第108話

「っ、……テメェ……ッ!!」


 憎悪と殺意にぎらり、と瞳を輝かせながら、ブラックカーテンが苦悶の表情で抗う動きを見せる。だけど、その手足の自由はめぐるの放った『闇』の波動によって奪われてしまっているのか、反撃どころか逃れることもできずにその場であがくだけだった。


「(めぐるの力が……効いている……?)」


 いまだにその原理も力の凄さもわからないめぐるの技だが、ブラックカーテンは先ほどの『ルシファー』たちと同じように苦しんで、その身体から無数の光と火花を放っている。そして、スーツ越しに伝わってくる波動の勢いと不快な悪寒は、明らかに『天ノ遣』である私たちとは異質、あるいは怪異としか感じられない「特別」なものだった。


『――天月の、忌まわしき呪いの力……』


二者の対決の様子を見守りながら、私の脳裏に葵お姉さまが口にしていた言葉が蘇ってくる。

『闇』を倒すために、『闇』の力が必要――確かにその考え方の正しさは、この目で見ている光景が実証していた。……でも、だからといって自分たちでさえも嫌悪を抱くような力がなければ敵を倒せないなんて、その事実を受け入れてしまってもいいのだろうか。

まして、純粋な心で正義の味方に憧れていためぐるに、その役目を託す……? そんな 残酷すぎる理不尽と自分自身の罪深さを思って私は、もう正視に耐えられなくて目を背けようとした――その時だった。



「……くっ、……ふふ……!」

「っ……!?」


 ふいに、男のくぐもった笑い声が聞こえたような気がして……はっと息をのんだ私は、顔を振り戻す。すると視界には、さっきまで攻撃を繰り出していた腕を引っ込めて、弾かれたような勢いで後ずさりながらブラックカーテンとの間合いを取るめぐるの様子が映った。


「ど……どうしたの、めぐる?」


 見事に策がはまり、形勢有利に進んでいたように見えた状況を放棄して攻撃を中断した意図がわからず、私は壇上のめぐるに向かってたずねかける。すると、彼女は険しい表情で緊張をみなぎらせながら、ブラックカーテンの動向を油断なく凝視したままひとりごちるように呟いていった。


「な、なんで……?」

「えっ?」

「メダルの場所が、たくさんある……! ううん、ありすぎる……!?」


 めぐるの発した言葉の意味をはかりかねて、私は怪訝な思いで目をしばたかせる。すると、私の胸の中に収まっていた天使ちゃん――エリスはそれを聞くや「まさか……!」と驚きをあらわにした様子で身を乗り出した。


「『マナの核』を、複数……それも大量に所持して個体を保っていられるってことなのっ? ど、どういうこと……!?」

「エリス……?」


 その驚きの深刻さが理解できず、抱きかかえたエリスに顔を向けて覗き込む。すると彼女は呆気にとられていた私を見上げると、言葉を繋いでいった。


「『マナの核』――『エリュシオン・メダル』はエリュシオンの民が持つ波動エネルギーの源であり、人格や意識を封じ込めたアスタリウムの結晶体のことよ。それを体内に内包することで彼らは人の形をとりながらも、生物における理を超えた「不死身」に近い能力と生命を有することができるの」

「つまり……魂の「器」……?」

「というより、魂そのものといったほうが正しいわ。「器」になっているのは、むしろ肉体のほう……たとえ壊れたり消えたりしても、移し替えることで命を繋ぐことができる。逆に言うとメダルがあることでエリュシオンの民は、個としての存在を保っているのよ」

「なっ……? じゃあ、そのメダルが複数ってことは……!?」


 エリスの説明を聞いて私たちは、事の重大性と異常性について理解する。つまり、メダルを複数所持しているというブラックカーテンの肉体には、2つ以上の人格と意識が存在することになる。

そして、めぐるの感じたことが本当だったとすれば……ブラックカーテンは……!


 × × × ×


「ブラックカーテンが、不死身……? ヌイさん、それはどういう意味なんですか?」


 ヌイさんの口から語られる事実に、私となっちゃんは戸惑いを隠すことができずに顔を見合わせる。

 確かに、ブラックカーテンはこれほどまでに大掛かりな舞台、そして設備をつくり上げてきた。そのために相当の時間と資金を投じてきたことは容易に想像ができるし、自身の野望を現実のものとした知識や力も並大抵のものではないだろう。

 だけど、だからといって倒すことが、絶対に不可能……? ヌイさんたちがそこまで断言できる根拠がわからない。そして彼らは、何を見たことでその厳然とした結論に至ったのか……?


