第47話
「(右、……いえ、左からっ!)」
巻き起こった塵芥と暗がりのせいで視界が制限される中、ふいに強烈な熱と力の気配を左横に感じる。私はほとんど反射的に向きを変えると、矛をひらめかせて目前に現れた光球を横薙ぎに斬り裂いた。
刹那に響き渡る轟音が耳をつんざく。私の身体は烈風にあおられて、砕けた礫が四方から襲いかかってきた。
「っ、はっ……!」
その余波を受け止めるのではなく、むしろ勢いに流されるまま背中をゆだねて私は宙に舞い上がる。そして矛の重みを支点代わりにしてくるり、と一回転すると、アインの魔力が足元につくり出した空気の壁を鋭く蹴った。
眼下に映るのは、「魔王」の姿。その頭上から私は大きく振りかぶった格好のまま、一気に間合いを詰めて斬りかかる――!
「エンジェルローリングサンダー・昇天ッッ!! 」
「……っ……!!」
渾身の力で放った必殺の一撃。だけどそれは、わずかの差でかわされてしまった。
矛の切っ先は地面へと突き刺さり、硬い平面の床に亀裂が大きく広がる。そして次の瞬間、波動が迫る気配を感じた私は矛を抜くのではなく、むしろ押し込み……その反作用から横に回転して、遠心力を利用した動作でその場から飛びすさった。
「っ、ぐっ……!?」
無数の光弾が髪をかすめ、ほんの一瞬前まで足をつけていた場所は粉々に吹き飛ぶ。……間一髪。瓦礫の山と化したそれを見ながら私は、額から頬へとしたたる冷たい汗を手の甲で拭った。
「なら、これはっ……!」
私はサファイア・ブルームを槍状にして、手の中へと出現させる。そして、標的の様子をうかがうように光弾を放った姿勢のままでいる「魔王」の背後へと回り込んで、それを躊躇なく投げ放った。
「……っ!!」
さしもの「魔王」も反応が追いつかなかったのか、踵を返してこちらへ向き直ると障壁を生み出し、その投擲された槍を両手で防いでみせる。
攻撃の手が止まり、注意がこちらへと向いた――。たとえほんの一瞬であったとしても、それは私……いや、私「たち」にとって最大限に付け込むべき好機だった。
「今よっ、アイン!!」
『よしきたっ!』
頭の中で響くアインの応答の声と同時に、突き立っていた矛が自分の意志によって地面から抜け、「魔王」の無防備な背中に向かって襲いかかる。
魔力を存分に使えるアインのサポートがあってこその、奇襲攻撃――だけど、「魔王」はそれをまたしても紙一重で避け、勢いよく飛んできた矛は私の目の前でぴたりと止まって向きを変えると、右手の中に再び収まった。
「っ、……これで、何回目の攻撃?」
『……さぁな。相手の出方に対応するのが精一杯で、いちいち数えてねーよ』
「でしょうね……」
そう尋ねてみた私も、実のところ感覚がない。ただ、「魔王」の様子を見る限り……体力、あるいは魔力が尽きるのを待つ消耗戦は、ほぼ不可能と考えたほうがよさそうだろう。
「光球の攻撃は、少しでも当たれば大ダメージ。加えて防御は鉄壁、回避も完璧……役者が違うとは、よく言ったものね……!」
『弱気になるなよ、すみれ。ディスパーザさまといえど、隙は必ずできる。そこを見逃さず、ありったけの一撃を叩きつけろ』
「いいのね、それで?……そこまでやれば、ディスパーザさまも無事ではすまないわよ」
『あぁ、わかってる。……お前だけに、ヤな思いを抱えさせるのは不公平だからな』
粗雑な口調の中に、やや強がったように笑うアインの想いが伝わってくる。
私が、「魔王」――めぐると戦うことを選んだ決意を慮ってくれてのことだろう。申し訳ない後ろめたさはあったけれど、今は彼女の魔力が「魔王」に一矢報いる唯一のよりどころだった。
「(次は、どう攻める……?)」
左右、上、背後……どこから攻めてみても、全て対応されてしまった。付け込むスキは、まるで見当たらない。それに――。
「……っ……!」
対峙する「魔王」の様子に注意を払いながら、私は目だけを動かして壇上に立つクラウディウスに視線を向ける。彼はそこから悠然とこちらを見下ろしながら、憎々しいことに笑みすらも浮かべているのがはっきりとわかった。
「くっくっくっ……! 『天ノ遣』同士が世界の存亡をかけてこうして争いあうとは、なかなかの絶景だな……!」
「……減らず口をきけるのも、今のうちよ。これが終わったら、次はあなたを倒してみせるっ……!」
「それは楽しみなことだ。……だがまずは、その娘を片付けてからにしてもらおう――!」
「――――」
クラウディウスの言葉を受け、「魔王」はおもむろに右手を突き出して私にかざす。……だけど、先ほどと違ってそこには光球が生み出されない。
『っ? すみれ、上だ!』
「なっ……!?」
アインの声を感じて私は、はっ、と頭上へと振り仰ぐ。するとそこには、おぞましい気配を漂わせながら無数の光球が浮かんでいた――!
