第107話
「あ……あぁっ……っ?」
肌に伝わる熱気とは裏腹に全身の血が凍るような冷たさを覚えながら、私は遥の腕の中から目の前で轟音を立てて燃え盛る炎を愕然と見つめる。
まるで、火山が内部の膨大なエネルギーを一度に吐き出したかのような凄まじい威力の大爆発だった。この謁見の間の中央付近にいたはずの私たちが、壁際にまで弾き飛ばされたほどなのだから。
まして、その爆心にいためぐるは、その衝撃を至近で浴びたことに……っ!
「めぐる……さん……!?」
「そ、そんなっ……!」
あまりの惨状に葵お姉さまは口元を押さえて息をのみ、遥は私の身体を抱きしめたまま固まっている。
非常識なまでの力を有していた生体兵器、『ルシファー』。1体でも十分すぎるほど脅威的だったというのに、それが数体も集まって文字どおり捨て身になって自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。とっさに気づいたエリスが声をかけたとはいえ、身動きの自由を封じられていためぐるにはそれを回避する手段どころか、余裕もなかったと思う。
まさか、と最悪の可能性が頭の中をよぎって、全身の震えが止まらない。……と、その時だった。
「あ……っ……?」
土煙が収まって、視界が明らかになり……人影がひとつ、炎の塊を避けるようにして姿を現す。
片側にまとめた髪と、その手に握られたメイス状の武器……それは、まさに――!
「めぐるっ……!!」
めぐるは、生きていた。うつむいているために表情は見えなかったけれども、一歩、また一歩と左右にふらつきながらこちらに向かって足を踏み出している。それを確かめた私は安堵のあまり、思わず涙がこぼれそうになった。
「……っ……!!」
だけど、やはり攻撃によるダメージは軽くなかったようで……めぐるはぐらり、とバランスを崩したようによろめくと、その場に膝をつく。私は反射的に遥の腕の中から抜け、少し離れた彼女の側へと駆け寄った。
「大丈夫、めぐるっ?」
「う、うん……っ……!」
私に振り向いためぐるはなんとか笑顔を作ってみせようとするが、身体のどこかが痛むのか苦悶の声を上げてうずくまる。そこへ、私の後を追って宙を飛んできた天使ちゃん――エリスが彼女に近づいて、その肩にちょこんと触れた。
「――『アストレア・メダル』、発現開始。管理者エリス・アスタディールの名において、非常時権限を執行する……波動エネルギー、転送っ……!」
厳かな響きの言葉がエリスの口元から紡ぎ出されたその瞬間、めぐるの身体がほのかな光に包まれる。すると、その手足のあちこちにあった傷が瞬く間に消え……彼女の表情から険しさが薄らいでいった。
「……っ……!」
しかし、それとは対照的にエリスは顔をしかめ、その小さな身体を覆っていた光がばちっ、と音をたてて急速に弱くなる。そして、浮力を失ったようにめぐるの肩をすべり落ちていくので慌てて受け止めると、その体内から黒ずんだ色をした1枚のメダルが現れ……私の指の間をすり抜けながら床へと落ちた。
「エリス、今のは……?」
「この世界へ来る際、念のため持ってきていた波動エネルギーの結晶体を回復に使ったわ。応急処置程度の効果だから、完全とは言えないけれど……」
「……ううん、十分だよ。ありがとう」
さっきよりも少しだけ血色の良くなった顔を上げて、めぐるはエリスに笑いかける。が、それも一瞬のことで彼女はすっくと立ち上がり、壇上で腕を組んで見下ろすブラックカーテンに向き直っていった。
「これで……あなたの仲間は、もう誰もいなくなったよ。可哀そうな人たちはみんな、元の眠りについたから」
「……仲間? ふん、冗談じゃねぇ。意思も感情もねぇ人形が消えたところで、便利な道具が無くなった程度のことだぜ」
そう言ってブラックカーテンは、めぐるを見下ろしながら嘲り笑いで吐き捨てる。ただ、その紅の瞳には先ほどまでとは違った激しい感情……怒りの炎が渦巻いて刃物のような輝きを宿していた。
「ったくよぉ……これだけの数の『ルシファー』を揃えるのに、どれだけの時間と金をつぎ込んだと思ってやがるんだ? それを全部、ぶっツブしやがって……テメェ自身のほうがよっぽど「バケモノ」じゃねぇか、あぁ?」
「……あたしのことをそう呼びたかったら、好きにしてもいいよ。どうせ次は、あなたの番だから――ブラックカーテン!!」
その言葉とほぼ同時に、めぐるは回復したばかりにもかかわらず全速力で突進をかける。そして右手の中にあった『ローズクラッシャー』をハンマー形態へと変形させると、壇上のブラックカーテンよりも高く跳躍し――必殺の武器を大上段に構えて踊りかかった。
「『エンジェルタイフーン・暁』っっ!!」
振り下ろされた大槌はブラックカーテンの頭をとらえ、粉砕せんばかりの勢いで強烈な打撃を見舞う。その素早く、威力に満ちた一撃に対しブラックカーテンは反応できなかったのか、身動きもせずに立ち尽くしていて――。
「なっ……!?」
だけど、めぐるの『ローズクラッシャー』は金属が弾けるような甲高い音を立て、周囲に疾風を巻き起こしながら空中で停止する。見ると、その打撃面の直下にはブラックカーテンの掲げた腕があり、あまつさえその男は大槌との接点を人差し指の一本だけで受け止めていた……!
