第26話
……矛の柄を握る手の中に、脈々と伝わってくる生命の拍動。それが、しびれにも似た緊張とともに昂ぶりとなって、全身を震わせていく。
あふれそうなほど体内で猛り続ける、エネルギーの迸り。それを懸命に押しとどめながら私は、必殺の瞬間に全てを放つべく目前の敵を虎視して身構えた。
『……あんまり難しく考える必要はねーぞ、すみれ』
「……っ……」
これまでと同じく、私の意識の中へ直接語りかけるように伝わってくるアインの言葉。ただ、これまでと明らかに違うのは、彼女の姿がどこにも見えないことだった。
「消えた」のではなく、言うなればこれは「同化」だ。だから、彼女の魂(こころ)はこの胸に、そして力は全て私の手にある矛へと込められている……!
『ボクは、お前を信じる。だからお前も、ボクを信じろ。それがそのまま、ヤツを倒す意志と力になる……!』
「……。ありがとう」
感謝と同時に、申し訳なさも覚える。今一瞬思い浮かんだのはアインではなく、「あの子」の頼もしい笑顔だったからだ。
そのことに、同化して意識をともにしている彼女が気づいていないはずはない。……それでもあえて言及しない気遣いに、私は励まされる思いをかみしめていた。
『……行くぞ。呼吸を合わせろよ?』
「わかった。……っ!」
不安よりも、勇気を。さらには覚悟を鋭く、しなやかに研ぎ澄ませながら、私は両手で構える矛に自分の持てる力と想いをつぎ込んでいく。
……そうだ。私は――いや「私たち」は、負けるわけにはいかない。
二人にとってここは、ほんの通過点だ。そして今対峙している相手は宿敵でも悪の権化でもなく、終着点の途中に立ちふさがるただの「障害」の一つでしかなかった……!
「――はぁぁあぁっっ!!」
「ぐっ……!?」
床を蹴り、一気に間合いを詰めて勢いをつけたまま突きかかると、ダークトレーダーはその目前で右手をかざす。すると、生み出された不可視の壁は矛の切っ先を空間上で受け止め、先ほどと同じように私の身体を吹き飛ばした。
「……っ!!」
宙を舞いながら、……だけど、はっきりと私はこの目で見た。おそらく、完全には防ぎきれなかったのか体勢を崩してよろめく敵の姿と、そこにある勝機の隙間を――。
『もう一回、いけるかっ?』
「言われなくてもっ!!」
私は逆宙返りでバランスの乱れをそぎ落とし、着地して折り込んだ脚をバネのように跳ね上げてさらに突進をかける。それを見てとるや、ダークトレーダーは再び障壁をもって攻撃を阻もうと手を振り上げる。しかし、
「っ、ゃぁああぁぁっっ!!」
もう、止まらない。――否! 私の「あの子」への想いを、そんな「壁ごとき」で止められるものかッッ!!
『っ、――今だ! 横から狙え!!』
「っはぁぁっっ!!」
「なっ……!?」
突きに勢いをつけるよう脇へと引き込んだ矛を、私はアインの合図で横薙ぎへと変える。さらに、その斬撃に弾みをつけるべく右足を振りかぶり、その柄に蹴りを鋭く叩きつけた――!
「ぐわっ……!!」
とっさの変化に対応が不完全になったためか、ダークトレーダーの展開した障壁はわずかの間その一撃を耐えたものの、刹那の放電とガラスが割れるような金切り音を発して粉々に砕け散る。そして、
「エンジェル、ローリングサンダーっ……!!」
当然、そこに生じた隙を見逃す理由などどこにもなかった……!
「――昇天ッッ!!」
「ぐわぁぁぁっっ!!」
障壁がなくなり、そこへ放った怒濤の連撃をまともに受けたダークトレーダーは、勢いよく吹き飛んで神殿の壁へと叩きつけられる。
瓦礫と塵芥が立ちこめる中、沈黙が訪れる室内。……まさにあっという間の決着だったが、それはまさに、この『破邪の矛』の威力が絶大であることの証明でもあった。
「っ……」
警戒を解かないまま矛をわずかに下ろし、私は全身からの鼓動に合わせるように息を細く、長く吸い込んでからゆっくりと吐き出す。
手に持っている矛からは、不思議なほど重みが感じられない。むしろ身体の一部のように手の中で馴染んでいるのがとても奇妙で、……だけど、すごく安心感があった。
「……形勢、逆転ね」
そして私は、一歩ずつ踏みしめるようにゆっくりとダークトレーダーに近づいていく。
彼の身体は、半ば神殿の外壁に埋もれたままぴくりとも動かない……そう思って緊張を解きかけた、次の瞬間――!
