ツインエンジェルBREAK ~光と闇の水平線~

@TA-BREAK_kadokawa

第一章

プロローグ

……ここに足を踏み入れた時から、これが悪い夢であればと何度願ったかわからない。

いや、この瞬間でさえも心のどこかではそうあってほしいと、臆病な自分が囁きかけてくる声が本当に疎ましくて仕方がなかった。


「……っ……」


口元から流れる血を拭い、私はすっくと立ち上がる。

わかっている……そう、言われなくてもわかっていた。こうして目の前に広がっているものは、全てが現実だと。

したたかに打ちつけた背中の痛みも、口の中に漂ってくるきな臭さも。……全て、今の私が感じているもので間違いはなかった。


「…………」


不思議なものだ。あれだけの攻撃を受けて満身創痍のはずなのに、私の身体の内側からまるでマグマのように熱い力が、ふつふつと湧き上がっているのを感じる。

頭の芯から意識が抜けるような目眩も、気を緩めると膝から崩れ落ちそうになるような足下のよろめきも、……今はもう、嘘のように消え去った。

むしろ、四肢にはかつてないほどの力がみなぎって、指の先にまで闊達した熱い脈動が伝わってくる。

……だけど。

それは、厳然かつ残酷な「ひとつの事実」を私に理解させていた……。


「……リンクが、完全に切れた……っ?」


それを素直に受け止めるには、さすがに心構えができていなかった。……私はすう、と深呼吸をひとつ、ふたつとついて瞑目し、唇をかみしめる。


……自分の身体が健康になることは、物心ついた時から私の一番の願いだった。

天気のいい日には、外で誰かと一緒に遊んで。

雨の日には体調不良で寝込んだりすることもなく、のんびりと音楽や読書を楽しむ――。

そんな感じに元気一杯でなくてもいいから、せめて人並み程度に、普段の生活が穏やかに過ごせますように、と。

年頃になって神様を信じなくなるまで、どれだけそれを祈り続けたかわからない。

大多数の人にとっては、当たり前すぎる日常……だけど、私にはどんな宝石よりも貴重で、まぶしい代物。

もし、それが実現できるというのなら、きっと私はどんな努力や我慢にも耐えることができるだろう……。

ずっと、そう信じてきたのだ。


「だけどっ……!」


託された『破邪の矛』の持ち手をぎりっ、と血管が両手の甲に浮かび上がるほどに掴みながら、胸の内から吹き上がりそうになる嘆きと怒りを憎々しくかみしめる。

これが、あんなにも望んだ願いの通じた結果だとしたら。

そして、引き換えとして私に求められた『代償』が、目の前に圧倒的な存在感でそびえ立つ「この悪魔」なのだとしたら……。


「……神様。私はあなたを、絶対に許さない……!!」


それは、私が神との決別を誓う咆哮だったのか。それとも慟哭が形を変えたものだったのか。

吐き出して言葉にしてからも、それはわからない。いや、わかりたくもなかった。


「――――」


その時、対峙していた「そいつ」がぎらりとその凶悪な瞳を輝かせながら、私に向かってずい、と一歩踏み出す。

床に着地した部分からじゅっ、と石が焼け焦げるような音と、鼻をつく嫌な臭い。

それを見た私は、悲愴な思いはともかく絶望に落ちひしがれかけた気持ちを、なんとか奮い起こすことができた。


「全身のチャクラから、体内のオーラがあふれ出している……。まだ、波動エネルギーを制御しきれていないのね」


それは、私に残された最後の希望……。

完全に覚醒した状態であれば、たとえ命を投げ出しても歯が立たなかっただろう。けど、安定していない今ならまだ勝機は残されている。

……そのために喪わなければならないものについて、私は意図的に思考から除外した。


「(だから、心を決めろ如月すみれ……! 優しさを捨てて、鬼になれっ!)」


私に託されているのは、私だけの運命じゃない。私たちの世界と、数多くの人々が生きている『もうひとつの世界』の存亡がかかっているのだから……。


「……。でも、私は」


唇をかみ、理不尽に向かってあらん限りの恨みをぶつけたくなるほどの嘆きを、私はそっと言葉にして呟く。

……その瞬間、目尻からこぼれ落ちていく一筋の涙。

それは、未練を捨てて『天ノ遣』としての使命を受け入れると決めた、私の人間としての……そして、友としての最後の執着だった。


「あのマステで、一度くらい……お揃いの小物を作ってみたかったな……」


その、弱々しくて情けない、もはや叶わぬ願いとともに。

私は自分の中に残っていたあらゆる感情、そして何かにすがる甘えの心を全て消し去る。そして破邪の矛を構え、この体内に残されていた力全てをその鋭い刃の先へと注ぎ込んでいった。


「ここで、私はあなたを斬る……覚悟しなさい、魔王ディスパーザ!――いやっ!」


叫びとともに、私はその名前を口にした。おそらく、生きて帰ったら生涯ずっと忘れず、そして二度と言葉にすることはないと神にすら誓える「それ」を――。


「……天月めぐる! 私は、あなたを……倒すッッ!!」


そして胸の内に、皮肉な笑いが囁きかけてくるのを感じて、……思わず口元をゆがめる。

あぁ、そうだった。神に誓うというのは、間違いだった。


だって、私は。

もう神様なんて信じないと、ここに来るまでの間に決めたのだから――

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