第80話

「あっはははははっ! あーっはははははっ!!」

「……っ! くっ、……ぅ……っ!!」


 不気味な哄笑とともに、外見からは想像もできないくらいの俊敏な動きでこちらを翻弄するメアリの波状攻撃を、私は薙刀状のサファイア・ブルームを手繰って柄と刃で受け止め、紙一重で跳ね返していく。

 耳障りな甲高い金属音と、目の前に飛散する無数の火花。そして両腕から伝わって全身を揺るがす、激しい衝撃――それが4度、5度と繰り返されたところで私はメアリから飛び退り、間合いを保って乱れた呼吸を整えた。


「っ、……はっ……はぁ……っ!!」


 ……額から大粒の汗がしたたって、頬から顎へと伝って落ちていく。すでに交えた剣戟は数十合以上になるが、妖しい術によって強化されているのかメアリは疲れた様子どころか息すら切らさず、傲然とした笑みを浮かべながら立ちはだかっている。

その余裕と不敵な態度がなんとも不気味で、腹立たしい。……だけど力の差が歴然としているだけに、私が抱くその感情は今のところただの負け犬の遠吠えに過ぎなかった。


「……ふふっ、どうしたの? この私を倒すと息巻いておきながら、息が上がってきたのはユーの方みたいだけど……?」

「まだまだ、これからよ……はぁぁぁあっっ!!」


 私は地面を蹴って一気に距離を詰めると、勢いとともに刺突を繰り出す。……が、それはむなしく空を切り、さらに虚を突かれたところへメアリの猛攻が怒涛のように襲いかかってきた。

 迫りくる連撃を懸命に弾き、受け止めて防ぎ、筋を見切ってかわし続ける。……だけど、少しずつその刃が全身の肌をかすめるようになり、劣勢を悟った私は振るわれた槍の衝撃の勢いに従って後方へ跳ぶと、メアリとの距離を大きく取って体勢を立て直した。


「(だめだ……このままじゃ……!)」


かろうじて攻撃は防いでいるものの、主導権を握られている現状ではじり貧になり、体力と集中力を削られた上で不利に追い込まれていく一方だ。そう考えた私は目で相手を追うのではなく空気の流れ、気配を読んでメアリとの間合いをはかり、その動きを全身で感じながら反撃狙いへと攻撃パターンを切り替える。そして――。


「(もらった……そこっ!)」


 私に斬撃を繰り出そうと力を込めたのか、ほんの一瞬だけメアリの息遣いが止まるのを感じる。その隙を逃さず私は突きかかってきた槍を弾く――ように構えてから寸前でそれをいなし、その背後へと回り込むとブルームを横薙ぎに払って斬りかかった。


「――っ!?」


 だけど、メアリの脇腹を捉えた、と思ったその時、彼女の身体が幻のようにかき消える。それと入れ違いに背後からぞわり、と冷たいものが肌を撫で上げるような不快感を抱いた私は、とっさに身を翻しながらほとんど無意識の動きでブルームを逆袈裟に斬り上げた。

「ぐっ……!?」


 両手がしびれるほどの衝撃に思わず顔をしかめた瞬間、視界の中に笑みを浮かべながらも軽く驚いたように目を見開くメアリの表情が映る。

その手には、跳ね上がって天頂へと刃が翻った彼女の槍……危なかった。もしほんの少しでも躊躇いがあったら、その刺突は私の身体に突き立っていたことだろう。


「やるわね、エンジェルサファイア……いえ、如月すみれ。殺すには惜しい戦闘力だわ」

「……っ……!」

「そうね……いっそ弱らせてからあなたの意識を乗っ取って、私の頼もしい下僕の一人に加えるってのはどうかしら? ふふ、それも一興……!」

「……いい考えとは言えないわね。だって私は、どんな時でもあなたの命だけを狙い続けるはずだから――っ!」


 半ば本気、ただ若干の虚勢も含ませながら、私はブルームを振るい突進する。が、メアリはあざ笑いながらまたしてもその姿を消して、こちらが体勢を立て直すよりも早く背後の斜め右あたりから迫ると鋭い刺突を放ってきた。


「……っ……」


 ただ、今度の動きは読み通り。私は紙一重で槍の軌道をずらしながら、その反動で生まれた身体の回転運動に従ってメアリの背後に回り、ブルームを鉄扇状へと変化させる。そして、至近にとらえた彼女の喉元を目がけて鋭い斬撃を放った。


