第59話

 結界を一時的に解除されたゲートを抜けると、そこは如月神社の本社の前。……真っ先に感じたのは、眩しくてあたたかな光を地上へと降り注ぐ太陽の輝きだった。


「……いいお天気だね、すみれちゃん」

「ええ。本当に……」


 私は万感の思いを胸に抱きながら、隣に並ぶめぐるの手をぎゅっ、と握る。


「(本当に、戻ってくることができたんだ……)」


 緑の中に紅と黄色が入り交じる、木々の匂い。踏みしめる芝生の大地は柔らかで、髪をなびかせて流れる風は優しく……五感に伝わるもの全てが、懐かしさといとおしさに満ちている。私たちが生まれ、育ってきた世界の息吹を全身で感じて、思わず涙がこぼれそうだった。


「……今だから正直に打ち明けるけど、何度も諦めそうになった。あれだけいろんな人たちに信じてる、大丈夫だって言い続けてたのに……情けない話よね」

「うん……わかるよ。あたしも、すみれちゃんと同じだったから……だけど」


 握り返してくれるめぐるの手から、包み込むような力強さを感じる。そしてふと顔を振り向けると、そこには太陽にも負けないくらいに元気いっぱいの笑顔があった。


「どんなに怖くても、泣きたくなっても……前を向いて進まなきゃ、だね。だってあたしたちは正義の味方なんだからっ!」

「……。そうね、ふふっ」


 そう。私たちは正義の味方、ツインエンジェルBREAK。

暗く閉ざされた過去を打ち破り、明るく幸せな未来を切り拓く――それが私たちの使命であり、存在意義。

そして何よりも、生きている喜びを実感できるものだった。


 × × × ×


 エリュシオンから転送で『ワールド・ライブラリ』に戻ってきた私たちを天使ちゃんは、愛らしい顔立ちに満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。


「おかえりなさい、すみれ。それにめぐる……きっと無事に戻ってきてくれると、信じていました」

「あ、ど……どうも……?」


 宙に浮かぶ天使ちゃんを真正面に見据えながら、めぐるは戸惑った表情を浮かべる。……そういえば、彼女は初対面になるのか。


「この子は、天使ちゃん。私たちを裏からサポートしてくれた、この『ワールド・ライブラリ』の管理者よ」

「そうなんだ。ありがとう、天使ちゃん♪」


 屈託のない笑顔を向けられ、天使ちゃんは「こちらこそ!」と可愛らしくぺこり、とおじぎをして応える。その愛らしい仕草が一目で気に入ったのか、めぐるは瞳をキラキラとさせて顔をほころばせていた。


「最後は手荒な戻し方になって、ごめんなさい。……あの子たちとのお別れの挨拶は、ちゃんとできましたか?」

「えぇ、もちろん。時間はぎりぎり……というより実際にはかなりオーバーしちゃったけど、おかげでなんとか、うまくいったわ……っ……」

「すみれちゃんっ!?」


 ふいに、全身が鉛にでも変わったような重さと怠さを覚えて、思わず立ち眩みを起こす。そして、足元の覚束なさに膝を折りかけた私の身体を背後から寸前で抱きとめてくれたのは、一緒に戻ってきたナインさんだった。


「ナイン、さん……」

「……お疲れ。でも、身体はもっと疲れてる。戻ったら、休むべき」

「すみません。……ここに戻ってきたと安心したら、つい」


 そう言って私はナインさんの支えからそっと離れると、残った力を振り絞って自分の足で立つ。

 久々に味わう、ままならぬ自分の身体の具合。昔とは異なり、今は心身ともにそれなりの鍛錬を重ねてきたつもりでいたけれど、今回の探訪はそれだけの負担があったということだろうか。


「いえ……もちろんクラウディウスとの決戦によるダメージのせいでもありますが、それ以上にあなたたち二人の関係が影響しているのです」

「私たち二人の、関係……?」

「あなたたちは、聖杯の力――波動エネルギーの加護を受ける『天ノ遣』の中でも、特殊な力を有する資格者になります。陰と陽 ……闇と光の波動によって生み出された聖なる『無』があらゆる敵を討ち果たす力となるのですが、今回のように闇の力が強すぎた場合は『陽』の立場にあるすみれにかかる負荷が大きくなる……おそらくはその反動でしょう」

「……そうだったのね」


 自分の鍛錬不足とかつての体調不良のせいではなかったことの説明を受けて、少しほっとする。

 ……それにしても、いつも明るくて元気なめぐるが『陰』で、逆に人付き合いの下手な私が『陽』か。自らの属性と普段の性格には関連性がないとはいえ、なんとなく皮肉な因果を感じずにはいられなかった。


「でも、あなたたちは本当によくやってくれました。私たちの期待を大きく上回る働きで、この世界とエリュシオン……二つの世界が救われたのは、あなたたちがいてこそだと心の底から思います」

「期待……ということは、天使ちゃんはエリュシオンでの真実を全て知った上で私たちを送り出したのですか? それに、お父さまのことも……」


 怪訝そうに問いかけるテスラさんに対し、天使ちゃんは穏やかな笑みをたたえながらまっすぐに彼女を見つめていった。


「その問いに対する答えは、是でもあり否でもあります。エリュシオンが危機に瀕し、それがクラウディウス・ヌッラの思惑であることはこちらでも把握していました。……ただ、それらの変化に対して反対側の立場にある私たちが干渉してどのような結果になるのかまでは、さすがに予測のつけようがなかったのです」


