第87話
「サロメ……っ? あなたが、なぜここに!?」
驚きをあらわにした様子で、テスラさんは目の前で巨人を従えるゴスロリ衣装の女の子に向かって呼び掛ける。ナインさんも表情を険しくしながら相手を見据え、大剣を引き抜くと油断なく構えをとった。
「(やっぱり、あれも「敵」……?)」
場違いにも映るようなその服装に若干の戸惑いを覚えつつも、私はめぐるに目で合図を送ってから薙刀状のサファイア・ブルームを出現させ、両手で握りしめて出方をうかがう。
……一見したところゴスロリ娘は私たちと同じか、少し年上くらいだろうか。メアリとは類の違う笑みを口元に浮かべているものの、戦闘の手練れらしき気配はそこまで感じられない。
だけど――。
「っ……!?」
なぜだろう。ちら、と一瞬こちらに視線を向けたその背後に、ぞっとしたものを感じる。なんとなくあのメアリにも通じるような虚無の闇が広がっているようで、思わずごくっ、と生唾を飲み込んだ。
「ふふんっ……なぜ、と訊かれるのは心外っしょ。私たち戦闘エージェントは報酬次第で、昨日の味方も今日の敵としてその命を狙う。あんたたちもほんの少し前まで、それを当然のようにこなしていたっしょ?」
「……っ……!」
ぎりっ、と奥歯をかみしめながら、テスラさんは鋭い眼光をゴスロリ娘に向ける。それに対して言葉すら返さず、その顔から怒りの感情をにじませる彼女の反応を見てとった私は、どういう関係なのかと尋ねかけていった。
「テスラさん……あの人と以前、何かあったのですか?」
「あれはサロメといって、ダークロマイアにも所属していた戦闘エージェント――つまり、傭兵です。私たちが遥さんたちと敵対する立場にあった時はお父さまに雇われていたので、それで……」
……なるほど。テスラさんたちにとって、自分たちの過去の「汚点」とも考えている記憶につながった存在ということか。それならば、親しげに話しかけられてもかえって嫌悪感を抱くのは当然かもしれない。
「手段を選ばない、危険。……気をつけて」
「まーまー、そんなに嫌わなくてもいいっしょ。久々の再会なんだから、もうちょっとくらいは歓迎してもらってもバチは当たらないっしょ――、っ!」
その言葉とともに、ひらひらとかざしたゴスロリ娘――サロメの手がくいっ、と指揮者のごとく前へと振りかざされる。すると、巨人の胸板がまるで両開きの扉のように開かれると中から巨大な機関砲が2基飛び出し、私たちに向けて銃弾を放ってきた。
「くっ……!」
私たちは大きく左右に跳んで、その銃撃を回避する。
連弾による攻撃はヴェイル・ヌイとの対戦で経験済みとはいえ、図体の大きさに比例してその威力はけた違いに高い。またたく間に石畳の床は蹂躙、という言葉がふさわしいほどに砕かれ、瓦礫と粉塵が吹き飛んで無残な姿をさらしていった。
「ふっ……魔術と科学のハイブリッドっしょ。あのツインエンジェルどもに味わわされた屈辱は二度とごめんっしょ」
「さすがです、サロメ様っ!!」
見ると、巨人の足元から喜々とした表情を浮かべた軍服姿の男が姿を見せながら、歓声を上げて賛辞を口にする。どうやらサロメの仲間のようだが、私はそちらに注意を寄せるよりも彼女の言葉に反応して、思わず身を乗り出していった。
「ツインエンジェルってことは……先輩たちもここに来てるのねっ?」
「えっ、知らなかった?……ちっ、うっかり口が滑ったっしょ。まぁどっちみち全員集まったところで計画は止めらんないんだから、無駄なあがきには変わりないっしょ」
「計画……?」
確かメアリもそれらしきことを言っていたが、それはテスラさんが話してくれたようにこの世界の構造を変えてしまうことを意味しているのだろう。
だけど、……それを企んでいる存在とは、いったい何者なのか? かつてカシウスが実現しようとして失敗に終わった「2つの世界の入れ替え」と着想をほぼ同じにしながら、目的や見返りがまったく想像できないこの計画を主導する「黒幕」の顔がいまだに見えてこないことが奇怪で、不気味に思えてならなかった。
「サロメ……あなたの雇い主は、いったい誰なんですか?」
