第117話

 万が一のことが起こった時のために、と管理者仲間のユーノから渡されていたメダルを使って超空間ゲートを開いて、私は今の自分の居場所である『ワールド・ライブラリ』へと戻ってきた。


「……っ……!?」


 一足遅れて追う流れになった以上、ある程度の覚悟はしていた。それでも、一目でわかるほどに破壊された凄惨な光景を前にして思わず息をのむ。

 時間の概念がない『ワールド・ライブラリ』では、人間界におけるほんのわずかなタイムロスが数百倍、あるいは数千倍もの変化へとつながる。その、あまりにも「長い」遅れの間に巨大蜘蛛と化したブラックカーテンがどれだけ暴虐の限りを尽くしたのかは、本来なら清らかな水をたたえる周囲の泉が濁り、幾多の平行世界へのゲートとなる無数の水球たちが地に落ちて無残な姿をさらしている様子を見るだけでも容易に想像することができた。

 せめてもの気休めがあるとすれば、この空間には自己修復能力が備わっているので再建自体はさほど困難ではないことくらいか。……とはいえ、崩壊寸前にまで追いやられた以前の状況からようやく立ち直りかけていたことを思い返すと、やはり多少の落胆を覚えずにはいられなかった。


「ユーノ……あの子は、どこに?」


 倒されて粉々になった柱と瓦礫まみれの床に視線を向けながら、私はここに残してきた「彼女」の存在を思い出して念を送り、何度も呼び掛ける。

 突然の襲撃であったとはいえ、侵入者の脅威を察知したユーノがそのまま看過するはずもない。それに、彼女の能力をもってすれば撃退は難しくとも、足止めくらいは――。

 そんな望みを抱きかけた私のもとへ、ズズゥン、と踏みしめる地面だけでなく空間全体を震わせるような鈍い響きが伝わってくる。その轟音を聞いた私は顔を上げ、踏み砕かれた床の足取りを追いかけて駆け出した。


「っ、いた……!」


 そこは『ワールド・ライブラリ』の最深部へと向かう、泉の間。そのほとりに差し掛かる寸前のところで私は、巨大蜘蛛の後姿を視界に収めることに成功した。


「(間に合った……でも……)」


 安堵と同時に、遥たち……特に、深手を負ったミスティナイトを浮遊城に残してきたことを思い出して、私は後ろめたさと罪悪感を覚える。

 おそらくあの邪悪な居城は、『魔』の力を与え続けていた宿主がいなくなったせいで維持する力を失い、時をおかず崩壊するに違いない。彼女たちの力があれば脱出自体は可能だとは思うが、先を急ぐあまりその危険性を告げずに去ってしまった……。

 それでも今は、ブラックカーテンの野望を止めなければならない。そう自分を鼓舞して私は顔を上げ、巨大蜘蛛の背中に向かって叫んでいった。


「待ちなさい、ブラックカーテン! そこから先は、行かせないっ!!」


 言葉を発すると同時に私は手をかざして周囲の泉から『マナ』を取り込み、先ほどまでの『憑依体』ではなく本来の身体を再構築する。そして神衣をまとって翼を広げると地を蹴り、その勢いとともに飛翔して巨大蜘蛛の前方へと素早く回り込みながら、出現させた愛用の神剣『バルムング』を両手持ちに構え、突進してくる敵の鼻面目がけて斬りかかった。


「はぁぁぁあっっ!!」


 狙いは、ブラックカーテンの頭部――ではなく、その肢の関節の部位。たとえ鋼のように強靭な甲皮に覆われていても、そこが弱点であることは先ほどの対戦でも明らかだ。そして1本でも肢を奪われてしまえば、身体を支えきれない巨大蜘蛛はその場に崩れ落ちて動きを封じられる――。

 はずだった。しかし、


「なっ……!?」

『……見くびるな。同じ攻撃が何度も通用するとでも思ったか――、っ!』

「っ……ぐっ、うぅぅぅっ……!!」


 瞬時に展開された波動の障壁によって攻撃を弾かれた私は、直後に巨大蜘蛛の背中から放たれた短槍のような無数の針の乱射撃を受けて右、左と必死に回避する。……だが、至近距離に加えて全方位からの攻撃にすべて対処することは難しく、その中の一つが右の翼の付け根を直撃し、バランスを失った私は墜落して地面へと叩きつけられた。


