第20話

『う……うそだっ!』


 そう叫んでアインは、驚きと動揺をあらわにした表情を浮かべながらその場で立ち上がる。その勢いで彼女のそばに合った食器が床に落ち、不快な音を立てて転がった。


『そんなバカな話、信じられるか! エリュシオンの民が、イデアの世界に干渉することは最大級の禁忌……! ボクたちだってエリューセラのことがなければ、ここに来ることは許されなかったんだぞ!?』

「エリューセラ……?」

「ちょ、ちょっとアインっ……!」


 あまりの剣幕に、私はアインを落ち着かせようとその肩に触れる。だけど、憤るほどに興奮した彼女はそれを振り払うようにフェリシアたちの前に進み出て続けた。


『そもそもイデアにエリュシオンの民が行ったなんて事実、僕が学んだ歴史書のどこにも書いてない……! まして、どこかの国の成り立ちに関わったなんて話は初耳だ! これって、どういうことなんだよ!?』

「歴史書……? 待て、お前はなにを言っている?」

「いや……それよりもなぜ『エリューセラ』――エリュシオンの巫女の存在を知っているのだ? そなたはいったい――」

『知ってちゃおかしいのかよ? ボクはディスパーザ様が教わったんだ! あのお方は、ボクたちの――!』

「――――」


 すると、その時。

 私のそばで浮かんでいた天使ちゃんが音もなく移動して、アインのもとへと近づく。そして、


『――ぎゃんっ!?』


 その小さな手が首筋に触れた途端、彼女は悲鳴を上げて飛び跳ね……やがて全身の力がくたり、と抜けたようにその場に崩折れていった。


「あ、アインっ……!?」


 とっさに私はアインに駆け寄り、その小さな身体を抱きかかえる。

 返事はない。……だけど、その口元からはかすかに呻き声と息づかい。どうやら、気を失っているだけのようだった。


「て……天使ちゃん? これは、どういう――?」

「言い忘れてましたね。……彼女が今言おうとしたことは、禁則事項に当たります。ここでエリュシオンに関する未来の情報は、なるべく話さないでください」

「ど、どうして……?」


 私は戸惑いを隠せないまま、すぐ横にいるテスラさん、ナインさんにも理由を求めようと顔を向ける。……だけど、彼女たちもまた今のこの状況が理解できないのか目を丸くして固まるばかり。

 ……いや、それ以上に違和感をかき立てられたのは、続いて聞こえてきたフェリシアの発言だった。


「ど……どうしたのだ、彼女は? 立ち上がるなり、急に気を失ったように見えたが……なにがあった?」

「えっ……!?」

「……ふむ。興奮して立ち上がったせいで、貧血でも起こしたのかもしれんな。おそらく疲れもあったのだろう……そこのソファで、少し休ませるといい」

「い、いえその……見てなかったんですか?」

「? なにをだ」


 私の言葉の意味が理解できないとばかりに、フェリシアは首を傾げてみせる。隣にいるカシウスも、レオーラもまた同様の反応だった。

 ということは、つまり……っ?


「(彼女たちは、天使ちゃんが見えていない……!?)」


 そこでようやく私は、以前抱いた違和感の理由に気づく。いくら魔物が跋扈する異様な世界であったとしてもこの小さな妖精?のことに誰も言及しないのは、さすがにおかしいと思っていたのだ。

 『ワールド・ライブラリ』から移動してきてからずっと、私のそばでアドバイスをしてくれていた天使ちゃん。その存在をこの世界の人たちは、あのアストレアを除いて全く認識していなかった……。

 

