第22話

「なっちゃんっ!」

「っ――!!」


 目で送った合図になっちゃんが無言で頷くのを見て、私はダークトレーダーと間合いをとりながら左へ、彼女は右へと展開する。

そう……これ以上の言葉は、もう要らない。もはやこの男は私たちの敬愛する存在ではなく、忌むべき敵でしかなかった。


「……できるのか、お前たちに」

「っ……!」


 ダークトレーダーが呟いた問いかけに、思わずぎりっ、と奥歯をかみしめる。

 奮い立たせなければくじけそうな私たちと違って、彼の声には戸惑いも悲しみも感じられない。……ただ、事実を確認するための空虚な響きだけ。

 だけど、それがかえって私たちの心を冷やして――目の前の敵に立ち向かう覚悟を強く、そして鋭く研ぎ澄ましていった。


「できなければ、私たちの大切なものを守ることができない……ならばっ!」

「……父さまを、倒す!!」

「――――」


 そんな返答を受けて……彼が、わずかに口元を動かす。それがなぜか満足そうな笑みに見えたのは、私の見間違いだろうか……?

 と、その時だった。


「――おい、ダークトレーダー」

「えっ……?」

「……そういうお前のほうこそ、どうなんだよ。娘同然のこいつらをその手にかけることができるのか?」


 なっちゃんの肩の上に載っていたナポレオンが突然、張り詰めた空気をこじ開けるように問いかける。

普段聞き慣れたふざけた様子を一切廃した、低い口調。私たちは思わずはっ、となって彼に目を向けた。


「不意打ちもできたってのに、のこのこと姿を見せてからってのはずいぶんお行儀が良いよなぁ。戦って勝てる絶対の自信でもあったのか? いや――」

「……ナポ?」

「……迷ってんだろ、お前も。そんなモノで表情を隠したつもりでいても、気迫のなさでモロバレだぜ」

「…………」


その指摘を受けて、私たちは改めて目の前の倒すべき相手を見据える。

ダークトレーダーは答えない。……だけど、バイザー越しに私たちを見つめながら緩やかに構えるその姿にはなぜか以前ほどの脅威、そして狂気じみた冷酷さが感じられないのも確かだ。

 ……それを悟って、私は逆に安堵を覚える。とはいえ、決意はもう揺るがなかった。


「行くわよ、なっちゃん」

「……っ……」


 一歩前へ踏み出しながら、なっちゃんは無言で頷く。そして、ナポレオンがその肩から飛び降りたのを合図にして剣を両手持ちに構え……それを確認した私は、空高く手を突き上げた。


「ファントム……インパルス!!」


 生み出された雷球は、ダークトレーダーへと飛来して――。


「ぬぅっ!」


 くぐもった声の直後、響く爆発音とともに土煙が上がる。

甲高い音は、並んだ水槽の破砕音か。……ただ、直撃の手応えは無い。おそらく背後に飛んでかわしたのだろう。

 ただ、それは想定済みの動きだった。あくまで私の初撃は、ただの目くらまし……!


「なっちゃん!」

「ファントム・スラッシュ!!」


 はたして、ダークトレーダーが移動した先には剣を振りかぶったなっちゃんが回り込み、

渾身の力を込めて斬りつける。

土煙を切り裂くほどの、彼女の鋭い一撃。これを受けて、無事に済むはずがない……。


「……くっ!」


 ……だけど、男は土煙の中から飛び出して、その剣撃をかわしてみせた。


「さすが……!」


やや讃える思いを抱きながら、私は納得も交えて舌を巻いた。

私たちがダークトレーダーの動きを読んでいるように、彼もまた私たちの手を知り尽くしている。正攻法では経験の分、こちらが不利だ……!


「手加減はせんぞ……いいな」

「っ……!」


 そこへ、土煙の中かから飛び出してきたなっちゃんが、素早いステップで私のもとへと戻ってくる。それと同時に、ダークトレーダーはバイザーに手をかけた。


「――ふんっ!」

「姉さんっ!」

「大丈夫っ、……くっ!!」


 赤い閃光が稲妻のごとく迸ると同時に、私は横へと飛ぶ。刹那、私の雷撃にも匹敵するほどの衝撃が駆け抜けて、背後の水槽を次々と切り裂いていった。


「っ……!」


 振り返ると、破砕された水槽の中から溢れた培養液が床に広がっている。

その水たまりの中に転がる、……小さな塊。幸か不幸か暗くて見えないけれど、それはきっと――。


「はっ、……やっぱりか。お前、こいつらを殺す気なんてねぇだろ!」


 だけど、またしても暗い想像に意識が引き込まれそうになった私を、ナポレオンの怒声が正気に戻してくれた。

いつの間にかなっちゃんの肩の上に戻ってきた彼は、全身の毛を逆立て牙をむき出しにしてダークトレーダーを睨み付ける。その言葉の通り、ダークトレーダーの攻撃には決定的に精彩……いや、覇気が欠けていた。

