第1話

「ここからだと、死角になってよく見えないわね。どうする?」

「……接近する。タイミングを合わせて」


そう答えてから私は、軽くおとがいを反らして頭上の空を見上げた。

ぼんやりと浮かぶ満月の光に照らし出されて、霞がかった雲がゆったりとした動きで風に流されているのが目に映る。


「……っ……」


軽い足踏みでリズムをとり、3つ数えたところで私たちは身を潜めていた場所から勢いをつけて飛び出した。

と、同時に月が雲に隠れて辺りは一瞬暗くなる。そこで生じた影を利用して動きながら、私は離れた場所に置かれた廃棄コンテナの裏側に滑り込み……ふうっ、と止めていた息を吐き出した。


「……視点を変えた。どう?」

「ええ、いるわね。それもかなりの数が」

「やっぱりか……」


相づちを打ちながら、私は物陰から顔を出して様子をうかがう。

ここは人の往来が普段でも少ない町外れの場所で、おまけに今は真夜中。にもかかわらず何者かが大勢集まっているということは、ほぼ事前に得た情報の通りと考えて差し支えがなさそうだ。


「……向こうの建物の奥。今、何か動いたわ」

「警備の連中ね。なんだか変な仮面をつけてるみたい」

「よく見えるのね」

「これでも夜行性なのよ、私は」


そう言って私の肩からぴょこん、と地面に降りたった「その子」は、夜でも輝きを見せるその目で前を見据えながら、不敵な笑みを浮かべる。

一見すると、それはごく普通のハリネズミ。……もっとも人間の言葉を理解する時点で、とても「普通」とは呼べないだろう。

この子の名前は、『みるくちゃん』。その正体についてはまたの機会にするとして、私ともう一人の子が『正義の味方』として活動を始めるきっかけをくれた存在で、加えて貴重なアドバイザーでもある。

口うるさい上にこまっしゃくれた話しぶりが玉に瑕だが、彼女(といってもいいのだろうか?)のおかげで助かった修羅場は数知れずで、なかなかに頼れる仲間だった。


「左に3体、右に4体……この分だと、中にもかなりの数が控えていると思うわ」

「どこでそれだけの構成員を集めているのか、それとも集まっているのか。……今度じっくり、調べたほうが良さそうね」


あと、ハリネズミは夜行性だったのか……。昼間でも普通に会話をしていたせいで、気がつかなかった。覚えておこう。


「それじゃ、作戦内容を確認するわよ。裏口に回ったあの子が騒ぎを起こして、警備の連中がそっちに気をとられて向かった頃合いを見計らって、あんたが内部へと潜入する。そして中の連中を叩きのめした後、保管されているメダルを回収して現場を退散する。……それで問題ないわね?」

「……大丈夫。めぐるがどれだけの数を引き受けてくれるかは、少し心配だけど」

「その点は大丈夫。あの子にはミスティナイト様がサポートについてくれてるから、何があっても安心よ」

「……。あの変な男、本当に頼りになるの?」


ほんの少しの嫌悪感を含ませながら、私はあの胡散くさい仮面の男『ミスティナイト』に対する不信感をみるくちゃんに伝える。

腕は確かかもしれない、それは認めよう。とはいえ、その容姿が古典文学でしか見かけないような黒いマントと仮面、それに加えて武器がバラ。……もはや神話級レベルに怪しさ大爆発で、存在はまさにギャグそのものだ。

聞くところによると、先代のツインエンジェルとも一緒に戦ったベテランであり、それもあってかみるくちゃんは全幅の信頼を置いているという。……しかし、あの慎ましさのかけらもないキザっぽさと暑苦しい雰囲気が、私にはどうしても好きになれなかった。


「そんなに不安?」

「不安以外の感情があるとしたら、不気味としかいいようが無いわ」


 きっぱりと断言。それを聞くと、みるくちゃんはやれやれとため息をつきながらぼそりと呟いた。


「……こりゃ、当分真相は黙っておいた方がいいわね」

「どういうこと?」

「なんでもないわ。とにかく、あんたがどう感じているかは別として、あの人は大丈夫よ。とっても頼りがいのある人なんだから」

「……今はそういうことにしておくわ」


お互いに妥協を見いだす余裕と時間もないので、私はそう言ってさっさとあの男に関する話題を打ち切る。

とりあえず、私としてはめぐるが危ない目に遭うような事態にさえならなければ、それで十分だった。


「それじゃ、打ち合わせをした時刻になったら作戦開始ね。もうすぐ1分前だからカウントダウンを始めるわよ。はい、1分前――」


どっかぁぁぁあぁんっっ!!


