世界の中心の塔へ
名無しという、人を小馬鹿にする仮面を脱ぎ捨てたユリウスは、やはり尊敬に値するような奴ではなかった。
『まぁ、後学のためにと言ったけど、君以外に正体を暴かれる予定もないから、ほとんど好奇心だ。クククッ。それで、なぜわかったのかな?』
その口調からも傲慢な態度が、にじみ出ている。
ライオスから聞いた話では、気高くて尊い立派な方だったはず。
しかしライオスには申し訳ないが、偉そうな嫌な奴という第一印象は、そう簡単に拭えそうもない。
「声よ。星の水鏡で、ライオスさまとあんたの最期のやり取りを見せてもらったの。その時に、あんたの声を聞いていたのよ」
もちろん、それだけではない。けれども、ほとんど直感みたいなものだから、全部教えることもないだろう。腹が立つだけだろうし。
『声、か。本当にそれだけか疑わしいことこの上ないな。……どうせ、女の勘というやつだろう。こじつけだ』
「むっ。そっちから尋ねておいて、それはないでしょう」
結局、腹を立てることになった。それがまた、腹立たしくてしかたない。
『まぁよい。君は竜王を畏れ敬うべきだとは、思わないのか?』
「思うわよ。でも、あんたは違う。偉そうで嫌な奴じゃない」
『我らが世界竜族は、みな傲慢なのだよ。昔はそれを、気高いとされていたようだがね。わたしは、その中でも特に高潔な竜王と讃えられていたのだよ。だから、あのようなふざけたものの言い方をしていれば、わたしと結びつけられることもなかったというのに。やれやれ、たいした小娘だよ』
どうやら、ユリウスは元からこうだったと言いたいようだ。
『さて、わたしの遺言を知っているなら、君の花婿を知っていることを証明する必要もないだろう』
「むっ」
確かにそうだ。
彼は、ライオスに生き残りがいることをしっかり伝えていた。
『それにしても、君の様子を見る限り、流星のライオスは最期までわたしの思い通りに動いてはくれなかったようだ。まったく、どうしようもない子だ』
どうやら彼は、今際の際に見せた威厳もかなぐり捨ててしまったようだ。
「ライオスさまは、わたしが知るもっとも偉大な水竜よ。あんたみたいに、偉そうで嫌な奴じゃないわ」
『わたしにとって、流星のライオスは独りよがりの乱暴者だ。見る者によって、捉え方が変わるのは数少ない真理の一つだと思うがね』
言っていることは理解できる。
ただ、聞いていた話とあまりにも違いすぎただけのことだ。
『わたしが必要と判断すれば、花婿のことをいくらでも教えてやろう。今の君は、ただの生意気な小娘だ』
「ずいぶん、正直なのね。ユリウス……さまは」
『クククッ。ユリウスでかまわないよ。小娘に呼び捨てにされるのも、なかなか新鮮で愉快だ』
嫌味も軽く受け流されてしまう。
『可愛げのない小娘に、必要以上の情報と知識を与えたところで、いらぬ混乱を呼び起こすだけだ。最悪……』
「最悪、世界が終わるっていうのね」
『その通り。だから、さっさとわたしとの約束を交わすがいい』
こんな傲慢で横柄な奴を、竜王と敬っていたなんて信じられない。
しかし、いつまでもこんなことを言い争っててもしかたない。腹立たしいことこの上ないが、ユリウスと約束を交わすしかない。
「わかったわよ。世界の中心の塔に行って、あんたが渡したいものを受け取ることと、あんたのことを誰にも教えないって、約束する。……これでいいんでしょう?」
『それでよい。わたしも、フィオナ・ガードナーの不利益になるようなことはしないと、約束しよう』
ゆっくりと周りが明るくなっていく。
ようやく解放してくれるらしい。
『そうそう、一つ目の約束だが、どうせ君たちはすぐに塔に来なくてはならなくなるよ。クククッ』
「む、それはどういうこと?」
答えはなかった。
パナル草の匂いが鼻につく。
元の中庭にわたしは立っていた。
どうやら、ユリウスは行ってしまったらしい。
「むぅ。夢だったのかなぁ」
日が沈んだというのに明るすぎる宵の空を、寝ぼけたように見上げる。
