第37話

『めぐるさまは、あの女を! あとの連中は、私が相手になります!』

「うんっ、お願い!」


 無数に群がる化け物をエンデちゃんに任せ、あたしは地面を蹴ってメアリに突進する。そして、こちらに降り注ぐ礫や火炎の攻撃を左、右へとかわしながら間合いを詰め、虚空から『ローズクラッシャー』を呼び出すと両手持ちで握りしめた。

 巨大な槌は、これまでにもいろんな敵を倒してきた必殺にして、最強の武器。あたしはメアリを目前にとらえるとそれを振りかぶり、一気に攻撃を繰り出していった。


「エンジェルジェットスライダー・暁っっ!!」


 槌から放たれた鉄球が、メアリに向かって放たれる。巨岩すら砕き、分厚い鉄板も破壊するその一撃は、敵を押しつぶす勢いで――。


「――――」


 だけどメアリは、直撃する寸前で冷たい笑みを浮かべたまま槍をかざす。そして切っ先を素早くひらめかせ、鉄球を軽々と弾き飛ばした。

 さすが……! でも、最初の攻撃が弾かれるのは予想通りっ!


「はあぁっっ!」


 あたしは地面を踏みしめる足に力を込め、槌の柄をバトンのように手繰って回転させる。その勢いで柄についた鎖が引き寄せられ、先につながった鉄球がこちらへと戻ってきた。


「っ、たぁぁあぁぁっっ!!」


続いてあたしは飛んでくる鉄球をぎりぎりにすれ違ってかわしながら、がつっ、と踏み込んだ右足を軸にしてその場で回転する。

すみれちゃんから教わった、直線運動を回転運動へと変える仕組み――それを応用した、『ローズクラッシャー』の新しい攻撃パターンだ。


「やああぁあぁぁぁっ!」

「――っ……!」


 ハンマー投げの要領で鉄球を振り回して、横殴りの勢いでメアリへと攻撃を仕掛ける。

キィン! と甲高い音が響き、鉄球は再び宙を舞った。


「(……反撃が、軽いっ!)」


 鉄球を引き戻して構えを取りながら、あたしは攻撃に手ごたえを感じて「よしっ!」と内心で自信を深める。 

 少し前まで、こんな大振りの攻撃をした後は防がれてしまうと、必ずといっていいほど足元がふらついていた。それはあたし自身の体重が軽いこと以上に、下半身の動きに力が入ってなかったせいだろう。

 でも、今はこうして、しっかりと踏みとどまっている。だから、体勢を崩すことなく次の攻撃に移ることができた……!


「やぁぁっ! たぁぁぁっ!」

「……っ……!」


 続けざまに放った攻撃はその都度メアリの槍で防がれて、まだ直接のダメージは与えられていない。

 だけど、……エンデちゃんのおかげで冷静になった今なら、わかる。メアリは受け身の姿勢が徐々にふらつき、槍を繰り出すリズムにも乱れが生じてきていた。


「(大丈夫……怖くない……っ!)」


それに、以前にメアリと対峙した時には感じなかった、相手の動きと変化。それを見て取れるようになったのは、きっと――!


「はぁぁあぁっっ! たぁぁっ、やぁぁっっ!!」

「っ、……っ……!」


 攻撃を繰り出すたびに相手からの反撃の回数は減り、その精度は落ちている。おかげで、覚悟していた以上の力の差を感じない。

まるでワルツを踊るように、あたしは前後左右とひっきりなしに立ち位置を変えながらメアリに波状攻撃をしかけていった。


「っ、……っ!!」


 相変わらず、メアリは不気味な笑顔を浮かべている……だけど、あたしだって勢いでは負けていない!

 互角……ううん、それ以上に戦えているはずだ!


『クラスター……』


 と、その時。

 メアリの向こう側で、大きく腕を振りあげるエンデちゃんが見えた。そして、高くかざした手のひらの中で輝きが収縮し――。


『レイっっ!』

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」


 光の球体がはじけ飛び、そこから放たれた光の槍が化け物へと降り注がれていく。あっという間に巨体の群れが一掃されて、その中で彼女だけが悠然と立っていた。


「(やっぱり、すごい……!)」


 すみれちゃんと戦っている時は、あたしがザコを一掃している間にすみれちゃんが敵の親玉と対峙していた。

 今は、いつもと逆。あたしが親玉のメアリと戦い、エンデちゃんがこちらを援護しつつ化け物を相手取ってくれている。……それでも全然ぎこちなさを感じないのは、きっと彼女があたしの動きに合わせてくれているからだろう。


