決意を確かめ合うこと
井戸と城門があった庭とは別の庭に、荒れ果てた小さなダフ芋畑と薪小屋があった。
案内してくれたニコラスが言うには、このダフ芋畑はファビアンが耕したらしい。本人がそう言っていたらしいけど、なんとも言えない気分にさせられた。あの世界竜族が――それも、あのユリウスの息子が畑仕事をしているなんて、意外すぎる。
しばらく放置してあったのだろうけど、わたしたちは松明の灯りをたよりに、小さくいびつなダフ芋を掘り起こした。
空腹と疲労で、休みたいと体が訴えてきたけども、じっとしているよりも何倍もマシだった。
そして、みんなで掘り起こしたダフ芋を調理してくれたのは、もちろんヴァンだった。
薪小屋の近くにあった厨房の中から、使えそうな調味料や食器をみつくろってくれたのも、彼だった。
中庭が美味しそうな匂いで満たされるのに、そう長くはかからなかった。
いびつで不味そうなダフ芋を、どうしたらこれほど美味しくなるのだろうか。
潰した蒸したダフ芋を平にして焼いただけだというのに、端っこはパリッと香ばしく、中はもっちりで、塩加減が絶妙すぎる。ヴァンの料理を褒めるには、わたしは言葉を知らなすぎる。
空腹ということもあっただろうけども、それを抜きにしてもダフ芋のポテトケーキは美味しすぎるのだ。
「フィオは、本当に美味しそうに食べてくれるよね」
「むぅ……っ!」
焚き火越しに嬉しそうに笑われて、恥ずかしくなった。
そんな場合ではないというのに、情けない。
モゴモゴと口を動かしながら、緩んだ頬を引き締めて神妙な顔になろうするけど、難しい。
そんなわたしの様子がおかしかったのか、白湯をすすっていたターニャが吹き出した。
「恥ずかしがることないだろ、フィオの食べっぷり見ているだけで、あたしは元気が出てくるよ」
「むぅ……だってぇ」
旅に出てから気がついたのだけど、わたしは人よりも食べることが好きだ。
でも、ヴァンの料理を食べれば、不機嫌な顔なんてできるわけがない。そのくらい、ヴァンの料理の腕は素晴らしい。
もう、下手に神妙な顔をしようなんて無駄な努力はやめて、早く食べ終えることにしよう。
「まずは、それぞれ知っていることを整理しようか」
先に食べ終えたアンバーが、話を切り出した。
旅を始めたばかりの頃なら、ヴァンかターニャが仕切るなと反発しただろう。
けれども、二つ名を与えられた知の地竜が、話をまとめるのに適任だと、今のわたしたちは知っている。
素焼きのカップをかたわらに置いたアンバーは、ターニャと体が触れそうな距離であぐらをかいているニコラスに話をむけた。
「ローワンと結婚したマギーから、大体の話は聞かせてもらったけど、ニコラスも、どうやってファビアンと出会ったのか話してほしい」
「もちろん、いいぜ。……それから、ニルスって呼んでくれ。それか、ニール」
ニヤリと笑ったニコラスが、さり気なく抱き寄せようと伸ばした手を、ターニャはピシャリとはたき落とす。その慣れた鮮やかな彼女の手つきに、二人の親密さを感じる。
「今はそういう気分じゃないんだ。ニルス、さっさと話なよ。あたしだって、さっきから聞きたくてしかたなかったんだ」
「あいかわらずで安心したよ、ターニャ。さて、どこから話したらいいものか……」
顎の手をやって少し考えたニコラスは、ドゥールからターニャの手がかりを教えてもらったところから話し始めた。
許嫁が自分を求めていたと知ったターニャの顔が赤くなったのは、気のせいではないはずだ。
ニコラスは、聖王国の港町ティンガルでのファビアンとマギーと出会いから、モーガルまでの旅路を実に雄弁に語ってくれた。
やはり北の帝国の第四皇子だけあって、知性と教養があると伝わってくる。
