第97話

「ぼっ……ぼぼぼ、ボクをどうするつもりだっ? でででっ、出方によっては君たちだってたっ、ただでは済まないぞ!?」


 腰が抜けた格好で器用に、それ以上に不細工な動きで後ずさりながら、ビリーは震える声で凄もうとしてくる。

 ただそれは、迫力らしきものが全く感じられないほどの情けなさ。おそらく戦い慣れしていないだけでなく、およそ修羅場や鉄火場のような機会を経験したことが無い……つまりは「素人」といったところか。


「(……だからといって、許せるわけもない)」


殴られるよりも、撫でられるほうがかえって癇に障ることがある……今の状況が、まさにそれだ。この城に潜入してからずっと張りつめた空気を味わい続け、常に命の危険を意識しながらここまで辿りついたこともあった分、この身の程知らずな愚か者に対しては哀れを感じる以上に嫌悪があり、手心を加える慈悲など一切、考えたくもなかった。


「……消えてください。私が本当に、怒りで容赦ができなくなる前に――!」

「ひっ……? う、うぅっ……!」


 電撃によって生じさせた雷球をいつでも放つことのできる体勢におきながら、それでも最後に残った矜持と理性で私は敵の「自称」天才に向かって警告の言葉を放つ。

 ……冷ややかな視線を向けただけのつもりだったが、やはり怒りの感情がにじみ出てしまっていたのだろう。ビリーは滝のような汗と涙を流しながら、足が竦んでいるのか恐怖に表情を歪めてただ震えあがるばかりだった。


「(こんな男に、お父様からの大切な髪飾りを弄ばれるなんて……!)」


 ちくり、と違和感を覚えながらも、それはきわめて個人的な激情によって塗りつぶされて、私はぎりっ、と奥歯をかみしめる。そして息をひとつ吐き捨ててから、一歩、また一歩と足を前に踏み出した。


「おっ……おおお、落ち着きたまえ! 頭脳労働専門のボクを倒したところで、君たちにとっては何も売るものはないはず! だ、だから取引をしようじゃないか!」

「取引、ですって……?」

「そ、そうだ……! もしここで、ボクに危害を加えずにいてくれたら、ブラックカーテンさんに口利きをしてやろう! 君たちほどの腕と美貌、そしてそのナイスバディがあればきっと、あのお方も気に入ってくれるはず……幹部クラスだって、あっという間だ! この天才のボクが推薦するんだから、間違いはない!」

「…………」


 実にばかばかしく、一顧だに値しない無意味な提案だ。しかし――


「ど……どうだっ? 『アマノツカイ』なんて胡散臭くて子供じみた連中に与するよりも、ずっと君たちにとってメリットの高い条件が貰えると思う! このボクもそれに惹かれて参加してるんだ! だ、だからっ――」

「……。寝言は、それでおしまいですか……?」


 私はその宣告と同時に、両手から雷球を続けざまに投げ放つ。それは、ビリーの頭の左右ぎりぎりをかすめ飛び、その背後にある機器に命中して粉々に破壊した。


「ひっ!? は、話し合いの最中に攻撃はひ、卑怯だぞ……!?」

「……卑怯で結構。外道と誹られても、甘んじて受けましょう。ですがっ……!」

「――――」


 私の言葉が終わるよりも早く、隣のなっちゃんがざしっ、と床を踏み鳴らすほどに力を込めながら前に進み出て、大剣を中断に構える。

 ……表情は一見いつもの朴訥としたものだったが、その背中から感じられる気配で私は理解した。

 なっちゃん……怒っている、それもかなり。そして私もまた、ビリーの苦し紛れの失言で火がつくほどの激昂を覚え、まなじりの奥に熱いものが宿るような憤りを感じていた。


「……私たちの大切な仲間のことを悪く言うお方には、申し訳ありませんが相応の報いを受けてもらいましょうか……?」

「っ? な、なんと……ボクの話がり、理解できないなんて……!? と、とにかくボクの話を聞きたまえっ……!!」


 今にも泣き出しそうな表情で虚勢を張りながら、ビリーは巧言、とはとても思えないほどの口振りでこちらを説き伏せようと試みてくる。ただ、その惨めであさましいまでの不格好ぶりをこれ以上見ているのも厭わしく、再び手のひらの中に雷球を生み出そうとした――その時だった。


「――姉さん、来る!」

「っ……!?」


 なっちゃんの発した注意に、私はその意味を聞き返すよりも早く横に跳ぶ。そして先ほどまで立っていた場所に降り注がれた無数の銃弾を回避し、それと同時に敵の位置を素早く察知すると、その方向に右手を突きかざして電撃を放った。