「さっきの言葉、そのまま返すぜ。『闇』同士がやり合えば、単純に力の差が勝敗を分ける――つまりっ!」
紅の瞳がぎらり、と輝いた次の瞬間、ブラックカーテンは空いたもう一方の手をめぐる目がけて突き出す。そこから放たれた漆黒の波動はあっという間に巨大な渦となって彼女の身体を絡めとり、その姿が見えないほどに包み込んだ。
「ぐっ……うぅっ……!!」
「テメェの力じゃ、このおれは倒せねぇ。俺の積年の宿願と夢……この程度で妨害できると思うなッッ!!」
「っ、めぐる――!!」
めぐるの劣勢を支援しようと、私はすぐさまポシェットからボムを掴んで投擲の構えをとる。だけど、それを投げつけようと足を踏み出しかけたその時……闇の渦の中から彼女の「来ないでっ!」と苦しげながらも有無を言わさぬ強い声が聞こえてきた。
「こいつは……あたしが、倒す……! 倒さなきゃ、いけないんだ……っ!!」
「めぐる……っ?」
「こんなものに、あたしは負けない……絶対にっ……ぐぅぅぅあぁっ!!」
その裂帛の叫びとともに闇の渦がばちばちっ、と火花を立て、何か固いものがひび割れるような響きを断続的に上げる。その間隔が徐々に狭まり、さらには闇に覆われていたはずのめぐるの身体の輪郭が、ぼんやりと浮かび上がってきた次の瞬間――。
「っ、やぁぁぁあっっ!!」
びりびりと周囲の空気を震わせるほどの咆哮が轟き渡ったかと思うと、闇の渦は弾けるように散り去る。そして、戒めから解放されためぐるは空中でくるり、と一回転すると後方へと飛びすさり、私たちのすぐ目前にまで戻ってきて巨大なハンマーを片手で軽々と扱いながら再び油断なく身構えた。
「……ほぉ。俺の闇から脱出できるたぁ、さすがだな。そこにいる三流天使どもとは、モノが違うってわけか」
「なっ……!?」
称賛というよりもあからさまな侮蔑の言葉を聞いて、私は思わず身を乗り出していきり立つ。が、そんな私を制するようにめぐるは手を広げて行く手を遮り、背を向けたまま冷静に言葉を繋いでいった。
「『光』と『闇』の、適性の違い……ただの相性だよ。これまでだってあたしは、先輩たちよりも自分が上だなんて思ったことは一度もない。それに……」
そこでめぐるは言葉を切り、わずかにうつむくようなしぐさを見せる。
……なぜだろう。背中越しで表情こそ見えなかったけれど、彼女から怒りの波動のようなものが伝わってきた。
「この、『闇の見えざる手』……あたしは以前にも1度、受けたことがある。そうだよね、ブラックカーテン」
「えっ……?」
めぐるの言っている意味がよく分からず、私は怪訝な思いで彼女と、壇上の敵を見比べる。ただ、ブラックカーテンにはその意図が伝わったのか、ニヤリと怪しい笑みを浮かべながら小さく頷いていった。
「……なるほど、お前も覚えてやがったのか。あの時に姿を見られたのは、失敗だったぜ」
「覚えてたわけじゃない……ただ、思い出したんだよ。この攻撃を避けられなかったせいで、あたしはすみれちゃんに一生かかっても償いきれないことをしてしまったから……」
「……っ……?」
2人だけが共有する緊迫した話題のやり取りに、私はもちろん、背後の遥と葵お姉さまも内容が理解できず、ただ固唾をのんで彼女たちを見守る。
それにしても、一生かかっても償いきれないこと……? いったい、めぐるとすみれの間に何があったのだろうか。彼女の様子からして、明らかにただ事ではないことがあったのだとは察せられるのだけど。
「だから……倒すよ、絶対に。たとえ、どんな手を使ったとしても……っ!!」
そしてめぐるは、何を考えてのことなのか持っていた『ローズクラッシャー』を手放す。主を失った大槌は床に落ちるよりも早く無数の光の粒となって消え、武器を持たない彼女は完全に丸腰状態になってしまった。
「なっ……めぐる!?」
「……ごめんね、みるくちゃん。あたし……今から、『悪魔』になるよ」
背後に振り返ると、めぐるはそう言って悲しそうな笑みを浮かべる。その意味が何を示すのかわからず私たちが呆然と固まっていると、彼女は両手を胸の前で組み、腰を落として「気」を全身から放っていった。
「力を貸して、みんな……! はぁぁぁあっっ……!!」
その「気」の流れはあっという間に謁見の間全体に広がるほど大きくなり、息苦しいほどの圧迫感が伝わってくる。
なに……なんなの、これは? いったいめぐるは、何をしようとしているの!?
