第17話
『っ、……おい、すみれ』
「え……?」
横に並んだアインに促されて後ろを振り返ると、身体の各所に傷を負い、血をにじませた騎士たちがこちらへと向かってくるのが見える。その先頭に立つのは、さっき怪物を相手に勇ましく戦っていた金髪の女騎士だ。
彼女たちは全員、突然割って入ってきた私たちに対しての怪訝と戸惑い、不審をあらわにした表情を浮かべている。敵か、味方か……品定めをされるような複数の視線に晒されて、こちらもどう行動をとるべきか判断ができなかった。
「て、天使ちゃん……どうすればいいの?」
「……大丈夫ですよ。なんとかなります」
「なんとか、って……」
後先を考えず、とっさに飛び出してきてしまった私は今さらになって後悔を感じていたけど、……なぜか天使ちゃんは私の肩の上あたりでふわふわと浮かびながら、にっこりと笑って落ち着いた様子だ。
ただ、だからといって特に説明をしてくれるわけでもなかったので、私の困惑はさらに深まるばかりだった。
「アイン……」
『……ボクに聞くなよ。くそ、うまくやり過ごす手立ては、……』
そうこうするうちに、騎士たちは甲冑の重い金属音を響かせながら私たちの元へとやってくる。そして、ある程度の間合いを取ったところで立ち止まると、……その中から件の女騎士がひとり、私たちの前に進み出てから口を開いていった。
「――そこの、旅の勇者よ」
「えっ……?
「私は、フェリシア・デュランダル。イスカーナ王国の騎士団長を務める者だ」
そう言って、金髪の女騎士――フェリシアはやや警戒心を見せながらも柔らかな微笑みをたたえ、……おそらく挨拶なのか、組んだ両手を掲げてみせる。だけど、私はそれにどう返していいかわからず、思わずアインに顔を向けて無言の合図を送った。
『…………』
彼女は口をつぐんだまま、そっと頷く。とりあえず、返礼だけはした方がいいということだろう。それを受けて私も、正しいのかどうかわからないけど同じ作法で挨拶を送った。
「助太刀、感謝する。私たちは地方巡察の途中だったのだが、王都の近くということで少々油断してしまってな……危ないところだった」
「い、いえ……」
「どうやら、見落としていた群れの巣がまだあったようだな。治安維持のためにも、今一度このあたりの魔物を掃討しておかねば……うん?」
その時、ふいにフェリシアが話を止めて右へ振り向き、遠くへと目を向ける。その動きが唐突なものだったので、思わず私たちの間に緊張が走った。
「まさか、また敵……?」
「あ、いや。あれは――」
彼女は目を細めると、合図を送るように手を上げる。そして私たちに顔を戻し、口元を緩めながら続けた。
「一足遅い、援軍だ」
「援軍……?」
目を凝らしてその視線の先を辿ると、遠方に土煙が立ち上っているのが見える。
その中に浮かび上がってきたのは、複数の影。やがてそれらは大きく鮮明になり、先頭で馬に跨って手綱を振るう、青年騎士の姿が目に映った。
「……やっときたか、カシウス」
「無事だったか、フェリシア!」
嘶きをあげる馬が止まりきらないうちに、その青年は軽やかに鞍から飛び降りる。それに対してフェリシアは穏やかな笑みを浮かべながら、「うむ」と頷いていった。
「無傷、とは言い難いがな。数名の負傷者が出た、城へ搬送して、手当を受けさせてやってくれ」
「わかった。すまない、駆けつけるのが遅れて……」
「到着前の定期連絡を怠ったのは私の手抜かりだ、気にするな。……それに、おかげで良い戦士どのに出会うことができたよ」
「戦士……?」
そう言ってカシウス、と呼ばれた青年が私たちに目を向けてきた。
視線には敵意こそなかったものの、強い不審の色が色濃く浮かんでいる。……その眼光の鋭さに、一瞬気圧されそうになった。
「旅装束……にしては、見慣れぬ格好だな。お前たち、何者だ?」
「いきなり素性を訊ねるのは無礼だぞ、カシウス。それに、見かけによらず彼女たちはなかなかの手練れだ。事実、私たちの窮地を救ってくれた……あの方の予言通りだ」
「……。なるほど」
それでもカシウスは、なおもじっと私たちを伺うように見つめてくる。と、フェリシアが好奇心に瞳を輝かせながら進み出ていった。