 その間髪を入れない攻撃に防ぐ余裕もなかったのか、「それ」は激しい火花を上げて吹き飛び、爆風とともに足元には何かが転がってくる。それが腕の一部、それも破断面に機械の構造と部品類がむき出しになっているのを目に留めた私は改めて顔を上げ、視線を戻して身構えた。


「……ようやく、お出ましですか」


 ある程度予測していた展開に、安堵すら覚えて私は前を見据える。

そこに立っていたのは、無数のアンドロイドたちだった。それぞれの手や足に銃火器を備え、私たちに狙いを定めている。

 おそらくは、破壊されたポッドの中で倒れたままになっているヴェイルとヌイ……そのコピーか、何かの代物だろう。ただそれらは、彼女たちと違って服も着用せず顔や身体の造形も適当で、まるでマネキン人形のように生気が感じられないものだった。


「……ふ、ふふふ、ふはははっ! こ、こんなこともあろうかと予備のアンドロイドたちでテスト中だった自律プログラムを起動させてみたが、どうやらうまくいったみたいだな!」

「…………」

「こんな絶体絶命のピンチの中でも、解決策をとっさに思いつけるとはさすがボク、さすが天才! さぁ、形勢逆転だ! ボクを守って、あいつらを倒せ!」


 そう言ってビリーは、さっきまで震えながら見苦しい言い逃れをしていたことも忘れたようにふんぞり返ると、物言わぬ機械人形たちに命令を下す。それを受けて「彼女」たちは一斉にその瞳を輝かせ、私たちに向かって攻撃をしかけてきた。


「くっ……!」


 銃弾の雨、ミサイルの嵐を伴った激しい猛攻に、私たちは距離を取って近くの機器の影に身をひそめる。それを見てビリーが嘲笑を上げて何か叫んでいたようだったが、やかましいほどの爆音と射撃音に遮られてよく聞こえず、また確かめる気も全くおきなかった。


「(まともにやり合っても、時間を無駄にするだけだ。だとしたら……)」


 前回の使用から、それなりの時間がたっているはず。そう考えて私はなっちゃんに顔を向けると、それだけでこちらの意図を理解したのか彼女はこく、と無言で頷いてくれた。


「一気に決めましょう……! 『アクセラモード』、起動!」


 その掛け声とともに、私たちの身を包むスーツが光を放ちながら形を変えてゆく。そして全身にほんの少し前とは比べものにならないほどの力がみなぎり、意識が研ぎ澄まされていく感覚が伝わってきた。


「――なっちゃん、お願い!」

「了解……たぁぁぁあっっ!」


 物陰から颯爽と姿を現したなっちゃんは、刹那に襲いかかってきた敵の猛攻をひらり、とかわして宙へと舞い上がり、輝く光をまとった大剣をバトンのようにひらめかせる。すると、それは剣の柄の上下から刃をむき出す『両刃の剣』と化して彼女の手の中に収まった。


「……『ライトニング・クロススラッシュ』っっ!!」


なっちゃんの剣から放たれた連撃は、メビウスの輪のような弧を描いて虚空を切り裂く。それが残像となって消えゆくとともに、居並ぶアンドロイドたちは次々に倒れながら爆散していった。


「な……なんだその動き、その攻撃はっ? ボクの知ってる物理法則では、ありえない……計算できない! き、君たちは本当に人間なのかっ!?」

「……それが、あなたの限界です。理解しなくても構いません……ただ、懺悔して受け入れなさい。身の程知らずの我が身に下される、雷の裁きをっ!!」


 私は両手を組み、巨大な雷球……いや、小さなブラックホールと化した超重力フィールドを頭上へとつくり出す。そして、なっちゃんがかく乱することで「一か所に集まってきた」アンドロイドたちを視界にとらえ、裂帛の気合とともにそれを解き放った――!


「『ライトニング・エクスキューション』っっ!!」


 電磁の嵐によって発生した超重力波が意思を持たない哀れな機械人形たちの群れに襲いかかり、周囲の空気を歪めながら飲み込んでいく。それは、頑丈な超金属の肌を貫き、内部の回路を焼き尽くし……あまつさえ動力源の心臓部をもずたずたに引き裂いた。


「「――――」」


 瞬く間にアンドロイドたちは動きを止め、その場に崩れ落ちると次々に砕け散っていく。そして爆風の連鎖は、事態の急変を飲み込めていないビリーを巻き込んで吹き飛ばし……彼の身体は情けない悲鳴とともに奥の壁へと叩きつけられた。


