第24話
『お父様……? って、どういうことだよ?』
「…………」
『おいっ!』
燃えさかる炎によって木々の爆ぜる音が響く中、アインの問いかける声がノイズまじりに聞こえてくる。
流暢に変換されるはずの言葉が安定していないのは、おそらく彼女もただならぬ様相に心が乱されているのだろう。……ただ、そんな叫びに近い呼びかけでもテスラさんとナインさんの耳には届いていないようだった。
「(……今、テスラさんはあの男を見て、言った。「お父様」って……)」
弱々しく呟きにも近いものだったけど、それだけはしっかりと聞こえた。いや、聞こえてしまった。
だとしたら、あれは……あの男は――!
「っ!?」
その時、背後からざわめきとともに突風が走り、呆然と立ち尽くす私たちの両脇を抜けていく。
「カシウス!」
「応ッ!」
それは、つい先ほどまで休んでいた民家からこの現場に駆けつけてきた、フェリシアとカシウスだった。
おそらくこの危機をすでに察しているのか、剣を携え突進していく二人は放たれた弓矢のような勢いで一気に間合いを詰め、目前のマントの男へと肉薄する。そして、
「やぁああああ!」
「うぉおおおおおお!!」
刹那、二つの叫び声が重なって轟く。それと同時にフェリシアは右に飛んで回り込むと横薙ぎに、剣を振り上げたカシウスは跳躍とともに男めがけて斬りつけた。
背後は燃えさかる火の海、逃げ場はない。なのに、男はその攻撃を防ごうとも避けようともせず、無防備な構えで悠然と立ったまま……!
「待っ……!?」
「みなさん、下がってっ!」
「っ!?」
テスラさんが悲鳴まじりに叫びかけたその時、聞き覚えのある声が注意を促したことに呼応して、私は反射的に後方へと飛ぶ。
そして着地した瞬間、炎に照らし出された男がマントを翻す姿が目に映って――。
「ふんっ!」
「がっ……!?」
「うぐぁっ!?」
突然、男に襲いかかったはずのフェリシアとカシウスの身体が寸前で動きを止めたように硬直し、……次の瞬間、私たちのいる場所まで吹き飛ばされてきた。
「……ぐぅっ!!」
「がぁ……っ!!」
二人は飛びかかった勢いよりも激しく、背後の木に叩きつけられる。……そして地面へと倒れ伏し、動かなくなってしまった。
「なっ……!?」
何が起こったのか一瞬理解できず、わたしは駆け寄ることも忘れてその場に呆然と固まる。
迎え撃つ動きが速すぎて、見えなかった……というより、男はどうやってこの二人の攻撃を防ぎ、あまつさえ彼らをここまで弾き飛ばしたというのだろう?
「……大丈夫、二人は生きています」
「て、天使ちゃん……?」
いつの間に現れたのか、天使ちゃんがそう言ってくれるのを聞いて私は我に返る。……ただ、そのつぶらな瞳が険しい光を帯びて離れた先に立つ男に向けられているのを見て、思わず息をのんだ。
「今のは、いったい……?」
「衝撃波です。……広範囲に放たれたものでしたので、あの場所に留まっていたらあなたたちも巻き込まれていたでしょう」
「……っ……!」
その言葉を受けて目を凝らすと、……地面が無残にえぐれてしまっているのが見える。まるで爆弾でも落ちたような有様に、私は悪寒にも似た震えを感じずにはいられなかった。
「み、みんなは……!?」
『……ここだよ。手間かけさせるなよ、ったく……!』
慌てて周囲を見渡すと、悪態をつきながらアインが姿を見せる。前にかざしたその手の平 からは光の壁のようなものが広がって、そのすぐ背後にはテスラさんとナインさんが膝をついてうなだれていた。
その障壁はどうやら、飛行能力と同じく彼女が使える力なのだろう。……ただ「使える」と「使う」には、明確な違いが存在する。とっさの反応でテスラさんたちを守ってくれたその心優しさに、私は少しだけ救われた思いだった。
「アイン、無事!?」
『なんとか……おい、お前たちはどうだ!?』
「…………」
声をかけても、二人はこわばった表情のままマントの男を見据えている。そんな私たちに一瞥をくれてから男は身を翻し、神殿の奥へと向かっていった。
「お父様っ……!」
『っ?……って、おいっ!』
それを見た二人は我にかえったかのように立ち上がり、アインを弾き飛ばしてその後を追いかける。その場に倒された彼女が非難とともに呼び止めようとするが、テスラさんたちはこちらに振り返ることもなく駆け去っていった。
「ま、待って……!」
私とアインも慌てて、その後に続く。フェリシアとカシウスの安否も気になったが、むしろ今は、なぜか不用意すぎる行動をとっているようにしか見えないあの二人のほうが心配だった。
『なんだ、どうなってんだよ! あの男って、何かすみれたちと関係があるのか?』