 また、それとは対照的に培養液をたたえた水槽がいくつも破壊されている。本来ならば施設を守りながら戦うべきところなのに、あまりにも不用意だ。

まるで、この部屋の破壊こそが真の狙いだと言わんばかりで――。


「どういうつもり……? 私たちにまだ、情を残しているとでも言いたいのですか!?」

「……そうだといったら?」

「なっ……!?」


怒りと同時に、戸惑いが私の胸の中で大きくなっていく。

まだ、私たちのことを娘だと思ってくれている……もしそれが本当だとしたら、どれだけ嬉しいだろう。どんなに幸せだろう。

だけど、……それはもう、ありえない。私は湧き上がりそうになる未練を振り払い、再び手の中に雷撃の弾を作り上げていった。


「あなたは、まだ……まだ私たちを苦しめるつもりですかっ? この期に及んで、ふざけないで!!」

「ふざけてはいない。私は真剣だ」

「……っ……!」

 

 そして、全身の血が逆流したかと思うほどの激高とともに、私は両手を振り上げ――。


「なら、……投降して」

「っ……!?」


 なっちゃんの、切ない思いを懸命にこらえるような呟きを聞いて……はっ、と息をのみ動きを止めてしまった。


「…………」

「父さま。……もう、逃げられない。でも……まだ、償える……」

「……なっちゃん……」

「まだ……まだ間に合う! だから……だから……っ!」

「……それはできない相談だな」


 なっちゃんの静かな提案に、ダークトレーダーは首を左右に振る。

いつもきれいにまとめていたはずの髪のセットが一部崩れ、毛先が枯れ木の枝のようにゆらりと揺れるのが……目に映った。


「っ……!」

「なら……ここで倒すまでです。ダークトレーダー……っ!」

「あぁ……そうだな。今さら逃げることも、戻ることもできぬ身。ならばっ――!」


 男は大きく息を吐き、機械の拳を強く握りしめると俯いていた顔をあげる。そして、


「ひと思いに行かせてもらう!!」


 叫ぶと同時に、一気に床を踏みしめて跳躍……いや、これは突撃だ!

間合いを詰めて、ダークトレーダーは瞬時に私たちを目の前に捉える。その右手がこちらに突き出されて、肘関節が開き……!


「っ、ファントム・インパルス!!」


 だけど、すぐさま気づいた私は小さな雷撃を飛ばして、そこから射出されたミサイルを迎撃する。その直後至近距離で爆発が起こり、その衝撃はいくつもの水槽をまとめて吹き飛ばした。


「……くっ!」


とっさに私は電撃で巨大な壁を作り上げて、飛んできたガラスから身を守る。だけど、ダークトレーダーはそのまま為す術もなく背後まで吹き飛ばされた。

さらに――。


「――はぁっ!」

「ぐぁっ……!?」


 吹き飛ばされたそのルートを辿るように、なっちゃんが追撃をかける。そしてその蹴りが、彼の胴体に矢のように突き刺さった――!


「が、はっ……!」


 ダークトレーダーの身体は衝撃で吹き飛び、水槽へと叩きつけられる。そのダメージで意識が飛んだのか、体勢を整えることもせずズルズルと床に崩れ落ちていった。


「(こんなもの……?)」


 他に何か仕掛けているのかと警戒するほど、ダークトレーダーは私たちの目の前で簡単に倒れ伏す。

演技かとも疑ったが、男の口から吐き出された血は水槽の緑に照らされた中でもなお、赤い。そしてバイザーが割れ、……右目が露わになった。


「っ………!」


 ダークトレーダーが立ち上がるより早く、なっちゃんは一気に間合いを詰める。そして、とどめとばかりに高々と剣を振り上げて――。


「――――」

「えっ……?」


 支援攻撃をかけようと腕を振り上げた姿勢のまま、私は呆然と固まる。……必中のはずの彼女の一撃が空を切り、その剣の切っ先が地面に叩きつけられたからだ。


「ど、どうしたの……? 早く、とどめを!」

「……だめ」

「なっ……!?」

「……できない。私には……私には……!」


 そう呟きながら、なっちゃんは持っていた剣を床へ取り落とす。そして、両足の震えが背中に、やがて全身へと伝わり……崩れるようにその地面に膝をついてしまった。

その姿を見て、私はまたしても心が揺らぎかけたが……それでも、と奥歯をかみしめて思いをぐっと飲み込む。続いて万一の反撃に備えながら、さらに強い口調で彼女を促していった。


