第19話
休む間もなくイスカーナ王国を出立してから、一夜が明け……。
私たちは今、フェリシアたちの護衛を受けてアースガルズへと向かっていた。
「……んっ……ぁ……」
「少し眠れましたか、すみれさん?」
「あ、はい……」
気遣うように声をかけてくれたテスラさんに、私は少し慌ててそう答える。……いつの間にか、少し眠っていたらしい。
レオーラが騎手を務める馬車は、豪華な装飾が施された上にソファも柔らかくて快適な乗り心地だった。それに運転の腕がいいのか、あまり激しい揺れというものを感じなかったので、ついつい寝入ってしまったのだろう。
……もちろん、これまで続いていた緊張が少し緩んで、疲れがどっと押し寄せてきたこともあったと思うけど。
「なっちゃん、疲れてませんか?」
「……大丈夫。馬車、面白い」
「ふふっ。確かにお伽噺の世界みたいで、素敵ですね~」
向かいの席に並んで座ったテスラさんとナインさんは、馬車の窓から外を見渡しながら和やかな雰囲気だ。彼女たちも同様に疲れているはずなのに、そう感じさせないのはやはり乗り越えてきた場数の差だろうか。
その一方で、私の隣に座るアインは腕組みをした姿勢で背を預けて、目を閉じている。私と同じく眠っているのか、とも思ったけど……時折舌打ちめいた吐息と苛立ちを抑えるような仕草から察するに、どうやら急く気持ちを隠せない様子だった。
「ねぇ、アイン……」
『……おい、フェリシア!』
私が声をかけるよりも早く、アインは馬車の反対側の窓を開ける。そして馬で並走するフェリシアに呼びかけていった。
『アースガルズまで、あとどれくらいだ? もう出発してからかなり時間が経つぞ!?』
「そうだな。この調子なら、夕方には到着するだろう……」
『……夕方? 大丈夫なのかよ、そんな調子で!』
「問題ない……アストレアさまがおっしゃっていた期日は、明日だ……!」
姿の見えないカシウスの声が、背中越しに飛んでくる。
確か二人は、馬車を間に挟んだ状態で並走しているはず。……この騒がしい疾走音の中で私たちの会話が聞こえるなんて、彼はずいぶん耳がいいようだ。
「これ以上速度を上げても、馬がへばって余計に時間がかかる。あまり焦らず、今は身体を休めておけ」
『……あぁ、わかったよ!』
怒鳴るように叫び、アインは憮然とした表情で窓を閉める。そして、隣に座る私に顔を向けてから、はぁ、とため息をついた。
『……こんなことなら、ボクだけ飛んでいけばよかった。こっちの世界の連中の移動は、面倒だな』
「そうね……。だけど間に合うのなら、余計な体力を消耗しないほうがいいと思う」
『はっ、呑気だな。ほんの少しの遅れが明暗を分けることだって、あるだろうが』
「…………」
それを指摘されると、返す言葉がない。実際、もう少しめぐるの修行場の異変に意識が向いていたら、こんなことにはならなかったはずなのに……。
『……悪い。イラついてつい、言い過ぎた』
「ううん、……平気」
『にしても、わからないことだらけだよ。あのアストレアって聖女さま、なんでエリュシオンの宝珠を持ってたんだ?』
「……? それって、何かおかしいこと?」
『おかしいっていうか……あり得ない。あれってこの世界では、絶対に手に入らない代物なんだ。存在すらしていないし、生成もできない。理屈はよくわかんねーけど、イデアに存在する理論では虚数で構成されてるんだからさ』
「虚数……?」
『……あぁ、こういう表現だとわかりにくいか。つまり、理論上はありとされても実体としては存在し得ない、あくまでも幾何学的な要素……物質ではない、いわゆる『反物質』ってやつだ』
「…………」
まだ、よくわからない。そもそも『反物質』とは、どういうものを指すのだろう。
『そうだな……たとえば、お前たちの世界で言うところの南極の氷を、ガンガンに熱い熱帯の地域に持っていったら、どうなる?』
「もちろん、溶けてしまうわ。……というか、運ぶ途中で水に変わってしまうと思うけど」
『それと同じさ。氷は南極だからこそ、その姿形を保ち得る。そこから移動した段階で別のものに変わるか、消えてなくなっちまうからな』
「じゃあ『反物質』は、この世界における……氷?」
『あぁ。エリュシオンではその形でいられても、イデアに持ち込むと分解されて消滅する。……それが、この宝石ってわけだ』
「……!!」
それを理解してようやく、私の胸の内にくすぶっていた訝しさが再び熱を帯びて、静かだけど確かな勢いで燃え広がっていく。
聖女アストレア。……彼女の正体や、その他のいろんなことを一切聞く機会がなかったせいで有耶無耶になってしまったが、どう考えてもあの人は「ありえない」人だった。
なにしろ私たちの正体だけでなく、これから向かう先のエリュシオンのことまで知っていた。そして、ゲートの鍵となる宝石を「なぜか」持っていた――。
「っ……!?」
その時、ふと思いついたひとつの仮定が、私の疑問に対してある程度の説得力を持った答えを提示してくれる。
だけど、……いや、待って。それが真実だとしたら、アストレアとは……!?