「さて、そなたら。旅の途中とお見受けするが、どこから来たのだ? よかったら、教えてくれるとありがたい」
「…………」
その問いに対して、私はどう答えるべきかわからず口ごもってしまう。
どうやら、フェリシアというリーダー格の女騎士は私たちのことを一応、信用してくれているようだ。……だけど、『魔界へ行くための道を探して、ここと違う世界からやってきた』なんて口にしたら、その好意的な眼差しもどう変化するかわからなかった。
「その、どう説明すべきかわからないんですが、……えっと」
「……私たちは、東の大陸を越えた先にある東洋の島国から来た者です」
すると、黙して事態を見守っていたテスラさんがそんな感じに、迷う私の前にすっと割り込んで説明を引き継いでくれた。
「……ほう、東洋の国か。確か、いくつもの山脈を越えた先にある、豊かな国のさらに海を越えた場所にある……そう、聞いたことがあったが」
「はい。異国の文化を学ぶために送り出されたのですが……あいにく、少し目を離したすきに馬を盗まれてしまいまして。仕方なく徒歩で集落を探し歩いていたところ、襲われているあなた方と出会ったというわけです」
「ふむ、それは災難だったな。ここから人の住まう集落へ向かうとなれば、かなりの距離を歩くことになる。下手をすれば遭難する恐れもあろう」
「ええ、そうなんです。……ですから、助かったのはお互い様ですね」
「……。なるほど」
にこやかに笑いながら、しかし少しも動じた様子を見せずに口上を述べるテスラさんの話しぶりに、思わず息を飲む。私自身ですら、そういえばそうだったかもしれない……と、錯覚を起こしかけるほどに迫真の演技だった。
『……はー。よくあんな言い訳、とっさに思いつくよな』
「……静かに」
そう言ってアインが呆れとも、感心したともとれるため息をつくと、ナインさんは注意を促すように小声でたしなめる。
私たちと違い、アインの言葉は精神感応によるものだ。うっかりあの騎士たちと同調して言葉が伝わらないとも限らなかったので、彼女の指摘は当然の配慮だった。
「……いずれの理由があったとはいえ、我らの危機を救ってくれたのは事実。改めてお礼を言う」
「いえ。……それに、実際に戦ったのはこの子ですから」
「えっ……!?」
いきなり話を振られた私は心構えができていなかったので驚き、思わず肩を跳ね上げてしまう。
それにしても、事情が事情だけに本当のことは言えないとしても、……嘘に従ってしまうやり方は、正義の味方として胸を張れるものではない。
今の私を見たら、めぐるはなんと言うだろうか……。
「? どうした、何か懸念することでもあったのか?」
「い、いえ……でも」
「でも?」
だからせめて、私は胸の中に抱いている本心を打ち明けていった。
「……皆さん、酷いことにならなくて、本当によかったです」
「…………」
そう返すと、なぜかフェリシアはじっと私を見つめてくる。
射貫かれると感じるほどに、鋭い視線。……歳はそんなに違っていないはずだけど、息が詰まるような圧迫と緊張は、間違いなく歴戦の戦士が放つ闘気のそれだった。
『……っ……』
「…………」
アインはいつでも逃げられるように構え、ナインさんも緊張した面持ちで様子を伺っている。
どんな方向に事態が転がるか、私は全く予想がつかずに押し黙っていると……。
「……。ありがとう。そなたの優しさを、信じよう」
すると、……ふっとその張り詰めた糸が切れるように空気が緩み、彼女はゆっくり頷いていった。
「……となると、せめて命を救われた礼をしなければな。急ぐ旅で無ければ、王都まで一緒に来てもらえないだろうか。食事と宿くらいなら、提供しよう」
「よろしいのですか?」
「命を救われたのだから、当然だ。特に……」
そういって振り返ってきた赤い瞳と、再び目が合う。今度はにっこりと笑顔を返されて、違う意味で私の胸は高鳴った。
「私は、借りを作らない主義でな。受けてもらえると、嬉しい」
「……はい」
安堵とともにそう答えながら、はぁっ、と息を吐き出す。
燃え盛る炎を彷彿とさせる、赤い瞳。あれに見つめられた瞬間、息ができなくなった。