「あのね~。そーゆーのは契約で守秘義務、ってのがあるっしょ? まぁ、かつての同僚のよしみとして少しくらいはサービスしてあげてもいいけど……」
「その言い方は止めなさい! 虫唾が走る!!」
そう叫んでテスラさんは両腕を頭上高く振り上げ、生み出した雷球を巨人に向けて放つ。
彼女の攻撃技のひとつ、『ファントム・インパルス』だ。それはあやまたず敵の胸元に目がけて炸裂――
「――なっ!?」
しかしその直前、左右から飛び込んできた小さな影がそれを受け止め、あっという間に消滅させる。そしてすたっ、と地面に降り立った。
「ヴェイル……ヌイ……っ?」
さっきも一戦を交えた、かつての友の姿の戦闘人形……ヴェイルとヌイだ。どうやら体勢を立て直してきたのか、再び私たちの前に立ちはだかるつもりらしい。
「ヴェイルちゃん、ヌイ君――」
悲しげに表情を曇らせながら、それでもめぐるは動揺や戸惑いをさほど見せることなくローズクラッシャーを手元に呼び出す。そして身構えたまま摺り足で間合いをはかり、じりっ、じりっとヴェイル、ヌイとの距離を詰めていった。
「はぁ……今はあんまり時間かけたくないし、手短に済ませるっしょ。……ちょっと、そこの青いやつのパクリみたいなやつ!」
「……っ、私……?」
こちらに顔を向けたサロメにそう呼ばれて、私は眉をひそめながらそう応じる。
おそらく「青いやつ」は、ブルーエンジェル――神無月先輩のことを指しているのだろう。ただ、その傲然とした物言いは性格の悪さが出ているというか……不快な気分だ。
「おとなしく、さっき拾ったメアリの「メダル」をこっちに渡しなさいな。そしたら、さっさと引き上げてやるっしょ」
「メダルを手に入れて、どうするつもり……?」
「まー、使い道の知らないあんたたちが持ってても、飾りにしかなんないでしょーね。だけど、その価値を理解できる「こっち側」の人間にとっては、貴重なもの……というわけで、せいぜい有効活用させてもらうっしょ」
「……嫌だと言ったら?」
「意思なんて聞いてないっしょ。聞くつもりもないけど……てなわけで、行けっ!」
その合図とともに、巨人の胸元から次々と砲弾が吐き出されていく。私たちはそれを散開してかわすものの、飛び退ったその先にはいつの間に移動したのか、うつろな表情のヌイが両腕の光線剣を振りかぶって私に斬りかかってきた。
「くっ、……はぁぁぁっ!!」
双剣の連撃を辛うじて防ぎ止め、私はブルームを薙ぎ払って相手を牽制してから、バックステップで大きく距離を取る。
ぞわっ、とした緊張が全身を駆け巡り、呼吸とともに冷たい汗が流れ出てきた。
「(さっきよりも、速い……?)」
ヌイの動きの速度、それに剣戟の勢いが記憶にあったものよりもはるかに上がっていて、私は戸惑いを覚える。
これが、本気を出した彼の実力ということなんだろうか。それとも、何らかの別の「力」が働いて……?
「きゃあぁぁぁあっっ!」
「めぐる!」
めぐるの悲鳴にはっ、と反応して顔をそちらに向けると、両腕を機関銃に変えたヴェイルが照準を定めて畳みかけるように銃弾を放っているのが目に映る。しかも、その攻撃は巨人の機関砲と射線が十字に連動しているのか、反射的にかわしたその死角から追撃を受けて彼女も回避と防御が手一杯になっている様子だった。
「めぐるさん、――っ?」
「……おおっと! お前たちには、この俺様が相手になってやるぜ!」
「どきなさい!――なっちゃん!」
「ファントム・アウトレイジっっ!!」
テスラさんの放った電撃を刀身にまとい、ナインさんは軍服の男の脳天に目がけて振りかぶった大剣を叩きつける。――が、その渾身の一撃はいともたやすく空を切り、素早くその側面に回り込んだその男は手に持ったサバイバルナイフを繰り出して、彼女へと巧みに攻撃を仕掛けていった。
「くたばりやがれぇぇぇっっ!!」
「……っ!?」
とっさに向きを変えたナインさんはそれを大剣で受け流すが、勢いまでは殺しきれずたたらを踏んで体勢を崩す。それを見た男はさらなる剣戟を重ねようと長剣を振りかぶったが、一手早くテスラさんの雷撃が二人の間に割って入り、……その隙にナインさんは間合いをとって呼吸を整えた。
「大丈夫ですか、なっちゃん!」
「問題ない。……それより、危険」
