第36話
……その姿を見た時、あたしは一瞬よく似た別人だと思った。それくらいに場違いで、異様で、……なによりも、信じがたい光景だった。
「嘘っ……なんで……!?」
笑みをたたえながらこちらを鋭く見据え、悠然と立つそのシルエットがまるで幻か何かのようで……あたしは自分の目を疑い、ごしごしとこする。
こみあげてくるのは、あと少しのところで希望を失いそうになった……あの時の、嫌な記憶。そして脳裏に蘇るのは、振り返るのもつらいほど最低で最悪の思い出だった。
――ヌイもヴェイルも、貴女のせいで死んでしまったのよね……?
「……っ……!?」
耳元で妖しくささやかれたあの言葉が、あたしの記憶から音声となって頭の中で再生される。
ヴェイルちゃんと、ヌイ君……2人を目の前で失ったショックを引きずり、心配してくれたすみれちゃんを振り切ってまで逃げてしまったあたしは……その一言で持っていたはずの勇気がくじけて、心の中までどす黒い絶望に塗りつぶされてしまった……。
――あなたがいると、みーんな不幸になる。だからあなたは、ここにいるべきじゃないのよ……。
その言葉を最後に、あたしの意識は途切れて……再び気が付いた時には、メアリによってわけのわからない機械の中に入れられてた。
そして、大魔王ゼルシファー復活のためのメダルを生み出すエネルギー源として利用され……もう少しで、ツインエンジェルとしての力と資格を失う寸前まで衰弱させられたんだ……!
「(で、でもっ……なんで? どうして、メアリがここに……!?)」
ここがあたしたちいる現代じゃなく、1000年前のヨーロッパだってことはエンデちゃんの説明でわかってる。だからメアリがいること自体、そもそもありえないことだ。
それに……それにっ!
メアリは、すみれちゃんや先輩たちの加勢のおかげでゼルシファーの復活を阻止し、その失敗に絶望して自ら命を絶ったはずだ。
なのに、なんでまたあたしたちの前に現れたの……!?
『……めぐるさま? しっかりしてください、めぐるさまっ!』
「えっ……?」
と、そこでエンデちゃんの強く呼びかける声にはっ、と我に返り、ようやくあたしは今の状況に目を、そして意識を改めて向け直す。
暗がりの中に立っているのは、確かにあのメアリだ。そして、彼女はその背後に如月神社を襲った化け物を何体も従えてあたしたちと、そして逃げ惑う住民の人たちに襲いかからんと凶悪な形相を浮かべていた……!
『めぐるさま……あの者をご存じなのですか?』
「う、うん……」
息苦しいほどに高まった鼓動を抑えつつ、あたしは言葉を絞り出すようにしてエンデちゃんに答えていった。
「この前、エリュシオンで話をしたよね。あたしの力を使って、ゼルシファーを復活させようとした人がいたって……」
『っ、……それが、あの女ですか?』
半分怪訝、そして残り半分には嫌悪を浮かべて、エンデちゃんは相手に顔を振り向ける。そして、地平に線を引くようにずらり、と横並びになった魔物の集団の中心に立つメアリを鋭く見据えながら、待ち受けるようにすっ、と腰を落として身構えた。
……たいまつと雲間から抜けた月光によって、彼女の姿が徐々に明らかになる。黒ずんだ中に浮かぶ赤い髪に、血のような赤い瞳――えっ?
『……どうしました、めぐるさま?』
「髪の色が、……違う……? 目の色も……」
暗がりの中だからはっきりとは見えないけど、あたしたちが戦った時のメアリは金色の髪で……瞳の色も、あんな感じじゃなかった。
一見すると彼女の容姿は 、確かに記憶の中のそれとほとんど同じかもしれない……でも、何かが違ってる……?
『髪と、瞳が……なるほど、そういうことですか』
すると、それを聞いたエンデちゃんは何かに気づいたのか、かすかに頷く。そして、記憶の中の知識をひも解くように響きを落とした声でゆっくりと語っていった。
『以前……過去の文献を読んだときに見たことがあります。ゼルシファーが復活し、最後の聖杯戦争を繰り広げた時点からさかのぼること300年ほど前に、イデアの民でありながら天才的な頭脳と莫大な財でもってエリュシオンの存在を突き止めた者がいた、と』
「それが……メアリ……?」
『……おそらく。あいにく男であったのか、それとも女だったのか……さらに言うと、個人か複数なのかも確かではありませんでしたが、いわゆるデモーニッシュ(悪魔崇拝)に憧れ道を踏み外した者は、その姿を異形に変えたと聞きます。ですからあれは、悪しきその力に染まり魂すらも奪われた、いわゆるなれの果てでしょう……』
「…………」
その説明を聞いて、あたしの全身に冷たいものが走り抜けていく。
そういえば、メアリは以前自分のことを331歳だと言ってた。あの時は誇張だと思って信じなかったけど、まさか本当だったなんて……!