恐怖というよりも、まるで心の中を覗かれた驚きで心臓が止まったような……そんな、今までに味わったことのない奇妙な感覚だった。
「そんなにすごい腕前だったのか?」
「あぁ。例の怪物……この子が仕留めたのだ。……信じられるか、一撃だぞ?」
「なんと……!」
そう言われて、カシウスが目を丸くしながら私を凝視する。
無遠慮に向けられる驚愕の視線は、決して気持ちのよいものではない。……だけど、つい先ほどフェリシアから向けられた何気なくも鋭い視線と比べたら、彼の視線の強さは何ほどのものでもなかった。
「(なんだったんだろう、あの感覚……)」
単に自分がやましさを抱えているせいで、思わず過剰反応してしまったのだろうか。
正直、そうとしか考えられない。……そう、錯覚の一言で片づけようとしたが、肌の上に残る鳥肌が訴え続ける違和感からは目をそらすことができなかった。
「わかった。馬……と、この方々の分もだな。この人数ならば……レオーラ!」
「はっ!」
立ち尽くす私の目の前で、事態は進んでいく。そして、レオーラと呼ばれた女兵士の一人に促され、彼女の乗る馬の後部に跨った。
周囲を見渡すとテスラさんとナインさん、そしてアインも大人しく彼らの指示に従っていたが、各々の表情はわずかなりともこわばっている……ように見受けられる。
「(フェリシアに違和感を覚えたのは、私だけじゃなかった……?)」
真意を問おうとしても、既に全員別々の馬に乗った後。
もし逆に騙されているのであれば、私たちはこのまま離れ離れにされてしまう可能性もあった。
「さっきはありがとう。助かったわ」
「いえ、……」
思考を巡らせていると、私の前に跨った女性兵士が背中越しに振り返って、親しげに声をかけてくる。
だけど、あれだけの緊張した空気をもって私たちを虎視していたフェリシアが突然翻意した理由がわからなかった私は、そんな微笑みを素直に受け入れることができずにいた。
「全員乗ったな! では、出発する!」
そんな中、フェリシアの号令がとどろき渡る。それにともない騎士たちは一斉に手綱を弾かせて合図を送り、馬たちは一斉に走り出していった。
「……っ……!」
馬に乗ったのは初めてだけど、……すごく上下に揺れて不安定で、自転車よりもはるかに乗りにくい。そんな私に、並走する形で馬に乗った男性兵士が声をかけてきた。
「にしても、あんたの武器は切れ味が抜群だな。鍛冶屋の名前、教えてくれ」
「バカね、この方々は東の国から来たって言ってたじゃない。刀鍛冶も東の方よ」
「いや、あの武器は東に行って作ってもらうだけの価値はあるぜ」
「いくら武器が凄くても、使い手がぼんくらじゃ話にならないわよ。ねぇ?」
「え、えっと……」
同意を求められ、曖昧に頷く。
馬上越しで私たちを肴に、仲間と軽口を叩きあっている騎士たち。それらを見ていると、先ほどまでの敵愾心が嘘のようだった。
……正確には、フェリシアが城へと向かう、と促した時からだ。あの時から、兵士たちが私たちを見る目から警戒心が消え失せた気がする。
相手の態度が変わったからといって、こちらも気を許せる状況ではない。とはいえ黙ったままでいるのも、なんだかばつが悪い感じだ。
何か話題は……と考えたところで、ふと手に握りしめていた物の存在を思い出す。
「…………」
あの怪物の体内から出てきた……二つに割れた、黒いメダル。
手中のそれは、チェリーヌ学院や如月神社に出てきた怪物を倒した後に出てきたそれとよく似ていた。
「……この国には、あんな怪物がたくさん出るんでしょうか?」
「いや。あそこまでの大物は、めったに出ないな」
私の問いに答えたのは、手綱を引く女兵士ではなく……いつの間にか隣を並走していたカシウスだった。
「東の国から来たと言ったが……イスカーナ王国のことをどれだけ知っている?」
「……大変偉大で、屈強な王国と」
迷った末、テスラさんを見習って当たり障りのない言葉を返すことにした。国を代表する騎士であるなら、こう言われて嫌な思いは抱かないだろう。
「……本当か? そう知っていて、本気でいった言葉なのか?」
「……。すみません」
「知らないならば、素直にそう言うといい。世辞も使い方を誤れば、かえって不快を招く」
「……はい」