「魔界の人間――エリュシオンの民の『魂』がメダルにあるってことを、君たちは知ってたかい?」

「ええ。私たちもすみれさんとともに、めぐるさんの行方を追ってエリュシオンに行きましたからね」


 私たちが見たものは、滅びかけた城の中でメダルに姿を変えて眠りについていた大勢のエリュシオンの民たちだった。『時間』の概念を失って悠久の存在となっていた彼らは波動エネルギーの衰退から生命を守るために自らをアーカイブ化(データとして保存)し、世界の危機を脱した後に再び肉体を得る日が来ることを待つことにしたのだという。

そこで私たちは、エリュシオンの再生のため私たちの世界を滅ぼそうとしたクラウディウス――若き日のお父様と戦って、勝利を収めた。その後、エリュシオンの復興を女王アストレアや巫女のエンデさん、アインさんに託し、元の世界へと帰還したのだ――。


 その経緯を私たちは、時間も惜しいので手短に説明する。するとヴェイルさんとヌイさんは特段驚いた様子もなく、むしろ「……なるほど」と納得したように頷いていった。


「どうしてブラックカーテンがこの時期になって突然計画を急ぐようになったのか、それで理解したよ。……話を続けよう。エリュシオンの民はメダルを体内に有することで、その肉体を維持する。超常的な能力も、それが源らしい。そして、これが最大の特徴――彼らはメダル同士で意識共有を行うことで1つの肉体に複数の意識、そして人格を保有することができるんだ」

「1つの身体に……2人以上が存在できる、ということですか?」

「そうさ。もっとも意識共有には膨大な量の波動エネルギーが必要で、数が多くなればなるほど、求められる力は飛躍的に跳ね上がる。僕たちがこの研究施設のネットワークを介して入手した情報によると、能力の高いエリュシオンの民でもせいぜい3人……4人以上になると整合性が消失して、全体が崩壊してしまうそうなんだ」


 さらにヌイさんたちは、その情報が正しいことを実証するために幹部とは名ばかりの雑用を担っていた先ほどの男、ビリーに偽の命令を伝え、自らの身体をサンプルとすることでアスタリウムの同化実験を行ったのだという。それがこの研究施設内で行ってみせた彼らの人格を形成するアスタリウム結晶体と、同じ素材でできている私となっちゃんの髪飾りを同化させるというものだった――。


「……君たちの大切なものを使わせてしまって、本当に申し訳なかったと思ってる。でも、時間がなかったんだ。いつまた意識を乗っ取られるかもわからなかったし、僕たちにできる手段も限られていて……」

「お気になさらないでください。そういった経緯であれば、私たちも同じことを考えていたと思いますから」

「そう言ってくれると、助かるよ。……また話が逸れたね。とにかく僕たちは、検証データをもとにしてブラックカーテンの体内にあるメダルの数を算出した。やつが僕たちの身体を乗っ取った時、従うふりをして入手した波動エネルギーの量から推定してね。そうしたら――」


 × × × ×


「くっくっくっ……食らったふりをして逆に吸い込んでやるつもりだったが、寸前で気づきやがったか。『サキヨミの眼』とは、よくいったもんだぜ」

「……っ……!」

「そら、どうした? 俺の中の『マナの核』を奪い取ることが、お前の狙いなんだろうが。 だったらやってみせろよ、ほれ」

「……っ、みんな! もう一度、力を貸してっ!」


 余裕の表情で待ち構える様子に戸惑いの表情を見せながらも、めぐるは周囲の「分身」たちに呼び掛ける。その声を合図にして彼女たちは再び一斉に動き出し、ブラックカーテンへと飛び掛かっていった。

 しかし――。


「はんっ……この俺に、同じ手が二度も通用するかよっ!!」


 それに対してブラックカーテンがにやりと笑い、紅の瞳を輝かせたかと思うと……その背後から『闇』の波動を発していく。それはあっという間に広がって無数の分岐を描き出し、それぞれがまるで腕のようにうごめいてめぐるの「分身」たちを次々に絡めとっていった。


「なっ……?」

「『闇』の技をテメェが使えるんならよ、俺にも同じことができるってことだ。……あと、さっきも言ったよな? 『闇』同士の応酬は、単純に力の量の勝負となる、と……!」


 その言葉を裏付けるようにして捕えられた「分身」たちは赤い光に包まれたかと思うと、身体を崩壊させていく。そして再び元のメダルへと戻り、それらは闇の腕を通じてブラックカーテンの本体へと吸い込まれていった。


「め、メダルを吸収、した……!?」


 私も、『変化のメダル』を使って身体をハリネズミに変えた際……メダルを体内に取り込む能力を持っていた。だけど、それはあくまでも疑似的なもので、実際には転送機能によって私のポシェットへと移し替えられていたのだ。

 だけど、あの男は実際にメダルを体内に取り込み、デバイスもなしに「消化」した……!?