「……っ……」


 天使ちゃんに目を向ける。……その表情は穏やかで、口元には笑みすら浮かんでいる。だけど私には、それがかえって不審と不安を抱かずにはいられないものに映っていた。


「(あなたは、味方……だよね? 天使ちゃん……)」


 言葉にするのはさすがに怖くて、私は心の中でそう訊ねかける。いったい天使ちゃんは何を考えて、私たちをどこに導こうというのだろう……。

 ただ、とりあえず現状は他に聞くことがある。そう思って私は眠ってしまったアインを近くのソファへと運び、元の場所へと戻った。


「すみません……お騒がせをしました」

「構わぬ。……にしても、偶然とはあるものだな」

「は……?」

「いや、ただの独り言だ。……話を戻そうか」


そう言ってフェリシアは、気を取り直したように肩をすくめて再び語り出していった。


「エリュシオンとは、……そうだな。一言でいってしまえば、この地の原理と異なり魔術が栄える世界だ。そなたらの常識だと万物の理論は錬金術で語られるらしいが……私たちはあらゆる事象を魔術によって分析し、構築する。……この説明で理解できるか?」

「あ、はい。なんとか……」


 錬金術。……確か、色々な科学の元となった学問だと聞いたことがある。つまり、科学と魔術のどちらが特化したかが、彼らの世界との大きな違いということか。

……冷静にそう考えながら私たちが納得していると、二人の騎士はむしろ不思議そうに尋ね返してきた。


「……驚かないのだな。こちらの世界では、すでに魔術は否定されて久しいはずなのだが」

「否定はされても、存在までが消滅したわけではありません。知識は細々と引き継がれて、今もまだ残っているというわけです」

「なるほど。……ならば、話も早い」


テスラさんの説明を受けて、フェリシアは少しほっとした表情を見せる。

おそらく魔術の理論を知らない、あるいは信じない相手にどう説明しようかと懸念を抱いていたのだろう。

ただ、私たちはツインエンジェルBREAKとして異形の相手とも戦い、また神秘の力をもって敵と戦ってきた。確かにみるくちゃんたちが開発した『科学』の力でもあったが、そもそも源となっている波動エネルギーの概念はまだ、不確かなところが多いと聞く。

それを考えると、『魔術』の概念は私たちとは決して無縁ではないどころか、ある意味その恩恵を受けている可能性も大いにあった。


「そなたらが話したように、存在自体が否定されても理論が消えるわけではない。ゆえにエネルギーの流入さえあれば、力の発動も可能。それが、その源となる場所を、私たちは『マナの泉』と呼んでいる」

「マナの、泉……?」

「異なる平行世界が交わったことで生じた、移動口だ。つまり、イデアとエリュシオンがつながった場所と思ってくれて構わない」

「……それが、明日私たちが行くというエリュシオンへのゲートなんですね」


 私の確認に対して、フェリシアは「そうだ」と頷いた。


「アストレアさまからも説明があったとおり、通常の場合そのゲートは閉じられて行き来ができないが、エリュシオンからの波動は絶えずこの世界へと流れ込んできている。それを受け取ることで、アースガルズの民はこの地の人間にはない力を発揮することが可能なのだ」

「それが……『魔術』……?」

「あぁ。むろん、その手順さえ身につければこの地の人々も『魔術』を使うことができるだろう。……あっ」

「……あの、何か?」


 ふいに、フェリシアはいったん説明を止めて私をまじまじと見つめる。そして合点したように頷いてから、なるほど、と呟いていった。


「いや、あの怪物を倒したそなたの力……あるいはそれも、我々の言うところの『魔術』ではないかと思ったのだが……どうなのだ?」

「それは、……わかりません」


 さっきも思ったように、この力を科学だけで説明するのは難しい。だからといって魔術によるものとも断定できず、私としてはそう答えるしかなかった。


「いずれにしても、アストレア様はそのゲート……『マナの泉』を通じてこの世界に忍び寄る危機を知り、エリュシオンから戦士たちを連れて、人々を救うべくこの地へとやってきた。それが、アースガルズのはじまりだ」

「…………」

「そして、彼女が受信する波動の力をこの世界の人々とともに作り上げた魔法金属『アスタリウム』に宿らせて武具を鍛え上げ、それを彼らに授けた。そのおかげで魔物は徐々に駆逐され、地上には平和が戻りつつある」

「アスタリウム……」


 また、聞き覚えのある単語が出てきた。……それに、ここまで話を聞くと神話にあった女神アストレアの活躍の内容と、怖いくらいに重なっている。

 ということは、あの神話は本当にあった歴史上の出来事なんだろうか……?