「……とりあえず、何があってもボクはエリュシオンに行くことを優先する。お前もそのつもりでいろよな』
「えっ……?」
そこへアインの言葉が急に飛び込んできて、私の思考が一時中断される。そして彼女は、テスラさんとナインさんが窓の外に気を取られているのを見計らい、そっと私の耳元に口を寄せていった。
『鍵は、持ってるんだろ? ボクとすみれの2人程度なら、それを使って飛んでいける。そっちの方が速いし、確実だ』
「……。あの二人を、置いていくってこと?」
『これは旅行じゃないんだぞ。助けてもらった恩はあるが、ボクたちにはやるべきことがある。忘れてないよな?』
「忘れるわけ……!」
私の目的はめぐるを助けることで、アインの目的はパートナーを止めることだ。ここに至るまで、そのことは一瞬たりとも忘れたことはない。……けど、そのためにテスラさんたちと別行動を取るという選択は、絶対にあり得ないものだった。
『……すみれはどうか知らないけど。ボクはまだ、あの二人のことを信用していない』
「っ……!」
『それに……もうこれ以上アイツのせいで、誰かが傷つくのはごめんだ。だったら仲間は、少ない方がいい』
「……アイン」
アインの言う「アイツ」とは、何度も話の中に出てきた彼女のパートナーのことだろうか。それを尋ねようとしたけれど、その後黙して窓の外を睨みつける姿を見て、何も言えなくなってしまった。
「姉さん。……あそこ、鹿」
「まぁ、かわいいですね。大きい鹿と子鹿が二頭……親子でしょうか?」
そんなやりとりがあったことにも気づかず、窓の外を眺めながら微笑み合うテスラさんとナインさん。……それがかえって彼女たちを裏切る算段をしていたようにも感じられて、後ろめたさから思わず目を反らした。
正直言って私は、この二人のことを詳しく知らない。みるくちゃんや先輩方が信用しているのだから、きっと信頼に足る人物だとは思っている。
……でも、そもそも彼女たちはいったい何の理由があって、魔界へ行こうと考えているのだろう。めぐるを救出する手伝い、だけではさすがに説得力が欠けている。
テスラさんとナインさんは、何か目的があって魔界に行くとのことだったが、その中身を教えてもらっていないままでは……確かにアインの言うとおり、私にとって彼女たちが味方であるかどうかはまだ確信を持てなかった。
「(……天使ちゃんは、どう考えているんだろう)」
ふわふわと浮かぶ天使ちゃんは、私のそばで黙ったまま笑顔を絶やさない。話しかけるとそれなりに言葉を返してくれるものの、この世界に来た当初と比べると積極的に話をしてくれる素振りは目立って少なく……いや、皆無に等しくなっていた。
「(何か、考えがあるんだろうか。それとも……)」
アストレアが言っていた。「これ以上の情報は、世界の接続に深刻な悪影響をもたらす」と。つまり、これから先に何が起こるかを知っているものの……話せば未来が変わってしまうため、私たちには真実を明かせないということだ。
ということは、天使ちゃんもそれと同様に何かをつかんでいる可能性が高い。だけど言葉にすることができないから、私たちを黙って見守るしかないのだろうか……?
