第45話
『……よし、城の入口付近はまだ崩れてない! 一気に乗り込むぞ!』
そう言ってアインは、飛行術で私やテスラさんたちを光の中に包み込んだままエリュシオン・パレス目指して混沌の中を突き進んでいく。
時間を短縮するためとはいえ、彼女に一度に4人も運んでもらう負担を序盤からお願いしてしまって、申し訳ない思いがある。……だけど、その一方で意外にもアインの表情は瑞々しく、その瞳には鋭くて強い光が宿っていた。
「大丈夫なの、アイン? さすがに飛ばしすぎじゃ……」
『あぁ、問題ねぇ! マナが満ちているエリュシオンなら、ボクも全力全開でやれるからな!』
心配して声をかける私に対して、アインはにやり、と笑って親指を立ててみせる。
さすがは、エリュシオンの民の本領発揮というところか。その姿が頼もしくて、私はつい緊張した状況を一瞬忘れてくすっ、と笑ってしまった。
「でも……ここまで何もなかったのが、逆に気になるわ。仕掛けてくるとしたら、そろそろ――」
「っ……来ます! 気をつけて!」
『なにっ? わわっ……!?』
テスラさんの叫びが耳に届くやいなや、前方から無数のなにかが勢いよく向かってくる。間一髪でアインの展開した障壁が弾き飛ばし、バラバラと四方へと飛び散ったそれを見て弓矢だとわかったけど……とっさの防戦で彼女が飛行術を解いてしまったのか、私たちの身体は支えられていたものがなくなって地上へと落下していった。
「きゃぁぁっっ!」
「くっ……!」
なんとか空中で姿勢を立て直し、私たちは城壁を越えて中庭らしき敷地内へと着地する。
どうやら、この城の内部ではまだ重力が働いているらしい。足元にわずかな痺れの感触を覚えながら、私は周囲を見渡して状況を確かめた。
『わ、悪ぃ……大丈夫か?』
「ええ、平気よ。……ここは、どのあたり?」
『……城に入ったばかりの、回廊の手前だよ。くそっ、せめて 大広間のあるところまで行きたかったのに……』
「怪我がなかっただけ、上々ですよ。それより、先に進みましょう」
アインを気遣うようにその肩を軽く叩いてから、テスラさんは闇に包まれた通路の奥へと歩みを進める。……が、数歩も進まないうちに立ち止まり、前方を見据えながら隣に並ぶナインさんと無言で頷きあった。
「どうしました……?」
「……いる。それも、たくさん……!」
その呟きとともにナインさんは大剣を引き抜き、両手持ちで中段に構える。テスラさんも左右の手のひらの中に雷球を生み出し、腰を落として敵を待ち受ける体勢をとっていった。
すると、それを合図にして--。
『なっ? なんだ、こいつらは……!?』
闇の中から現れたのはおびただしい数のカブトムシ、クワガタ、アリなどの仮面をつけた戦闘員たち。その背後には異形の姿でうなり声をあげながら、巨大な怪物の群れが隙間なくひしめいている。そのどれもが凶悪な形相で、こちらに武器や爪、牙を向けていた。
そして、その中から悠然とした足取りで進み出て、私たちの前に立ちふさがったのは--。
「っ? あ、あなたは……メアリ!?」
私は驚きのあまり、わが目を疑ってその容姿を見返す。
大群の戦闘員と怪物を率いて、妖艶な笑みを浮かべるのはまさしく、大魔王ゼルシファー復活のためにめぐるを酷い目に合わせた現代の魔女……あの、メアリだった。
「ど……どうして? あなたはゼルシファー復活に失敗して、自ら命を絶ったはず!? それにあの後、あなたの魂は--!」
そう……メアリの魂はチイチ島に隠されていた戦艦インフィニティ・ラヴァー号の艦体に憑依して宇宙へと飛び、そこから地球に攻撃をかけようとしたのだ。
だけど、その凶行は先に乗り込んでいたヴェイル・ヌイの記憶と決死の覚悟によって失敗に終わり、自爆して宇宙のチリとなった……はず……?