「ふぎゃっ!? う、ううっ……!」


 もはや、ビリーを守るアンドロイドたちは1体もなく、勝敗は健全に決する。……それを確かめてから私は、うめき声を上げてこちらに顔を向けるや「ひっ?」と涙目で怯える彼に近づき、その姿を見下ろしながら口を開いていった。


「他にも、メダルがあったはずです……返してください。どこにありますか?」

「こ、ここにはない……! ブラックカーテンさんが、全部持っていった……ほ、本当だっ!」


 裏返ったか細い声で、もはや取り繕う余裕もないのかビリーは必死にそう答える。

……一応、ウソを言っているようには見えない。それにその真偽を確かめる必要もないと思い直して私は、おそらく無駄だとは予想しつつも言葉を重ねていった。


「では、最後に質問です。ブラックカーテンとは、何者ですか?」

「こ、この天才のボクが認めるほどの、真なるモテの要素を極めた男性だ……! ニヒルでクールで、そして背が高い……!」


 いや、そういうことを聞いたわけではないのだけど。……とはいえ、先ほどからの口上といい、この様子だと詳細はほとんど知らされていないのだろう。

これ以上の情報を得るのは難しいと判断した私は、仕方なくため息をついてから右手をかざす。そして、軽く放った電撃でビリーのこめかみのあたりを撃ち抜いた。


「ぐべっ!?」


 情けない悲鳴を上げて、ビリーはその場に倒れる。

 ……先ほどは激しい怒りのあまりに殺意すら抱いたが、よくよく考えるとこの男も黒幕に踊らされた、哀れな人間の一人だろう。肥大化した虚栄心と自分への過大評価はともかくとして、自分がどれだけ危険な野望と開発に加担していたのかもわからないままでいたに違いない。

 なんにせよ、いろんな意味で疲れた。……とりあえずお父様からの髪飾りを無事に取り戻すことができただけでも重畳として、気持ちを整理するべきなのかもしれない。


「それにしても……ダークトレーダーはどうしてこんなところで、彼などに「研究」をさせようとしたんでしょうか……?」


 ……先ほど抱いた違和感の正体は、その不可解さだ。あれほどに仰々しく私となっちゃんから『アスタリウム』の結晶体――お父様の形見の髪飾りを奪っておきながら、その分析と運用については能力や素性も怪しくて頼りにならなさそうな、こんな男に任せようと考えたのだろう。

奪われたほうが言うのもおかしな話だけど、もっと詳しい人材を揃えていれば別の成果が得られる可能性もあったかもしれないのに……。


「(役に立たないとわかって、捨てようとした……?)」


 だとしたら、これだけの数の研究設備、それに警護のアンドロイドたちを配備した理由がわからない。ましてや、わざわざ貴重な戦力であるヴェイルとヌイを対象に選んでまで実験を行う必要などなかったはずだ。

めぐるさんとすみれさんを、この浮遊城に連れ去ったことといい……これまでの一連の陰謀を企てたというブラックカーテンはいったい、何を考えているのだろうか……?


「いずれにしても、まずはめぐるさんたちと合流することが先決ですね。なっちゃんも、それでいいですか?」

「……了解」


 なっちゃんの同意の返事を聞いてから私は、ちら、と破壊されたポッドの中でこと切れているヴェイルとヌイの姿に目を向ける。

 二人とも、虚ろに光を失った瞳で天を仰ぎながらピクリとも動かない。本来であれば無視して置き捨てるところだけど……「あの時」の奇襲のように、殺気も感じさせないまま立ち上がって襲ってくる可能性を考えた私は反撃に備えながら、彼女たちのもとへ慎重に歩み寄った。


「…………」


 ポッド内に満たされていた培養液で、濡れそぼった衣服と髪。開かれた目に光が宿る気配はなく、完全に機能を停止しているようにしか見えない。

 ……にもかかわらず、あの時は豹変した様子で立ち上がってきた。あれはいったい、なんだったのだろう?


「……あなたたちは、本当に機械人形なのですか? それとも――」


 そう言って半ばひとりごちる気分で声をかけながら、顔にはりついたヴェイルの前髪をそっとかき上げた――その時だった。


「……えっ……?」


 声が、聞こえる。……いや、音としてのものではなく、それは私の脳内に「意思」として伝わってきた。


「誰、……ですか? あなたは……」


『……私は、……ヴェイル……』

『僕は、……ヌイ……』


『『……「あの人」の心が、私(僕)たちを、生み出してくれた――』』


 その言葉とともに、私の脳裏にぱあっ……とどこか知らない、異国のような景色が映像となって広がっていった――。

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