「っ……」
何も言ってくれないのは、私たちの選択が少なくとも最悪には向かっていないことの証、だと思う。……だけどそんな、誰かの意思や宿命めいたものに縛られて動かざるを得ない現状が、とても息苦しくて……嫌な気分だった。
× × × ×
馬車の外からカシウスの声が聞こえたのは、太陽が夜の闇に沈む直前だった。
「見えたぞ! アースガルズだ!」
その声に促されて窓から顔を出すと、前方に石造りの建物が連なる小さな集落が見えてきた。
素朴な色合いの街が夕焼けに染まると、ますますお伽噺に出てくるような古い街並みだ。あの中に住んでいるのが、アースガルズの民というわけか……。
「……姉さん、あれ」
「ええ。ずいぶん大きな建物ですね」
そう言ってテスラさんとナインさんが目を向けた先に、私も促されるかたちで視線を送る。集落のさらに向こう側には小高い丘があり、その頂上付近には古めかしい建造物が荘厳な姿で存在感を示しているのが映った。
「…………」
そのつくりからして、王城……とは少し趣が異なる気がする。おそらく神殿のような祭祀的な建物なんだろう。
その後馬車は、街の入口あたりに到着する。そして私が降り立って地面に足をつけると、長時間車内で揺られ続けていたせいだろうか……少し、身体がふらついた。
「っ、……と……」
かろうじて体勢を整えたおかげか、倒れることだけは免れた。無様な醜態をさらさずにすんで、ほっと胸をなで下ろす。すると、
「……大丈夫?」
「えっ……?」
聞き慣れない声に顔を上げると、小さな男の子がこちらを見ていた。その背後には、彼よりも幼い面立ちの女の子がその背中に隠れて、こちらに目を向けている。
あどけない、優しげな表情。……一瞬めぐるの屈託ない笑顔と重なり、私は微笑ましさから口元がほころぶのを感じた。
「大丈夫よ、ありがとう」
「……っ……」
目線を合わせながら告げると、少年は照れくさそうに笑いながら屋内へと入っていく。その後ろを追いかける少女は、妹だろうか。
「(お兄様……今頃、どうなさっているのかしら)」
私たちが魔界へ向かったことを知っているのは、……あのミスティナイトだけだ。彼がお兄様と接触するなんて、想像しただけでも虫唾が走るけれど……無事に旅立ったことぐらいは、ちゃんと伝えてくれただろうか。
「……フェリシア!」
すると、ふくよかな中年の女性がこちらに向かって駆け寄り、大きな身体でフェリシアの身体を抱きしめる。ラリアットのごとき勢いで突進してきたその人を、彼女はやすやすと受け止めてみせた。
「叔母上……元気そうでなによりだ」
「あぁ、久しぶりだねぇ! 戻るなら手紙くらいよこしなさいよ!」
「急な話でな。いや、みんな変わりなくて何よりだ」
「……フェリシアさん、そちらの方は?」
親交を温め合う二人を交互に見て、テスラさんが尋ねる。おそらく敵ではない様子だが、さすがに知らない人と盛り上がっていてはこちらも居心地が悪い。
「あぁすまない、紹介が遅れたな……私の叔母だ。叔母上、こちらはアストレアさまの客人と、部下のレオーラだ」
「あら、まぁ……! かわいらしいお嬢さんたちねぇ。何もないところだけど、ゆっくりしていってねぇ」
そういって恰幅のいい女性はにこやかに笑いながら、私たち一人一人と握手をかわしていく。皺だらけの手は温かく、なんだか田舎のおばちゃんといった風情だ。
アインはこういう空気が苦手なのか、距離を取って断ろうとしたが、……抵抗も空しくその手を強制的に掴まれ、ブンブンと上下に振り回されることになった。
「それで、これからどうするの?」
「今夜は私の家に泊まろうと思う。悪いが、食事を頼めるか? 七人分」
「七人……ねぇ」