みるくちゃんが数を読み上げるが早いか、建物を挟んだ向こうの奥の方で激しい爆発音がとどろき渡る。

そして反射的にそちらへ顔を向けると、もうもうと黒煙を上げながら朱の炎で燃えさかる光景が視界に飛び込んできた。


「……って、1分どころか1秒も経ってないじゃないの!?」

「…………」


憤然といきり立つ(怒った顔も可愛い)みるくちゃんを横目にため息をひとつついてから、私はリングから武器を呼び出す。

『サファイア・ブルーム』。――薙刀状をしたその武器は鋼鉄すらも飴のように容易く切り裂き、悪しき魂を持った敵の構成員を粒子レベルに分解・消滅させることができる業物だった。


「――っ……」


私はそれを両手で構え、気合いを込めるつもりで大きく前に一閃する。

しばらく続けた体質改善とトレーニングによって、私の健康状態は以前よりも向上した。おかげで、これだけの長い得物を振りかざしても足下がふらつくことはなく、それどころか多少の連続運動でも息切れしないほどの活力が身についている。

この分ならば、多少無理を引き受けても倒れたりすることはない……だろう、たぶん。


「仕方ない……予定を繰り上げて、作戦開始よ!」

「了解。当初の内容通り、右側から接近をかける……それで大丈夫?」

「ええ、任せるわ。……って、あんたひょっとして少し、怒ってる?」

「怒ってない。もう慣れたから……、っ!」


私はみるくちゃんにそう答えると、地面を蹴って駆け出す。そして敵の集団の中に躍り込むと、止まって呼吸を整える間もなく右側の1体、そして返す手で背後の1体にブルームの鋭い刃を叩きつけた。


「……っ……!」


手応え十分……袈裟懸けに斬り伏せられたクワガタ仮面の戦闘員は、悲鳴すらあげる暇もなく霧が散るように消滅していく。

突然の奇襲に動揺し、面食らった様子を見せる戦闘員たち。だがもちろん、彼らに体勢を立て直す余裕を与えるほど、私はお人好しでもなかった。


「アリの次は、クワガタ……その次はさしずめ、カブトムシかしらっ……?」


挑発めいた皮肉を口にしながら、私は正面に回り込んできた戦闘員を唐竹割りに斬り捨てる。

鎧袖一触――間合いを計って、刃を交える必要などない。敵をひたすら倒し続けることで相手のひるみを呼び起こし、こちらをさらに優位な状況へと持っていく。

それが、以前に経験したとある死闘で身につけた、私なりの必勝パターンだった。


「はぁぁあぁっっ!!!」


気合い一閃、並んで立っていた戦闘員2人をまとめて横薙ぎに斬り払い、続いて背後から飛びかかってきた生き残りに向けてブルームの刃の反対側、石突きの部分を突き出す。

身構える間もなかった相手は、勢いをつけた突進が仇となってその攻撃をみぞおちあたりに受け、激痛と窒息によってその場に倒れて苦悶の声を上げた。


「長物での戦闘の基本は、背後への敵の警戒。……覚えておきなさい」


そう言い捨てて、私はブルームを容赦なく振り落とす。胴体切りをされた相手はそのまま霧となって跡形も残さずに消え去った。


「……あんた、戦い方が前にも増してえげつなくなったわね」

「確実に倒すように心がけているだけ。……こっちの分は全員倒したから、中に突入する」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。今、この扉の解除コードをハッキングしてるから、もう少しだけ時間を――」

「……必要ない。「開けて」」

「んなっ? あ、あんたね……!」


さすが、みるくちゃんは鋭いだけあって私の意図をすぐに理解してくれる。確かに最初の予定では騒ぎを大きくしないため、「それ」は最後の手段としていたけど……。

もはやここまでの状況になった以上、今必要なのは慎重さよりも時間だった。


「おそらく、あと10分くらいで警察が駆けつけてくる。……鉢合わせると面倒だから、お願い」

「はいはい……ったく」


ぼやき口調でみるくちゃんはため息をつくと、胸にペンダント状にかけられたメダルから丸いネコ型の物体を呼び出す。それを扉の前に置き、耳の辺りにあるスイッチをかちり、と押した。


「はい、下がって! 3、2、1……」


ドカアァンンッ!!