「っ、この……程度っ……!!」


 すぐさま立ち上がった私は、巨大蜘蛛の前に移動しながら翼に刺さった針を抜き捨てる。

 針攻撃と落下によるダメージは神衣のおかげでかなり軽減されており、翼も装備された飛行ユニットのため、特に痛みを感じるわけではない。……が、可動部分が損傷したことで飛行能力が大きく低下してしまったことは、この「バケモノ」との戦闘を続けるにあたってかなりの不利となる損害だった。


『ふん……あの攻撃をかわすとはな。さすがは『ワールド・ライブラリ』の管理者といったところか』

「っ……なぜ? どうしてここで、お前は力を使える!?」


 驚きと困惑に思わず声を荒げながら、私は巨大蜘蛛に向かって叫ぶ。

 そう、ここは人間界と魔界をつなぐ中継点『ワールド・ライブラリ』。魔界エリュシオンから放出される波動エネルギーを泉の力によって浄化し、人間界イデアの各平行世界へと還流する聖なる場所だ。ゆえに、アスタディール家やその守護者である『天ノ遣』たちには力を与える一方で、『闇』に属する存在はむしろ力が奪われる……先ほどの浮遊城とは真逆のことが起こるはずなのだ。

 にもかかわらず、ここに至ったブラックカーテンはその力が衰えるどころか、さらに強さを増している……これはいったい、どういうことだ!?


『何を今さら……忘れたのか? 今の私には、たとえ聖なる力であろうともそれを吸収して自らの内に取り込むものがあることを……!』

「っ、ブレイクメダル……!?」

「その通り。『天ノ遣』から手に入れた人造の『無限機関』がある限り、もはや私が恐れるものなど何もない。たとえ女神アストレアからこの空間の維持を託された、貴様ら『管理者』が相手であっても……なっ!!」


 刹那、巨大蜘蛛の複眼がギラリ、と怪しく輝いたかと思うと、放たれた幾筋もの光線が私に向かって迫る。とっさに障壁を張ったものの衝撃までは抑えられず、弾き飛ばされた私は泉のひとつに水しぶきを上げながら転落した。

すぐさま反撃に出るべく浮上を試みたが、そこへ先ほどと同じく針攻撃が襲いかかってくる。私は必死にそれらを回避したが、水中では翼が仇となって対処が遅れ、身体にいくつもの直撃を受けてしまった。


「が、はっ……!!」


 激痛とともに傷口から流れ出した鮮血が、瞬く間に泉の中へとにじんで広がっていく。私は懸命に意識を集中させて周囲からマナを集め、若干の回復を行ってから使えなくなった翼を切り離すと追撃に備えるべく水中を移動して、離れた場所から一気に水面へと飛び上がった。


「っ、かはっ……げほっ、……はぁ、はぁっ……」


 全身が水浸しになった状態で地を踏みしめ、顔にはりついた前髪を乱暴に払いのけながら、私は剣を構えて敵の攻撃を待ち受ける。……が、巨大蜘蛛はもはや私に関心を示さないとでも言いたげに背を向け、泉に向かって前進を再開していた。


「っ、……ま……待て……!」

『貴様の相手など、している暇はない。そんなことよりも、私の半身……返してもらうぞ。そして、大魔王ゼルシファー様の忠実で従順たる、同輩どもの魂もな……!!』

「……っ……!!」


 まずいっ……! ブラックカーテンが言ったように、あの泉の底にはやつの本体である魔獣アリアドネが眠っている。いや、それ以外にもかつて平行世界の全てを滅亡寸前に追い込んだ魔獣や魔将たちが大量に封印されているのだ。

もし、それらが一斉に眠りを覚ましてしまえば、もはやどれだけの力を集めようとも撃退することが困難に……いや、不可能といってもいいだろう。そうなると確実に、この世界が終わってしまうことになる……!


「ユーノ、聞こえる……? 今すぐ非常コード331発令、この空間ごと『ワールド・ライブラリ』から切り離してっ!!」


 私は、この『ワールド・ライブラリ』のもうひとりの管理者であり、かけがえのないパートナーの名前を声を限りにして叫び、非常手段の実行を託る。

 『ワールド・ライブラリ』は、以前に外敵の侵入を許したことを受けて各階層とフロアをユニット状に構築したものに変更している。だから、非常時には危険なエリアを分断することで本体を保全することが可能になっていた。

 もちろん、それによって機能は低下し、せっかく元に戻りかけた現在の空間が回復するにはさらに時間を要することになるだろう。ただ、このままでは取り返しのつかない事態にもつながりかねない以上、躊躇っている場合ではない。

 だけど、……返事が、ない。

それどころかさっきから、彼女の存在も……全く感じない……?