『……その夢が、あなたを支えているのですね』


 そんな中、あたしの記憶の中で雫さんの厳しいけれど、優しかった声が蘇ってくる。

 あの人との修行は、今思い返せば一週間程度だったけど、休みがあまりなくて……失敗した回数も数え切れないほどだ。

厳しいことも、たくさん言われた。叱られることはなかったけど、それだけに心にはずぅん、と響いた。

……だけど、頑張った時はちゃんと褒めてくれた。その言葉は、今でも思い出すことができる。


『弱音も吐かず、よく頑張っていますね。その年で、たいしたものです』

『えへへっ……ありがとうございます』


 嬉しかった。だからあたしは雫さんに、笑顔で返したんだ。

『これからも、ちゃんと正義の味方でいられるように頑張ります!』って。

そうしたらあの人は、優しく笑いながらこう答えてくれた……。


『それなら……くれぐれも、注意してください。あなたはまじめな子だから、常に頑張ろうとしてしまうのかもしれませんが……たとえ怖くなっても、気持ちを追い込んではいけませんよ』

『気持ちを追い込んでは、ダメ……?』

『ええ。追い込まれた心は、思考から選択の余地を奪ってしまう。だから、気持ちを前へと追い立てるのです。大切な人を『守れないかも』という不安ではなくて、『守りたい』という願いを込めて――』

『守れないかも、じゃなくて、守りたい……』

『そうです。命を、志を、夢を……守り通してください。力とは、そのためのものだから――』


「あたし、わかったよ! その言葉の意味……やぁああぁあああああっ!」


 掛け声とともに、あたしは目の前の敵に立ち向かっていく。

メアリのことは、今でも恐ろしい。……だけど、あたしの背中にはアストレアさまや、この国の人たちの命がかかっている。

 だから……ううん、だからこそっ!


「あたしは、前に進むんだ!!」

『クラスター・レイっ!!』


 背後では、エンデちゃんがあたしのために戦ってくれている。おかげであれだけの数の化け物を気にすることなく、目の前の敵に集中することができていた。

 彼女の心配りに、あたしはそっとありがとう、と内心で呟く。そしてローズクラッシャーを手に、メアリへの攻撃を絶え間なく仕掛けていった――!


「たぁぁぁあぁっっ!!」

「――っ……!?」


 ……惜しい! 今の一撃はもう少しで命中だった。

 にしても、以前のあたしならここまで互角に戦えていなかったと思う。……それだけでも今は、十分すぎることだった。


「あなたが、なにを考えているのか知らないけ……どぉっ!」

「…………」


 弾かれた鉄球は、あらぬ方向へ飛んでいく。それでも、あたしはメアリから目を離さずその隙をうかがい続けた。

 彼女は相変わらず一言も発せず、薄笑いを浮かべながら戦い続けている。……その姿は正直言って薄気味悪く、不気味だ……でもっ!


「あたしは、二度と……大切な人を、殺させたりしない!」


 その気合とともに、あたしは鉄球を放ちながら地面を蹴り、全身で鎖を鞭のように打ち払う。

 狙いは、……その足下! 鉄球を囮にして鎖で絡め取り、メアリの体勢を崩すっ――!