私たちが近くの物陰に身を隠した直後、激しい炸裂音とともにネコの物体――小型の爆弾は爆発する。そして、もうもうと吹き上がった黒い火煙の向こうに破壊された扉の残骸を見てとり、その奥に屋内への突破口が開かれたのを確かめるやいなや、私は勢いをつけてそこに飛び込んだ。


「――っ!」


ズガガガガッッ!!


中に入った瞬間、私目がけて銃弾の雨が降り注がれる。とはいえ、すでに想定済みだった私はそれを右への横っ飛びでかわし、標的が消えたことで銃を構えたまま固まる敵の戦闘員の背後に素早く回り込むと、手に持っていたブルームを横薙ぎにふるって斬りつけた。


ギィィィッッ!!


およそ人とは思えない叫び声を上げながら、戦闘員たちはその場に倒れ……そして消えていく。そこで息を入れることなく、私は周囲に目を向けて――


「きゃ、きゃぁぁあぁっっ!!」


右手奥の方から聞こえてきた、もうすっかり覚えた声の悲鳴に反応して目を向ける。と、そこには戦闘スーツを着た女の子がいて、武器を構える複数の戦闘員たちに取り囲まれているのが見えた。


「もうっ、あの子ってば……さっさと離脱して、打ち合わせをした場所に移動しなさいってあれだけ言っておいたのに!」

「予定外は、想定内。……助けにいく」


まだ自分の体力に余裕があることを確かめてから、私は駆け足で敵の包囲網の死角へと移動し、自分の間合いに入った段階でブルームを構え飛びかかる。

戦闘員たちは、戦闘力はともかくとしてその動きはとっさの対応力に欠けており、しかも注意できる範囲が狭い。そのため、戦いに時間をかけないほうが圧倒的有利に運ぶことができ、そして身の危険を感じる必要もなかった。


「ローズ、下がって! ったぁぁぁあぁっっ!!」


密集していることがこれ幸いとばかりに、私はローズが有効射程から外れるのを見計らってからブルームを大振りで一閃する。

その斬撃は自分の足を軸にして弧を描き、……とっさのことに動きを止めた連中を一気になぎ払っていった。

瞬く間に霧と化して、消滅する戦闘員たち。その中心でへたり込んでいた「彼女」は私を見るなり、ぱっと明るい表情に変わって立ち上がった。


「ありがとー、すみれちゃ――むぐっ」

「……だから、「サファイア」。間違えないで」


場違いなほど陽気に抱きついてきたその子の口を封じつつ、もはや慣れっこになった訂正を求める。

……何度注意しても、このくせが直らない。もはや修正は絶望的だろうか。


「だ、だって~。危ないところを助けてもらったから、つい嬉しくって」

「……あなたが作戦通りに動いていたら、もう少し楽に事が運べたわ」

「ぐっ? ご、ごめん……」


痛いところを突かれて、その子……天月めぐるはしょぼん、とうなだれた。

……その仕草が、私が飼っている犬のルンルンによく似ている。そういえば、あの子を拾ったのは彼女だっけ。『類は友を呼ぶ』とでもいうのだろうか。

そして、めぐるのまたの名は『エンジェルローズ』。

代々の『天ノ遣』たちが担ってきた大事な任務を、はからずも奇縁から受け継ぐことになった『ツインエンジェルBREAK』の片割れの愛称であり――つまり彼女こそが、私のパートナーだった。


「――っ!」


その時、ふいに部屋の一角から殺気が弾けるのを感じた私は、正面のめぐるを軽く突き飛ばしながら後ろへと飛びすさる。その直後、さっきまで私たちが立っていた場所が炎に包まれ、コンクリートの灼ける焦げた臭いが立ちこめていった。

