第31話

……目を開けた途端、あたしの視界の中にきらきらとした輝きの粒が無数に飛び込んでくる。

綺麗だけど、その正体がわからなくてつい驚いてしまったけど……改めて見るとただのシャンデリアの照明だとわかって、ほっと息をついた。


「…………」


 ガラスか、水晶のような飾りが組み合わさったそれがつり下がっているのは、変わった模様をした天井。ぼんやりとそれを眺めているうちにあたしは……自分が柔らかい、何かの上に寝かされていることに気がついた。


「ここ、どこ……、っ……?」


 手をついて上体を起こした途端、……頭の中に響いてくる鈍い痛み。ズキズキとうずくそれが鎮まってから、あたしは顔を上げて周囲に目を向ける。

 とても広くて、なんていうか……ゴージャス? テレビ番組に出てきた高級ホテルか、外国のお城の部屋みたいな感じ。

部屋のあちこちには美術品や家具があって、鏡なんか全身が入るくらいに大きなものが置かれている。あたしが今まで寝ていたのも、大きい……どころか大きすぎるベッドで、シーツとクッションも触り心地が良くてふかふかだ。

 そして、窓らしき壁際の場所にはカーテンが閉じられて、外が見えない。だから今は昼なのか、それとも夜なのか……室内が明るい分、ここからだとよくわからなかった。


「あたし……なんでこんなところに……?」


 まるで、映画の世界に放り込まれたような気分。そのせいで現実感が持てず、しばらくの間ぼーっとしていたけど、……再びこみ上げてきた頭痛の反動であたしは、はっと我に返った。


「っ、そういえば……あたし、如月神社で……っ!」


 滝壺のところで、雫さんから修業の合格を伝えられて……これで学院にも戻れる、って喜んでいた時に神社のある方向から、大きな爆発音がして――。

急いで駆けつけてみると、よくわからないバケモノが暴れ回っていたから、エンジェルローズに変身して、戦った……んだよね?


「……。あ、あれっ……?」


そこまで思い出して、疑問がわいてくる。あの時あたしは、バケモノの攻撃で傷だらけになって、気絶するほどダメージを負ったはずだ。

なのに、今は……頭痛以外は、あたしの全身に違和感がない。治療を受けて回復したというよりも、あの戦いが夢の中で起きた出来事だったかのように何もその痕らしきものが残っていなかった。


「……あっ、そうだ! 雫さんと、みんなは……!?」


 あたしの身体のことより、神社の職員さんたちが心配だ。雫さんや他の人たちは、あのバケモノに襲われて大丈夫だったんだろうか。


「早く、みんなのところに戻らないと……!」


 ベッドから降り立ち、変身アイテムのコンパクトの所在を探して回る。

 ……だけど、それっぽいものがどこにも見あたらない。もしかして、バケモノと戦っている間に落としてしまったんだろうか……?


「(ということは、今のあたしは変身が解けて……?)」


そんなことを思いながらふと、たまたま目の前の鏡に映り込んだ全身を見る。――そこであたしは、自分が真っ赤な衣装を着込んでいることにようやく気づき……息をのんで、その場に固まってしまった。


「な……なにこれっ!?」


 慌てて自分の身体を見下ろすと、視界に飛び込んできたのは赤い飾りリボン。その先に何重にも折り重なった裾がひらひらと揺れている。

 ドレス……という表現が一番近いというか、明らかにすごく高そうな服だ。少なくともあたしが島から持ってきた荷物に、こんなものはなかったはず……?


「これ……なにっ? なんであたし、こんなのを着てるの!?」


 しかも、この衣装……あたしが普段に買っているような服とは、素材からまるで違っていた。

軽やかだけど、品のある光沢、っていうんだろうか……両手にはまっている黒のロング手袋も滑らかで触り心地がいいし、腰のリボンと髪飾りのバラなんて、まるで本物みたいに小さな箇所まで精巧にできている。

 もし状況が違っていたら、すぐにでもドレスを脱いでひっくり返して、どんな仕立てになっているか調べていたかもしれない。……ただ、今はそんなことよりも「どうして?」の疑問の方がはるかに強く、そして深刻だった。


「ど、どういうこと……!?」


 変身が解除されたら、確か変身前の服に戻ることになっていたはず。……だから、本来ならあたしは、あの修行時に着込んでいた道着姿に戻っていなければおかしい。

 それに、……こんな衣装は今まで着たことも、見たことだって一度もない……!