「……っ、しまった!!」
「魔王」の腕が勢いよく振り下ろされるや、それは私へと向かって次々に降り注がれる。不意を突かれたために身構える余裕もなく、必死にかわして直撃こそ免れたが……爆風の連鎖による煽りまでは防ぎきれず、壁際まで軽々と吹き飛ばされてしまった。
「きゃぁぁぁっ!? ぐっ……!」
受け身に失敗し、肩口から激しく叩きつけられた私は呼吸が止まるほどの衝撃にうめき声をあげ、思わず意識を手放してしまいそうになる。
……悔しいけれど 、さすがは魔界を長年にわたって支配してきた魔王の力だと改めて思い知らされた。あんな「バケモノ」が相手では、戦闘力の差がありすぎる……!
「さて、今のうちだ……エリュシオンの巫女よ。この崩壊しつつある世界の波動エネルギーの流れに働きかけ、イデアへとつなぎ合わせることができれば滅亡の危機を回避することが叶うだろう。その時は貴様こそが、その姿に見合った『救世主』としての資格を得るのだ……!」
『……。わかったわ……』
クラウディウスにそう促されて、アストレアの姿をしたエンデは一瞬ためらいの表情を浮かべる。しかし、すぐに唇をかみしめてまなじりを吊り上げ、胸の前で手を合わせながら何やら聞き取れない言葉を口ずさんでいった。
「なっ……? なに、あれは!?」
なんとか立ち上がって「魔王」の追撃に備えながら、私はその光景を目の当たりにして思わず息をのむ。エンデの頭の上には、空気を飲み込むような渦がわき起こり……その中からおびただしい数のメダルがらせん状になって現れたからだ。
『っ? ま、まさかエンデのやつ……!?』
その時、アインが何かに気づいたのか、ぎょっとしたように声をあげるのを感じる。私は嫌な予感を覚えつつも、今見ているものの正体を確かめるべく彼女に尋ねかけた。
「あのメダルって……何か知ってるの、アイン?」
『あぁ。あれは、アストラル・メダル……ディスパーザさまの措置によって一時的に眠りについた、エリュシオンの民が形を変えたものなんだ……』
「その通りだ、『天ノ遣』よ。このメダルたちは、エリュシオンの民の成れの果て。長い歴史の末に傷つき、病み、力を失って元の姿を保てなくなった哀れな者どもの結晶が、このメダルというわけだ……!」
「エリュシオンの民……生命の、メダル……!?」
つまり、あれはこのエリュシオンで生きていた人々の魂ということか。肉体を保持しつつ、長い時間を生きるための措置――コールドスリープのようなものだろうか。
つまり、それがあれば彼らは生き続けることができる……でも、逆に失われてしまったら――?
「――っ……!?」
その時、私はめぐるをさらったメアリのことを思い出す。
あの時も確か、メアリはめぐるをさらい……彼女を媒介にすることで大量のメダルを生み出して、それを大魔王復活のエネルギーにしようとたくらんでいた。もし、それと同様の手段を用いるということは、まさか……!?
「クラウディウス! あなたたちは、エリュシオンの民の……多くの生命を媒介にして、世界を変えるつもりなの!?」
「そうだ! このまま何もせずとも、いずれは朽ち果てるのみ……同じことだ! なればこそ、今こそ永き眠りから覚めて、歴史の輝かしい本流を歩く存在へと生まれ変わることでしか、こやつらの生きる道はないッ!」
「な、なんてことを……!!」
『やめろっ、エンデ! お前、そのつもりでアストレアさまを連れ帰ったってのか!?』
『……あのお方がご存命なら、ここまでする必要はなかった。でも、今は……もうこれしかっ……!』
そう言ってエンデは、無数のメダルを呼び込むように頭上の渦を仰ぎ、……覚悟を決めた表情で両腕を広げる。すると、その胸へメダルが次々に集まって、体内へと入りこみ……彼女は眉間にはっきりとしたしわを寄せて、苦しげに声を漏らしながらそれらを受け入れていった。
『ばっ……馬鹿野郎っ! そんなことをすれば大量のマナの力に侵食されて、お前の魂が焼き切れちまうぞ!?』
『っ、……最初から、覚悟の上……っ。それが、このエリュシオンの巫女として生を受けた、私に課せられた定めだからっ……!』
『この、わからずやがっ! 頑固はまだしも、自分の運命の意味も理解する努力も捨てたってのか!?』
アインは怒りと悲しみをないまぜにした叫びで思念を送り、懸命に呼びかける。だけど、エンデはなおも儀式を止めようとはせず、……苦悶の声をあげながらメダルを体内へ取り込み続けていた。
「(どうする……? どうしたらいいのっ……!?)」
エンデの凶行を止めようにも、私の目の前には「魔王」が立ちふさがって容易に進むことができない。このままでは、本当に世界が入れ替わってしまう……!