「……。実際に見たのは初めてだから、今ここで断定はできない。……でも」
『でも?』
「あの男……ひょっとしたら、テスラさんとナインさんの、お父さんなのかも……」
『はぁ!? 待てよ、ここは1000年前のヨーロッパなんだろ! あのに、あの二人の父親がここにいるはずないだろうが!』
「それは……」
アインの指摘はもっともだ。だけど、血が繋がらないながらも長い間一緒に過ごしてきたあの姉妹が言うならば、きっと他人の空似では終わらない。
……だからこそ、その真偽と意味はなんとしても突き止める必要があった。
「とにかく、追いかけましょう……!」
『あ、あぁ……!』
× × × ×
神殿自体はそれほど大きなものではなかったため、通路はすぐに奥の部屋へと行きつく。そしてようやく私たちが二人に追いついたのは、厳かな造りの祭壇が見える礼拝所のような場所だった。
「っ、……テスラさん、ナインさん……!」
「……。すみれさん……」
全速力で走ったせいで息を切らしながら呼びかけると、テスラさんはようやく私たちに気づいて振り返ってくれる。だけどすぐに、祭壇の方へと顔を戻してしまった。
『祭壇のところに、何があるんだよ……、っ?』
テスラさんたちが顔を向ける先に目を凝らしたアインが、はっ、と言葉を切って身構える。祭壇の上には二体の天使のような石像が一対になって立ち並んでいて、……その前にマントの男の姿があったからだ。
「……遅かったか。ここには、もう鍵は無いようだ」
「っ……?」
「しかし、私は間にあった。ならば、まだできることがある……!」
建物の外ではなおも炎が燃え続けて、無数の火の粉が中へと舞い込んできている。その熱気から遮断された神殿の内部でマントの男は、恍惚とした声に何か喜びのようなものをにじませながら……私たちに背を向けたまま天使像を見あげていた。
「こんなところに……聖チェリーヌ学院と同じ、天使像が……!?」
「……テスラさん。あの人は、まさか……!」
「あなたは……あなたはいったい、誰なんですか!?」
私はテスラさんの背中に向けて声をかけたが、それよりも早く彼女は男に向かって問いただす。そして傲然とした態度を続ける男へ向けて、悲痛な声で叫んでいった。
「答えてください! それとも、私たちの声が聞こえないのですか!?」
「…………」
その声に、男はふと動きを止め……ゆっくりと、私たちへと振り返る。
黒いバイザーで目を覆った彼の顔から、その感情を読むことは叶わない。……だけど、薄暗がりの中でもその全身から発せられる闘気は外で燃えさかる炎のように熱く、そして圧倒的なまでの力の差を誇示していた。
「……っ……!」
私はとっさに『サファイア・ブルーム』を出現させ、その柄を握りしめて身構える。
いつもなら、それは物理的な力であると同時に、心を強く保ってくれる精神的な支えにもなってくれる私の武器が……いつになく、重い。
それが、かつてなく強大な敵を相手にした時の緊張によるものだと理解した時……私の心は慄然となり、ぞくり、と全身に冷たい震えが走るのを止められなかった。
「あなたは……誰……?」
「……私は、クラウディウス・ヌッラ」
炎が爆ぜる音の中、再度問いかけたテスラさんを壇上から見下ろしながら……静かに男の声が響く。
重く、暗く、深く……まるで、地の底から這い上がってきたかのようなその声の主は、背負ったマントを大きくはためかせながら悠然と立っていた。
「全ての神に逆らう背教者であり……そして、この世界の救世主となる者だ」
「っ……」
クラウディウス・ヌッラ……聞いたこともない名前だ。だけどそれが、ダークトレーダーの本名なのだろうか。
ただ、それを尋ねようにもテスラさんとナインさんの意識は目の前の男に釘付けになっている。まるで、自分たちが対峙している相手が本当に自分たちの父親なのか、記憶の中のそれと照らし合わせるように……。
「(どうしよう、どうすればいい……!?)」
選択肢は二つあった。目の前のクラウディウス――ダークトレーダーとここで戦うか、あるいはまだ神殿の外に倒れているカシウスとフェリシアを連れて逃げるかだ。
……いや、後者の選択はありえない。この神殿を越えた奥の中庭部分に私たちが魔界ヘと向かうためのゲートがあるため、この男の暴挙を見逃したまま使用することは難しいだろう。
「(というより……この男が本当にダークトレーダーだったら、この世界にもダークロマイアの関与があるということ……!?)」
もしそうならば、魔界ヘの入口を教えるわけにはいかない。……いや、ひょっとしたらすでに存在を知った上で襲ってきたのかもしれないが、利用させることは絶対に阻止しなければ……!