彼の魅力的な話の中で、わたしが夢でファビアンに出会ったのは、オーナ
彼は旅路を、こう締めくくった。
「俺は、真理派の連中が表舞台に立ってくれたのは、好機だと考えている。世界の終焉を避けるためにも、堂々と戦う絶好の機会ではないか」
帝国の皇子らしい好戦的な意見だった。
アンバーは父親と同じように顎を撫でて、しばらく考えてから口を開いた。
「それは、少し先走りすぎているよ。まぁ、そうなるだろうけど、今、僕らがすべきなのは、戦いの準備じゃない。竜の森に、フィオの無事を早く伝えることだよ。モーガルのことは、もう伝えられているはずだからね」
「だな。まずはフィオの無事と、世界竜が見つかったことを、竜の森に報告すべきだな」
顔の赤みが引いたターニャがさり気なくニコラスと距離を開けて、まだ目を覚まさないアーウィンを見やる。
わたしたちの旅の報告は、アーウィンが水鏡で毎日していた。
そのアーウィンは、生死をさまよっている。
彼は、わたしのことをどう思っていたのだろうか。ライラが言ったとおり、わたしのことを愛してくれていたのだろうか。わからない。そうだといわれれば、そうだった気もする。そして、そうでない気もする。
結局、わたしは彼のことなど、少しも理解していなかったのだ。いつまでも生意気な弟分としか見ていなかったことが、悔やまれる。
「むぅ、アーウィンのことも、星辰の湖に伝えたいのに」
「ファビアンが起きるまで待つしかないだろうね」
わたしの膝の上の空の器を取り上げて、白湯の入ったカップをくれたヴァンが、ため息をつく。
アンバーがおかわりと、ヴァンにカップを手渡す。
「ヴァンの言うとおりだね。ファビアンが、起きる前にフィオにも何があったのか聞かせてもらおう。モーガルで何があったのか、ライラとアーウィンがなんて言ったかできるだけ正確に話してもらえると、ありがたいね」
「うん、そうだね。さっき、ターニャに話して、少しは整理できたはずだから、落ち着いて話せると思う」
温かいカップを両手で包み込んで、深呼吸を一つ。
大丈夫。もう、泣かない。泣いてはいけない。すっかり返しそびれた毛皮のコートをかきあわせる。
これからのことを、考えるんだ。
「アーウィンは、ライラが裏切れば、真理派を排除できるって言っていた。真理派のような連中は、世界竜が再来した世界にふさわしくないって。それから、それから、ライラは、そう、わたしを殺そうとしなかった」
ゆっくり、自分の中で整理するようにあの時のことを話し始める。
もう遠い過去のようだけども、まだ一日もたっていない。
そう、ライラはわたしを殺そうとしなかった。それどころか、わたしも味方になるように言ってきたのだ。
落ち着いて話していくうちに、ライラが恐ろしくなってきた。
ライラはいったい何をしようとしているのだろうか。
ユリウスに体を貸したことと、彼の力でここまでやってきたこと以外は、全部話した。
「俺たちから、花嫁を奪うのに花嫁狩りの必要はないって、どういうことだよ」
ヴァンの唸るような声は、花嫁がどれほど竜族にとって大切な存在か、よく伝わってくる。
顎に手をやったアンバーにも、ライラの考えていることはわからなかったようだ。
「ライラは何をしようとしているのか、僕には見当もつかない。むしろ、ヴァンのほうがよく知っていると考えていたんだけどね」
「ちっ」
ヴァンは舌打ちをしてアンバーから、目をそらした。
「俺は、ライラが真理派と通じているんじゃないかって疑ったのは、つい最近だ。あくまで疑い。だから、ライラの目的なんてわかるかよ」
吐き捨てるように言って、わたしたちから顔を背けた彼は、悔しそうだった。
もしかしたら、モーガルのことを防げたかもしれない。そんな後悔の声が聞こえてきそうだ。