と、その時だった。
「――ファントム・インパルス!!」
『なっ、……きゃぁぁっっ!?』
私の背後から放たれてきた一条の電撃がメダルの渦を穿って吹き飛ばす。その余波を食らう形で、エンデはその場に引き倒された。
「今よっ、なっちゃん!」
「了解!――ファントム・アウトレイジっっ!!」
その声とともに、まるで疾風のごとく現れたナインさんが抜身の大剣を振りかぶったまま、クラウディウスへと迫って一気に斬りかかる。が、その一撃は頭上に生み出された障壁によって阻まれ、彼女もまたすぐに離れて間合いを取った。
「テスラさん……っ!」
「……遅くなりまして、すみません。思ったより手間取ってしまいました」
そう言ってテスラさんは、気丈にも笑みを返してくれる。
彼女のスーツは傷だらけで、腕や足には無数の血痕があって痛々しい。……ナインさんも同様だ。メアリやあの怪物たちとの戦闘がどれほどに過酷であったのか、その様子だけでも明らかだった。
「力なき小娘の分際で……また、邪魔をするか……っ?」
「お父様……いえ、クラウディウス! あなたの思い通りにはさせません!」
「ここで……決めるっ……!」
そう言って二人は、それぞれの武器でもって戦闘態勢をとる。……だけどその前に、紅の衣装をひらめかせながら「魔王」が立ちふさがった。
「なっ? あ、あなたは……めぐるさん!?」
「――――」
状況を把握しきれていなかったテスラさんとナインさんは、戸惑いもあらわに動作を止めてしまう。その一瞬だけできたスキを「魔王」は許さず、刹那に生み出した光球を二人に目がけて投げ放った。
「きゃぁぁぁっ!?」
「ぐぅっ……!?」
アインと融合した私と違い、魔力の加護のない二人はその歴然とした攻撃の威力を防ぎきれず、吹き飛ばされて瓦礫だらけの床の上で何度も跳ね、転がりながらその場に倒されてしまう。
苦痛のうめき声をあげながら、無防備な姿をさらすテスラさんとナインさん。それを見て「魔王」は右手をかざすと、その手の中に闇色の大剣を出現させて……彼女たちに止めを刺さんと頭上へと振り上げていった――!
「止めてっ、めぐる――っ!!」
私はとっさに二人のもとへ駆け寄り、「魔王」の前に回り込んで対峙する。そして、手に持った破邪の矛で反射的に攻撃をかけようとして、……「彼女」の目を、真正面から見つめ返した。
「……っ……!」
斬らなきゃ。
この攻撃を防いで、テスラさんとナインさんを守らなきゃ。
そして、世界を……たくさんの人たちを、救わなきゃ――。
そう思って……いえ、自分にそう言い聞かせて、全ての想いを捨てる覚悟でここまで来たんだから、もはや迷っている余裕なんて、私にはない……。
でも。
でも……っ……!
「っ、……め、ぐるっ……!」
実を言うと、ずっと見ないようにしてきた。
めぐるの顔を前にしたら、きっと気持ちがくじけてしまいそうだったから。
それでも……虚ろに光を失い、ガラスのように冷たい瞳の中に私の姿が見えた瞬間……私は思わず、構えを解いてしまった。
「――――」
「魔王」の表情には感情もなく、無機質に私を見下ろしている。
なのに、……どうしてだろう。あれほど荒々しく高ぶっていた心の熱が、……すぅっ、と冷えていくのを感じる。
そして、幻聴だろうか。……声が、聞こえてくる。
――すみれちゃーんっ……!
あの時、別れ際に大きく手を振って、笑顔で私に呼び掛けてくれためぐる……。
いつでも、どこでも、どんな時でも……自分がつらい時でも必死にごまかして、私のことを気遣ってくれた優しい女の子……。
できない。
できるわけがない。
だって、私は……世界を救いたくて、正義の味方をやってるわけじゃない。
ただ、めぐると一緒に……同じ想いと、願いを分かち合いたかっただけだ。
それなのに、私が……ここにいる意味をつくってくれた子を、斬ることなんてっ――。
『っ? おい、すみれっ? 何をする気だ!?』
「ねぇ、めぐる。……私は、あなたのように全部を守りたいわけじゃない。だから――」
そう言って私は、……振りかぶった破邪の矛をそのまま、床へと手放す。
そう。
私は、あなたほど強くないけれど、……せめて一つくらい、自分の大切なものを守りたい。
だから――。
『ば……バカ野郎っっ!! お前、死ぬ気かっ!?』
「やっぱり……正義の味方と、 友達。どちらかを選べと言われたら、友達のほうを選びたいの……」
その言葉が、届いたのか届かないのか……私の目の前で、「魔王」――めぐるが闇の大剣を振りかぶるのが見える。
……ここに来るまでの怖さは、もう感じなかった。
だけど、願わくば……私の命を引き換えにして、めぐるが正気を取り戻してくれることが叶えられたら――。
「い……いやぁぁぁっっ!!」
テスラさんの悲痛な叫びが、遠くのほうで聞こえる。
そして、足元で……からん、と何か、小さなものが落ちるのを私はぼんやりと感じていた。
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