「(だけど、戦って……どうなる? というよりも、勝てるの……!?)」
カシウスとフェリシアを一撃で吹き飛ばしたあの男に、対抗するすべが見つからない。たとえテスラさんとナインさん、アインの四人がかりで立ち向かったとしても、実力差は明らかだ。
そんな、不安と恐怖に逡巡する私に……男はふと、テスラさんから視線を外して私へと目を向ける。そして、何かに気づいたかのようにかすかに頷くと、冷たい声のままおもむろに切り出していった。
「そこの娘。……ゲートの鍵を持っているな」
「っ……!?」
「知らぬ振りをしてもムダだ。鍵から発せられる波動エネルギーは、たとえ衣服の中にしまい込んだところで隠し通せるものではない」
その言葉に反応したのか、アストレアからもらったペンダントがほのかに熱を帯びてわずかに光を宿らせていく。
……最悪の事態だった。やはりこのダークトレーダーは、ゲートを利用して魔界ヘ行こうとしている……!
「伝承ではこの女神の間に保管されていると聞いていたが、違っていたか。……まぁよい。では大人しく、差し出してもらおうか」
「……!」
差し出してきた男の手は遠く離れていたが、……まるで巨大な何かが私の身体を握りつぶさんばかりに迫ってきたようにも感じられて、思わず身をすくめる。
恐ろしいほどの、波動と力……役者が違いすぎる。バイザー越しにもかかわらず、肉食獣の獰猛な目で睨み付けられたかのように、全身が恐怖に支配されそうだった。
「(どんな危険よりも、二度とめぐるに会えないことの方が怖い……そう思ってきたはずなのに……!)」
今もなお、その想いと決意は微塵も揺るぎなく持ち続けている。……はずなのに、圧倒的な力の差を見せつけられて足がすくみ、自分の思い通りに動かない。
こんなにも、私は意気地の無いやつだったのか……自分の無力と情けなさに胸が苦しく、涙までもがこぼれそうだった。
「大人しく出せば、命までは取らぬ。だが、出さないのならば……」
『……出せ出せ、うるせぇな』
するとその時、男の姿を遮るように白い背中が私の前に進み出てくる。そしてかばうように立ち、身構えたのは――アインだった。
『魔界の鍵だって? 何言ってんのかわかんねーな。言いがかりつけてんじゃねーぞ』
「あ、アイン……」
『……下がってろ、すみれ』
そう言ってアインは、私を背中で押すようにして、後ろへと押しやろうとする。
外の炎に照らされたアインの姿は、夕焼け空を飛んだあの時のように赤い。……そして、彼女の両足は言葉と対照的に震えていたけれど、その目はマントの男をしっかりと睨み付けていた。
「……とぼけてもムダだといったはずだ。女神アストレアから託されたアスタリウムの純結晶、知らぬとは言わさぬ」
『そんなことまでご存じだとはね。……お前、何者だ?』
「すでに名乗った。それ以上のことは、貴様ら凡愚に語る意味を持たぬ」
『っ……ずいぶん、思い上がったことを言うやつだな。まぁ、悪人らしくてわかりやすいけどさ』
アインの頬に、額から大粒の汗が流れ落ちていく。
……当然、私も気づいていた。彼女はダークトレーダーの強さを理解しないまま、大言を吐いているわけではない。
それどころか、むしろ――。
『すみれ……ボクが時間を稼ぐ。その隙にお前だけでも、エリュシオンに行け』
「っ、アイン……!?」
『もうすぐ、ゲートが開く時間だ。満月がその姿を完全に見せるまで、あと少し……ここを切り抜ければ、きっと無事にたどり着けるはずだ』
「でも……!」
「……すみれ。残念ながら、今のあなた一人ではクラウディウスに勝てません」
アインの言葉を引き継ぐように、肩に乗った天使ちゃんが厳然とした事実を突きつけてくる。そして、その言葉に打ちひしがれて絶句する私の耳元で、ひとり呟くようにいった。
「……ここが、変異点でしたか。……ようやく見つけることができました」
「変異点……?」
聞き慣れない単語、そしてどこか得心したようなその口調に、私は違和感を覚えて問いかける。……だけど天使ちゃんはそれ以上何も言わず、代わりにアインが言葉をつないでいった。