その瞬間、にこにこと微笑み続けていた彼女の表情が一瞬冷たくなる。その視線の先にはどこか所在なさげなカシウスが立っていた。
「……ま、フェリシアの頼みならしょうがないねぇ。それじゃ、出来たら持って行くからゆっくりしてな!」
快活な口調で言い残し、彼女は近くの家へと入っていく。……ただ、その場にはいまだ重く息苦しい空気が残りくすぶっていた。
そんな中、テスラさんはカシウスのもとへと歩み寄る。そして、そっとその顔をのぞき込むようにして訊ねかけていった。
「どうしました? ここの人と、何かあったのですか?」
「……何でもない」
なかば戸惑いながらカシウスが背を向け、苦笑交じりにテスラさんが肩をすくめて私に顔を向けてくる。その表情から私は、これ以上の詮索は無用と察して小さくこくん、と頷き返した。
「では、私の家へ行こう。すでに空き家となって久しいが、全員の寝床ぐらいは問題ない。……カシウスは、悪いが」
「わかっている。食事だけをとったら、俺は馬車で眠ろう。さすがにこの女性ばかりの中で眠るのは、居心地が悪い」
「すまんな。では、移動するか」
その言葉をきっかけに、私たちはフェリシアを先頭にして移動を始める。
時折、家の中からこちらをのぞき見てくる視線を感じたが、それはよそ者に対する警戒というより、「珍しい動物が街にやってきたので見てみたい」という、好奇と興味の入り交じったものばかりのように感じられた。
ただ、……さっきのカシウスへ向けられる視線が、私たちへのそれと違いどこか冷たいもののように感じられたのは、……おそらく、気のせいではなかったと思う。
× × × ×
フェリシアの家に到着し、私たちはテーブルと椅子の並ぶ大きな部屋に通される。そこで一息つくとほぼ同時に、彼女の叔母さんが食事を運んできた。
「さぁさぁ、遠慮せずにたんと食べなさい。朝ご飯も作ってきたから、これは明日の朝にね」
「あ……ありがとうございます」
「えっと……私たち、実はお金を……」
「なーに、アストレアさまのお客人なら、お代なんて受け取るわけにはいかないさ。それじゃあ、ゆっくり休んでいきなよ」
そういってフェリシアの叔母さんは、親しげな笑顔を残してその場を去って行く。せっかくなので私たちは食事を囲み、和やかな夕飯の時間をはじめた。
「……おいしい」
「口に合ったか? ならよかった」
『うん、……うまいな』
この世界の食事は素朴で素材の味が強く、不思議なことに少し食べただけでお腹がいっぱいになってしまう。来たときから機嫌が少し悪かったアインも、食べたことでちょっと気持ちが落ち着いたようにも感じられた。
「(……めぐるにも、食べさせてあげたいな)」
自分で作れば、食べさせてあげられるだろうか。いや、以前海鮮ちらし寿司に挑戦して大失敗したことを忘れてはいけない。
ただ、それもまた再会した時の大きな楽しみと目標になる――そう考えて私は、めぐるに渡すつもりで所持しているマステのことを思い浮かべていた。
「……それで、明日行く場所はどこになるんでしょう?」
「この街に到着した時に神殿が見えたと思うが、その奥にはエリュシオンに繋がるゲートがある。そなたたちはそこに行き、我々の親たちの故郷へと旅立つことになる」
「親たちの……故郷?」
「ああ。……かつて、我々の親たちはその門を守る使命を帯びて、アストレアさまとともにこの地へとやってきたのだ。我々が生まれる前の話だがな」
「生まれる前……」
それを聞いて、ナインさんが首を傾げる。私も同様に、違和感を抱いた。
アストレアが、何歳の時にこの地を訪れたのかは知らないけれど……今の話をそのまま理解すると、少なくともフェリシアたちが生まれる前ということになる。つまり、私たちが会ったアストレアは、彼女たちよりもずっと年上……?