期待や希望などは決してなく、それどころか恐怖と不安しか感じられない――と、次の瞬間だった。
「っ? こ、これは……!?」
私の背後で同様にめぐるを見守っていた葵お姉さまが、驚きの声を上げる。私も目の前に映っているものが現実とは信じられなくて……いや、信じたくなくて、思わず目を背けそうになってしまった。
「なに、よ……これっ……!?」
めぐるの放つ「気」に呼応して、周囲に散らばっていたメダル――『ルシファー』の残骸が光を放っていく。そして、大きく膨らんだそれが塊となったかと思うと、それぞれが人の形をとり始めたのだ。
その姿は『ルシファー』たちと同じダークフェニックスではなく、なんと――!
「め、めぐるちゃんが……分身したっ!?」
遥の言葉通り、私たちの眼前には複数の「めぐる」が形をとって現れる。それぞれは表情こそないものの、面立ちや身なりはまさしく彼女そのものの姿をしていた。
「なっ……テメェ、その技をいったい、どこで?」
「エリュシオンで『魔王のメダル』と同化した時に、ディスパーザさまの記憶の中にあったものだよ。エリュシオンの民は、意識を共有することで結晶体の状態から実体化することができる、って」
「……っ、あの老いぼれ女王、余計な知識を……!」
「そして、『闇』の波動を操ることでそれぞれが、同じ姿になることもできる。……だからっ!!」
そう言うとめぐるは再び、今度は素手の状態でブラックカーテンに向かって突進する。それに呼応するようにして周囲に生み出された彼女の『分身』たちも一斉に動き出し、左右、さらには頭上から壇上の敵へと襲いかかった。
「なっ……? この、ウゼェ!!」
さすがに四方からの同時攻撃に対しては持て余すのか、ブラックカーテンは腕を振るい、蹴りを繰り出してめぐるの『分身』たちを払いのける。ただ、その攻撃は『ルシファー』の時とは比較するまでもないほどに弱いものなのか、大したダメージを与えることもなく次々になぎ倒されていった。
「(いったい、何のつもり……?)」
めぐるの仕掛けた攻撃の意図が分からず、私は怪訝な思いを抱く。
確かに、意表を突いた大がかりな奇襲かもしれない。だけど、力の劣る相手を数多くぶつけてみたところで効果は薄いだろう。実際、ブラックカーテンは押し寄せる『分身』たちの波状攻撃に対して守勢に立たされているものの、どちらかといえば「煩わしい」という表現が正しく、目くらまし程度の効果だ。
彼女の真摯な決意はともかくとして、これであの強敵を倒せるとは、さすがに……?
「っ、そうか……!」
その時、私の手の中にいたエリスは何かに気づいたのか、はっ、と声を上げる。そして、ブラックカーテンに群がるめぐる「たち」の様子をうかがい見てから、やはり、と言いたげに頷いた。
「何かわかったの、エリス?」
「ええ。魔界――エリュシオンの民が力の源とするものは、体内のメダルよ。それは、あのブラックカーテンも例外じゃない。……だとしたら、先ほどの『ルシファー』たちのように体内にあるメダルを奪ってしまえば、本体を維持できないか……少なくとも弱体化させることはできるはず……!」
「じゃあ、めぐるはそれを狙って……、?」
その時だった。ブラックカーテンの視界を遮り、動きを封じるように攻撃を仕掛けていた『分身』たちが一斉に光へと包まれて無数の粒子となり、あっという間に姿を消す。突然の変化に敵の動きが一瞬止まり、その隙を狙うようにして死角へと回り込んでいためぐるは一気に距離を詰めると、その懐へと入り込んだ。
「――もらった……!」
「なっ……!?」
「これで、終わりだよ……。さぁ、あなたも眠ってッッ!!」
完全に意表を突く形になっためぐるは、がら空きになったブラックカーテンの胸元めがけて掌底を見舞う。そして、手から『闇』の波動を一気に解き放ち、自分自身を巻き込んで壇上全体を覆いつくしていった――。
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