第64話

「決戦、兵器……っ!?」


 血の通ったあたたかさなど、微塵も感じないその言葉に、私は喉元に震えのようなものを感じながら葵お姉さまの顔を見据える。

 とても信じられない……いや、信じたくはなかった。私の知っている葵お姉さまはいつも優しくて慈しみ深く、こんなふうに人を人とも思わない言い方を口にする人ではなかったからだ。

 ……だけど、そんな淡い期待を裏切って葵お姉さまは私の視線を受け止めながらきゅっ、と胸元をつかんでみせると、「……申し訳ありません」と謝罪の言葉を言い置いて続けた。


「……言葉が過ぎているとは、理解しています。そしてクルミさん、あなたがこれを聞いて嫌悪感を持つであろうことも。……ですが、めぐるさんの本質と存在、そしてその力の脅威を正確にお伝えするのであれば、この言葉以外に使えるものがないのです」

「……っ……」


 それを聞いて、葵お姉さまがよほどの覚悟、そして真剣な思いでめぐるのことをそう表現したのだと理解する。そして、わななきとともに高鳴る心臓の響きを少しでも安らげようと何度か深呼吸をしてから、私はおずおずと切り出していった。


「決戦兵器とは、めぐるの実家……天月家の一族が課せられたものに関係している、ということですか?」

「……その通りです。めぐるさんのご実家である天月家は『天ノ遣』の役目と使命を担う者として、神無月家や如月家と同様にアスタディール家から「恩恵」を与えられた一族でした。そして、「天」の文字を有することからもわかるように天月家は、守護者の立場……強大な「魔」の脅威に対抗する神にも近しい者として、3つの家門の中でも「最強にして最後」の存在だったのです」


 その話は以前、アスタディール一族の総本山であるキャピタル・ノアの筆頭司祭を務めるジュデッカさまから、歴史と経緯のあらましとともに聞いたことがある。

ただ、その後天月家は「とある問題」を起こしたことによって『天ノ遣』としての資格を失い、現在ではその役割を神無月家と如月家が代行するようになったそうだけど……。


「……天月家は、どうして『天ノ遣』の立場から追われてしまったのですか?」

「その点については、お祖母さまも詳しいことは知らないそうです。証拠となる記録なども残っておらず、推測も諸説があってどれも信用が置けないものだ、と」

「…………」

「ただ、天月家の者の力は素晴らしいと同時に、恐ろしいものでもある……そのことは口伝として私たち『天ノ遣』の家に残っております。私たちもその正確な意味を理解できているわけではないのですが、エリュシオンでの一件を聞く限り……めぐるさんが持つ潜在能力には、確かに驚異的な何かがあると考えます」


 ……二人がエリュシオンから戻ってきた直後、すみれはそこで何があったのかをつぶさに報告してくれた。

「魔界」――エリュシオンの手の者にさらわれためぐるの行方を追って、私たちも行ったことがある『ワールド・ライブラリ』にたどり着いたこと。

そこから平行世界を渡り歩き、変異点――私たちの住む「人間界」と「魔界」が分岐するきっかけとなった場所を見つけて、『鼓動の止まった世界』が行き着くエリュシオンに向かったこと。

そして、……あのダークトレーダーの野望によってめぐるは「魔王のメダル」を体内へと融合させられ、危うく本物の魔王に化してしまうところだった、と――。


「(「魔王のメダル」が、どれほどのものだったのかは想像がつかない。だけど……)」


 めぐるを救出した後、進退窮まった末にそれを自身に取り込んだダークトレーダーが怪物化したという結果から考慮しても、そのメダルはブレイクメダルをはるかに上回るほどの膨大な波動エネルギー、もしくはそれに類似する力を持っていたことが容易に想像できる。

 ……おそらく普通の人間なら生命を奪われるか、運が良くても廃人になるレベルの話だ。それでもめぐるは、ほぼ無事に「戻って」くることができた――。


「(めぐるの力は、それほど大きいということ? それとも……)」


 あるいは……天月の人間には聖なる血筋からの『恩恵』だけではなく、魔界に端を発する力が備わっている、とも考えられるだろう。

つまり天月めぐるは、聖と魔もその血と身体に宿した、「人間」を超えた存在……?