「(ひょっとして、亡霊……? でもっ……)」
私はほぼ無意識にサファイア・ブルームを手の中に出現させ、薙刀状になった刃をメアリへと向ける。そして彼女に対峙したまま牽制の意味も込め、声を張り上げて話しかけた。
「どいて……メアリ! メダルを失い、大魔王の復活もかなわなくなった今、私たちの前に姿を見せる必要なんてないでしょう?」
「――――」
「悪いけど、あなたの相手をしている時間はないの! どうしても私たちの邪魔をするというのなら、今度こそ容赦は――」
『っ! すみれ、よけろっ!!』
「……っ!?」
アインの声を聞き、とっさに私はサイドステップで右へと飛ぶ。刹那、さっきまで立っていた場所に一条の閃きが駆け抜けたかと思うと、瞬時に移動をかけてきたメアリが長槍を繰り出した姿勢のまま、にたりっ……と妖しい笑みを浮かべていた。
「な……っ……!」
ぞっと全身に悪寒が駆け巡り、肌が泡立つ。
メアリの挙動には十分に注意を払っていたはずなのに……攻撃を仕掛ける動きどころか、気配すら感じなかった。アインの言葉に反応していなかったら、ほぼ間違いなく槍の一撃を食らっていただろう。
「くっ、……このっ!」
あの俊敏な動きに対応するには、長物だと分が悪い……そう考えた私はブルームを扇の形態 へと変え、一気にメアリとの間合いを詰めるべく突進する。そして、槍を差し向けてくる前に懐へと迫り、その反撃を防ぎつつ逆袈裟に斬り上げた――!
「……えっ……!?」
だけど、メアリはその一撃を槍の柄元で受け止め、まるでバトンを手繰るようにくるりと回転させる。それによって、力の方向を変えられたことで思わず体勢を崩してしまった私の頭上目がけて、呼吸も入れずその刃を振り下ろしてきた。
「っ、たぁっ……!!」
ギリギリのところでその攻撃をかわし、私は身体ごと横に倒れこんで勢いのまま一度、二度 と側転をかける。そして、十分な間合いをあけてからブルームを構え……頬に流れるものを手の甲で拭った瞬間、それが血だと初めて気づいた。
「め、メアリっ……!?」
「――――」
強い……! だけど、それだけじゃない感じがする。その虚ろな瞳は無機質に私をとらえ、表情は笑っているはずなのに能面のごとく生気が感じられない。
そう、まるで機械人形のように――。
「こ、これはっ……?」
その時、同じようにメアリの様子をうかがっていたテスラさんが、何かに気づいたように大きく目を見開く。そして、嫌悪感に顔をしかめながらうめくように言った。
「おそらく、洗脳か何かで正気を失っています! ひょっとしたら、すみれさんのことも覚えていない可能性が……!」
「洗脳っ……? でもそれは、いったい誰が……?」
「わかりません……ですが、恐怖などを感じない分、相手にすると厄介です! まともにやりあったところで、それこそ時間を浪費するだけ……!」
「くっ……!」
急がなきゃいけない時に、こういう余計な障害として私たちの前に現れる。……つくづくメアリとは縁があるのかもしれないけれど、笑えないし冗談とも思いたくなかった。
「(でも、……洗脳……?)」
身構えながら私は頭の片隅で、メアリが再び私たちの前に現れたことの理由と「背後」について、思いを馳せる。
そもそも、メアリが率いてきたあの組織はヴェイルとヌイたちも含めて、彼女の「大魔王復活」という私的な野望を果たすべくかき集められただけの小規模な集団だと思っていた。だから、幹部である四天王がいなくなり……リーダー格である彼女もまた自ら命を絶ったことで、組織としての存在意義と構成要素は完全に失われたはず。
……なのにメアリは復活し、これほどの勢力を率いてまたしても私たちの前に立ちふさがっている。これは、いったいどういうことなんだろう?