 それは、天使ちゃんの本心からの言葉だろう。だからこそ私たちをエリュシオンへと送り出す時、最悪の事態が起こった非常手段としてイデアとエリュシオンの分断を実行に移すことも辞さない、という冷たいまでの覚悟を見せたのだと思う。


「でも、……どの世界においても、アストレアはやはりアストレアだったのですね。自分の運命に屈することなく、常に誰かのためにその身体と、命さえも投げ出すことを厭わない。……遠い昔にこの『ワールド・ライブラリ』をつくり上げた時も、エリュシオンへと戻った『あの』アストレアと同じ考えであったそうです」

「……天使ちゃんは、『ここ』につながる世界にいたアストレアと会ったことがあるの?」

「いえ……私がここの管理者を務めるようになった時には、もう彼女は『ワールド・ライブラリ』と同化して、その存在は概念となっていました。ただ、『前』の管理者がアストレアの大いなる力によって救われ、その意思を引き継ぐことになった――私はその時の経緯を伝え聞いただけです」

「…………」

「多くの道に迷った者が光明を見出して、正しき選択をして未来をその手につかむことができるように導かせる……それが、この『ワールド・ライブラリ』の存在の意味。ですから、あの「彼」も……その魂と信念の清らかさを受け入れて、どこかで救われることを願いたいです」

「……受け入れていますよ。だからこそあの人は、自分を裁いてくれる人を求めていたんだと思います」


 そう言ってテスラさんは、そっと自分の髪飾りに触れて目を閉じる。

 ダークトレーダーが彼女たち二人に遺し、真なる想いを伝えたという忘れ形見。……そこに彼の本心と優しさが込められていることを私も信じて、そして祈りたい思いだった。


「これで、エリュシオンの危機を救うというあなたたちの役割はいったん終わったことになりますが……めぐる、それにすみれ」

「ん、なに?」

「なにかしら」

「あなたたちの行方には、これからさらに過酷な未来が待ち受けていることでしょう。ですが……どうか忘れないで。あなたたち『アカシック・レコーダー』が世界を守り、未来を拓くのは力なき人々の喜びと幸せを創るため。だからあなたたちが苦しみ、悩み、そして立ち上がった数だけ、その後ろにはたくさんの希望が生み出されている……それだけはゆるぎない事実であり、真実なのです」

「天使ちゃん……」

「あなたがたと知り合い、出会えたことは私の……いえ、私たちの誇りであり、幸せです。またどこかでお会いしましょう。輝く未来が、希望とともにあなたたちの進む先にありますように……」


 × × × ×


 ……そして私たちは元の世界に戻り、こうして如月神社の境内に立っている。


「過酷な未来が待ち受けている……か」


 天使ちゃんの言葉を反芻しながら、私は天を振り仰ぐ。

 澄み渡る大空はどこまでも広く、吸い込まれそうなほどに深くて青い。……どんな試練と障害が待ち受けているかはわからないけれど、この青空のように無限の可能性と希望を信じて進んでいきたい。そんな決意を胸にして、私は無意識のうちに笑顔を浮かべていた。


「……だけど、ちょっと残念だったな」

「? なんのことかしら」

「テスラさんと、ナインさんのこと。もう少しお話がしたかったのに、あそこから別行動になっちゃったからね」


 そう。『ワールド・ライブラリ』から帰還する直前、私たちはテスラさんとナインさんから別れを告げられた。彼女たちはここでもう少しだけ逗留してから、次の任務を果たすべく新たな場所へと向かうのだという。


『本当なら、あなたたちと一緒に戻って遥さんや葵さん、クルミさんとお会いしてから旅立ちたいのですが……私たちもまだ、気持ちを整理しきれていないのです。色々なことがありすぎましたので、少し頭を冷やす時間がもらえたら、と』

『そうですか……』


 きっとまだ、二人の心の中にはなきダークトレーダーに対する複雑な思いが残っているのだろう。それがわかるからこそ、私たちはあえて引き留めなかった。


『学院祭 が始まる頃までには、学院に戻ってくるつもりです。遥さんたちにもそうお伝えください。また会える日を楽しみにしている、と』

『はいっ。……あたしたちも、その日が来るのを待っています』


 出会いがあれば、別れがある。それぞれに目指すべきところ、進むべき道が存在する。

 でも、……想い続けていればきっと、また会える機会はやってくる。そのことを信じて、私たちは前を向いて進むだけだ。


「さて……戻ったら、学院祭の準備をしなくちゃ。仕事を途中で放り出してきたから、やらなきゃいけないことが山積みよ」

「あっ、手伝うよすみれちゃん! それから、一緒にお店出そう! ねっ、いいでしょ!?」


 さっきまでの死闘が嘘のように、めぐるは学院祭の準備で頭がいっぱいになっているのか、そう言って明るく騒ぎ立てる。

 そんな彼女を苦笑いで見つめながら、私は取り戻した時間に胸いっぱいの幸せを感じていた――。

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