「……っ……」


嫌なことばかりが頭の中に浮かび、重い空気に耐えられずに視線を逸らす。すると、その先にじっと私のことを笑みを消して見つめている遥の顔があった。


「遥……驚いてないってことは、あんたも知ってたの?」

「うん。葵ちゃんと一緒に咲枝さんから、めぐるちゃんとすみれちゃんのことを詳しく教えてもらったからね」

「……。じゃあ、私だけが蚊帳の外だったわけか……」


 失望を感じずにはいられなくて、苦笑いとともにため息をついてしまう。私にだけ真相を教えてもらえなかったのは、『天ノ遣』としての資格がないということの裏返しなんだろう。それとも、それを話してもよいと信用されなかった……?


「――クルミさん」


 すると、うつむいて下を向いた私の手を、白くてきれいな両手がそっと包み込む。驚いて顔をあげるとそこには、私を気遣うように表情を曇らせる葵お姉さまがすぐ目の前にまで歩み寄ってくれていた。


「今日に至るまで、お話をする機会をご用意できなかったことは本当に申し訳ありません。……ですが、実を言うとクルミさん。もし今回の事態が起きていなかったら私は、あなたにこのような事情をずっと打ち明けないままでいたと思います」

「な……なんでですか? それはいったい、どうして!?」


 それを聞いて私は、つい言葉を荒げながら葵お姉さまに迫って問いただす。

こんなふうに、ずっと尊敬してきたこの人に反抗めいた態度をとったのはいったい何年ぶりのことだろうか。自分でもこんな激昂を抱いてしまったことが意外すぎて、私は怖さとともに悲しさが胸の内から込み上がってくるのを感じていた。


「私には、めぐるやすみれに課せられた使命を知る資格がないということですかっ? それとも、それを知ってしまったら私が、あの二人のことを見捨てるとでも!?」

「いいえ。あなたは私たちが囚われていた時から、ツインエンジェルBREAKの力に目覚めたあの子たちのことを本当に優しく見守ってくれていた……そう、お祖母さまたちからも聞いております。年齢こそあなたのほうが下になりますが、二人にとっては頼りになるお姉さん……私たちも、とても素敵な関係だと思っています」

「だったら、なぜ? 二人にとっての姉だったら……本当にそう思ってくれていたのなら、あの子たちのそういうことも知っておくべきでしょう? なのにっ……!」

「――知ってたら、クルミちゃんはどうだった?」

「えっ……!?」


 声をかけられて振り返ると、いつの間にかすぐ横に立っていた遥が私の顔をのぞき込むのが見える。

 ……不思議だった。葵お姉さまに見つめられていると、つい目をそらしそうになってしまうのだけど……遥の時は逆に、目が離せなくなってしまう。まるで、暖かな日差しの中にその身をゆだねてしまうような気分だった。


「クルミちゃんは、優しいからね。二人のことをかわいそうに感じて、今以上に大切に接してくれてたと思う。……だけど、めぐるちゃんとすみれちゃんがそれぞれ力に目覚めたとしても、ツインエンジェルにはさせない、って反対してたんじゃない?」

「……っ……」


 遥に「優しい」なんて言われると、嬉しいと同時に照れ臭くて思わず強がってしまいたくなるけれど……確かに、その通りだ。

 私は、あの子たちのことが嫌いじゃない……ううん、正直になろう。とても、好きだ。

 ひたむきに理想を信じて追い続けるめぐると、不器用だけど優しさを内に秘めたすみれ。遥や葵お姉さまとも違う二人の姿は見ていて微笑ましいし、素晴らしい『天ノ遣』になってくれたら、と心から思っている。

 でも、……それは「ヒト」としての存在だからこその願いだ。もし彼女たちが「モノ」として扱われる運命にあると聞かされていたら、私は……。


「先ほども申し上げましたが、クルミさんがめぐるさんとすみれさんをツインエンジェルとして覚醒させたのは、お祖母さまたちにとって予定外のことでした。……だからこそ、真相を話す機会を逸してしまったのです。そのことをお祖母さまたちは、ひどく後悔しておられました」

「だけど、二人は結局力に目覚めて、ツインエンジェルBREAKになっちゃった。だから、咲枝さんたちはせめてクルミちゃんの優しい心を傷つけないように、と考えて……私たちにも固く口止めをしてたんだよ」

