第66話

 あたしたちを取り囲んだ怪人たちはそれぞれに武器を構え、徐々にこちらとの間合いを詰めてくる。

 表情は仮面で隠されているから、どんな目的があってあたしたちを襲おうとするのかはわからない。でも――。


「(今はただ、前に進むことだけを考える……!)」


不安を抱えたまま留まっていても、答えは見つかりっこない。だったら前に進んで、道を切り開くほうがずっと後悔が少なくなる……それが、これまでの戦いで学んできたことだ。

 それに、今のあたしは一人じゃない。どんな時でも希望を失わない限り、必ず誰かが未熟なあたしに力を貸してくれる――。

 そのことを誰よりも実感させてくれたすみれちゃんが隣にいるのだから、恐れるものなんて何もあるわけがなかった。


「……めぐるっ!」

「うん! いくよっ――!」


 あたしはすみれちゃんと短く言葉を交わし、目配せでお互いの動きと役割を確かめ合う。そしてタイミングを合わせるようにすぅっ、と息を軽く吸い……それを吐き出すと同時に勢いよく脚を蹴り込むと、先手必勝とばかりに集団の一角へと身を躍らせた。


「『ローズ・クラッシャー』っ!」


 疾走しながらあたしは右の手に武器を出現させて、メイス状になったそれを真一文字に鋭く振り抜く。すると、先端の部分が鉄球と化し、それがクリスタルの鎖を従えながら怪人たちの群れに向かって飛来していった。


「ギャオォォォッッ!!」

「ゴアァァァッッ!!」


 巨大な塊を真正面からまともに食らった怪人の一人は防ぐこともできず、左右と背後にいた連中を巻き込んで激しい勢いで吹き飛ばされる。そして奥に立ちはだかる壁に叩きつけられるや、その身体は闇の色に染まって跡形も残さず四散して消えた。


「さぁ、あたしはこっちだよ! 鬼さんこちら、手の鳴るほうへっ!」


 手元に鉄球を引き戻しながら、あたしは怪人たちに向かって不敵な笑みで挑発的な言葉を投げかける。それを理解したのかどうかわからないけど、徒党を組んだ連中は一斉に注意をこちらに向けて身構えた。

 もちろん、今の言葉はあたし自身がうぬぼれて出した言葉じゃない。むしろこれも、作戦の一つ……!


「――どこを見てるの? こっちのことも、お忘れなくっ!」


 その叫びとともに、敵の群れの背後からすみれちゃんが姿を見せる。

鉄球をまっすぐ怪人たちに向けて放ったのは、攻撃と同時に目くらましのためだ。さらに、壁が吹き飛んだことによって生じた土煙と地響きを巧みに利用しながら、すみれちゃんは音もなく回り込んで薙刀状になった『サファイア・ブルーム』を振りかぶり、怒涛の突きを繰り出していく――!


「エンジェルローリングサンダー・黄昏ッッ!!」


 その攻撃の一つ一つが怪人たちの腕を、足を、胸を貫き、さらに連撃で怯んで隙を見せた瞬間を逃さず、袈裟懸けに肩口へと次々に斬りつける。真っ二つに鋭く裂かれた怪人たちは声すらも上げず、砂人形が崩れるように消滅していった。


「(さすがすみれちゃん……でも、あたしだって!)」


 あたしは前後からの攻撃を受けて混乱する怪人たちに向かって突進し、全員を射程内に収めた距離にまで間合いを詰める。はっ、と何人かがこちらの気配に気づいて、慌てながらも迎え撃つべく構えをとるのが見えた。

 だけど、もう遅い……っ!!


「すみれちゃん、下がって! やぁぁぁっっ!!」


 あたしは助走をつけてメイスを両手で振るい、鉄球を再び投げ放つ。そして、その勢いのまま両脚の力を込め、すみれちゃんが安全な場所にまで飛び退るのを確かめてからコマのように回転の動きを加えていった。

 あたしを中心にして烈風が生まれ、それが空気を切り裂く旋風へと変化する――!