「っ……!」
不意をついた格好でダークトレーダーは私に銃のようなものを向けて、引き金をひく。だけど、それに私が反応するよりも早く手の中の矛が動いて弾を弾き飛ばし、そのまま男の手にあった武器を叩き落としていった。
「が、ぁ……!!」
その攻撃の余波がバイザーをかすめ、液晶の部分にヒビが入る。
血を吐きながら神殿の壁に背を預けて、がっくりとうなだれるダークトレーダー。……大勢が決した今となってはさすがに痛々しさを感じたものの、私はまだ終わっていない、と自分を奮い立たせ、矛の刃をその胸元に突きつけていった。
「……あなたには、聞きたいことが山ほどある」
「…………」
「あなたはどこから、どうやって来たの……? あなたが言った、間違った歴史を変えて正しき歴史を導く――その言葉の意味は何?」
「くっ……!」
ぎりっ、とダークトレーダーの口元が悔しげに歪む。そして、カランと音を立てながらひび割れたバイザーの一部が剥がれ落ち、黒い瞳と私の目が合った。
「…………」
狂気とか、悪意とかで彩られたものとは違う、……不思議なほどに、澄んだ瞳だ。それに、この奥に感じられる光……なぜか見覚えがある。
でも、いったいどこで……?
「ふっ……一度倒しただけでは、『天ノ遣』を退けることはできぬというわけか。それとも、これが定められた因果律に逆らう者の前に立ち塞がる、運命の壁とでも……っ!」
「えっ……!」
「だが……だが、それでも私は――必ず、たどり着いてみせるっ!!」
「どういうこと? いったいあなたは、何を言って……なっ!」
私の言葉はもはや届いていないように、ダークトレーダーは瞳の奥に強い意志を燃やしながらゆっくりと立ち上がる。
まだ、力が残っていたのか……いや、違う。もはや彼には気力しかない。にもかかわらず、戦おうとしていた。
「……もう、止めなさい! 抵抗すると、今度こそ――」
「っ、……敗北を受け入れる……それも、運命……。だが……わ、私は……っ!」
そう言って、ダークトレーダーは再び立ち上がると構えを取る。
……どうして彼は、こんなにも戦おうとするのだろう。矛を握りしめながら困惑を覚えていると、頭の中で声が響いた。
『……しょうがねぇ。こうなったら多少、痛い目に遭わせるしかねーぞ』
「そこまで……? でも、手段を選んでいる余裕もなさそうね」
テスラさんとナインさんの目の前で、ということにためらいを覚えるけれど、だからといって話し合う余地もなく、まして手加減をして戦える相手でもない。
そう思い直し、私は攻撃を仕掛けるべく矛を構え……。
『――っ、引け!』
「っ!?」
本能を震わせるような叫び声を感じて、私は反射的に飛び退く。すると、ダークトレーダーの懐で、ちかちかと何かを知らせるような光が点滅していることに気付いた。
ややあってダークトレーダーは、おもむろに左手でそれを取り出す。そして、
「ここで、時間切れとはな。この場合、救われたとでも思うべきなのか……」
「っ、……あれは……!?」
テスラさんの息をのむ声が、背後から聞こえてくる。
ダークトレーダーの左手に握られていたのは、『天使の涙』だ。ただそれは、彼の右手にあって私たちとの戦闘で威力を発揮したものとは異なる、もうひとつの形状をしていた。
「この力を持ってしても、留まることができるのはわずかな時間のみ……。忌々しいものだ、世界の理というモノは……っ!」
「ど、どうして……? なぜあなたは『天使の涙』を、2つとも持っているの!?」
「えっ……?」
振り返ってみるとテスラさんの瞳は動揺で大きく揺れており、信じられないと言いたげに唇を震わせている。ただその意味がわからず、私は怪訝な思いとともに彼女に聞き返した。
「どういうことですか? 『天使の涙』は雌雄一体、二つで一つのはずで……」
「ええ、その通りです……! でも、でも! お父様が、二つとも同時に持っているはずがない!」