『どうやって、この地にたどり着いたのかはわかりません。……ですが、ここで私たちの前に立ちふさがる理由はただひとつ――ならばこちらは、やつらを倒すだけです』
「う、うん……だけどっ……」
あたしは混乱のまま、エンデちゃんにすがるように言い募っていった。
「あたしの知ってるメアリは、もう死んだはずなの! ゼルシファーの復活に失敗した時に、持っていた槍を自分に突き刺してっ……!」
『……自害した、ということですか?』
「そ、そうだよっ! なのに……なんで……っ!?」
今でも、あの光景は目に焼き付いている。
刺し貫かれた腹部からあふれ出し、あっという間に芝生の上を染めていった真っ赤な血。そして、みるくちゃんが凶気的だと表現したあのギラギラとした瞳から徐々に光が消えていくさまは、忘れたくても忘れられるものじゃない。
しかもその後、……メアリの亡骸は灰のように崩れて、跡形もなく消え去った。あれではとても、もう一度蘇るなんて絶対に不可能だろう。
「それに……メアリの魂と、執念も宇宙に消えたはずなの! 戦艦インフィニティ・ラヴァー 号と一緒に爆発して、それでっ……!」
『宇宙……? ということは、まさか……っ!?』
それを聞いたエンデちゃんは目をむいてはっ、と息をのむ。そしてすぐさま、その表情を驚愕から怒りへと変え、……握りしめたこぶしを震わせながらうめくように呟いた。
『まさか、あの男……そこまで考えていたのかっ? 選択の余地を全て奪っておきながら、私すらも捨て駒にして……!!』
「えっ……?」
あの男……捨て駒? それってどういうことなんだろう。
だけど、それを確かめる前にエンデちゃんは両腕を交差させて、手首にはめた腕輪を重ねながら何か、聞き取れない言葉を唱えるすると、彼女の手のひらが光に包まれて……近くに立つあたしでも感じられるほどの気が全身から高まっていった。
『私は、あの怪物どもを引き受けます! めぐるさまはあの女をっ!』
「ど……どういうことなのっ? エンデちゃんはいったい何を――、っ!?」
そう尋ねかけた瞬間、頭上にふっと影が差す。それに顔を向けると、鳥のような化け物が大きなくちばしを開きながらこちらに急降下してくるのが目に映った。
「きゃあぁぁっっ!!」
『――『レイ・ブレード』っっ!!』
あたしの悲鳴を遮るように、エンデちゃんの咆哮が頭の中に響く。すると、天へとつきかざした右手の中から一条の光がほとばしり、化け物の身体を切り裂いていった。
グギャォォォォッッ!!
断末魔の叫びを残しながら、巨大な身体が少し離れた場所へと叩き落ちる。……ずぅん、と足どころか全身を震わせる激しい地響き。それが、エンデちゃんに撃ち落されたものだとわかるまで、ほんの少しの時間が必要だった。
『すみません……説明はあとで、必ずさせていただきます! 今は、あの敵を倒すことだけをお考え下さい!』
「で、でもあたし……あのメアリには、前に……っ!」
そう言ってあたしは、メアリに目を向ける。
……彼女の顔には、ぞっとするほど生気がない。にもかかわらず無機質に笑うそのさまは、まるであたしを獲物としてとらえるようにも見えて……っ。
「……っ……!」
全身から力が抜け、震えが駆け抜けて……思わず、その場に崩れ落ちそうになるところを懸命に踏みとどまる。
……怖い。
メアリに捕まり、狭いカプセルの中に閉じ込められた記憶が蘇って、……喉が焼けるような息苦しさと無力感が襲ってきた。
「(逃げちゃ、だめだ……ここで逃げたら、あたしは……!)」
遠のきそうな意識を奮い立たせ、あたしはこぶしを固く握りしめながら口元を引き結ぶ。
……あの時のあたしは、何もできなかった。ただ震えて、助けを求めるだけだった。
「(でも……今は、違う……!)」
決心して、すみれちゃんと離れて……如月神社で治療して、鍛えてもらった。
これなら大丈夫だって、雫さんも言ってくれた。
みんなもよく頑張ったって、ほめてくれた。
あたしは強くなった。そう信じてもいいって、やっと、思えるようになったんだ。
だからもう、元通りに戦える。すみれちゃんに迷惑もかけずに、ツインエンジェルBREAKとして戦える……はず……!