「エンジェルストーム・暁ッッ!!」


 土埃、礫、瓦礫を内部にはらんだ嵐は周囲の怪人たちを荒々しく引き寄せ、巨大な渦の中へと吸い込んでいく。

 それはまさに、竜巻。あたしのつくり出した暴風に怪人たちは抵抗もできず、その悲鳴は激しい気流の響きによってかき消されてしまった。


「たあぁぁぁっっ!!」


 止めとばかりにあたしは『ローズ・クラッシャー』の鉄球を嵐の渦ごと、遠く離れた壁へと叩きつける。その衝撃は爆発にも似た轟音を伴って炸裂し、巻き込まれた怪人たちの姿は跡形も残さず消え去っていた。


「やった……! すみれちゃん、怪我はない?」

「えぇ、大丈夫よ。それよりめぐる、今の技は……?」


 すみれちゃんは驚いたのか、呆気にとられた表情で奥の壁面を見やりながら尋ねてくる。……あぁそっか、そういえばこの技を実際に使ってみせたのは、今回が初めてだったっけ。

そんな彼女の反応を見て「やった!」と内心で手ごたえを感じながら、あたしは『ローズ・クラッシャー』を指輪の中に収めると少しだけ胸を張っていった。


「『エンジェル・タイフーン』を、さらにパワーアップさせた新しい技……になるのかな? この前如月神社で修業した時に、指導役の雫さんが教えてくれたことをヒントに練習してみたんだ」


 × × × ×


 如月神社での修行内容は、色々なものがあった。その中には剣道に柔道、空手、合気道……古武道や外国の武術に関するものもたくさんあって、あたしはその全てを雫さんから教わり、毎日のように稽古をつけてもらっていた。

ツインエンジェルBREAKになって以来、戦い方の基礎はみるくちゃんたちから色々と教わっていたけれど、本格的な武術の指導は初めてだった。だから、あたしは必死に雫さんたちの教えを聞いて、少しでも自分のものにしようと取り組んだ。

だけど……熟練者の雫さんには当然のように全く歯が立たなくて、いつも終わった後は足がふらふらで、全身に力が入らないほど疲れ切ってしまう――そんな繰り返しだった。

模擬戦をやっても、何度も倒された。あたしの攻撃は一度も雫さんに当たったことがなく、逆に彼女は容赦なくあたしを叩きのめし続けた。

……悔しかった。情けなかった。あたしはこんなにも弱くて何もできないのかと思い知らされているようで、始めた頃は泣きたいくらいに悲しかった。

そんな様子を、雫さんは毎回あたしが立ち上がるまで黙って、じっと見守るだけだった。……でもある日、彼女は「……なるほど」と何かに気づいたように頷きながら、こう言って声をかけてくれたんだ――。


「……めぐるさん。攻撃に全力をかけるのは当然のことなので構わないのですが、そのたびにバランスを崩していては敵にスキを見せて、思わぬ反撃を受けることになります。それがあなたの大きな弱点であり、戦闘時に実力を発揮できない原因なのだと思います」

「弱点……?」


 すみれちゃんやみるくちゃんから一度も言われたことがなかった指摘を聞いて、あたしは自分の身体をしげしげと見つめる。

 何の変哲もない、強靭とも虚弱とも違う普通の手足だ。ただ、日頃から稽古を欠かさないすみれちゃんが持つようなしなやかさは感じられない……。


「あ、あはは……あたし、体力には自信があったんだけどなぁ。やっぱり、すみれちゃんと違って武道とかをやってこなかったから、それで……」

「自らの足りないものに気づいて、謙虚に認める姿勢……良いことだと思います。ですが、だからといって敵はそのような事情などを考慮してくれたりはしません。それに、よき見本がそばにいて敬意を払いながらも、そこから学んで追いつく意思がなければその差は開く一方……違いますか?」

「……っ……」

「不足を知りながらも、それを補完しないままでは結局のところ怠惰と同じ。あなたの守りたい、大切な人たちに負担を与えることに直結するのだと理解してください」

「……すみません」


 穏やかな口調だけど、その厳しい指摘の言葉に叱られたような気がして……思わずしゅん、とうなだれてしまう。だけど、雫さんはそんなあたしの前に膝をつくと、そっと手を取りながらにこやかに言葉を繋いでいった。


「間違えないでください、めぐるさん。あなたは自分に足りないものが何かを知り、そしてそれを補いたいと思っている。だけど、その方法を見つけ出すことができない……その現状を理解した上で打開の意思を持ってもらうために、私はあなたに稽古をつけてきたのです」