「同時に、持っていない……? ですが昔、『天使の涙』はダークトレーダーによって奪われたと――」
「手に入れたのは、一つだけなんです! お父様……ダークトレーダーは確かに『天使の涙』を奪うため、かつて『天ノ遣』と戦いました。ですが、その抵抗を突破できずに片方しか奪えなかった、と……なのに……!」
そしてテスラさんは、震える手でダークトレーダーの持つ二つの『天使の涙』を指さしていった。
「なのに……なぜあの人は、両方を持っているの……っ!?」
「ありえない……どうして……?」
テスラさんの隣で、ナインさんもまた酷く動揺しながら姉に寄り添っている。……それを聞いてようやく私も状況の異常さを理解して顔を戻し、敵に向き直った。
「……っ……」
過去に飛んだはずなのに、つい最近死んだはずの父親が急に現れて、その手にはかつて語っていた過去とは違う「モノ」が握られている……。
そこに整合性はなく、明確な説明をすぐに見いだすことができなかった。
「……ダークトレーダーが奪った『天使の涙』は、本当に一つだけだったのですか?」
「間違いありません! それに、そもそも私たちが聖チェリーヌ学院に編入した目的は、『天使の涙』の残った片割れを手に入れるためだったんです! もし、お父様がお一人で二つの『天使の涙』の奪取に成功していたなら、私たちが学院に入る必要なんてなかった……!」
「……遥たちと戦って、……友達にも、きっと、なれなかった。だから、おかしいっ……!」
「……!!」
その矛盾は、時系列と整合性の破綻を私たちに突きつけていた。
つまり、過去にダークトレーダーが失敗したからこそ……ヴァイオレット姉妹の運命は決定づけられたのだ。
たとえるなら、両親が出会わなければ自分は生まれなかった、といった……あくまでも極端な事例だが、それに近いタイム・パラドックス。それが今テスラさんたちの目の前にあるのだから、彼女たちの動揺は当然の反応だった。
『っていうことは、あいつはダークトレーダー……こいつらのお父様の過去とも 違うってのか?……わけわかんねぇよ……』
困惑したようなアインの自問自答に、何も答えることが出来なかった。
そもそも、私がほとんど状況を理解できていない。いや、ダークトレーダーも含めてこの場に正しい認識が出来ている人など、存在しているのだろうか……?
「(……でも、一つだけわかっていることがある)」
テスラさんと、私たち……そして、今目の前にいるダークトレーダーの間には何か決定的なズレがある。
それは時間軸や過去や未来なんてものではなく、もっと根本的な――。
「『天使の涙』が聖チェリーヌ学院にあることを知っているとは……貴様らは、『天ノ遣』に関係する者か」
「……っ……」
「やはりそうか。道理で付け焼き刃程度の力では、文字通り歯が立たぬわけだ……く、くくっ……!」
自虐的に響く、ダークトレーダーの笑い声。……あるいは『天使の涙』の力で回復したのだろうか。彼はわずかに生気を取り戻したように顔を上げ、私たちに向き直っていった。
「あの二人だけかと思っていたが、こうもわらわらと存在するとはな。やはり、ここが『変異点』というわけか……」
「答えなさい! その二つの『天使の涙』、どうやって手に入れたの!?」
「……お前たちが察したとおりだ。邪魔をしてきた小娘どもを倒し、学院に隠されていたこれらを私がもらい受けたのだ。波動エネルギーによって狂わされた、この世界の秩序を元に戻すわが悲願のためにな……!」
「っ……!」
その言葉が、感じていたズレを決定的な溝へと落とし込む。
テスラさんは今、……ダークトレーダーは『天ノ遣』の抵抗にあって『天使の涙』を片方しか奪えなかった、と言った。だけど彼は今、その『小娘ども』を倒した、と豪語してその証拠の「二つ」を手にしている。
……どういうことだろう。つまりこの男はダークトレーダーに姿形がよく似た、テスラさんたちの「お父様」ではない存在ということなのか? それとも――。