「(っ、そういえば……!)」
快盗天使の先輩たちが敵の組織に捕まって、石化させられたこともそうだ。みるくちゃんから聞いた話だと、あれだけの力を持つ二人を手中に収めておきながら、メアリ自身は彼女たちに対してそれほど関心がない様子だったという。
それに、敬愛するゼルシファーを封印したあの二人に対しての恨みを、石化という手段で報いた――それは一見道理があるようだけど、違和感が拭えない。極端な話、そんな回りくどい仕打ちをするよりも、なぜ傷つける、あるいは殺すといった物理的な報復を選ばなかったのだろう。
「(もしかして、メアリには快盗天使を無傷で捕らえる必要があった……?)」
だから、捕らえた二人を石化させた後は特に危害を加えず、アジトの中に放置していた。つまりそれは、快盗天使たちの確保を命じて彼女を裏から密かに操っていた「黒幕」がいたという、何よりも明らかな証拠……!?
「(でも……だとしたらそいつの狙いはいったい、どこに?)」
めぐるをエリュシオンへと導き、世界の構造を逆転させるような事態を作り上げて……メアリを手駒として復活させる意味と、メリットは?
この状況をつくり上げた「黒幕」はいったい、何をこの世界に仕掛けようと考えているのか……?
「(ひょっとして……ダークロマイアが、絡んでいる……?)」
真っ先に思いついたのは先輩の快盗天使たちが戦ったという闇の血族、ダークロマイアが復活して、ここに至るまでの経緯に絡んでいた可能性だ。……ただ、かつてその頂点に君臨していたゼルシファーは封印されて現世から姿を消し、指導者を失った組織は小規模な残党を除いて瓦解したと聞いている。
だとしたら……ダークロマイアに新しい指導者が、現れた? もしくは、それを裏で操る何者かが、今回の一連の事件を引き起こして――?
「すみれさん、後ろっ……!」
「――はぁぁっっ!!」
今度は、注意を受けるよりも早く身体が反応した。私は宙返りの要領で襲ってきた戦闘員たちと位置を入れ替えて背後に回り、一呼吸も置かずサファイア・ブルームを渾身の力で振り下ろす。大薙刀で切り裂かれたクワガタ仮面たちは虹の粒へと変わり、やがて跡形もなく消え去った。
「すみれさん、アインさん! ここは私たちが食い止めます、だからお二人はめぐるさんのもとへ!」
「で、でも……!」
「時間、ない……早くっ!!」
なおもためらいかけた私に向かって、ナインさんは目の前に迫った戦闘員を斬り伏せながら振り返って鋭く一喝する。
確かに、私たちに残された時間はあとわずか……こんなところで議論をしている暇などなかった。
「わかりました……お願いします! アイン、行こう!!」
『よしきたっ!』
そして立ち去り際……私はちらっ、と肩越しに振り返ると、怪物や戦闘員たちを待ち構えながら顔を向けてくれたテスラさんとナインさんに向かって、奥歯をかみしめながら頷く。
それに対しての、二人の反応は……笑顔で、無言の首肯。それだけで思いが十分に伝わったことを確かめた私は、今度は振り返らず回廊の奥に向かって駆け出した。
『すみれ! ここから先は何が出てくるかわからねぇ……同化して進むぞ!』
「わかったわ!」
そう返すや、アインの身体は光に包まれて消え……私の手の中に破邪の矛(ゲイボルグ)が収められる。それを力強く握りしめながら、私はさらに速度を上げて奥にあるという魔王の間を目指し駆け出していった。
……と、その時だった。
「っ、また……!?」
回廊を突き進み、多くの部屋のドアが左右に見えてそれを素通りしていった私の脳内に、ノイズのような聞き取りづらい音がさかんに鳴り響いてくる。
人の、声……? エリュシオンに来る途中で聞いたものと、同じ感じだ。
でも、これは……?
『……? どうした、すみれ……おいっ?』
「……っ、う、うぅっ……」
急がなきゃいけないのに。
一刻も早く、めぐるのもとにたどり着かなきゃいけないのに。
その声が、呼び止めてくるような気がして私は……思わずそこで、足を止めてしまった。
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