『アストレアさまってのは……ああ見えて、意外に年いってんのか?』
「……言葉を選べ。あのお方をそのように評することは、侮辱と見なすぞ」
アインが不用意にこぼした感想に、カシウスが低い声で釘を刺す。……やはり彼女は、もう少し言葉遣いを学ぶべきだと思う。それをとりなすように、フェリシアは苦笑しながら言葉を繋いでいった。
「確かに、説明が足りなかったな。『アストレアさま』というのは、元々我々アースガルズの民を率いてこられた巫女さまのことを指す尊称だ。だから現在のアストレアさまは、我らと同じく2代目……この地に来てから生まれた方ということになる」
『なんだよ……紛らわしいなぁ』
「それに、我々は元々長命で、老いる時が普通の人間よりもずっと長い。ゆえに、見かけからそなたたちが見立てる齢とは、かなりのずれがあるかもしれんな」
『へー。なんかそれだけ聞くと、魔族……ボクたちエリュシオンの連中とそう変わらない感じだな』
……せっかく説明してくれたというのに、返答はあまりにもそっけない。アインは人間ではなく魔界人なので、無理はないのかもしれないけど。
ただ、私にとって今の話は……今もなおくすぶっていた疑問を裏付ける、貴重な要素を提示してくれていた。
「ところで、フェリシアさん。私たちがゲートを通ったあと、あなた方はどうしますか?」
「アストレアさまのご命令は、ここにいる全員をアースガルズのゲートへ連れて行くことだ。皆が無事にゲートをくぐったことを確認したら、すぐに城へ戻る。……私はともかく、カシウスに至ってはそれどころではないからな」
「……余計なことを言うな、フェリシア。まだそうと決まったわけではない」
そういって、フェリシアに話を振られたカシウスは乱暴に吐き捨てるとぷい、と向こうに顔を背けてしまう。……その耳元は、なぜか赤らんでいるようにも見えた。
「いずれにせよ、イスカーナ王国も盤石とはとても言えぬ戦況だ。我々がいるといないでさほどの違いがあるとも思えんが、用心に越したことはないのだからな」
フェリシアはそう話を締めくくり、白湯を口に含みながら穏やかに目を細める。そしてふいに私に顔を向けると、にこやかに笑いかけてくれた。
「会ってすぐに別れとは、切ない話だ。できればもう少し、親睦を深めたかった」
「……そうですね。残念です」
「ただ、そなたらに救われたことは、一生忘れない……だからこそ、くれぐれも注意して行くようにな」
「どういうことですか?」
「エリュシオンに向かうゲートは、ただの入口ではない。通行証がなければアースガルズの民ですら、通るどころか命の保証もできかねる危険な場所だ」
「…………」
神妙な表情でそう告げるフェリシアの言葉を、カシウスは神妙な表情で聞いている。その様子を見て、私はずっと抱えてきた疑問を尋ねてみることにした。
「あ、あのっ……」
彼らとは、明日の朝には別れて二度と出会うことは無い。……だとしたら、聞くタイミングはまさに今だけだろう。
「フェリシアさん。あなたたちは以前、どこか別のところからイスカーナに来たと言っていたと思うんですが……」
「あぁ。それが、どうかしたか?」
「その「どこか」とはひょっとして、……エリュシオンですか?」
『えっ……!?』
「……。どうして、そう考えた?」
息をのむアインの横で、フェリシアの瞳が夜であるにもかかわらず鋭く光る。……私は高鳴る鼓動を懸命に抑えながら、言葉を紡ぎ出すようにゆっくり、順序立てていった。
「あなたたちの親は、エリュシオンへとつながるゲートを守るためにアースガルズに来た、と言っていました。そして、そのゲートの使い方も、行き先がどういうところかも知っている……」
「…………」
「ということはつまり、エリュシオンには実際に行ったことがある――あるいは、そこにいたことがあるということです。……違いますか?」
『なっ、……!?』
私のこの推論を聞いて、誰よりも愕然と固まったのはアインだった。……なぜならばつまり、フェリシアたち……何よりもアストレアは、エリュシオンの人間ということを意味しているからだ。
「…………」
その質問に対して二人は顔を見合わせて、即答を避ける。ただ、その表情はアストレアの時と同じく、言葉よりも雄弁に答えをあらわしていた。
「どうする、フェリシア?」
「ふむ。アストレアさまからは、全てを任すと言われている。だが……」
「……変なことを聞いてしまって、すみません。でも、無理に答えてもらわなくても構いませんので、だから……」
「あ、いやそうではない。どう話せば理解してもらえるか、迷っているだけだ」
「……? それは、どういう意味ですか」
「……途方もない話だ。私が逆の立場だったら、おそらく気が触れたのではと思うだろう。いや、だからこそアストレアさまは我らに案内を託したのか……?」
『っ、……はっきり言えよ! お前たち、本当にエリュシオンから来たのか!?』
しびれを切らすように、アインはせっついて声を荒げる。それを見て、はぁ……とため息をついたカシウスは、ゆっくりと切り出していった。
「――結論から言えば、そうだ」
『っ……!?』
「我々アースガルズの民は、エリュシオンから来た異能者……いや、異世界の人間だ」
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