第21話
「……聞かせてもらえますか」
私はテスラさんを見つめ返しながら、迷った末にそう答えて頷く。
他人の秘密を聞くことは、あまり好きじゃない。興味がないから、という気持ちもないわけでもなかったけど、誰にも言いたくないことがあって当然だと思うし、私にとっては目の前に存在するありのままが全て。だから、余計な情報を思考に入れて判断にバイアスをかけたくないと考えていた私は、身の上話が正直言って苦手だった。
……ただ、自分が理解したいと思う人物との距離を縮めようと考える時、それは相手の人となりを知る上で大事なこと。それを教えてくれたあの子のおかげで、最近は前向きに踏み込む姿勢が身についてきたと思う。
「(そうだ。……私は、この人を知りたい)」
先代ツインエンジェルと一緒に悪の組織と戦ってきた心強い仲間であり、みるくちゃんが全幅の信頼を置く頼もしい女性。常に気高く、数多くの修羅場をくぐり抜けてきた経験の深さなのか、その物腰や言動には余裕が感じられる。
なのに、……時々ふいに見せる、月明かりに照らし出されたこの悲しげな表情。強さと美しさ、そして同時に危うさを感じさせるその横顔を見ていると、どうしてか胸が締めつけられるように切ない――その理由を、私は聞いておきたかった。
「……ところで、すみれさんは私たちのことを、どれくらいご存じですか?」
「先代ツインエンジェル……水無月先輩と神無月先輩、そしてみるくちゃんの仲間だとお聞きしました。それ以上のことは特に……でも」
「でも……?」
「私は心から、あの人たちを尊敬しています。だから、みるくちゃんたちが信頼しているというあなた方は信用できる……いえ、したいと思っています」
「……。あなたは、素敵な方ですね。失礼ですがさすがは如月さんの妹だと、すごく納得ができます」
そう言って揺れる長い髪をかき上げながら、テスラさんが空を見上げる。
夜空に浮かぶ満点の星々は、一つ一つが宝石のように輝いていて……めぐると見上げたチイチ島のそれに少しだけ似ていた。
「……『ダークトレーダー』、という名前をご存じですか?」
「はい。みるくちゃんから、その名前を聞いたことがあります。確か、ダークロマイアの幹部を務めていた男ですよね」
「……えぇ、その通りです」
テスラさんは静かに頷いて、視線を遠くへと向ける。……その応答になぜかためらいのようなものを感じた私は、その理由を問い質そうとして――。
「そのダークトレーダーは、私となっちゃんにとっては家族同然の存在……お父様と呼ぶほどに慕う、大切な人でした」
「えっ……?」
続いて出てきたその言葉に、思わず息をのんで慄然と彼女を見返した。
驚きを覚えるのも当然だろう。なぜなら、彼はゼルシファーの支援のもとで数々の凶事を働いていた極悪人だ。日本においても『ブラックファンド』なる犯罪組織を率いて暗躍を繰り返し、先代の快盗天使とも敵対する存在だったはず。
それが……テスラさんとナインさんの、……父……っ?