「てゃぁぁぁあっっ!!」

「――っ……!」


 メアリは上体だけをそらして私の攻撃をかわし、そのまま後ろ向きに転回して距離を取る。……その頬には薄く切り傷ができて、じわりと赤い血がにじんでいた。


「……虫も殺さないような顔をしてるくせに、ずいぶん惨い攻撃をしかけてくるのね。やっぱり、あなたは生まれながらの戦士……こちら側の人間ってことよ」

「一緒にしないで。虫唾が走るわ――!」


 隠しようもない嫌悪の感情を顔ににじませながら、私は奥歯をかみしめる。こんな狂気に身をやつした女と同種に見られるなど、侮辱以外の何物でもない。

 ……とはいえ、このまま戦い続けても勝機は薄いだろう。私は何とか付け入るスキを探すべく、メアリの挙動に目を凝らした。


「(だけど、攻撃をしてもかわされる。防御に徹しても疲れを見せない……いったい、どうしたらいいの……?)」


 今まで何度もメアリと戦ってきたが、ここまでの俊敏性……それに加えて無尽蔵な体力と攻撃力は、正直予想外だった。たとえめぐるがいて一緒に戦ったとしても、攻略する手段が思いつかないほどだ。

……それにしても、これほどの力を保ち得る源は何なのか。この城から発する妖気か……それとも――。


「っ……!?」


 その時……ふと視線を落とした先の床一面に、先ほどの魔法陣のような模様が目に入る。それはまるで精密な電気回路のように複雑な経路を作り出して、わずかに光を放ちながらどこかへと流れ込んでいるように見えた。


「(もしかして……あれが、力を生み出してるもの……!?)」


 私は回路の流れを素早く目で追って、そこが行き着く先に目を止める。それは、この部屋のあちこちにある柱の一つ……のようにも見えたが、中からはぼんやりと赤い光があふれ出しており、まるで鼓動のように規則正しい点滅を繰り返していた。


「はぁぁぁっっ!!」


 一か八か、と覚悟を決めた私は、メアリに突進――と見せかけてステップを途中で変える。そして彼女を背後に置き去り、回路が伸びた先にある柱へと駆けていった。


「なっ……フリーズッ! 止めなさい、それは――!!」

「たぁぁぁあっっ!!」


 こちらの意図を悟ったのか、メアリは慌てた口調になって制止の言葉を叫ぶ。……だけど、その動揺から逆に確信を深めた私は止まらず、勢いのまま再び薙刀状に変えたブルームを振りかざした――!


「エンジェルローリングサンダー・黄昏っっ!!」


 柱の中心部目がけて、私は渾身の力を込めて刺突を叩き込む。その材質は石か、それとも類似する別のモノなのかはわからなかったけど、鋼鉄をも貫くその連撃は瞬く間にその表面を抉り、穿って……次の瞬間、無数の破片をまき散らしながら粉々に砕け散った。

 そして、中からバラバラとあふれ出してきたのは……おびただしい数のメダル。それらは空気に触れるや、キラキラとした光の粒子に変わってたちまち霧のように消え失せてしまった。


「っ……!」


 それを見届けてから振り向いた先の光景に、私はこみ上げてくる不快さに顔をしかめる。そこには、魔法陣を象った床の上にメアリの姿をした「人形」が無数に佇んでいて……虚ろな目で、こちらをじっと見つめていたからだ。


「……やっぱりか。あなたは私に合わせて、動き続けていたんじゃない。ただ、「人形」を操っていただけなのね……!」


 空気の流れと気配の動きが一致していなかったのはそのためかと、私は合点する。つまりメアリは、魔法陣の中に潜ませた大量の「人形」を出し入れすることで、まるで素早く移動したように見せかけて私を幻惑していたのだ。

 さらに、その力は彼女自身の魔力などではなく、部屋の隅に立つ柱の中に封じられた大量のメダルが担っていたということだ……!


「……ぐっ、……くそっ……!!」


 苦悶の表情を浮かべながら、メアリが頭を抑える。すると周囲に立っていた彼女の「人形」たちが力なくその場に崩れ落ち、まるで砂糖菓子が水に溶けていくように跡形もなく消滅していった。


「いっそ、さっきの部屋みたいに数の力で押した方が良かったのに。策を弄しすぎたわね」

「……メダルの力無しで、あれだけの数を操ることは難しいのよ。でも、私の術を見抜いたってことだけは、褒めてあげるわ」

「……あなたに褒められても、何も嬉しくないわ」


 そう断じて、ブルームを再び構える。これで正真正銘の1対1――次こそが本当の意味で、最後の一騎打ちになるだろう。

……ただ、私は決着をつける前に、どうしてもメアリに聞いておきたいことがあった。


「メアリ、あなたは……いえ、あなたたちはいったい、何をやろうとしてるの? メダルを集めて、大魔王ゼルシファーの復活まで目論んで……あなたが実現したい想いと夢は、いったい何だったの?」