炎が飛んできた方向に目をむけると、そこにはフクロウの仮面をつけた背の高い男の姿。……なるほど、さっきまでの戦闘員たちとは明らかに雰囲気が違っている。


「あっ? あれがおそらく、敵のボスだよ!」

「見ればわかるわ。ローズ、フォーメーションRで行くから呼吸を合わせて」

「えっ、フォーメーションR……あぁ、『ルンルンアタック』だねっ?」

「……その呼び方は止めてって言ったでしょう?」


奮いたたせた勢いに水を差された気分で、私は眉間にしわを寄せる。

正直、効率が優先だからネーミングに対してのこだわりはない。ないけれど……あまりにも場違いというか空気の読めない名称を持ち出されると、緊張感がぶち壊しで真面目に律するのがバカバカしく思えてくるのだ。


「とにかく……速攻で決めましょう。もう時間がない」

「おっけー! 二人で何度も練習したもんね~、いつでもいいよ!」

「3,2,1……今っ!」


カウントダウンとともに呼吸を合わせると、私は横に移動し、そしてめぐるはフクロウ男目がけてダッシュをかける。


「たぁぁぁああぁぁっっ!!」


その突撃に備えて武器を構え、一瞬足の動きを止めるフクロウ男。……だが、その間合いに踏み込みかけた瞬間めぐるは右にステップして、視界から外れるように向きを変えた。


「――っっ!!」


その、予想を裏切る動きでフクロウ男の構えに一瞬のスキが生まれ、そこに乗じて背後に回り込んだ私はブルームを振りかぶり、その足下を横薙ぎで払う。

それに気づいた男は、反射的に飛び上がってブルームの刃をかわし……そこへ、


「でやぁぁぁああぁぁっっ!!」


私が攻撃を仕掛けると同時に高くジャンプをかけていためぐるが、大きく振りかぶった自分の武器を渾身の力込めて振り下ろす。

『ローズクラッシャー』。巨大な岩をも一撃で塵芥へと変えるほど、その凶悪すぎる鈍器をかわしきれなかったフクロウ男は、直撃を辛うじて両手で受け止めようとした。

だがその勢いは殺しきれず、衝撃によってその身体は地面へと吹き飛ばされて――


「……っ……」


その先には、すでに体勢を立て直してブルームを下段に構える、私が待ち受けていた。


「はぁぁぁあぁぁっっ!!」


ズシャァァッッ!!


逆袈裟に斬り上げたその一撃はフクロウ男を、確かな手応えとともに鋭く切り裂く。両断されたその身体はまっすぐの軌道を刻み込ませながら、やがて光に包まれて霧散し――


「……あっ……!」


それと同時に出現した無数の小さなかたまりが、まるで雨のように地面へと降り注がれていった。

銀色に輝く星のかけらのような……それは、無数のメダルだった。

『やつら』が無差別に人を狙うのは、理由がある。邪悪なアイテムを用いて人から生命エネルギーを吸い取り、それをメダルへと固形化して奪い取るためだ。

エネルギーを失った人は心が狭くなったり、気が短くなったりして争い事を望むような精神状態に陥ってしまい、その回復には相当な時間を必要とする。実際、めぐるも以前に狙われた時は大きなケガを負わなかったとはいえ、その余波を受け……元通りになるまでしばらくの時間がかかってしまったほどだ。


「出番よ、みるくちゃん」

「りょーかいっ」


そう言って、物陰で息をひそめていたみるくちゃんは地面に散らばった沢山のメダルを見ると、歓喜もあらわに飛び出してきた。


「うん、今回も大量ね! よっと……」


彼女はちょこまかと動き回りながら、金属音を跳ね上げて転がるそれらをそそくさと胸のメダルの中へと吸い込ませていく。

みるくちゃんが胸に提げているメダルは、特別な代物だ。それが今転がっているメダルを取り込み、デトックスという名の中和を施すことでエネルギーに再変換される。それを解放すると、エネルギーを奪われた人々の体へと自動的に帰還していくのだ。

 ……以前、みるくちゃんはデトックスのために猫の形をしたアイテムを使っていたのだけど、ある事件が原因で破損してしまい、今は特殊メダルで代用している。

 代用品では、空中で発生させたせいで広範囲に散らばったメダルを回収するには不都合らしく、いささか手間がかかっている様子だった。


「あー、もう。もう少し、一カ所にメダルを集めるように仕留めてって言ったでしょ!? この代用品じゃ、広範囲のメダルは回収できないんだからっ!」

「これが確実。……大目に見て」


事前に役割分担をしていたとはいえ、彼女一人(いや、一匹か)に回収を任せることには多少の申し訳なさを感じつつも、私は得物を収めると近くに降り立っためぐるの下へ歩み寄る。そして、