『わかってるだろ? あいつの目的は、そのペンダントだ』
「……っ……」
『それを奪われたら、お前たちだけじゃなくボクも、エリュシオンへ向かう手段を完全に失う。……いや、それ以上にあの男は危険すぎる。絶対にボクの世界へ行かせるわけにはいかないんだ」
「で、でも……っ!」
『いいから、わかれよ! 天月めぐるに、会いたくないのか!? そのためならなんでも犠牲にするっていっただろ!?』
「っ……!?」
アインの言葉に、私は懐に入れたペンダントを無意識に服の上から押さえた。
これがあれば、めぐるに会えるかもしれない。……でも、奪われたらその可能性が失われる。それだけじゃなく、魔界もあの男の手によって、酷いことに……。
でも……だからといって逃げる選択肢は、選んでいいはずがない……!
『……大事なものを見失うなよ、すみれ。ボクも、ボクの大事なもののために戦うだけだ――』
そう短く告げて、アインは右腕に嵌めていた腕輪をさりげなく外してその手に握り込む。そして決意を固めたのか、先ほどの震えを拭い去った凜とした声で言った。
『お前の目的はなんだ? お前は、なんのためにエリュシオンへ行こうとしてるんだ!』
「それを聞いたところで、……?」
その時、男はふいに言葉を切ってアインの顔をじっと見つめる。そして薄く口元に笑みを浮かべて「……なるほど」と呟き、確認するように彼女に問いかけていった。
「貴様、この世界の人間ではないな。魔界……いや、エリュシオンの民……か?」
『答えろよ! その問いに、答えが欲しいんだったらな!』
「知れたこと。この世界を、元あるべき姿へと戻すのだ……!」
「……それは、どういうことですかっ?」
そこへ、口を挟んできたのはテスラさんだった。それまで石のように固まっていた彼女は、ダークトレーダーが口にした言葉に何か思い当たるものを感じたのか、弾かれたように前に進み出てさらなる質問を投げかけた。
「元のあるべき姿とは何ですか? そしてあなたの目的はいったい……? 答えてください、お父様!」
「父、だと……?」
そこで初めて、アインに向けられていた男の意識がテスラさんへ移動する。そして彼女と、いまだ固まったままのナインさんを一瞥し、彼は端的に言い放った。
「……。あいにくだが、私に娘はいない」
「えっ……!?」
「家族など、すでに過去の話だ。……何を血迷ったか知らんが、それで私を惑わせるとでも思ったか」
「なっ……!?」
娘はいない――そう言って冷たく突き放すダークトレーダーに、テスラさんは絶句した表情を見せる。……だけど次の瞬間、はっ、と何かに気づいたように目を見開き、訝しく眉をひそめながら小さく呟いていった。
「……。違う」
「えっ……?」
「あれは、……「お父様」じゃない……」
「ね、姉さん……?」
その言葉を聞いたナインさんは、戸惑いをあらわにテスラさんの背中へと呼びかける。すると彼女は「わかってます」と頷きながら、顔を向けず背中越しに続けていった。
「あれは間違いなくブラックトレーダーで、のちのダークトレーダー。でも、私たちの「お父様」じゃない……」
『はぁ!? どういうことだよ!』
焦りのためかアインは口調をやや荒げるが、テスラさんは動じることもなくその視線をマントの男へ向け続ける。そして、顔をしかめながら……それでいて、わずかに悲しみをにじませた表情で口を開いた。
「似ている別人じゃない……間違いなく、本物のブラックトレーダー。だけど、私たちのことを知らないのは、つまり……」
『おい、なんだよ! なんかわかったなら早く言え!』
「……髪の色も違う。おそらくあれは、……若い時のお父様っ……!」
「……っ……?」
「そんな……!?」
ありえない、といいかけて私は、すぐに自分たちとここにいる世界との関係を思い返して、そうか、と気づく。
テスラさんたちの記憶にない、異なるダークトレーダーの姿。そして聞いたことのない名前。ということは、彼は……!