「えっ……そ、そうだったんですか?」

「えぇ。これまでずっと、素人同然のあなたに痛い思いをさせてしまいましたね。ですが、おかげであなたが何を学ぶべきかを知ることができました。……めぐるさん、あなたは力の使い方を身につけるべきです」


 × × × ×


「……雫さんはそう言って、無駄な負担をかけない身体の使い方を教えてくれたんだ。体重移動の仕方とか、力をかけるタイミングとかをね。そうすると、どんな体術をやってみても動きがぶれなくなったし、長時間稽古をしてても疲れにくくなったんだよ」

「そうなんだ……」


 そんなあたしの説明を聞いて、すみれちゃんは頷きながら微笑んでくれる。

ねぎらいの言葉とか、簡単に褒めるようなことは口にしない。だけど、あたしが頑張ってきたことは理解している――優しい笑顔がそう言ってくれているようで、それがとても嬉しく、そして誇らしい思いだった。


「(……ありがとう、雫さん)」


 如月神社での修行期間中、つきっきりで面倒を見てくれたあの三つ編みの巫女さんのことを思い出して、あたしは胸元をきゅっ、とつかむ。

 すみれちゃんのお兄さん――如月唯人さんが教えてくれた話だと、雫さんはあたしたちがエリュシオンから戻ってきた日に前後して退院し、傷も癒えたことで自分の職場の如月神社へと帰っていったのだという。だからあたしは会ってお礼を伝えることもできず、あの人が残してくれた手紙を読むことしかできなかった……。

 その内容は、とても雫さんらしい慎ましさに満ちた文章で……心が温かくなった。そして、最後に締めくくった一文は――。


『あなたは、私たちの誇りです。どうか夢を見失うことなく、多くの人の希望であり続けることを心から祈っています』――。


 それが、どれだけ今の励みと支えになっているか……たぶん、あたしのつたない言葉では表すことができない。だからあたしは、これからの自分の行動でその恩返しと、期待に応えようと心に誓っていた。


「すみれちゃん、あたし頑張る。これからもずっと……ううん、これからはもっともっと……!」

「……うん。私も、ね」


 そういってすみれちゃんは、軽く握ったこぶしをかざしてみせる。あたしはそれに応えてこつん、と自分のこぶしを合わせて頷き、二人並んで再び走り出した。


 × × × ×


 しばらく走り続けた後、あたしたちは長い廊下の突き当たった先へとたどり着く。そこには古めかしい石の扉があり、慎重に様子を窺いながらそれを開いて中を覗き込むと、奥には先ほどの部屋よりも大きな空間が広がっていた。


「これって……礼拝堂?」

「なのかしらね。でも……」


 すみれちゃんの訝しげな視線の先に目を向けて、あたしも思わず顔をしかめてしまう。

そこに飾られているのは、神々しさなど欠片もない、禍々しくて……おぞましい何かの偶像だった。


「悪魔……かしら。天使や神様にはとても見えないわね」

「ということは、あれって大魔王ゼルシファー?――っ!?」


と、その時だった。

 強烈な殺意をはらんだ人の気配を感じて、あたしたちは弾かれたような勢いで振り返る。すると柱の影から、ゆったりと一人の姿が現れるのが視界に入ってきた。

それは――。


「メアリ……っ!?」


 ……見間違えるはずもない。それはエリュシオンでも何度となくあたしたちの前に立ちふさがり、さらには夢の中にも出てきたあのメアリだった。


「また、あなた……っ? そこをどきなさい!」

「悪いけど、ゆっくり相手してる時間はないんだよ!」


 そう叫びながらあたしたちは、いずれにしても戦いは避けられないと少しうんざりした気分でそれぞれ武器を構える。

 だけど、次の瞬間……あたしたちは目に映った光景が信じられず、唖然とその場で固まってしまった。


「ど、どういうこと……?」

「め、メアリが3人、5人、……10人以上!?」


 その言葉の通り、柱の影から次々に姿を現したのは――。

寸分たがわぬ同じ姿で、そして同じくらいの禍々しい妖気を漂わせる「メアリ」の集団だった……!

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