「もっと、ちゃんと話を聞かないといけないようね……」
死なない程度に痛めつけて、話を聞き出す。そう意を決した私は矛を再び構え、目標であるダークトレーダーに対峙する。
その手に握られた『天使の涙』はいまだ光り続けており、……時間の経過とともに男の傷が少しずつ癒えているようにも見えた。
「……『天ノ遣』たちよ、聞くがいい」
そんな私を見据えながら、ダークトレーダーは割れたバイザーの隙間からのぞかせる瞳に餓えた獣のように鈍く獰猛な輝きを宿らせる。そして――。
「どれだけ、貴様らが行く手を阻もうとも……私は、必ず波動エネルギーを封印してみせる……! たとえ定められた因果律をねじ曲げ、この世界そのものの構造を破壊することになったとしてもだ……!!」
「封印……? だったら、あなたは何を守ろうとしているのですか!? この世界を壊し、波動エネルギーを封印し……いったい、あなたはなにを守るつもりなのですか!?」
「……答える必要は無い!」
空間そのものを震わせるような咆哮がとどろき渡った次の瞬間、一瞬世界が歪んだような錯覚が起きた。
いや、錯覚じゃない。彼の背後にある二体の天使像が、神殿が、空間ごと歪みはじめている……!
「正義の仮面を被りながら、世界の破滅に手を貸している貴様ら偽善者どもを、全て焼き尽くし……一人残らず、滅ぼしてみせる! 必ずな……!!」
「……っ……!?」
やがて歪みは少しずつ成長するように広がり、やがてダークトレーダーすらも飲み込んでいく。そして、歪みは拡張から収縮へ移り変わり、まるで卵のようにその姿を変えていった。
『――逃がすなっ!』
「わかってる!」
言われるまでもなく、矛を手に私は走り出していた。
すでにやり方は理解している。切っ先から体内のエネルギーをぶつければ、空間ごと移動し始めた彼をこの場に留めることが出来る……!
「てやぁぁぁっっ!!」
「覚えておけ……!!」
……だが、遅かった。
矛の切っ先が空間に触れる数秒、いや数拍手前でダークトレーダーの姿はまるで夢幻のように掻き消え、ただ名残のように怨嗟の捨て台詞が木霊するばかり。そして歪みが消えた後には、ただ漆黒の闇が広がるだけだった。
……神殿は守り抜けたようだが、取り逃がしてしまった事実を認めることに、私たちはしばらくの時間を要していた。
「くっ……!」
あと数秒早く動いていれば、彼を逃すことはなかったという後悔。仮に、捕らえられたとしても彼は正直に自分が抱えている物を正直に話すだろうかという疑念。……そんな二つの感情の狭間にいながらも、私はあの男が残した言葉が頭から離れずにいた。
「世界の破滅に、手を貸す……? 私たちが……?」
どういう意味だろう。あの男が私たちを混乱させるため、支離滅裂なことを口にしたという可能性もあるけれど……あのバイザーの奥で憎しみを湛えたあの瞳を思い出すと、そんな風にはとても考えられなかった。
「…………」
しばらく半ば放心状態で残された天使像を見上げていると、背後から石畳を叩く音が響いてきた。
「……すみれ」
「一体、何が……」
「フェリシアさん、カシウスさん……」
声をかけられて振り返ると、吹き飛ばされた二人がそこにいた。
二人とも鎧の一部が破壊されて負傷を引きずっているようだったが、両足はしっかりと地面を踏みしめている。……とりあえず大事には至っていなかったことに、私はほっと胸をなで下ろした。
「あの男を、知っているのか? いや、それより……」
カシウスの視線が、私の手に握られた矛に注がれていることに気付く。
「あ、これは……きゃっ!?」
説明しようとして、突然矛が生物のように震えたことに驚いた私は、思わず手を離してしまう。それは地面に向かってゆっくりと落下をはじめたが、……一瞬その姿がブレて、そして――。
『いたたた……。おいこら、放り投げることはねーだろ。傷つくぞ』
次の瞬間、矛は地面に尻餅をついたアインに変わり、彼女は苦々しい表情で私を睨みあげていた。
「ご、ごめんなさい……」