「なっちゃん! 剣を拾って、早く!!」

「いや……いやっ! 父さまを殺すなんて、できないっ……!」


 なっちゃんは落ちた武器を顧みることもなく、いっそ不用意なほど勢いよくダークトレーダーの身体に抱きつく。

 そしてそのまま、彼の胸の中に顔を埋めて……私の指示にすら耳を貸さず、戦うことを拒絶してしまった。


「なっちゃん……!」

「父さま……お願い! 投降して……もう、やめて! 私っ、……父さまと、戦いたく、ないっ……!!」


 子供のように涙をこらえながら、もう離すまいとばかりになっちゃんはしっかりと彼の右手を握りしめる。そんな様子を、ダークトレーダーは……もう一方の腕をだらりと下げたまま、ただじっと見つめていた。


「……。敵に、情けなど無用……そう教えたはずだ……」

「わかってる……わかってる! でも、あなたは……父さまは……っ!」

「…………」


 あぁ、……そうだ。よく覚えている。

 この人はいつも、私たちに厳しかった。幼い頃から、任務においては甘えなど微塵も許さず……常に冷淡で、薄情な態度を崩さなかった。

 なっちゃんが、手作りの贈り物をした時もそうだ。「こんなものを作る暇があったら、訓練に行け」とつれなくそれを投げ捨てたりもした。

 それを見た時、私は腹立たしかった。憎かった。……そして、悲しかった。

 どんなに想ったところで、所詮は血のつながらない関係。この人はあくまで私たちを自らの道具として扱い、そしていつの日か捨てるつもりなのだろう、と。

 だから、私たちも割り切ればいい。心を氷のようにして固く、冷たく閉ざしておけば余計な感情を抱かなくていい……。

 後になって振り返ってみると、その時そう思うことができていたらどんなに楽だっただろう。苦しさを味わわずにすんだことだろう。

だけど……。


『姉さん……あれ……』

『……。うそ……』


 そう決意しかけた私は、……その後すぐ、見てしまった。そして、信じられなかった。

 捨てるくらいなら、自分がもらって大切にする……そう思ってこっそりと、あの人の執務室に戻った時に――。


『……。ふん……』


 わずかに空いた扉の隙間から中をのぞき込むと、……その向こうでダークトレーダーがなっちゃんの作った水晶のペンダントを手に取り、そのまま大事そうに懐へとしまい込んだところを……。