「ということは、……あなた方の持つ武器も、そのアスタリウムなんですか?」

「いや。アスタリウムはあくまで、このイデアの民が自らを守るために作られたものだ。我々が持っていい代物ではない」

「それに、アスタリウムの精製技術はまだ確立途上だから、完成までに時間がかかるために数が少ない。ならば腕で対抗できる我らではなく、より救いを求める人々に与えられるのが道理であろう」

「…………」


 つまり、弱い人々に優先的に渡されているということか……確かに正しい判断で、慈愛に満ちた処断だと思う。

 とはいえ、アストレアが人々とともに作り上げたという金属――アスタリウムの顛末をみるくちゃんから聞かされて知っている私としては、彼らの思いやりと優しさに対しての皮肉を痛みとともに覚えずにはいられなかった……。


「ということは、やはりアストレアさまもエリュシオンの民の一人なんですね」

「民、という言い方には語弊があるな……あのお方はいわゆる、高貴な身分だ。エリュシオンでも高い地位にあり、我々ごときとは身分が違う」

「…………」

「あなた方の状況は理解できました。……それにしても、どうしてこの地に異形の魔物が出没することを知ったのですか? それになぜ、それを討伐して人々を救おうと考えたのですか?」

「それは……」

「すまない。私たちには、それ以上のことは言えない」


 テスラさんの問いに対し、何事かを言いかけたカシウスを遮るようにしてフェリシアが口を挟む。そして二人はそっと目配せをすると、気まずそうに口をつぐんだ。


「我々にも事情がある。ここに来た目的はこの世界の救済だが、その理由を語るわけにはいかない。……もし話せば、きっとそなたらは私たちのことを許さないだろう」

「……?」

「だが、我々はこの地に平和をもたらすために来た。それだけは間違いのないことだ……言えることと言えば、ここまでだろうか」


 窓の外で、フクロウの鳴き声がやけに大きく聞こえたのは、……唐突に場に降りた沈黙のせいだろうか。


「……わかりました。言いづらいことをお話ししてくださって、感謝しています」

「いいのか、それで」


むしろ意外だとばかりに、フェリシアは怪訝そうな表情を浮かべる。それに対しテスラさんは、笑顔で再度頷き返していった。


「聞きたい話は、十分に聞けましたので……では、そろそろ就眠の準備をしましょうか。フェリシアさん、この食器はいかがしましょうか」

「あぁ、それは叔母のところへ……」

「では、お返しする前に洗っておきましょう」


 テスラさんは立ち上がると、テーブルの上を片付け始める。ナインさんも無言でそれに従っていった。


「あ、私も……」

「すみれさんは休んでいてください。明日はきっと、大変な日になると思いますので。それよりも、アインさんのことをお願いします」

「……はい」


 そう言って止められた私は、しかたなく再び椅子へ下ろす。やがてすぐに場は片付けられ、ベッドが用意された。


「では、俺は馬車に戻ろう。朝にはこちらに来る」

「あぁ。気をつけるんだぞ」


 フェリシアに忠告されたカシウスは、あの笑っているのか怒っているのかよくわからない皮肉まじりの表情で家を出ていった。


 × × × ×


 やがて部屋の明かりが消え、それぞれが寝床へと潜り込む。唯一の気がかりはアインの具合だったが、安らかな寝息を立てている様子から見て、おそらく心配ないだろう。


「…………」


枕に首もとを預け、私は天井を見あげる。

馬車は確かに快適だったが、座りっぱなしだったので横になれるのは身体が落ち着く。それから目を閉じて寝ようとしてみたが……ふいに浮かんだ疑問が頭をもたげて、眠気を吹き飛ばしてしまった。