「言ったでしょう? 私が望むのは究極、そして永遠と無限の愛の姿よ……!」

「……っ……」


……相変わらず、理解できない夢を語る。そう感じてばかばかしいと吐き捨てかけたが、ふと抱いた疑問から、私はさらに問いかけていった。


「……愛って、なに?」

「は……?」

「あなたのいう愛がどんなものなのか、私には理解できない。あなたが大魔王に憧れ、その力と存在に恋焦がれている姿はともかくとして、……それを引き換えに大魔王、そして闇の存在はあなたに何をしてくれるというの? 少なくともそれは、……愛なんかじゃないと、私は思う」


 そう……「愛」という文字には、心が中に込められたものを受ける行為、もしくは状態を表す、と母から教わったことがあった。だから愛には与えることと同じくらい、受けることにも意味があるはずだ。

 ……なのに、メアリの行為は狂信的なまでに大魔王ゼルシファー、つまりは「与える」ということに偏執的なこだわりを見せている。というよりも、「受ける」ということに意識が向いていないようにも感じるのだ。それは果たして、「愛」と呼んでもいいものなのだろうか……?

 だけど、メアリは「――はっ!」と嘲るように鼻を鳴らしながら、吐き捨てるような口調で言い放った。


「じゃあ、あなたは愛に、見返りを求めるの?」

「えっ……?」

「与える見返りに、受けるものを期待する……そんなものは、愛じゃないわ! たとえ報われなくても、その想いが届かなくてもただひたすらに相手を想い、全てを捧げる! そして、その崇高な献身の心を全ての人間が持つことができれば、争いなんて概念はなくなるのよ!」

「……争いを捨てるために、争いを求める。それに矛盾を感じないあなたの思考は、めちゃくちゃだと思うわ」

「なんとでも言うがいい!……そう! 私が求める愛は、エゴからの解放なのだから!」

「だったら今のあなた自身と言動が、エゴではないとでも言い切るの?」

「献身こそが、エゴからの解放なのよ!!」

「なるほど……よくわかったわ」


 やはりこの人とは、最初から最後まで共感できない。……明らかに私とは違う世界の存在であり、そして同時に相容れない「敵」でしかなかった。


「決着をつけましょう、メアリ。……あなたの妄言に付き合うのは、もう十分すぎるくらいよ」

「くくっ、くくく……! 所詮は愛を知らずに生きている、『神』の力と使命に踊らされたあわれな畜生か……!」

「好きに言うといいわ。――っ……!!」


 その言葉を絶縁のしるしとして私は力を込め、まっすぐに正面に立つメアリを射抜くように見据える。やがて彼女は、その瞳をぎらり、と輝かせて――。


「ダークスピア・ペネトレーション!!」

「エンジェルローリングサンダー・昇天っっ!!」


 ほとんど同時にお互いの裂帛の叫びが響き渡り、私たちは槍と薙刀を交える。

 響き渡る金属音と、衝撃。一瞬の静寂ののち、手応えを失った私が至近に迫ったメアリに目を向けると――。


「…………」

「……っ……」


メアリの槍は離れて遠く離れた床へと転がり、……持っていた本人もまた、苦痛に顔をしかめながら武器を失った惨めな姿をさらしている。私の放った螺旋の突きが、それを跳ね飛ばしたのだ。


「……っ……」

「……終わりよ、メアリ。早くめぐるたちを解放しなさい」

「ふふ……言ったでしょう? あの子たちは私を倒さない限り、その精神が解放されることなどない……さぁ! 救いたくば、この私を殺しなさいっ!!」

「だったら……そうさせてもらうわ……っ!」


 もはやここに来て、容赦など微塵もない。その覚悟と殺意を吐き出しながら、私はブルームを上段に構え、その胸目がけて一気に振り下ろした――。

 と、その時だった。


『――だめだよ、すみれちゃん!!』


「っ……!?」


 どこからともなくめぐるの声が響き渡り、私は振り下ろしかけた動作をぴたり、と止める。そして、すぐそばに伏せっているはずの彼女に視線を向けたが、……その身体はさっき横たえた姿勢のままで目も閉じられており、意識を回復した様子はどこにもなかった。


「(っ、まさか――!?)」

「――そういうことよ。ぁぁぁあぁぁっっ!!」


 はっ、と顔を戻した時にはすでに遅かった。いつの間に取り戻したのか、メアリは槍で激しく打ち付けてきて――。


「ぐっ……!?」


 衝撃とともに、ブルームが手を離れて床を転がっていく。そして私も痺れを伴った激痛に耐え切れず、その場に膝をついてしまった。


「形勢逆転ね……どう、よくできた声だったでしょう?」

「……最後まで、趣味の悪い術を使うのね。あなたらしいといえば、それまでだけど」

「ふふ……この期に及んで、そんな減らず口を聞けるのは大したものよ。でも――」


 勝利の確信を得た満面の笑みを浮かべると、メアリは手に持った槍を振りかざす。それは凶刃に鋭い狂気と殺意をたたえながら、私の頭上へとかざされて――。


「これで、本当に終わりよ。さよなら、『天ノ遣』の片割れさん――!!」

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