どうやら、私の真意は見抜かれてしまったようだ。やっぱり私に、戦術的な交渉はあまり向いていない。
「いや、そちらも何か事情があってのことだとは理解している。思わず普段の癖で、詰問のような話しぶりになってしまった。許してくれ」
「は、はい……」
「我らが属するイスカーナ王国が急激に成長を始めたのは、三代前の国王に代替わりしてからのことだ。今でこそ、この大陸全土の統一を目標に掲げているが……百年前ほど前まではごくありふれた農業国家だったという」
「…………」
「そして我らは、そのイスカーナの中興を支えるべくとある国から派遣され力を貸す立場だ。それゆえ、自らについて根掘り葉掘り詮索される不快さは理解している。どうか、安心してくれ」
「…………」
こちらの嘘を見抜きながらも、カシウスは特に気にしたふうもなく気さくに話しかけてくる。だけどそれがかえって、私には不思議に思えてならなかった。
「あの……」
「ん?」
「私たちが、こんなことを聞くのも変なのかもしれませんが……どうして、こんなにも簡単に信じてくれるんですか?」
「信じているように見えるか?」
「……少なくとも、疑っているようには見えません」
「いい目をしているな。そう正直に言われると、不快には感じない」
私の指摘を受け、カシウスは満足そうに頷く。
若いけれど、多くの場数を踏んできたことを思わせるような落ち着き払った態度。そこから察するに年齢はお兄様と同じか、少し上くらいだろうか。
その曇りなき表情は、なんとなくあの人に似た知性と人柄の良さをうかがわせる。……もちろん、ずっと素敵なのはお兄様の方なんだけど。
「フェリシアは、人の嘘を見抜く「力」を持っている。もちろん、君たちの事情とやらも全てお見通しだろう」
「――――」
そう言われて、はっ、と私の脳裏にフェリシアの赤い瞳がよぎって浮かび上がってきた。
あの時の強烈な違和感は、おそらくは彼女が力を使ったことに反応したせいなんだろう。……でも、そうなるとフェリシアは私たちの嘘を見抜いたということになる。
今、彼女の駆る馬の後ろにはテスラさんが乗っており、二人はにこやかに会話を交わしていた。
「テスラ嬢、乗り心地はどうだ?」
「……えぇ、とても快適です」
その対応の仕方といい、位置取りといい、……警戒して何か策を弄しているようには、とても思えない。そしてテスラさんも同じ印象だったらしく、ふと観察していた私と目が合うと、苦笑交じりに肩をすくめてみせた。
「我らは彼女の力を信じている。その彼女が信じたのだから、君たちは大丈夫ということだ。それに――」
「それに?」
「予言があったのだ。近々、国の近くに怪物を一刀のもとに斬り伏せる女戦士の一団が現れる、とな。……そして君たちは、その言葉にあったとおりにあの怪物を倒した――」
「…………」
その通りなのだけど、素直に頷けない。
倒した手応えは今もこの手に残っているのに、実感がまだ追いついていない状態だ。……いったい、この世界に来てから私にどんな力が備わったというのだろう。
「……偶然だと、思います」
「ふむ、君は正直な上に謙虚な女性だ。フェリシアが気に入るのも、無理はないだろう」
カシウスは私を褒めたつもりなのか、そう言ってかすかに頷く。そしてやや視線を下に向け、思い出すようにしていった。
「とにかく予言では、その女戦士の一団は我が国の大切なお客、とのことだった。それゆえ見つけたら、必ず自分のところに連れてきてほしい、と言われている」
「大切な……お客……?」
つまり、カシウスたちに予言を告げた人物は私たちがここに現れることを予想していたことになる。
だけど、未来から……しかも『ワールド・ライブラリ』を経由して現れた私たちの来訪を、事前に知ることなんて本当に出来るのだろうか。
「……その方の名前は?」
恐る恐る尋ねると、カシウスはふっとため息をついて前を見据える。そして、どこか誇りを抱くように告げていった。
「聖女、アストレア様……イスカーナ王国を支えてくれる、聖なる力を持った女神のようなお方だ」
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