「……お父様といっても、血の繋がりがあったわけではありません。所謂、養父ですね。だけど、私となっちゃんにとって……彼は確かに『お父様』でした」
「ということは、……まさか、テスラさんたちは――」
「ええ。一時はブラックファンド……ダークロマイアの下部組織の戦闘エージェントとして、数多くの悪事に荷担していました。今でこそ、お友達として仲良くお付き合いしていますが……遥さんたちとも敵対する関係だったんです」
「…………」
淡々と語っていくテスラさんの話を聞いているうちに、私は入寮した時の歓迎パーティーでみるくちゃんが言っていたことを思い出す。
確か……テスラさんとナインさんとは敵同士として出会ったものの、彼女たちが属していた組織が壊滅し、最終的に二人を仲間に迎え入れた、と――。
だけど、まさか2人がダークロマイアのもと構成員だったなんて、思ってもみなかった……。
「その後、私たちは遥さんたち……先代ツインエンジェルと和解して力を合わせ、ダークロマイアと戦いました。そして、大魔王ゼルシファーと決戦を繰り広げた末にやつを討ち果たした。……それが、以前の聖杯戦争の顛末です」
「……。では、ダークトレーダーとも……?」
「…………」
その問いに対し、テスラさんは無言で頷く。……その先のことはもう聞くまでもないと思って私は、痛ましさから視線を湖面へと向けた。
「(ダークトレーダー。お兄様から聞いた話だと確か、魔王城の大激戦の中で先代たちに討たれたはず……)」
彼は、重機械化したボディの暴走とダメージによって爆発し……そのあとには、なにも残らなかったという。
そして、このテスラさんの話しぶりから察する限り、実際に手を下したのは――。
「あの時のことは、はっきりとこの目に焼き付いています。忘れることなどできない……いえ、忘れてはいけない私たちの……永遠の業なんでしょうね」
そう言ってテスラさんは、静かな口調でそれを語っていった……。
× × × ×
……記憶が機械のごとく自らの意思で消去できるものであれば、どれだけこの心が救われることだろう。神が人間に与えたもうた叡智というものを、私はこれほど憎んだことはなかった。
「なっちゃん、大丈夫?」
「平気。……姉さんは?」
「大したことはないわ。……遥さんたちも、無事だといいのだけど」
お互いの傷の具合を確かめ合いながら、私たちは魔王城の地下通路を駆け抜ける。
追いすがる敵の集団はなんとか振り切ったものの、ここは敵の本部中枢……油断などできない。周囲の物陰には常に注意を払い、慎重に足を進めた。
「……罠、気づかなかった。無念」
「気にしないで。私もまさか、入って早々に敵が仕掛けてくるとは思わなかったわ」
「そうそう。誰にだって失敗はある、ナインが気にするこたぁねーよ」
私のフォローを引き継ぐかたちで、猫のナポレオンがそう言ってなっちゃんを励ます。……確かにその通りなのだけど、いいところを持っていかれたようで少し面白くない。
私としては本当に忌々しいことながら、なっちゃんはこのバカね……飼い猫のことをとても気に入っていて、今も肩の上に載せて一緒にいる。
ただ、これから先に待ち受けている敵のことを思えばそろそろ彼を避難させることも念頭に入れておくべきだろう。なっちゃんが同意してくれるかどうかが、一番の心配事項だけど……。
「にしても、まんまとしてやられたなぁ。まー、それだけ敵の連中が本気だってことなんだろうけどさ」
「……えぇ、そうね」
同意を返しながら、敵に先手を打たれたことに対する口惜しさで思わず、内心で舌を打つ。もと組織の構成員という過去を活かして、魔王城の内部構造に関する資料を入手したつもりでいたのだけど……それも敵の策略であったことにまで意識が回らなかったのは、完全に私の失態だった。
乱戦と、床が崩れるなどのトラップのせいで遥さんたちとは完全にはぐれてしまった。彼女たちのことだから、万一のことは心配無用……そう信じてはいたものの、敵の伏兵がどこにひそんで、いつまた仕掛けてこないとも限らない。そのためにもできるだけ早く合流して、万全に備える必要がある。
「今は、……ここか。ということは、進む先は――」
「姉さん。ナポが、こっちだって」
「おぅ。俺様のひげセンサーが、ビンビンに反応してやがる」
「……はいはい」
ツッコむ気分にもなれず、私は突き当たりを右へ折れる。
聖杯の力の恩恵を受けたおかげなのか、それとも持って生まれた動物的な霊感なのかはよく分からないが……ともかくナポレオンはレーダーとしての役割をはたしてくれているので、目的地の方向を確認する上では頼りになる。
そして、しばらく長く伸びた通路を進んでいくうち、……私たちの視線の先に大きな扉が立ち塞がるように見えてきた。
「この向こう、大きな部屋。……たぶん、近道」
「そうみたいね。敵の気配は無し……行きましょう」
私たちは扉の脇のセキュリティ装置に電撃を加え、ロックを強制的に解除。やがてわずかに開いた隙間から室内をうかがい、呼吸を合わせて同時に飛び込んだ。
「……なんだ? ずいぶん変わった感じの部屋だな」
きょろきょろと周囲に目をやりながら、先に踏み込んだナポレオンが訝しげな表情を浮かべる。私も同じ感想を抱いたものの、彼への対抗心のせいか安易に首肯できず口をつぐんだ――と、その時。
「っ、こ……これは……?」
異様……いや、むしろ場違いとさえ感じられるほどの人工的な無数のオブジェを視界の中に捉えて、私たちは呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
「……柱? 光ってる……」
「それも、こんなにたくさん。……これは、いったい何なの?」
見たことの無い巨大な機械が立ち並んでいて、重要施設であることは一目で理解できる。ただ、柱の一本一本は内側から緑色に輝き、部屋自体は明るかったもののどこか不気味な印象が拭えない。
……なにより、魔王城とは異質すぎるその有り様を見て私たちは、自分たちが全く別の場所に迷い込んでしまったのでは、との不安を抱かずにはいられなかった。
「……見る限り、研究室っぽいな。やたら高そうな機械やら装置やらが、ずらずらっと並んでやがるぜ」
「確かに。こんな古めかしい城の一角で、いったい何を研究していたのかしらね……」
いずれにせよ、後顧の憂いをなくすためにもこの施設内を破壊しておくか。それとも、遥さんたちとの合流を優先すべきか……?