「お疲れ。練習通り、上手くいったわね」

「えへへっ、でしょでしょ? やっぱり予習復習は大事なことだよね~」

「……そう思うなら、もう少し普段の勉強にもその教訓を活かしてほしいわ」

「ぎゃふんっ。は、はい……」


調子に乗りかけためぐるにそう言って釘を刺してから、私は肩を落とす彼女にぷい、と背を向ける。

……本当は、予想以上に連携が上手くいったことに満足感を覚えていた。けど、この子は褒めすぎると際限なく舞い上がる性分だから、今日はこの程度にしておこうと思う。


「ところで、あの変態マスクはどうしたの?」

「へ、変態マスクって……」


引きつった笑みで、めぐるはなんとも言えないような顔をする。とはいえ、まともに素顔を見せられないような謎の男なんて、どうひいき目に考えても変態の類いだろう。


「なんか、別の気になったところを見つけたからそっちは任せる、って行っちゃったよ。どうしたんだろうね」

「まったく……」


めぐるのフォローを引き受けると言っておきながら、気まぐれなやつだ。唯人お兄様ほど素晴らしい殿方になるのは100%不可能だとわかっているけど、せめて1%くらいは誠意を見せてほしいものだと思う。


「……とりあえず、それで仕掛けのタイミングが微妙にずれたのね。よくわかったわ」

「あ……えっと実は、それだけじゃなくて。近くに可愛い猫ちゃんがいたから、危ない目に遭わないよう安全なところに連れて行こうとしたら、見つかっちゃって……」

「…………」

「ご、ごめんすみれちゃん! で、でもやっぱり放っておけなくて……」

「……いい。だったら、仕方ないわ」


 むしろ、そこで猫の安否を気遣うことのできる子がパートナーであることに、私は誇りを感じたかった。

ともあれこれ以上は時間の無駄だと思い、私はめぐるに矛を収めたことを示すつもりで優しく微笑みかける。……まぁ、この程度で怒ってなどいたらこの子と仲良く付き合っていくことは不可能なんだし、このくらいで十分だろう。


「……うん?」


その時、かすかに遠くの方からサイレン音が聞こえてくる。おそらく通報を受けた警察が駆けつけてきたのだろう。


「引き上げるわよ。見つかると厄介だから……みるくちゃんは?」

「今、回収は終わったわよ」

「わかったわ。めぐ……ローズも、いいわね?」

「うんっ。ふふっ、今すみれちゃんも言い間違えかけたね~」

「…………」

「……あたっ?」


無言でめぐるの額に軽くデコピンをしてから、私たちは倉庫を後にした。



まだ煙を上げている倉庫の一角に、何台かの警察車両が向かっていく。それを眼下に見ながら、私たちはスーツの機能を活かして建物の屋根から屋根へ、そしてビルの屋上を跳んで現場から立ち去っていた。


「…………」


闇夜の中を並んで駆けながら、私は隣のめぐるにちらっ、と目を向ける。

達成感に満ちた、明るい笑顔。その溌剌とした表情からは彼女本来の活気があふれ出して、見ているこちらまでもが頬がほころぶのを感じる。

『あの事件』があってから、もう1ヶ月くらい。……元通り、というのは言い過ぎだとしても、これならもう心配はいらないだろう。


「(……よかった。それに)」


口に出すのは少し躊躇いがあるので秘密だけど、コンビプレイもなかなか板についてきたと思う。

一人でも平気。仲間なんていらない――

そう考えていたかつての自分にもし出会えることがあるのだとしたら、私は苦笑を込めて言ってあげたかった。


悪くないよ。背中を預けられる子がいるってのも、ね。


……もっとも、その時は私自身冷静なつもりだったが、成果を上げたことで少し浮かれていたのかもしれない。

だから、みるくちゃんが途中で小声で呟いたその言葉を……その時は深く考えずについ、聞き逃してしまっていた。


「めぐる……やっぱりあんた、まだ……」

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