「っ……? ユーノ、どうしたの!? 返事をして、お願いっ!!」

『ふはは……どうやら、貴様の同僚はいないようだな。もはや事態を止められぬと悟って、逃げ出したか……』

「ふざけないで! あの子はそんな子じゃない!!」


 自分の親友を侮辱されたことで激昂した私は地面を蹴って跳躍し、大上段に振りかぶった『バルムング』を巨大蜘蛛の頭部へと叩きつける。が、渾身の力を込めたその一撃はきぃんっ、と甲高い金属音をたてて弾き返され、直後に迫ってきた横殴りの肢の一撃を食らった私は悲鳴すら上げる隙もなく残った柱の一つに激突した。


「っ……か、はっ……!!」


 全身がバラバラになるかと感じるほどの激痛と同時に、喉の奥からきな臭い空気と液体が勢いよく吐き出される。それが血だと理解した瞬間、私の視界は急速に暗い闇に包まれていった。


『……諦めるがいい。これが、貴様ら愚かな人間どもの運命だ。そして、唯一にして絶対の大魔王、ゼルシファー様の治世の始まり――』


 そんな陶酔しきった声を遠のく意識の片隅で聞き留めながら、振り上げられた巨肢を身動きの取れない状態で見上げた、次の瞬間――。


「……やらせないよ」


 遠くの方から、凛と響く「彼女」の声が……聞こえてきた。



 × × × ×


 ……テスラさんから借りた『エリュシオン・メダル』を使って『ワールド・ライブラリ』へと移動したあたしは、邪悪な気配を追ってひときわ大きな泉がある大広間にたどり着く。そこにはあの巨大蜘蛛がいて、さらにその前方には身体のあちこちを真っ赤に染める赤毛のお姉さんの姿があった。


「っ、大丈夫ですか……!?」


 あたしは巨大蜘蛛の脇をすり抜け、お姉さんのところへと駆け寄ってその身体を抱き起こす。背中越しに、今にも鋭い肢を振り下ろそうとするやつの気配を感じたけれど、……もはや勝ち誇る立場からの余裕なのか、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。


「っ、あなた……めぐる……? どうして、ここに……っ」

「助けに来ました。……ごめんなさい、遅くなって。でも、もう大丈夫ですから」


 そう言ってあたしは、励ますようになんとか笑おうと努めてみせる。それでもお姉さんは苦しげにむせこみながら、戸惑いの表情を浮かべるだけだった。


『……なんだ、『天ノ遣』の出来損ない。今さらここに、何をしに来た?』

「…………」


 すぐ後ろから、巨大蜘蛛――ブラックカーテンの嘲りを含んだ声が聞こえてくる。それを受けてあたしは無言で立ち上がり、足を前に踏み出した。

 「出来損ない」……確かにその通りだ。あたしは自分の「力」を最後まで使い切ることを躊躇い、そのせいで唯人さんに取り返しのつかないことをしてしまった。

 だから……もう、迷わない。そして、逃げない。

 あたし自身に託された「もの」、その願い……呪いさえも受け入れて、そして――!


「っ、……逃げなさい……! 武器のないあなたには、もう……」

「……武器なら、ありますよ」


 深手を負って息が絶え絶えになりながら、それでもあたしのことを案じてくれる赤毛のお姉さんに振り返って頷いてから顔を戻し、唇をかみしめる。

 もちろん、彼女が不安に思うのも、当然のことだろう。だって今のあたしの姿はブレイクメダルを奪われたことで変身能力を失い、防御力なんて皆無の制服を着ているだけだから。

 だけど――。


「ブラックカーテン……最後に、聞かせて。大魔王に会いたいって言ってたけど……あなた自身は、魔王になりたいとは思わないの?」

『はっ……? 出来損ないの小娘が、たわごとを……! 私の今の姿こそが、もはや魔王に等しい存在……いや、魔王そのものではないか。大魔王さまには及ばずとも、貴様ら人間にとって絶対の力の差を見せつける、至高の脅威……それが私、魔王アリアドネなのだからな!』

「…………」

『くっくっくっ……どうした? 魔王を前にして、己の運命を悟ったのか? 安心するがいい、すぐに貴様らも逝かせてやる……永遠の闇の世界にな……!』

「……魔王、か。だったら、教えてあげるよ……本物の、魔王をッッ!!」


 そう告げてあたしは、大きく息を吸い込んでから念を込める。そして、「あの人」が最後に教えてくれた言葉を叫んで、いった――!