『……おとう、さま……』


 そういえば、あの時が初めてだったような気がする。私が、あの人のことを「お父様」と呼んだのは……。


「私……知っているから。父さまの、本当の、心……」

「…………」


 ええ、……私もわかってるわ、なっちゃん。

 あえて同意を伝えることすら、水臭い。この人は本当に……腹立たしいほどに不器用で、憎らしいほど臆病で……。

 そして、……たとえようもないほどにあたたかくて、優しい人なんだと――。


「なっちゃん……」

「っ、ごめんなさい……でも、私……わたしっ……!」

「…………」


そんな姿を前にして、私も頭上に出現させていた雷球を消し……大きく息をつきながら両腕を下ろす。

この状態で反撃を受ければ、ただではすまないだろう。……でも、よかった。それも運命だと受け入れることができると、なぜか本心から思っていた。


「お、おいっ……いいのか!?」

「いいも、なにも……」


 肩をすくめながら、自分でも驚くほど吹っ切れた苦笑が口元からこぼれ出る。

ナポレオンの抗議は、当然のこと。私自身、決意と覚悟で挑んだはずなのに……まだ未練が残っていたのかと呆れたくもなった。

……だけど、この時の私たちは正義でも、ましてや悪でもなかった。

ただの、……ひとりの不器用な人の、……二人の娘だった……。


「そんなの……私だって……」


 そして私は彼のそばに歩み寄って、その左腕を見る。

生身とは違う、鋼鉄の手。一瞬差し出そうとして手を引きかけたが、意を決してその手を取った。


「(……冷たい)」


 義手に人の温かさは無く、ただ冷たい金属の感触が伝わってくる。

 でも、冷たいだけじゃない。この失われた左腕は、まぎれもなく彼の腕なのだから……。


「ナイン……テスラ……」

「……お父様。あなたは最後まで、嘘をついて逝くつもりなのですか……?」


 お父様……あぁ、そうだ。ダークトレーダーという名前よりも、私たちにとってはそちらの呼び方が馴染んでいる。

 だって、何年も何年も……私たちは、親子だった。

 いや、違う。……今も、私たちは親子なのだから。


「もう……終わりにしましょう、お父様。今ならまだ、きっと間に合います……」

「帰ろう、父さま……! 私たちと一緒に!」

「……それはできない話だ」


 穏やかな、……だけど断固たる口調で、お父様はそう言って首を横に振る。そして私も、彼の返事が否だとはじめからわかっていた。


「この忌まわしき研究施設を作ったのは、この私だ。あがなうべき罪を背負っていることは、お前たちが一番よくわかっているはず。それに……」

「――大丈夫ですよ」


 言葉にしながら、なんて空々しいのだと可笑しさすらこみ上げてきた。

そう……もはや、何ひとつ大丈夫なことなんてない。そして、完璧に償いきれる罪などないことを、この部屋の惨状が声高く訴えている。

 でも、何も償えない罪も無いのだと……私たちは知っている。いや、あの「天使」たちに教えてもらったからこそ、胸を張ってこう言えるのだ。


「私たちが、ずっと側にいます……だって、家族ですから」

「…………」

「約束します。だからもう一度だけ、父親としての道を選んでください。……お願いします」

「テスラ……」


 それを聞いて、ダークトレーダー……いや、お父様はそっと私たちの手を握り返す。

 遅すぎたのかもしれない……でもようやく、私たちの想いが彼に届いた。だからこれで、少しは救われる――。

そんな、安堵を覚えかけたその時だった。


『……お前まで、私を退屈させるのだな。ダークトレーダーよ』


 低く、重く響き渡るその声は、……温かさを戻しかけた空気を再び、極寒へと戻していった。


「っ、この声……!」

「ゼルシファー……」


 どこから聞こえるのかと、周囲を見渡すまでも無かった。なぜなら、淡く緑に光る水槽の隙間からあの忌まわしき男がホログラム映像となって浮かび上がり、こちらを見つめていたからだ……!


『くくくっ……お前の身体に埋め込まれたのが武器だけだと、本当に思っていたのか……?』

「なっ……!?」


 その言葉が告げられた途端、お父様の機械の腕に赤い光が灯る。同時に連続的な機械音が響き渡り、まるで追い立てるかのように速度を増していった。


「自爆、装置……!?」

『愛しい娘たちとともに死ねるのだ、むしろ福音と思いたまえ……はは、はははははははは!!』


 そして、お父様の呻くような声に被せるように高笑いを残し、ゼルシファーは闇に溶けるかのように消えてゆく。

 あとには漆黒の闇、……そして、絶望が半壊した室内を満たしていた。


「お、おい! どうするんだよテスラ、ナイン! このままじゃみんな死んじまうぞ!」

「……っ!?」


 少しの間、呆然とゼルシファーの痕跡を見つめていた私たちは、ナポレオンの悲鳴のような叫び声にはっと我を取り戻す。そして気付いたときには、いち早くなっちゃんが取り落とした剣を掴んでいた。


「腕、切り落とす……それなら……っ!」

「やめろ! 作動が早まるだけだ……お前たちまで巻き添えになる!」

「ど、どうしよう……どうしよう、姉さん……! このままじゃ、父さまが……!」

「っ、……なっちゃん、下がって!!」


 立ちすくむなっちゃんの横から手を伸ばし、私はお父様の両手を掴む。

少し息を吸い込み、吐き出してから意識を集中させると、……パチっ、と手のひらから火花がこぼれていった。


「お父様……少し、我慢して……っ!!」

「ぐぁああああああああ!」


 お父様の叫び声にもかまわず、私はお父様の身体に大量の電撃を流し込む。

激痛は理解していた。だが、今はそれよりも体内に仕込まれた爆弾を破壊する方が先決……っ!


「(っ、これで……!)」


 通常の精密機械なら、回路がショートして機能を停止するはず――そう思って私は、お父様の腕を見やる。

だけど、急かすような速度で点滅していたランプの動きは止まるどころか、その速度をさらに増していった。


「……ど、どうしてっ!?」

「無理だ……この回路は止まらない。私が死ぬまでな……」

「そ、そんな……!!」


 他に何か手があるはずだ。だというのに、甲高い警告音にどんどん心が追い詰められて同時に視界も狭まっていくような感覚に陥る。


「(時間が無い、時間が無い…っ!)」


 私の雷撃では、破壊まで届かない。せいぜい時間を遅らせることしかできない。

 じゃあ、どうすれば……どうすればいい……!?


