれました。天月の血を引く者は、生まれながらにして退魔と降魔の力を持つ。それゆえに、平穏な時にはその存在を忌み嫌われて……他の『天ノ遣』とは異なる扱いを受けざるを得なかったのだ、と」

「それが……今のめぐるの、あの力ですか?」

「おそらくは。そして、天月家の人間が持つもう一つの恐るべき特性は……『サキヨミの眼』なのです」


 『サキヨミの眼』……? それは、どういうものなのだろうか。言葉の通りにとらえれば「先読み」――つまり、相手の動きを予測するという能力ということになるのだけど。

 そんな私に対し、さっきまで黙って私たちの側に浮かんでいた天使ちゃん――エリスが葵お姉さまの説明を補足するように、言葉を繋いでいった。


「予測、なんて曖昧なものじゃない。……『サキヨミ』は、敵の未来の動きを「見る」ことができるのよ」

「未来の動きを、「見る」……?」

「言うなれば、『魔眼』。その能力を持つ者は「現在の時間」と同時に数秒先、さらに極めると数分先の「未来の時間」を自身の思考と感覚に共有する。……天月めぐるのあの動きは、それがあってのものなの」

「…………」


 確かに……言われてみればめぐるの回避運動、そして反撃には無駄がない――いや、なさすぎる。どんな達人であっても複数を相手にして絶対的な見極めは困難であるため、普通はもっと不測に備えた動きを見せるはずなのだ。


「つまり……相手の先の動きを完璧に把握しているから、あれだけ大胆に、そして的確に動けるってこと……?」

「そう考えてもいいでしょうね。とはいえ、その力を使える者は魔界……エリュシオンの民でもほんの一握り。はっきり言ってしまうと、イデアに住む人間には絶対に持ちえない能力なの。もちろん『天ノ遣』でも、天月家以外は誰も使うことができないわ……」

「……っ……!」


 エリスがあえて直接的な表現を避けた理由を汲み取って、私は頭を殴られたような衝撃を覚える。私たち人間では使うことのできない能力……それはすなわち、めぐるが「人間ではない」か、もしくはそれに類する血を引いていることの証左でもあったからだ。


『あたし……正義の味方に、なりたいの!』


 ツインエンジェルBREAKの資格者としてブレイクメダルを渡した直後、キラキラと目を輝かせながらそう語ってみせためぐるの顔が脳裏に蘇って……泣きたくなるほどの悲哀、そして後悔が押し寄せてくる。

 「正義の味方になりたい」――なんて、『天ノ遣』としての役割の重さと困難をよく理解していない、身のほど知らずな甘い考えだと思った。実際、その発言のせいでパートナー役のすみれから反感を買ったこともあったし、私自身もやむを得ない処置であったとはいえ本当に彼女で大丈夫なのか、と心配に感じたことも一度や二度ではなかった。

 でも、……めぐるの純粋さとひたむきさは、とても眩しかった。溌剌とした笑顔は頑なに他人を拒んできたすみれの心の氷を溶かし、また遥と葵お姉さまを救出することの困難を思って時々挫けそうになった私を何度も励ましてくれた。


『――みーるくちゃん。ほらっ、ポーズしてっ。はい、チーズ♪』


 その明るさを見て……私は、理解した。これは、遥とも葵お姉さまとも違う、彼女の強さであり、魅力なんだと。


「(だから……大事にしてあげたいと、思ってた。すみれと二人で新しい「正義の味方」になればいいと、本気で願ってた。なのにっ……!)」


 今、『ルシファー』たちと互角以上……いや、圧倒する力量差で引きちぎるように掴み、凄惨なほどの殴打を食らわしているのは、私の選んだめぐる本人だった……。


「(っ……違う……)」


 違う違う違う、違うっっ!

私は、あの子をこんな「バケモノ」にするために、ツインエンジェルの後継者に選んだんじゃないっ!!

 これはもう、希望でもなんでもなくて、……むしろ――。


「っ、はぁぁぁあぁっっ!!」


 そんな私の苦渋をよそにして、めぐるは数を一気に減らした『ルシファー』たちとなおも戦い続ける。

 その顔には、やや疲労の色。けれども憂いにかげったその表情には絶望などは微塵もなく、瞳には必勝不敗の確信がこもった輝きすら宿っていた。


「「――っ……!!」」


 と、その時数体にまでうち減らされた『ルシファー』たちはいきなり武器を捨てると、めぐるに向かって飛び掛かる。そして攻撃を見舞おうとするその腕を、脚を絡めとって、さらに背後からも羽交い絞めにするように取りつき、動きの自由を奪っていった。


「……めぐるっ?」

「ぐっ……ぅ……!!」


 さしものめぐるも、同時攻撃はまだしも組み付かれると「見る」ことができなかったのか顔を歪めながら、必死に身をよじって敵の戒めから逃れようとあがく。しかし、『ルシファー』たちは虚ろな表情のまま死霊のように彼女の身体を捉えて離さず、その瞳の彩りを真紅から、さらに深い赤へと染め上げていった。


「っ……まずい! すぐに離れて、めぐる!!」


 その気配から何かを察したエリスは血相を変え、めぐるに向かって声を張り上げる。その理由を確かめようとした私が彼女に振り返った、次の瞬間――。


「えっ……きゃぁぁぁあっっ!!」


 首の後ろからまばゆいばかりの光が差し込み、私がその出元を確かめようと顔を戻すや、吠えるような轟音が響き渡って塵芥まじりの爆風が押し寄せてくる。その強烈すぎる勢いをまともに食らった私は踏みとどまることもできず吹き飛ばされてしまった。


「――クルミちゃんっ!!」


 遥の呼びかけがすぐそばで聞こえたように感じた次の瞬間、私の身体は柔らかい感触に包まれて動きを止める。はっ、と顔を上げると、そこには遥と葵お姉さまの顔があった。


「っ……クルミちゃん、大丈夫っ?」

「え、えぇ……。いったい、なにが……っ!?」


 2人が抱き留めてくれたおかげで痛みはなかったけれど、衝撃に全身を揺るがされたことに戸惑いながら振り返って背後に目を向けた私は、……絶句してその場で凍り付く。

 視界に映し出されたのは……もうもうと立ち込める土煙と、粉々に吹き飛んだ無数の瓦礫が転がる床。そして――。


「め……めぐるっ……!?」


炎が塊となって、燃え上がっている。何かが焼けたような焦げ臭いにおいが鼻をついて、そこに人らしき影は、どこにも見当たらなかった……。

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