「…………!」


 それでも、メアリはその直前に感づいたのか、素早く飛び退いた。


「(まだまだっ……あと少し!)」

『めぐるさまっ!』


 エンデちゃんの声にはっ、と周囲を見渡すと、薄く白み始めた世界に倒れ伏した化け物の群れとエンデちゃんの姿が視界に映る。

 立っている敵は、もうほとんどいない。全部倒されるのも、時間の問題だろう――と、その時だった。


「――っ――」


 背後に飛んだメアリが口元に指を当て、ピィッ、と指笛を慣らす。するとそれを合図に無事だった化け物たちが背を向け、エンデちゃんやあたしを無視して一斉に駆け去った。


「ま、……待てっ!」


 そして、メアリもまた化け物たちの群れの中にまぎれて、……あっという間に地平線の向こうへと消えていった。

 残されたのは、エンデちゃんに倒されて霧のように消えつつある……化け物の巨体の山だった。


「に、逃げた……?」


 どういうことだろう……? ひょっとして、このままだと全滅すると悟って逃げたんだろうか。

 とにかく、あのまま逃がすわけにはいかない。そう思って走り出そうとしたその時――、背後に何かが落ちる気配がして、あたしは立ち止まった。


『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!』

「っ、……エンデちゃん!?」


 振り返ると、エンデちゃんが砂の地面にがくり、と膝をついて倒れていた。それを見たあたしは慌てて駆け寄り、彼女の上体を支えながらできるだけ優しく抱き起こす。


「エンデちゃん、大丈夫!?」

『わ、私のことは気にしないでくださ……』

「そ、そんなこと言ったって……顔、真っ青だしっ!! 」


 そう言ってあたしは、エンデちゃんの顔についた砂を慌てて払う。

血の気の失せた青白い肌と、脂汗の浮かぶ額。あれだけの数の化け物を相手に戦って、きっとあたしのために無茶をしてくれたのだろう……。


「気づかなくて、ごめんね。住民の避難はあたしがするから、エンデちゃんは休んで……」

『ですが、あの者たちを見逃すわけにはっ……』

「っ……」


 あたしは無言で首を振り、これ以上の追撃は止めよう、と彼女に伝える。

確かにその通りかもしれない……だけど、今はエンデちゃんの容態のほうが大事だった。


「とにかく……住民の人たちが無事で、よかったね」

『はい。……それにしても、どうしてアストレアさまはあの者どもが襲撃してくることを事前に教えてくれ、――っ!?』


 すると突然、エンデちゃんはあたしにも聞こえるほどにはっ、と息をのみ、大きく目を見開いて顔をあげた。


『まさか、まさか……!』

「どうしたの? まさか怪我を……きゃっ!」


 恐る恐る伸ばした手をつかまれて、思わず声が出てしまう。だけど次の瞬間、まるでバネ仕掛けの人形のように立ち上がったエンデちゃんに手を引かれて、あたしたちはそのままの勢いで空へと舞い上がった。


「わっ、わわっ……!?」


 あっというまに地面が離れていく。避難していた住民たちがぽかんとした顔で、あたしたちを見上げているのが目に映った。


「ど、どうしたのエンデちゃんっ?」

『王城に戻ります! アストレアさまが危険です!』


 それだけを言葉に出すとエンデちゃんはきっ、と進む先に視線を向けて、速度を上げる。それは、彼女らしくないほどの乱暴な飛び方で……しっかりとつかまっていなければ振り落とされそうだった。


「(危険って、なんで……?)」


 あたしが守るっていった時、アストレアさまは「護衛がいるから大丈夫」だって言っていた。それを聞いたエンデちゃんも、未来が見えるあの人がそう言うのだから、と納得してくれて……。


『……っ!』


 だけど、歯を食いしばって飛び続けているエンデちゃんにそのことを詳しく聞くこともできず、あたしはただ黙っているしかなかった。


「(アストレアさま……)」


 おだやかな顔立ちの中に、凛とした強さを感じさせるあの姿が脳裏に蘇る。

 全身を激しく気流の中にもまれながらあたしは、とにかくアストレアさまの無事を祈ってエンデちゃんの腕を両手でつかみ続けていた。


  × × × ×



『降下します! 構えて!』

「う、うんっ……」


 やがて私たちは、最初に足を踏み入れたお城のバルコニーに降り立った。

 エンデちゃんが開けた時のまま風で窓が開き、カーテンがはためいていて……中の様子が露わになっている。だけど、


「うそっ……!?」


 無人の室内は、まるで廃墟のような有様だった。

 綺麗だった壁面は無残に破壊され、まるで握りつぶされたようにひしゃげた扉はちょうつがいが壊れ、片側だけがかろうじてぶら下がっている。


「これは、……なに? 何があったの!?」

『……遅かった……。あの方の真意に、気づけなかった……、っ!』


 その瞬間、……緊張の糸が切れて体力も限界だったのか、エンデちゃんの身体ががくり、と崩れ落ちた。


「エンデちゃん!」

『っ、……行ってください、めぐるさま……!』

「っ……で、でも……」

『お願い……! せめて、あのお方が生きてさえいてくれれば……!』

「わ、わかった……!」


 その鬼気迫る表情にあたしはなにも言えず、彼女を置いてそのまま部屋の中に入った。


「……っ……」


靴の下からじゃりっ、とした音。……割れたガラスか、何かだったのかもしれない。

 そして部屋を埋め尽くす瓦礫を踏み越えて、扉の隙間をくぐり抜けた先に広がっていたのは……。


「な、なにこれ……」


 つい数時間前に駆け抜けた廊下は、見る影も無くズタズタになっていた。

 あちこちが崩れ、壊され……あちこちで炎と煙があがって焦げ臭さを感じる。


「っ……!」


 ぞくり、と背中を撫でる恐怖。……悪夢のような世界を直視することに耐えられず、あたしは一目散に走り出した。


「(おかしい……なんで……?)」


 城内は、しんと音が聞こえるほどの静けさに満ちていた。物音はおろか誰の足音すらも、何もない。さっきまで王様とか、お城の人たちがたくさんいたはずなのに……っ!