「……当然の報いだ。お前たちの人生を弄んできたのだから……。愚か者にはふさわしい末路だろうな……」

「なっ……!?」

「自らの犯した罪とともに滅ぶ……か。因果な巡り合わせだ」


 そう言ってお父様は、笑いながら私たちを抱きしめる。そして、……あの、穏やかで優しい口調に戻って、言った。


「ナイン、テスラ……。父親面をして、お前たちにこんな生き方を強いた私を……許してくれ」

「とう、さま……?」

「な、なによ……そんなこと言うくらいなら、最後までお父様でいてよ!」


 握りしめた拳で、お父様の身体を叩こうとする。

 だけど、その身体に触れた瞬間に固く鈍い音が響いただけで……私はもう、自分ができることが何も無いことを理解した。

 いや、理解させられてしまった……。


「こんな……こんな形で……っ!」


 悔しくて悲しくて、……私は血がにじみ出すほどに唇をかみしめる。

 ようやく、わかり合えたと思ったのに……思いが通じたと感じて、嬉しかったのに!

 私たちをこれまでずっと翻弄し続けた運命は、そんなささやかな幸せすらも許してはくれないのか……っ!?


「……へ行け」

「えっ?」

「そこに、私がこれまでの生涯で見たものの全てがある。それを託すことが正しいのか、間違っているのかはわからんが……あるいはお前たちなら、私には見いだせなかった希望を……」

「お父様……っ!?」

「――だからもう一度だけ、父として命令する! お前たちは……生きろッッ!!」


 そう言って、お父様はもはや自由がきかなくなったはずの四肢に力を込めるように立ち上がる。そして、その唐突な動きに固まる私たちに目がけて両腕を伸ばし……どんっ、と突き飛ばした。


「きゃっ!?」

「あぐっ!?」


 予想外で身構える暇もなかった私となっちゃんはその場に倒されて、困惑とともに起き上がる。……すると彼は、そんな力がどこに、と訝るほどの勢いで部屋の奥へと走り去ろうとしていた。


「と……父さまっ……!?」

「何をする気です、お父様っ!!」


 すぐに立ち上がったなっちゃんが駆け出し、わずかに遅れて私もその後を追いかける。そして、突き当たった壁に見える入口らしきものの手前で、距離を縮めかけたその瞬間――。


「っ……なっちゃん、伏せて!」

「きゃあぁっ!」


 ほんの一瞬感じた殺気を受けて、私は彼女をかばうように前へ進み出ると電撃を放つ。……それが、お父様の撃ち出したミサイルだとわかったのは、激しい爆音と土煙の嵐が私たちに襲いかかってきてからだった。


「っ、……お父様、いったい……、っ!?」


 土煙はすぐに収まり、視界が明らかになったところでお父様が開いたドアの向こうに身を躍らせるのが目に映る。

 逃げる……? いや、爆弾が作動している状態でそんなはずがない! ということは、まさか――!?


「テスラ、そしてナイン、愛しき我が娘……」

「……っ……!?」

「ありがとう……お前たちと会えて、私は幸せだった」


 その時、私たちは……締まりかけたドアの先でいとおしいほどに切なく、そして優しく微笑むお父様の姿を、……見た。


「と、とうさ……!」

「お前たちには、父にできなかった生き方をしてほしい……憎しみではなく、愛をもって……お前たちなら、きっとできる。そして――」


 その表情を、私は目をそらさずしっかりと見た。そしてその声を、絶対に忘れるまいと誓って、記憶の中へと焼き付けた。だって……。


「そして、もし……もしも許されるなら……」


 やっと聞けた……ずっと聞きたかったそれが、この人から最期に聞く言葉だとわかってしまったから……っ……!


「次に生まれ変わった時は、……お前たちと、本当の……親子に……」

「ま、待って……だめっっ……!」


 なっちゃんが慌てて、ドアに向かって手を伸ばす。……だけど次の瞬間、それは無情なほど勢いよく閉じられて……その隙間からは、光があふれ――。

続いて、この世のものと思えぬ耳をつんざくような轟音が響き渡った――。


「…………」

「あ……あぁっ……!!」


 土煙が漂う中、木っ端微塵に破壊された水槽と、機材だったものの残骸。……そして、無数の機械の破片だけが転がるばかりで……。

 無残に引き裂かれたような爪痕を残すそのドアの先に、……お父様の姿は、どこにも見えなくなっていた……。

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