『よし、許した』
謝罪を素直に受け取ったアインは即座に立ち上がると、うんと大きく背伸びをする。体のあちこちには擦り傷がついていたけれど、こうして見る限りは元気そうだった。
「アイン、殿か……?」
『んだよ。他の誰かに見えるってのか?』
「い、いや……」
フェリシアが訝しげな表情を浮かべて、首を傾げる。その顔には今までに見たことのない困惑の色がありありと浮かんでいた。
「(……無理もないか)」
いきなり矛が、人の形……それも、少し前まで話をしていた彼女に変身したとあれば、驚いても当然だろう。そう思うと、不思議とアインの変身を目の当たりにしても冷静でいられる自分の方がおかしいのかもしれない。
だけど、不思議だとも怖いとも思わなかった。むしろ、そういうものかと妙に腑に落ちた気分にすらなった。
「貴殿は、その……」
『あー……言いたいことはわかるが、今はのんびり話してる場合じゃねーだろ』
三者三様の視線に晒されながらも、アインはいつも通りの調子でちらりと背後に視線を向ける。そこには崩れ落ちて身を寄せるテスラさんとナインさんの姿があった。
怪我はしているが、それよりも精神的なダメージの方が大きいようだ。二人とも夜中でもそうとわかるほどに真っ青な顔で、互いの存在が命綱であるかのように強く抱き合っていた。
『とっととあの二人を連れて、いったん戻ろうぜ。話はそれからだ』
「……そうね」
ふと、テスラさんから聞いた話が蘇る。
「……『許す必要などない。ただ、自分の真実を知ってもらいたい。その上で、私たちがこれからなすべきことを見つけてもらいたい』……か」
それは、もしかして先ほどまで私たちの目の前で繰り広げられていた、ダークトレーダーのあの凶行を指すのだろうか。
だけど……さっき聞いた内容と二つの『天使の涙』からうかがう限り、彼はテスラさんたちのよく知る『お父様』とは違う過去を歩んでいるようだった。その記憶が引き継がれているのであれば、彼女たちにそのような「遺言」を残すとはとても考えられない。
「(……どういうことだろう)」
私たちは、天使ちゃんの力を借りることで『ワールド・ライブラリ』を介し、この世界へとやってきた。だから、どのような手段を用いたかはともかくとして、ダークトレーダーも同様にどこかの「未来」からここへやってきた可能性は高いと思う。
でも、……それははたして、私たちがいたはずの「未来」なのだろうか。
そして、もしその前提が違っているのであれば、さっき私たちが戦ったあの男の正体は、いったい……?
『……? おい、すみれ。どうした?』
「ううん、……なんでもない」
気遣わしげに声をかけてきたアインにそう返し、私は袋小路に入りかけた思考を打ち切る。そして、すぐそばで顔を伏せるテスラさんたちのもとへ歩み寄っていった。
「テスラさん、ナインさん。お二人とも歩けますか?」
「……え、えぇ。なっちゃん」
「大丈夫……」
そう言って二人は、お互いを支えるようにしてゆっくりと立ち上がる。……何か言葉を伝えるべきかと思ったけれど、今の私にはそれを考える余裕がなかった。
……とりあえず、何も解決していないけれど全員生きている。そのことだけでも、まず喜ぼう。
そう、自分に言い聞かせようとした――その時だった。
「フェリシア様! カシウス様!」
ようやく訪れた夜の静寂を切り裂くように、甲高い悲鳴が響き渡る。顔をあげると村のあった方角から、こちらに向かって駆け寄る人影があった。
「レオーラか。大丈夫だ、神殿は守られた。この者たちのおかげで……」
「今、王城から使者が到着いたしまして……!」
優しく語りかけるカシウスの声を遮り、レオーラは大きな瞳に涙を浮かべながら叫んだ。
「イスカーナ王国の防壁が突破されたようです! 王城に、大規模な魔物の襲撃が……!!」
「なっ……!」
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