「ど、どうしよう……どうしよう……!」

『――失礼します』

「は、はいっ!」


 そんなパニック状態の中、突然聞こえてきた言葉にあたしは反射的に返事をしてしまう。

 そして、……はたと気付く。今の「声」は聞こえてきたんじゃなく、むしろ――。


「……っ……?」


 すると、ドアノブが回るのと同時に女の人が入ってきた。

 見たところ、年齢はあたしよりもちょっと上かな。……遥先輩や、葵先輩と同じくらいだろうか。


『……よかった。お目覚めになられたようですね』

「…………」


 優しく微笑むと同時に女の人が小首を傾げて、よく晴れた空みたいな……薄い青色の髪がさらりとたなびく。

 ……とっても、綺麗な人だった。優希が貸してくれたファッション誌の『涼やか目元の清楚系』モデルさんに似てるかもしれない。

 ひょっとしたら、すみれちゃんがあと何年かしたら、こんな感じになるのかも……? 思わず見惚れてしまったあたしは、ぼんやりとそんなことを考えていた。


『……? どうかなさいましたか?』

「え……えっと……その……」


 そう問いかけられても、頭の中で混乱と困惑が交通渋滞を起こしているせいで、なんて言葉を返せばいいのかわからない。

 というより、……この人は誰なんだろう? さっきもそうだけど、彼女の言葉は声じゃなくて……なんていうか、「頭」に直接響いてきているような気がするんだけど……。


「(あっ……もしかしてこのお部屋と、今あたしが着てる服の持ち主……?)」


 そういえば女の人が着ている服も、あたしと比べたら動きやすそうだけど……すごく、高級そうなデザインにも見える。

 そして、こんな豪華なお部屋に住みながら……ふわふわのドレスを着て生活してる人といえば……!


「あ、あなたは……お姫さまですか!?」

『えっ……?』


 一世一代の勇気! ってくらいに振り絞った言葉を聞いた瞬間、その人はきょとん、と不思議そうに目を丸くする。

 あ……あれ? 間違えた? でも、お城に住んでドレスを着ていそうな人なんて、他に知らないんだけど……!


「(ど、どうしよう!? どうしよう)」

『ふふっ……』


 どう言葉を続ければいいのかわからず、あたしは慌てふためく。そんな様子をしばらく見つめていた女の人はやがて、くすっとおかしそうに吹き出した。


「あっ……」


 その笑顔を見て、……思い出す。

 そうだ。この人はあたしが如月神社でバケモノたちに襲われて、気絶しかけた時に光の向こう側で見えた、……あの優しくて、綺麗な顔をした人だ。

 はっきりと見たわけじゃないけど、きっとこの人が助けてくれたのだろう。……なんとなくだけど、あたしはそう信じることができた。


「え、えっと……その……」

『すみません、笑ってしまって。……私は、お姫さまのような高貴な身分にあるものではありません』


 そう答えてからお姉さん(で、いいんだよね?)は、自分の胸元に手をあてながら続けていった。


『どちらかといえば、私は……姫に仕える、召使いのようなものです』

「召使い……ってことは、お姫さまがいるんですか?」

『えぇ。姫はあなたですよ、エリューセラ』

「へー、あたしが……って、あたし!?」


 急にそんなことを言われてしまって、あたしは安心しかけた気持ちを吹き飛ばしてもう一度驚く。

自然な口調でそんなことを言うから、うっかり聞き流しそうになったけど……よく考えれば、というかよく考えなくても、あたしはお姫さまじゃない!


「こ、こんなところで冗談は止めてください! あたしがそんな、お姫さまなんて……! あ、助けてくれてありがとうございます!」

『…………』

「っていうか、お姫さまとかそういうのは……あたしより、すみれちゃんの方が似合うと思いますし……! あっ、すみれちゃんっていうのはあたしの友達なんですけど、すごく綺麗な女の子なんです! だから、その……」