そのどちらが最善かと考えながら、柱の中を何気なくのぞき込んだ私は――。
「……?」
……そこに、拳ほどの大きさの何かが浮かんでいることに気付いた。
最初は、それが何か理解できなかった。……いや、今考えると心が理解を拒絶していたのだろう。
だけど、じっと見つめているうちに、その「指」が動いて……。
「っ――!?」
「指」だけではない。「腕」が、「足」が、「頭」が、「身体」が……まるで、呼吸するように動いている。
それを見て私は、気づくというよりも……認める。
柱のような……水槽の中で浮かんでいるものは、……まぎれもなく「胎児」……!?
「っ、まさか……? って見るな、お前らっ!」
「……な……っ!」
もちろん、ナポレオンの声はちゃんと聞こえていた。……だけど、一度視界に入ってしまった「それ」の存在が衝撃的すぎて、目をそらすこともできない。
しかも、私たちが見てしまったその柱だけでなく、その隣も、奥も……全ての柱の中で成長の度合いに差はあれど、「胎児」らしきものが動いて――。
「……っ……!!」
こみ上げてくる嘔吐感とともに、……悟る。これは柱などではなく、そう……いわゆる人間の子宮を人工的に作り出したような、……禍々しくも禁忌的な機械なのだと――。
「……、ねえ、さん……っ」
その時、背後でなっちゃんが震える声で私を呼ぶ。それに反応して振り返ると、そこには剣を握った手をだらりとぶら下げながら、愕然と柱を凝視する彼女の後ろ姿が見えた。
……なぜ、なっちゃんの驚く表情が見えたのか? その理由は水槽の壁面に反射して、映っていたからだ。
目を大きく見開き、……恐怖に引きつって目の前の存在を拒絶するように震える、あの子の顔が――。
「……これ、……なに……?」
「えっ……?」
「う、そ……わ、私……!?」
そう、……私も見て、わが目を疑ってしまった。
なっちゃんの肩越しに見えた柱の中には、私が見たものよりも成長した「胎児」。……というよりそれは、もはや胎児ではなく「赤子」と呼ぶべき大きさだった。
……だから、わかってしまった。
この髪の色と、この愛らしい顔立ち……すごく、見覚えがある……。
そして……そしてっ!
わずかに開いた瞼の隙間から見えるその、瞳の色は、まさにっ――!?