「っ……! っ……!」


 吐き出す、自分の息がうるさい。

 心臓の、バクバク音を立てているのがうるさい……!


「なんで、なんで誰もいないの……!?」


 泣き声混じりの叫び声を響かせたまま、あたしはひたすら走り続けた。

 壊れた瓦礫を乗り越えて、開かなくなった扉をローズクラッシャーで破壊し、そしてやっと見覚えのある広間に辿り着いた途端――。


「あっ……」


 部屋の真ん中。……薄明りの下で、何かが倒れていた。


「……っ!」


 踏み出そうとしたけど、足が滑って床に転倒してしまう。その瞬間、鉄の匂いが鼻の奥をツンと刺激した。


「……なに、これ」


 何かどろりとしたものを、靴の裏に踏んでしまったことは分かった。

 とっさにあたしは、床に触れた手で自分の頬を拭い――。


「えっ……?」


 ……その指が、真っ赤に染まっていることに気付いた。


「……ぅ、そ」


 あたしは立ち上がることもできず、両手と膝をついたまま這うように前へと進む。

 1歩、1歩と近づくたびに、……横たわる人の姿が鮮明になる。

 シルクみたいに、長い髪。

 真っ白なミルクみたいなドレス。

 宝石をちりばめた、特徴的な杖。


「そ、そんなっ……!!」


 それが全部、血の海に沈んでいた。


「あ、あぁあああっ……!!」


 喉の奥から、引きつったような声が自分の意思とは関係なく漏れ出てくる。

 見間違いだと思いたかった。何かの間違いだと信じたかった。

 でも、でも……お腹から真っ赤な血を溢れさせ、仰向きで血の海に沈んでいるのは……!


「アス……トレア……さま」


 広い聖女の間に、あたしの声が響いて……消える。

 宝石みたいに透き通った緑色の目は淀み、どこも焦点は合っていなかった。


「…………なん、で」


 確かめるまでもなかった。

 私の目の前で殺されていたのは……まぎれもなく、「あの人」だった……。


「なんで……!?」


 なんでじゃない。

 彼女が殺された理由なんて、1つしかない……!


「……あたし……守れなかった……」


 あたしがアストレアさまを守るって、エンデちゃんと約束したのに。

 そして、エリュシオンの人たちも、この国の人も。

 全部、全部守るって……なのにっ……!


「……っ……!」


 血の海の中に、ぺたりと座り込む。

 生気の無い瞳と見つめあううちに、目元からじわりと涙が溢れてきた。


 守れなかった。

 また、守れなかった……!


「正義の味方なのに、私……っ……!」


 ――『命を、志を、夢を……守り通してください。力とは、そのためのものです』


 雫さんの言葉が、頭の中でぐるぐると渦巻いている。

 力があれば、守れると思っていた。やっとその力を手に入れることができたと、少しだけ満足……ううん、勝手に思い込んでいた。

 でも、……それは、真実じゃなかった。

 あたしはやっぱり、……無力な、ままだった……。


「う、うぅうううっ……!」


 喪失感と、絶望感……大きな後悔が涙となって、ぽろぽろと流れ落ちていく。

 そして、そんな中――。


「め……めぐる……」


 ふと、背後から聞き慣れた声がした。


「(えっ……?)」


 聞き間違いだと思った。だって、ここでその声が聞こえてくるはずがないんだから。

 ここは、1000年前のヨーロッパ。彼女が、ここにいるはずは無い。

 そう、自分に言い聞かせながらあたしはゆっくりと振り返り……涙で歪んだ世界の中に、見た。


「…………」


 そこには、大切な友達がいた。


「……。すみれ、ちゃん……」


 あたしのことを、正義の味方と呼んでくれた……大切な友達が、驚いた顔で立ちすくんでいた。

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