「(……わからないことは、3つだ)」


 ひとつは、神話とフェリシアたちから聞いた話が類似して、そして微妙に異なっていることだ。加えてアインのあの反応から見て、彼女が持つ知識とも異なっている感じがする。

 この違いに、どんな意味があるのか……違和感と同時に、不穏な気配を覚えずにはいられない。

 次に、アストレアが受信しているという波動の力。……フェリシアの話を信じるなら、その源はエリュシオンにあることになる。

 みるくちゃんたちの話では、ブレイクメダルの力は『ワールド・ライブラリ』から供給されていると教えてもらったのだけど、……どちらが正しいのだろう。

 そして、残りのひとつ……それは、アストレアが言っていた「時間がない」の言葉――。

 月の満ち欠けが魔界ヘのゲートの開閉を決めるというのならば、明日を逃したところで問題はないはず。なのに彼女はいったい、何を焦っていたのだろう。


「……。わからないことばっかりね……」


 そもそも、アストレアたちが力を貸しているイスカーナ王国とはなんだろうか。少なくとも現在のヨーロッパには存在していないし、栄えたとか、滅んだとかいう事実を学校の歴史の授業で聞いたことはない。

 この世界は、……本当に過去の世界なんだろうか。それとも、別の何かが――。


「……?」


 ふとその時、……誰かが外へと出る気配を感じて、私は顔を入口へと向ける。周囲を見渡すと、並んだベッドのうちの一つが空になっていた。


「……テスラ、さん?」


 明かりが消える前までは、確か彼女はナインさんの隣で横になっていたはず。……水でも飲みに行ったのかと思ったが、しばらく待っても帰ってこない。


「(こんな時、めぐるだったら……)」


 もちろん、答えは決まっている。……私はそれに従ってベッドを降り、家の外へと出た。

満点の夜空を見上げて澄んだ空気を吸い込み、寝静まった村の中を一人歩き回る。

……初めて来る場所なのに、不思議と恐怖を感じなかったのはなぜだろう。その疑問がちくりと胸元に引っかかったが、歩いているうちにそれも気にならなくなっていた。


 やがて民家の並ぶ地帯を抜け、神殿の奥へとやってきた。

 この先には、私たちが明日向かうエリュシオンへのゲートがある。そこは、大きな湖のような泉が広がっているとのことだったが――。


「……あっ……」


 はたして、泉が見えてきた。

広大な鏡映しの水面。そのほとりには、長い髪を風にたなびかせながらテスラさんが背を向けて立っていた。


「……テスラさん」

「あら、すみれさん……?」


 そっと声をかけると、彼女は振り返ってにこやかな笑顔を返してくれる。それを見て私は、失礼かもとも思ったけど歩み寄って隣に並び、同じように湖面へ目を向けた。

 緩やかな風にさざ波が立ち、月明かりが揺らいでいる。幻想的な美しい光景に、思わずため息がこぼれ出た。


「ひょっとして、起こしてしまいましたか? ごめんなさいね」

「いえ、……」


 その姿を見ながら、私は立ち止まる。

……なんだろう、続ける言葉が思いつかない。泉と向き合う彼女に話したいこと、聞きたいことはたくさんあるはずなのに……その横顔を見ているとなぜか、言葉が出てこなかった。


「……そういえば、すみれさん」

「えっ? は、はい……」

「私たちが、魔界へ行くという理由……まだ、はっきりとは言ってませんでしたね」


 そう言ってゆっくりと、……テスラさんが私に顔を向けて切り出す。

 ナインさんに向ける笑顔とも、アインに向けた殺意とも違うその顔は、ほんの少しだけ……私にツインエンジェルの役目を託した時のお母さまに似ている気がした。


「明日の前に、お話ししておきたいことがあります。……少し、時間をもらってもよろしいでしょうか」

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