「…………」


 改めて私は、自分のしでかしてしまったことの重さと深刻さを理解して……ずしんっ、と押しつぶされそうな衝撃を全身に覚える。

 めぐるとすみれを新たなツインエンジェルとして目覚めさせて、その力を持って遥と葵お姉さまを助ける――それは手段としては、間違ってなかったと思う。

 だけどそのために、私は知らなかったとはいえあの子たちの悲しい運命の扉を、迂闊にも開いてしまったということだ……。


「……私、余計なことをしちゃったの? 自分の都合のために、あの子たちをいけにえに捧げるようなことを……っ」

「ううん、それは違うよ。クルミちゃんが何よりも私たちのことを優先して、めぐるちゃんのことを信じてくれたからこそ、咲枝さんたちも決断することができたんだから」

「……ある意味、これは避けられない運命だったのです。ですからクルミさんも、そこまで自分を追い詰めないで――、?」


 と、その時だった。突然どこからともなく、静かすぎるロビー内に場違いなほどの明るいメロディが響き渡る。あまりにも予想外の変化に、思わず目からこぼれかけた涙が引っ込んでしまった。


「っ? な、なに……!?」

「あっ、ごめんね。マナーモードにするのを忘れちゃってた……はい、葵ちゃん」


 出元は、遥のポケットの中からだった。彼女は一言謝ってから手を差し入れ、音を発していたスマホを取り出す。そして画面を軽くタップすると、それを葵お姉さまに差し出した。


「ありがとうございます、遥さん。……もしもし、爺やですか?」

『左様でございます、葵お嬢さま』


 葵お姉さまの耳に当てたスマホから、平之丞の声が私たちにもわかるほど大きく響いてくる。

 おそらく、遥が気を利かせてスピーカーモードにしてくれたのだろう。……だから、わざわざそれを耳に当てて話す必要はないんだけど、見守る私たちがそんな口を挟めないほど緊張した様子が伝わってきた。


「何かわかりましたか?」

『めぐるさま、すみれさまの消息は現在も捜索中ですので、今しばらくのご猶予を頂戴したく存じます。……その前にひとつ、気になる情報をスタッフの一人が入手しましたので、急ぎそちらだけでもご報告申し上げた次第です』

「気になる情報? それって、いったいなに?」

『まずは関連のデータをそちらへお送りいたします。どうぞ、ご確認ください』

「データ? えっと、それはどこに……?」


 葵お姉さまはスマホを耳に当てながら、きょろきょろと辺りを見回す。それを見て私はおずおずと「お姉さま……」と呼びかけ、彼女の手に握られたスマホをそっと取り上げて画面を見せていった。


「おそらく、このスマホに送られてきたということではありませんか? といっても、この小さな画面では少々見づらいので……ちょっと失礼します」


 そう断りを入れて私は応接スペースの隅にある液晶テレビに近づき、そこに備え付けられたケーブルの一つを裏側から引き出す。そしてスマホの端子にその空いた一方を繋ぐと、平之丞から送られてきた画像データが大写しになった。


「まぁ……! この携帯電話機にはそのような便利機能があったのですか!? クルミさん、よくご存じでしたね」

「え、いやその……まぁ、はい」


 このくらいのことは、スマホを持ち慣れている今どきの学生なら誰でも知っていることのはずなんだけど……そんな照れ交じりの苦笑いを口元に感じながら、私は作業を進める。

 そう言えば……さっき葵お姉さま宛にかかってきたスマホを、直前まで遥が持っていたのはそういう理由だったのか。母親が世界的なIT企業の副社長を務めているというのに、機器の操作に詳しくないのは相変わらずのようだ。


「それよりも、転送されてきたデータを確認しましょう――なっ!?」


 私は大写しになった日本列島の周辺地図と天気図を交互に向け、その両脇に表示された色分けの解説を読み取って、あっ、と声をあげる。

 地図上に表示された、黒みがかった赤い部分……それは――。


「ここって、チイチ島……?」

「いえ、それよりもさらに南の方角……小笠原諸島からかなり離れた、領海の境目付近の海上でしょうね」

『大規模な波動エネルギーの発生と、それに伴う空間環境のひずみによって生まれたもの、と神無月エレクトロニクスの観測スタッフは申しておりました。そして、米軍の太平洋艦隊より入手した映像が、こちらです』

「こ……これはいったい、なに!?」


 私だけでなく、遥や葵お姉さまも息をのんで、テレビ画面に映し出されたものを凝視する。

 空間にひずみが発生していることに加え、周辺一帯に暗雲が立ち込めているせいでその全容はつかみきれない。だけどその輪郭は……まさに――。


「お城……?」


 童話や昔話に出てくるような、古めかしい……西洋風の建築物。

 それがどういう構造とからくりなのか、宙に浮かんで……異様な雰囲気を画面いっぱいに醸し出していた。

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