なのに……どうしてっ――?
「(怖い……!)」
怖い、怖い怖い怖い、怖い……!
メアリの笑みと、鋭く妖しい瞳がまるで射貫くようにして、あたしの足を竦ませる。
目に、じんわりと涙が浮かぶ。喉が渇いているのに、……何かが詰まったように、息が、うまく通らない。
あの時は、すみれちゃんがいた。みるくちゃんも、先輩たちもいた。
でも、今は……誰もいない。あたし一人だ。あたしが自分の力だけで、あの敵と戦わなきゃいけないんだ。
そう思うと……思わされると、視線が動かない。ううん、動かせなくて……あたしの頭の中はもう、完全な真っ白に塗りつぶされてしまっていた。
「……っ……!」
また、あの時の自己嫌悪が、……あたしの心を暗く、闇の中へと引きずり込んでいくのを感じる。
やっと変わったつもりだったのに、何も変わってなかったんだ――そう思って気持ちが沈みかけた、その時だった。
『……めぐるさま。目を見てはいけません』
「えっ……?」
いつの間にか、あたしのすぐ横にはエンデちゃんがいた。そしてそっと手を包むように握りながら、静かに語りかけるように言ってくれた。
『イデアが、エリュシオンと同じ理屈かまでは定かではありませんが……人は相手の目を見る時、まずその瞳の中に映る己自身の姿と向き合います。そのために、心の中に宿る怯えや不安、緊張の存在に気づいて、かえって相乗の効果となって気持ちをくじけさせてしまうのです』
「…………」
『だから目ではなく、その顔と、そして全身を視界の中に収めてください。そうすることであなたは自身ではなく相手と向き合い、その動きと気配に意識を集中できるはずです。……さぁ』
「う、うんっ……!」
エンデちゃんに言われたとおり、あたしは思い切って深呼吸し……メアリだけじゃなくその背後の化け物たちも見えるくらいに、視野を広げてみる。
すると、……あっ、と思わず声をもらしたあと、真正面に注意をとらえつつ彼女に言葉を返していった。
「メアリ、なのに……「メアリ」じゃ、ない……。雰囲気が、違う……?」
違う意味の戸惑いを感じながら、あたしはそのシルエットと表情に目を凝らしてみる。
以前のメアリには、全身からあふれんばかりの執念、そしてこちらが震えそうになるほどの邪悪な凶気があった。
でも、……今はそれがほとんど、……ううん、まったく感じられない。
髪や目の色、その他若干の容姿の違い以上に、……それはよく似ていても、あたしにとってただの「別物」でしかなかった。
『私の見たところ、マナの力……イデアで言うところの波動エネルギーは、あの女からさほどに感じられません。そして魂には正であれ邪であれ、「星(かがやき)」がない――』
「っ……!」
エンデちゃんの励ましの言葉が、……すごくあたたかくて、とてもうれしい。まるで、乾いた土に清らかな水を送り届けるせせらぎのように、それは癒しと恵みをあたしの心の中に運んでくれていた。
『めぐるさま。あえてこの言葉を再び使わせてもらいますが……あなたは、エリューセラ。世界を救う力を持つお方なのです。ですから、気後れなどはなにも――、っ』
「? どうしたの、エンデちゃん?」
『い、いえ……すみません、出過ぎたことを申しました』
そう言ってエンデちゃんは、そっと顔を背けながらあたしから少しだけ離れる。……また踏み込みすぎたと思って恥ずかしくなったんだろうか、その動きがちょっとだけ切ない。
けど、彼女の優しさと思いやりは十分すぎるくらいに伝えてもらった。
あとは、あたしが頑張る番だ……!
「ありがとう、エンデちゃん! あたし……やってみるよ!」
『……ええ。ではめぐるさま、まいりましょう……っ!』
「うんっ!!」
その合図とともに、あたしは待ち構えるメアリに向かって駆け出していく。
もう、さっきまでの恐怖とか不安とか……沈んだ気持ちは、何もない。心にあるのは希望、そして燃え盛るような闘志だった――!
「いくよ、メアリっ! たあぁぁぁあぁっっっ!!!」
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