「っ……!」
吐き気と同時に悲鳴が迸りそうになってしまった私は、思わず口元を押さえる。そんな私の目の前で柱を見つめていたなっちゃんは、その場に崩れるように膝をついてうずくまってしまった。
「っ? ナイン!?」
「……なっちゃん!?」
「こ、これ、は……私……?」
「しっかりして……しっかりして、なっちゃん!」
「そんな……私が、いる……っ!? 姉さんも……ど、どうして……!?」
「なっちゃん!!」
「っ……!?」
なっちゃんの両肩をつかんで、大声で呼びかける。……それでようやく彼女は我を取り戻してくれたが、その怯えた表情は変わらず、全身はなおも震え続けていた。
だけど、なっちゃんを責められなかった。動揺しているのは私も同じ……大声を出したのは、自分を奮い立たせるためでもあったからだ。
だけどここは敵の本拠地で、いつ何が起こるかわからない……。それを思うと、私まで怯えるわけにはいかなかった。
「大丈夫……落ち着いてください、なっちゃん」
「……っ……」
「あなたは、ここにいます。そして、私も……だから怖がらないで、ね……?」
「俺もいるぜ、ナイン。しっかりしろ」
「姉さん……ナポ……」
「……いいか? お前はそこにいる。俺と今喋ってるお前が、ナイン・ヴァイオレットだ 。妙なもん見たくらいで、迷ってんじゃねーよ」
「……。うん……」
少し時間をかけたことで、なっちゃんはようやく少し落ち着いてくれた。……だけど、水槽から視線をそらして、中を見ようとしない。私も意図的に、その中にあるものの存在を視界ではなく意識から遠ざける。
「それにしても……いったい誰が、こんなことを……」
だからそれは、自分のおびえを紛らすための独り言で……返事を求めたつもりで発した言葉ではなかった。だけど、
「……ルシファー・プロジェクト」
「っ……!?」
私の疑問に対して、答えが戻ってきた。それも、酷く懐かしい声で――。
「人型の戦闘兵器を生み出す、その実験施設だ」
そう言いながら物陰から現れたのは、ダークトレーダー。……私たちがかつて父として慕った男が、そこに立っていた。
「こんな場所で、こういうかたちで会うことになるとはな。因果なものだ」
「えぇ、ほんとに。……つくづくあなたとのご縁は、腹立たしいほどに結びついて容易に解けてもらえないようです……!」
そう答えながら、私の胸の内にわき上がる怒りと憎しみは火山の中のマグマのように煮えたぎっていく。
私やなっちゃんだけでなく、遥さんたち『天ノ遣』の人々、さらにはアスタディール一族までも自らの野心に利用し、もてあそんできた大悪党……。
一時でも、この男のもとで悪事や凶行に手を染めてきた罪は消えない。……だけど、彼を倒すことこそが私たちにとってこの魔王城に攻め入った最大の目的であり、何よりの贖罪だった。
「……気をつけろよ。ヤツの身体から発している波動エネルギーが、とんでもねぇ量にまで膨らんでやがる……!」
「えぇ、わかってるわ。だけど、今度こそ絶対に――、っ!?」
その瞬間、……ダークトレーダーがとった動きの意味が分からなかった。……いや、信じられなかったという方が相応しいだろう。
なぜなら、彼は私たちに攻撃を加えるのではなく……私たちのもとへゆっくりと歩み寄り、まるで迎え入れるように手を差し伸べてきたからだ。
「……。なんの、つもりですか……?」
「お前たちが感じたままだ。テスラ、ナイン……私と一緒に来い」
「っ――!?」
その言葉を聞いた瞬間、恐怖で冷えきった身体に血が迸り、意識と思考が覚醒していくのを感じる。なっちゃんも同様にまなじりをつり上げると、きっ、と鋭い眼光でお父様――ダークトレーダーを射貫くように見据えていった。
「父さま……敵……! もう、戻らない……!」
「えぇ、なっちゃんの言うとおりです……! あなたはこの期に及んで、まだ世迷い言をいいますか!?」
「……聖杯の力の正体。それを知れば、きっとお前たちも自分のやってきたことに疑いを持つはずだ」
「聖杯……リリカさんのことですか?」
言うまでもなく私たちにとって聖杯とは、リリカ・アスタディールという、小さな女の子のことだ。無邪気で、明るくて、元気で……とても可愛い女の子で、なっちゃんもすごく可愛がっている。
だからこそ私は、……ほとんど答えがわかっていても尋ねずにはいられなかった。
「あなたたちはどうして、あの子を己の欲望に利用しようとするのですか!?」
「力を持つ者は、それを求める者によって使われるのが世の定めだ。それを善と捉えるか、悪と見なすかは歴史の勝者が決めること……ただ、己の信念に従うのみだ」
「それは詭弁です! 自らを正当化するために後付けで用意した、ただのこじつけでしかありません!」
「そう、確かに。……だからこそ、リリカ・アスタディールが受け取る波動エネルギーは封じる必要がある。……あれは、決して聖なる力と呼んでよいものではないのだからな」