 混乱するあまりに、なんだか変な感じにまくし立ててしまってから、……ふと、気付く。

 エリューセラ? 聞いたこともない単語だけど……いったい何のことだろう。


「あの……エリューセラって、なんですか?」

『もちろん、あなたのことです。エリューセラ』

「え、えっと……」


 ……つまり、外国の人の名前かな。ただ、少なくともあたしはその名前の人と会ったことがないし、まして自分が今までにそう呼ばれたことなんて、一度もない。

 ということは、……この人は誰かとあたしを間違えて、そう呼んだってことなんだろうか。


『……? どうかしましたか、エリューセラ』

「あ、あのっ……あたしの名前は、天月めぐるで……エリューセラさんじゃないんです。だから、その……人違いだと……」

『いいえ、間違いではありませんよ』


 そう言ってその人は、あたしの目を見ながらはっきりと断言した。


『それにエリューセラとは、名前ではありません。たとえば姫や召使いのような、立場を表すものです』

「は、はぁ……」


 じゃあ……間違いじゃないのかな。だけど、だったらどういう意味で……どんな肩書きなんだろうか。

 そんなことを思いながら混乱しているあたしの目の前で、彼女はゆっくりと頭を下げる。そして、その場にひざまずいてから言った。


『まずは……突然、このような場所にお連れしたご無礼をどうかお許しください』

「…………」

『私はエンデ。先ほども申し上げましたとおり、あなたにお仕えする者です』

「ど、どうも……」


 ぺこりと挨拶を返しながら、違和感というか居心地の悪さを感じる。……あたしよりも年上の人にかしこまって話すのを見て、なんだか落ち着かない。


「……あの、エンデさん」

『どうぞ、エンデとお呼びください。私のような者に、敬称など不要でございます』

「けど、エンデさん……あたしよりも年上ですよね? なのに呼び捨てなんて、その……」

『……?』


 あたしの言った意味が理解できないのか、エンデさんは小首を傾げる。

 うぅ、どう説明したらいいんだろう……? そう思って頭を抱えていると、彼女はそんなあたしをじっと見つめてから、軽く息を整えていった。


『……わかりました。エリューセラがそう仰るのでしたら、お任せいたします』

「あ、ありがとうございます……」


 それを聞いて、ほっと胸をなでおろす。知り合ったばかりの、それも年上の女性をいきなり「さん」付けせずに呼ぶのは抵抗があったから……わかってもらえて、よかった。


「……それじゃ、エンデさん。聞きたいことがあるんですけど」

『はい。なんでしょうか?』

「ここは、……どこなんですか?」

『ここはエリュシオン。あなた方の住むイデアと対の世界……イデアの言葉で申し上げると、魔界です』

「えりゅ……しおん? いであ? 魔界――」


 その説明の内容はほとんど理解できなかったけど、最後の単語だけはすぐにわかった。


「魔界、ですか……? えっと、ゲームに出てくる鬼とか、悪魔とかが住んでいる……?」

『そうですね……イデアの民が鬼、あるいは悪魔と呼ぶ生き物でしたら、近くに生息しております。……もしご覧になりたいでしたら、少々お時間をいただきますが連れてまいりましょうか?』

「い、いいですいいです! 別に見たいとか、そういうことじゃないので……!」


 エンデさんがあまりにもさらっと答えるから、あたしの方が慌ててしまう。からかって言った……って感じじゃなさそうだけど、どこか感覚がずれているんだろうか。

 と、その時だった。


『……めぐるさま』

「は、はい……?」

『今、エリュシオンは未曾有の危機に瀕しています』


 そう言ってエンデさんはこちらに歩み寄り、手袋をつけたあたしの手をぎゅっ、と握りしめる。そして、


『……お願いします、エリューセラ。どうか我らにそのお慈悲と、お力をお貸しくださいませ』

「へっ……?」

『この地に生きる者の生活、そして未来を守るため……このエンデ身命をあなたに捧げ、どこまでもお仕えする覚悟でございます。ですから、なにとぞ…』

「ちょ、ちょっと待ってください! い、いきなりそんなことを言われても……!」


 さすがに、そう畳みかけられたあたしは慌てて、その場を飛び退くように離れてしまう。

 正義の味方として、誰かのために戦う覚悟はいつでもできている。……だけど、わけもわからず世界を救ってほしい、と言われて即座に答えられるわけがなかった。


「あたしが力になれるなら、もちろん頑張ります! で、でもあたしは魔界って漫画とか、ゲームとかの話でしか聞いたことなくて……! というか、そもそも違う世界って……、っ!?」