「『サモン・ディア・ディスパーザ』っ!!」

『なっ……!? そ、それはっ!?』

「『ブラッディ・ローズ・クリムゾン』ッッ!!」


 その忌まわしくも厳かな口上とともに、あたしの周囲には真紅の花びらが無数に出現して勢いよく渦を巻いていく。そして、どす黒い暗闇のオーラが全身を包み込んだかと思うとチェリーヌの制服は跡形もなく消え失せ、……その代わりに血で染めたようなドレスを身にまとっていた。


「なっ……? め、めぐる……まさか、あなたは!?」

「……魔王、ディスパーザ。それがあたしの身体に眠る、悪魔の正体だよ……!!」


 そう言ってあたしは、ゆっくりと右手を前に突き出す。すると、掌の上に無数の黒い粒子が集まってきて……それらは大きな黒い影となってあっという間に膨れ上がり、弾けると同時に巨大な槌へと姿を変えた。


「魔獣……ううん、『咎人(トガビト)』アリアドネ。あなたの『真名』はもう、あたしの手の中にある――」

『……っ、き……貴様ッッ!?』

「身の程知らずに増長し、エリュシオンの民の誇りを汚す愚かな存在よ……この魔王の名において、「オマエ」の罪を処断するッッ!!」


 × × × ×


「テスラ……教えて。あんたはどうして、めぐるにあんなことを言ったの?」


 めぐるを送り出し、その消えた空間の歪みを悲しそうに見つめるテスラに向かって、私はさっき耳にした言葉の意味を訊ねる。

 一刻の猶予も許されない状況で話の腰を折ってはいけないと思い、あえて聞かずにいた。だけどやはり私は、彼女が何を知っているのかを確かめずにはいられなかったのだ。


「(めぐるは、ブレイクメダルなしで変身できる……それって、どういうこと?)」


 まさか、と思う以上に、ありえない、という否定の感情がわき上がってくる。

 元々、ブレイクメダルは持ち主の有する波動エネルギーに反応するだけでなく、その波長を増幅することでスーツへの変身と絶大な力の発揮を可能にしたものだ。そのメダルなしで同等の能力を使おうとしても、持ち主には人知を超えるレベルの波動エネルギーの発現が求められることになり、それは人間の潜在能力と耐久性の両面から100%不可能だという結果も出ている。

 めぐるとすみれは、確かにすごい力の持ち主だ。素質の面だけなら現時点でさえ遥や葵お姉さまを凌駕し、歴代の『天ノ遣』の中でも屈指の能力を誇る存在に成長してくれるという期待もある。

……だけど、それもあくまで「人知」に基づいての範囲内だ。もし、テスラが言うようにブレイクメダルの補助も必要ないほどの波動エネルギーを体内に秘めているのだとしたら、それはもはや、人間の定義を越えているということに等しい……。


「要するにめぐるは、ブレイクメダルが必要ないほどの波動エネルギーを持っている。……あんたはそう言いたいってわけ?」

「はい。酷いことを申し上げていると承知の上で、私はそう確信します」

「……っ……」


 そう言ってまっすぐに見つめ返してくるテスラの真剣な表情に、私は反発や反論の気持ちも挫かれて思わず、目をそらしてしまう。

 こういう時、常に冷静で客観的な意見を口にしてくれる彼女の存在は、とてもありがたい。……だけど今だけはほんの少しだけ、恨めしさを感じたくもなった。


「……以前、エリュシオン・パレスで魔王化しためぐるさんと対峙した時から疑問に思っていたのです。どうして彼女は、魔王のメダルと同化することができたのか、と」

「それは……めぐるに、その適性があったからじゃ……」

「ええ、確かに。ですが、『エリュシオン・メダル』とはエリュシオンの民の魂がその姿を変えた、マイナスの波動エネルギーの結晶体。ゆえにプラスの波動エネルギーを力に変える遥さんたち『天ノ遣』や、それに類似する私たちにとっては異質どころか、有害ですらある存在ということになります」

「……そうね」

「だとしたら、『同化』なんて試みればよくて相殺か、最悪の場合は暴走して肉体や精神に深刻なダメージを与えてもおかしくない代物のはずです。なのに、めぐるさんはそれを受け入れただけでなく、自我まで保っていた……」