「……っ……!?」
男と剣を交えたナインさんの反応から、何かを察したのだろうか。テスラさんは弾かれたような勢いで少し離れた場所に立つ私に振り返り、声を張り上げていった。
「気をつけてください、すみれさん! おそらく敵は、『メダル』の力を使って加速しています!」
「……メダルの力で、加速? それってどういう――、っ?」
尋ねかけようとして注意を一瞬そらした私の視界から、ヌイの姿がかき消える。しまった、と悔やみながら左右に目を向けた次の瞬間、ぞわりっ、とした悪寒が全身に駆け巡ったかと思うと、背後から叩きつけられるような激しい衝撃を感じた。
「ぐぅっ……!?」
身体の中のものを取り出されるような激痛と気持ち悪さがこみ上げてきて、意識が急速に遠のいていく。……両脚から力が抜け、たまらずその場に膝をついてしまった私が必死の思いで振り返ると、そこには手にメダルをつかむヌイが立っていた。
「っ……どう、やって……!?」
「――メダル、回収成功」
「すみれちゃんっ! このっ――っ!!」
こちらの状況に気づいたのか、ヴェイルを相手にしていためぐるは十字砲火から巧みに逃れて援護に駆けつけてくれたが、それに相手をすることなくヌイはその場を去っていく。そして疾風のような速さで巨人の足元にたどり着くと、軽やかな動きでその肩口まで登りつめ……そこで待ち構えていたサロメに、手に持ったメダルを差し出した。
「……はい、お疲れ様~。そんじゃ用も済んだことだし、あんたたちはそこでゆっくりくつろいでるといいっしょ」
「っ、待ちなさい!」
巨人とともに部屋を出ていこうとするサロメを見て、私はまだ全身に残る痺れをこらえながら懸命に立ち上がってその後を追おうとする。……だが、そうはさせじとばかりに目の前にはヴェイルとヌイが立ちふさがってきた。
「……なっちゃん!」
「ファントム・スラッシュっっ!!」
その声とともに、テスラさんの雷撃とナインさんの斬撃が敵の2人に襲いかかる。そして彼女たちは私たちの前に進み出ると、振り返っていった。
「この2人は、私たちに任せてください! すみれさんとめぐるさんは、サロメを追って!」
「っ、でも……!」
「すぐ、追いつく……早く!」
「……わかりました! 行こう、すみれちゃん!」
迷って躊躇いかける私にそう言って、めぐるが手を差し出してくる。
確かに、迷っている時間などない。私は頷いてその手を取ると、テスラさんたちの牽制で生まれた隙を突き、少しだけ戻ってきた力を込めて一気に駆け出した。
「先に行きます……必ず、来てくださいね!」
「えぇ、もちろん……なっちゃん!」
「ファントム・アウトレイジっっ!!」
背中越しに聞こえた声とともに、雷光をまとった一撃が繰り出されたのか、激しい爆発音と衝撃が伝わってくる。だけどもう私たちは振り返らず、巨人が去った大きな壁の穴に飛び込んでいった。
× × × ×
「……行きましたか。さて――」
退散するサロメを追いかけ、壁の穴を通って出ていったすみれさんとめぐるさんの姿を見届けてから、私はいつでも電撃を放つことができる態勢で目の前の機械人形たちに向き直る。
表情が消えた顔に、輝きを失った虚無の瞳。2人の帽子には蜘蛛らしき模様があしらわれ、その中央に飾られた禍々しい宝石か水晶が妖しい光を宿らせていた。
「確か名前は、ヴェイルと、ヌイでしたか。面と向かってお話しするのは、これが初めてになりますね」
「――――」
敵の姉弟は私の話しかけに応じることなく、だらりと腕を下ろしたまま一見無防備に……だけど、その目だけは油断なくこちらの動向をうかがいながら、間合いを詰めてくる。
殺気のような心の動きも感じさせない、無機質な動き。それはまさに、「機械人形」の名にふさわしいものだろう。だけど――。
「そろそろ、正体を明かしてもらえませんか? ヴェイル「さん」に、ヌイ「さん」……?」
「――――」
その呼びかけに、2人の動きが止まる。そして無表情に象られていたはずのその顔に、わずかな揺れが生じるのを私ははっきりと見てとった。
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