 知らない単語がたくさん出てきて、頭の中がパンクしそうになったその時……あたしはエンデさんの手に、よく見慣れたものが握られていることに気がついた。


「それ……あたしのコンパクト!」

『ご無礼とは思いつつ、無くされては大変と思って預かっておりました。どうぞ、お受け取りください』

「は、はい。……よ、よかったぁ……」


 おそるおそるそれを受け取り、両手で包み込みながらため息をつく。……無くした可能性も考えていたところだったから、何よりもほっとした思いだった。

 コンパクトの天頂部には、ブレイクメダルがはまったままになっている。変身した状態で気を失ったから、きっといつものように身体の中には戻らなかったんだろう。


『めぐるさま。……失礼ですが、そのメダルを少し拝見してもよろしいでしょうか?』

「え? あ、はい。……どうぞ」


 あたしはコンパクトから金色のメダルを外して、エンデさんに手渡す。……一瞬触れた指先は、少しだけ冷たかった。


『…………』


 エンデさんはメダルをじっと見つめてから、神妙な表情を浮かべる。そして何かを確かめるように頷いてから、そっと呟いていった。


『イデアの技術で精製された、アスタリウムの結晶体……見事なものです。この純度のものは、このエリュシオンでもそう多くは見つからないでしょう』

「……!」


 聞いたことがある単語を耳にして、あたしは思わず息をのむ。

 そういえば以前、みるくちゃんから教えてもらったことがある。あたしとすみれちゃんの変身メダルは、アスタリウムっていうすごく珍しくて貴重な金属から出来ている、と。

 それを知っているってことは、エンデさんは……!


「……エンデさんは、アスタリウムのことを知っているんですか」

『はい。このアスタリウムは本来、エリュシオンからイデアに持ち込まれたものなのです。そしてアスタディールと、それに付き従う『天ノ遣』の系譜の一族に引き継がれたのだ、と……』

「…………」

『やはり、調査で得た報告内容は正しかったようですね。……あ、見せていただきましてありがとうございました』


 エンデさんはそう言って、元通りメダルを返してくれる。そして、受け取ったあたしに向き直ると、少しだけ表情を硬くしながら訊ねかけていった。


『……エリューセラ。あなたは、そのメダルについてどれほどご存じですか?』

「えっと、このメダルがアスタリウムって金属でできていて……これが無いと、あたしは変身できないってこと……かな」


 本当は、他にも色々と教わったような気がするけど……ほとんど忘れちゃったせいで、それくらいしか覚えてない。

 だって、このメダルのことを解説している時のみるくちゃんって、なんだか科学の先生みたいに話が長くて厳しいんだもん……。


『では、少しだけ補足させていただきます。……このメダルは、いわば受信機です』

「受信機?」


 その言葉通りに繰り返すと、エンデさんは「はい」と頷いてから続けた。


『このメダルは、波動エネルギーを受け取ることであなたが変身し……秘めたる力を引き出せるように置換するものです。ですから、これ自体が力を持つわけではありません』

「……そうなんですか?」

『はい。万物万障、使用したものは摩耗し、やがて消えます。ですが、このメダルは随時波動エネルギーを受け取っているため、一見無限の力をため込んでいるように見えるだけなのです』

「……。は、はい……」

『そしてこのメダルが受け取っている波動エネルギーは、めぐるさまがお暮らしになっている『イデア』と並行に位置するこのエリュシオンから、『ワールド・ライブラリ』を経由してあなた方の世界に流れ込んでいるものです』

「イデア……へ、並行……ワールド、ライブラリ?」


 途中までなら、なんとかついていけてたかもしれないけど、……だめだ。知らない単語が流れ込んできた瞬間、頭が痛くなってきた。


『ご理解いただけましたか?』

「うぅう……ごめんなさい。何を言ってるのかあたし、全然わかんなくて……」

『いえ、エリューセラ。私のようなものに、謝罪など不要でございます』


 お手上げ状態になったあたしを慰めるように、エンデさんは優しく笑いかけてくれる。そして姿勢を正してから、軽く息を整えていった。


『この話をすぐに理解できるのは、よほど事情に精通した者だけでしょう。むしろ、私の説明が拙いためにご理解いただけず、申し訳ございません』

「い、いえ……そんなことは……」

『ですが、ご安心下さい。あなたがご入り用な知識は、このあとで女王さまよりご説明をしていただけるものだと思います』

「女王、さま……?」

『えぇ』


 そういってエンデさんは、笑顔を絶やすことなく頷く。そして、


『私たちの女王――『ディスパーザ』さまです』


 その言葉にはどこか、誇りを含むような響きがあった。

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