「…………」


 確かに、テスラの言うとおりに違和感がある。『天ノ遣』の血筋であり、闇の力に対する適性があったとはいえ、魔界エリュシオンの民が持つ『同化』の能力をめぐるが行使できた理由は私にも理解できないことだった。


「それだけではありません。彼女は潜在的に、『闇』を打ち破る手段を知っていたのです。『闇』の一族の血を引き、その適性があったとしてもどうして「情報」までも持っていたのか。そしてそれを、誰から聞いたのか……」

「…………」

「その疑問は、ここに至るまでにある仮説へとつながりました。エリュシオンの民の魂は、メダルによって構成されている。そして互いに情報と意識を共有することで、同化する能力を有している。つまり……」

「っ……? じゃあ、めぐるは……!?」

「えぇ、そうです。彼女は生まれながらにして、体内に『エリュシオン・メダル』を有しているか、もしくは……持っていた。それも、『魔王のメダル』ほどの強力なメダルと『同化』しても自らを保っていられるだけの、強力なものを――」



 × × × ×


「『デスクラッシャー・インフェルナス』ッッ!!」

『ぐっ……うぉぉぉおっっ!!』


 吐き出された無数の鋼線のような糸の網を巧みにかわし、あるいは踏み越えながら……あたしは振りかぶった漆黒の大槌を、渾身の力込めて巨大蜘蛛の肢のひとつに叩きつける。とっさに敵は何重もの障壁を生み出してそれを阻もうとしたが、薄いガラスを壊すようにそれらを粉々に打ち砕き、鋭くて硬い肢を節、ではなく根元から一気に破壊した……!


『が、はっ……き、貴様ぁぁぁっっ……!!』

「……まだ、終わらないよ。ううん、終わらせて「あげない」……っ!!」


 大槌を引き戻して肩にのせながら、あたしは胴体、そして頭部の上を蹴って跳ね飛ぶと、後ろ向きに回転して地面に降り立つ。

 すでに巨大蜘蛛「だった」ブラックカーテンは肢の半数を失っており、傷だらけの躰からはとめどなく流れ出る大量の紫色の液体。それが魔物の血であることはわざわざ確かめるまでもなかったけれど、そこにまじって数え切れないほどのメダルが地に落ちて甲高い音を響かせ、それとともに敵の動きは徐々に鈍く、そして弱々しくなっていた。


『ば、バカな……! 魔王ディスパーザは、あのフェリシア・デュランダルのなれの果てではなかったのか!?』

「あの人は、魔王のメダルを「守って」くれてただけだよ。昔、チイチ島の大鏡であなたが奪った、あたしの半身のメダルをね……」


 今になって、ディスパーザさま……ううん、フェリシアさんから告げられた言葉が脳裏に蘇ってくる。あの人は、消えそうになっていた最後の命を振り絞って、あたしに隠されていた真実を教えてくれたんだ――。


『……最悪の事態に直面した時は、封印を解きなさい。きっと、あなたの力になってくれるでしょう。ただ……』


 フェリシアさんはそこで口を噤み、真剣な表情であたしの顔を見つめ返す。そして、そっと包み込むように優しくあたしの手を握りながら、ゆっくりと言い含めるように言葉を繋いでいった。


『覚悟はしてください。魔王として一度覚醒してしまえば、もはや人間界に戻ることはできなくなるでしょう。……それを引き換えにしてでも守りたいものがあり、倒さなければならない相手が現れた時に、その力を――』


「――っ、やぁぁぁあああっっ!!!」

『ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁあっっ!!』


 あたしは高く跳躍し、落下の勢いも手伝って両手持ちで大きく振りかぶった漆黒の大槌を、気合一閃とばかりに巨大蜘蛛の胴体へと叩きつける。ばきりっ、と硬いものが砕ける嫌な音が響き、尻尾なのか胴体なのかわからないその塊は真っ二つに割かれ……辺り一面には大量の真っ赤な液体がびしゃり、と飛び散った。


『っ、……ぐ……ち、畜生……こ、この悪魔野郎が……!!』

「悪魔じゃないよ。あたしは、魔王……! さぁ、ここで滅んで……そして、消えてしまえッッ!!」


 徐々に胸の内から高まっていく熱い鼓動を感じながら、あたしはにぃ、と口元を歪める。

 嫌悪感とともにこみ上げる、不思議な高揚。それがあたしに嗜虐的な愉悦を与えると同時に、……深くて暗い絶望を上書きに重ねていった。


「あたしと……一緒に……」

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