さっきは日が沈む前だったと思うのだが、それもさだかではない。
ただ――、
「むぅうう」
体が空腹の警鐘を鳴らしてくる。
台所から漂ってくる美味しそうな匂いが、急に現実感を与えてくれた。
「フィオ! こんなところにいたのか」
探したぞとローワンが中庭に飛び出してきた。ひどく取り乱しているのが、よくわかる。
「何かあったの?」
「塔の様子がおかしいんだよ。いいから、早く来いよ」
「塔って。世界の中心の塔が!」
まさか、ユリウスが何かしたのだろうか。
竜王の屋敷の中庭の塔の方角には、背の高い常緑樹の生け垣がある。
塔をしっかり見るなら、通りに出るのが一番だ。
「ちょ、フィオちゃん」
ローワンが背後で何か言ってたけど、足を止めるわけにはいかなかった。
もう少しだけ、空腹に耐えなければならない。
竜王の屋敷の前には、わたしとローワン以外の仲間たちがすでに集まっていた。
「むっ!」
暗くなることのない夜空の下で、世界の中心の塔は明らかに変化していた。
窓ひとつない黒い巨石のような塔だったはず。
「窓なんて、なかったはずですのに……」
ライラの声が震えている。無理もない。
塔には、なかったはずの無数の窓があった。竜族が出入りできそうな大きさから、子どもの頭も通り抜けられないような小ささまで、大きさは様々。丸窓から、正方形に長方形、中には八角形と、形も様々。
数え切れない窓から、明かりが漏れている。
それはつまり――。
「中に光源があるんだ。あの光は多分、
アンバーの言ったとおり、あの目に優しい柔らかい光は光石のものだ。
悔しいけど、ユリウスの言ったとおり、すぐに塔に行かなくてはならないようだ。
悔しすぎて、唇を噛みしめる。
わたしが知る最も偉大な水竜であるライオス。
誰よりも、世界竜族に憧れ続けてきたことを知っている。
誰よりも、世界竜族の再来を待ち望んでいることを知っている。
次にライオスに会った時、どんな顔をすればいいのだろうか。
「行こう。今すぐ、行こう」
反対の声はなかった。
ローワンなんか、待ってましたと右の拳を左の手のひらに打ち付ける。
「今夜だけかもしれねぇしな。なぁに、何が起こったって都を追い出されるだけだろうよ」
カカカッと笑う彼が、いつもよりも頼もしく見えた。
一歩踏み出したローワンを、ヴァンが慌てて呼び止める。
「おい、手ぶらで行くのか? 不用心すぎる……」
「ヴァン、今すぐ行きたいの」
今すぐに行って、ユリウスからもっといろいろ聞き出したい。
フィオが言うならと折れてくれたヴァンに、勝ち誇った笑みを見せたローワン。覚えておきなさい。後でひっぱたいてやるんだから。
本当は、万全の態勢で塔に挑みたかった。
だが、そんなことも言っていられない。
「どの道、過去に訪れた奴らは僕らなんかよりも、いい装備で挑んだはずなんだ。ヴァン、大丈夫だよ。……多分」
「アンバー、多分は余計だよ」
ヴァンが苦笑いしながら、塔を見上げた。
今一度、力強くうなずきあい覚悟を決め、いざ世界の中心の塔へ。
「あ、フィオ、リボンがほどけかかっているよ」
「むっ」
アーウィンの言ったとおり、水色のリボンがほどけかかっていた。
あの生意気なアーウィンがこんなことまで気が回るようになっていたなんて、驚き以外の何物でもない。
リボンを結び直している間にも、窓の数は増えている。
不思議と不安に感じなかった。
それは、おそらくユリウスへの腹立たしさがくすぶっているせいだろう。
ライオスをがっかりさせたくない。
せめてわたしの花婿だけは、傲慢な嫌な奴でないことを願わずにはいられない。
『クククッ……』
ユリウスの笑い声が、風にのって聞こえてきた。
――
わたしは知らなかった。
春の初月19日。この日、最も偉大な水竜への弔いの花が、星辰の湖に降り注いだことを。
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