『つーことは、……あれか。ボクたちと同じく、別の時間軸か平行世界から来たやつってことか』
「……そうなるわね」
『はぁ……ややこしい、なんでもありかよ。いや、ボクたちがここにいるってだけでも状況的におかしいってことは、わかってたつもりなんだけどさ……!』
アインは苦笑とともに肩をすくめながら、ちらりと二人の姉妹を見やる。
それまで呆然とダークトレーダーの顔を見つめるばかりだった姉妹は、確証を得た瞬間からその目に固い決意を燃やしていた。
『で……娘から見てどうなんだ、今の「お父様」は? 勝てるのか?』
「わかりません。……でも、やるしかないでしょう」
そう言ってテスラさんは緊張をみなぎらせながら、右手を胸元のあたりに上げて電撃の火花を放つ。そんな姉の言葉に追従するかのように、ナインさんは剣を抜くと両手に握りしめた。
「あの父さま、強い。……勝てるか、不明」
「でも、やるしかないです。カシウスさんとフェリシアさんが倒れた以上、私たちが魔界ヘのゲートを守らないと……!」
『……そうかよ』
テスラさんとナインさんを見て、アインは再び笑みを浮かべる。……そんな三人の顔を見て私も勇気を取り戻し、先ほどまでの後ろ向きな思いを振り払って心を決めた。
そうだ……踏み出すんだ、前に……! 犠牲が必要な未来なんて、あの子は決して求めたりはしないんだから……っ!
『そういうことだ、すみれ。だから、今のうちに――』
「……嫌よ」
『なっ……お前っ!?』
「天使ちゃん、お願い」
私はそれを見ながら、アストレアから預かったペンダントを肩に乗った天使ちゃんへ託す。彼女はそれを受け取って体内へとしまい込むと、険しさすら感じる真剣な表情で私を見据えていった。
「……三人に任せて逃げるのが、本来の最善策です。それは、わかっていますね?」
「うん。……でも、それは私たち、ツインエンジェルBREAKじゃない」
少なくともめぐるならば絶対に選ばない選択だと、確信をもって断言できる。だから、その片割れをつとめる以上私のとるべき道も、一つしか無かった。
「私も戦う。そして、必ず魔界に行かせてもらうわ……全員でね」
『……。この、頑固者が。どうなっても知らないぞ』
そう言って苦々しく顔をしかめながら、アインは憎まれ口を叩きつけてくる。だけど、次の瞬間には私をまっすぐに見据え、にやっ、と不敵な笑みで応えてくれた。
「……。やはり、あなたに頼るしかなさそうですね」
「えっ?」
そう言って天使ちゃんは、ふわふわと浮遊して私の前に移動する。そして祭壇の上で傲然と待ち構えるダークトレーダーに目を向け、静かな口調でいった。
「この世界の時間軸に干渉してはいけないと、私は最初の時に注意したと思います。……でも、ここに来た直後に予感して、そしてあの魔物を倒した時に確信しました。あなたはきっと、それが許された人。そしておそらく、めぐるも――」
「許された、って……それは、どうして?」
「理由は、終わってから教えます。だからすみれ、できることならばあの時空間の大罪人……クラウディウスを倒してください。この『可能性の世界』に元通りの秩序を取り戻すために――」
「……わかった。だから、このペンダントを……私たちを、見守っていて」
そう言って私は小さな天使に希望を託し、身体を反転させて走り出した。
「……躊躇わないで、なっちゃん。気を抜くと、間違いなくやられます……!」
「了解……!」
「はぁっ!」
ダークトレーダーに向かっていく三人の後を追い、私も『サファイア・ブルーム』を手に駆けていった――。
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