「聖なる力ではない……? それは、どういうことですか?」
「そのままの意味だ。いずれ近い将来、波動エネルギーはアスタディール一族だけが独占するものではなくなる。……だがそれは、おそらく世界を破滅へと導くことになるだろう」
そう口にしながら、彼は左腕を広げる。
まるで鎧に包まれたようなその中からかすかに聞こえてくるのは、機械のような駆動音。……どうやらその腕は、義手になっていることがうかがい知れた。
「現代において主流のエネルギーである、石油……化石エネルギーは、最初こそ選ばれた者だけが使役できる代物だった。しかし、既にそれは大衆化し誰もが自由に使役することができるものとなっている」
「……それがどうしました? いったいあなたは、何が言いたいのですか……?」
「わからぬか。それと同じように、波動エネルギーの強大な力を誰もが手に入れることができる時代が来る。……いや、もうすでになりつつある」
「……っ……」
「だが、化石エネルギーの普及……それが生み出した弊害は、お前たちも知っているはずだ。過ぎたる力は、希望ではなく絶望を生み出す。その結果として世界の崩壊が早まり、多くの生命が失われることになる。……それだけは、なんとしても止めねばならんのだ」
「止める……どうして? 一番その力を欲していたのは、他ならぬあなたでしょう!?」
きっと、他の誰にも理解できないだろう。でも私は、私となっちゃんだけは……全てを犠牲にしてでも聖杯を手にしようとしてきたことを、誰よりも彼の側で、彼の生き様を見ていた私たちは知っていた。
「……否定はしない」
「っ……!?」
「波動エネルギーを叡智もない凡愚から遠ざけ、無用な争いの種を取り除くことは聖なる血を受け継ぐ我らに課せられた使命なのだ。そのためには、あえて悪の誹りを甘受することは逃れられぬ責務……」
「聖なる血、ですって……!?」
聖なる血という言葉を、私はその時初めて聞いた。
ダークトレーダーと私たち姉妹が過ごした時間は決して短いものではなかったけど……私にも、なっちゃんもただ戸惑うことしかできなかった。
……でも。
「聖なる血を持つ者の責務……それがあなたの行動原理ということですか? だったら、これはどういうことですか!」
私は叫びながら、ばんっ、とすぐそばの水槽に手を叩きつける。丈夫な素材でできているのかびくともしなかった柱の中では、私たちが見つけた人間の胎児がなおも眠り続けていた。
ダークトレーダーは黙って私たちを見つめると、……やがて無言で、首を左右に振る。そして、寂しげにすら聞こえるほどの傲慢な態度で言った。
「私とお前たちとでは、見てきた地獄の意味が違う……理解できないのも、当然だ」
「っ……!」
「だが、私は進まねばならぬ。……たとえお前たちを倒すことになったとしても、それが私に課せられた使命なのだ」
「その思い上がった考えこそが、世界を不幸にするのだとなぜ気づいてくれないのですかっ!?」
改めて、私は理解した。……この人とはもう、わかり合えることはないのだと。だから私は、決別の思いを込めながら怒気をあらわに言い募っていった。
「ルシファー・プロジェクト? 人間の形をした戦闘兵器? それを許容するほどのものが、その聖なる血とやらに存在しているとでも!? いい加減にしてください!」
「…………」
「あまつさえ、そんな道に私たちを誘おうとする! 結局のところ、あなたが欲したのは友達でも、仲間でも、ましてや家族でもない! ただ自分を無条件に肯定してくれるだけの、下僕……いえ、奴隷ですっ!!」
……悲しかった。言葉にすることで、それが事実だと認めるしかないことが……本当に悲しかった。
私たち姉妹は、お父様の娘になってから本当に色々なことがあった。彼は善人か悪人かで言えば、間違い無く悪人だと思う。
でも……私たちにとっては、少なくとも大好きなお父様だったのだ。
「(だからこそ、私たちが――ここで、終わらせるっ……!)」
そして、私は想いを雷撃に……なっちゃんは剣へと込めて、ダークトレーダーへと立ち向かう。
……まだ、迷いはある。だけど怯みはもう、微塵もなかった。
「他者を信じず、愚かだと断じて傲慢に見下すような考え方……それこそが、たくさんの人たちを不幸に追いやってきたんです!」
「――――」
「私たちが信じる正義……それをここで、証明してみせます! あなたを倒して!!」
「……そこまで絶望を選ぶというならば、もはや是非もなし! 己の矮小な想いを抱いて逝くがいいテスラ、ナインッ!!」
「おーおー、怖い顔しやがって。……テスラ、ナイン! 遠慮なんかすんじゃねーぞ!?」
「言われなくても……最初から、そのつもりっ!!」
「――父さま、覚悟っ!!」
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