「へっ…所詮は、『天ノ遣』のまがいもの。人形がたくさんあっても、恐れるに足りんぜ。それに――」

「……やぁぁぁあっっ!!」


 いつの間にか「分身」たちを相手取っているブラックカーテンの側面に回り込んでいためぐるは、先ほどと同じく隙を突く形で懐へと潜り込む。そして大きく掌を広げた右手を突き出し、攻撃を繰り出そうとした――が、それは寸前で闇の手の一本によって阻まれてしまった。


「言ったよな? 俺に二度、同じ技は通用しねぇって」

「ぐっ……うぅっ……!」

「ひとつだけ、教えてやろうか。俺の中には、他のエリュシオンの民と同じように『マナの核』が存在する。だが、お前がそれを奪うことなど絶対にできねぇのさ。そして――」

「っ! きゃぁぁぁあっっ!!」


 闇の手が、周囲から襲いかかる。その波状攻撃を必死にかわしていためぐるだったが、背後へと回り込んでいた1本の接近に気づくのが一瞬遅れ、鞭のようにしなったそれに弾き飛ばされてしまう。もんどりうって彼女は壇上から階段を転げ落ち、一番下の床に激しく叩きつけられたことで苦悶の声を上げた。


「くくくっ……『サキヨミの眼』で攻撃を先読みするってんなら、それを逆手に取ればいい。つまりフェイクをばらまけば、お前のせっかくの能力も宝の持ち腐れってやつだ」

「っ、うぅっ……!」


 痛みをこらえながらも、めぐるはなんとかその場で立ち上がろうとする。……が、そこに追い打ちをかけるように闇の手がさらに襲いかかり、とっさのことで防御も回避もできない彼女を軽々と吹き飛ばした。


「ぐっ……う、うぅっ……!!」

「めぐるっっ!!」


 謁見の間の壁に激しく叩きつけられて、めぐるは土煙を上げながら瓦礫とともに床へと落下する。それを見て私は慌てて駆け寄ろうとしたが、そこへブラックカーテンの殺意を感じた――と思った次の瞬間、頭上から降り注がれるように無数の闇の手が迫って私を、そしてとっさの反応でかばってくれた遥と葵お姉さまをも薙ぎ払った。


「「きゃぁぁぁっっ!」」

「……ぐっ!? う……うぅっ……!!」


 床に倒された私は全身の激痛で立ち上がることもままならず、それでもめぐるの安否を確かめようと這いずって顔を上げる。すると、瓦礫に埋もれて倒れ伏すめぐるのすぐそばには、いつの間に移動したのか悠然と腰に手を当てて彼女を見下ろすブラックカーテンの姿があった。


「……っ、う……ぅ……っ……」

「俺を本気にさせたこと、褒めてやるぜ。……だがそのおかげで、お前の勝つ可能性は完全にゼロになったってわけだ」


 ぐったりとなって動かないめぐるの胸元を掴み上げると、ブラックカーテンは、私たちに向かって彼女の身体を掲げてみせる。そして嘲り笑いで口元を歪めながら、勝ち誇るように告げていった。


「そもそも、たとえメダルを1つや2つ奪ったところで俺は痛くもかゆくもねぇんだよ。なぜなら、俺は――」


 × × × ×


「それで……ブラックカーテンの体内にあるメダルの数は、どれくらいなんですか?」

「…………」


 ヌイさんはすぐには答えず、唇をかんで押し黙る。そして、隣のヴェイルさんをちらっ、とうかがい見ると、軽く息を吸いこんでから口を開いていった。


「……3億」

「えっ……!?」

「あくまでも推定……それも、僕たちが検知した分だけでその数だ。まだ力を隠していればこの数値をはるかに凌駕する量のメダルが、やつの体内に含まれているということになる……!」


 ヌイさんが告げた数字は……確かに彼が「不可能」と断じたように脅威的で、そして絶望的な事実を示していた。

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