彼がライラの裏切りに勘づいていたのは間違いない。そうでなかったら、モーガルへ行くのを考え直すように言ってきたり、モーガルの南門でターニャにわたしたちの後を追わせたりしなかったはずだ。
でも、なぜ、彼はライラの裏切りに気がついたのだろうか。
誰も声に出しては問いかけなかったけども、張り詰めた雰囲気が彼の口を開かせた。
「確信があったわけじゃないんだ。あったら、俺はライラを殺してでも聖王国入りを阻止していたさ」
一度言葉を切って深いため息をついたヴァンは、頭上を振り仰いだ。ただ霧だけが広がる空を。
「リュックベンで、なんとなく長の様子がおかしいって気がしたんだ。フィオのことよりも、ライラのことを気にかけている。まぁ、長が旅の仲間に引き入れたんだからって、言い聞かせていたんだけど……」
しばらく続けると言葉を深い霧の中から探すように、彼の視線がさまよう。
「やっぱり、おかしかったんだ。上手く言えないけど、不安になって……でも、四日くらい前に、ようやく気がついたんだ。俺は旅に出てから、一度も長以外の風竜と直接話しをしていないって」
「なんで! なんで、そんな大事こと気がつかなかったんだよ。家族とか……」
「その家族だよ、ターニャ」
声を荒げたターニャは、ヴァンの劣等感を知らないのだろう。知っていれば、彼が進んで家族と関わろうとしないことも知っているはずだ。
「今思えば、長が俺を選んだのは、俺が家族とうまくいっていなかったからだ。俺が長の様子がおかしいって気がついても、誰にも相談しなかった。都合が良かったっんだよ、きっと。長は――小ロイドさまは、ライラが真理派の女王だって、知ってたんだ。知っていて、仲間にしたんだ。小ロイドさまは……」
ヴァンがどれほど長の小ロイドを慕っていたのかまでは、知らない。けれども、彼の苦悩に満ちた顔を見れば、察しはつくというものだ。
アンバーもさすがにもう充分だと考えたのだろう。
「ライラに裏切らせて、聖王国を滅ぼす口実が欲しかったんだろうね」
頭を抱えたヴァンは、肯定も否定もしなかった。肩を震わせている彼に、これ以上追求するのは、酷なことだろう。
いくら、小ロイドの花嫁を事故か自殺で奪った聖王国の王族との関係を知っていたとしても、真理派と通じているなんて考えたくもなかったはずだ。
肩を震わせているヴァンにかける言葉を探していると、アンバーの様になっていない咳払いが聞こえてきた。
「最後は僕の番だね」
アンバーなりの気遣いだろう。彼の目は、ヴァンをそっとしておいてやれと言っている気がした。
「フィオの夢のことで、玲瓏の岩窟に戻ってよかったよ。親父殿の一枚岩のヘイデンは、竜王の再来までは望んでいないことがはっきりしたからね。だから、モーガルで彼――ファビアンが竜王になるつもりはないって言ってくれて、ホッとしたよ」
「それって、つまりアンバーもヘイデンさまと同じ考えってこと?」
わたしの問いに、アンバーは大きく首を縦に振った。
「僕ら地竜族の総意だと考えてくれてかまわない。千年も不在だった竜王の再来しなくてもいいように、親父殿は南の都市連盟に共同事業を始めたんだ。今さら上から支配されることに、抵抗がある者は多いはずだ。もちろん、フィオの花婿の世界竜族の生き残りは、黒い都の失われた知識を取り戻すことにつながるんだから、探し出すべきだったけどね」
竜の森の四竜族の間でも、わたしの旅に対する思いはバラバラだったというわけか。
水竜族は、老竜ライオスの意志を受け継いでいるだろうから、世界竜族の生き残りを探し出すことは、竜王の再来と同じことだったはずだ。
風竜族としての考えはわからないけども、ヴァンの言うことが本当なら、長の小ロイドは聖王国に復讐するために、わたしの旅を利用した。
地竜族は、ヘイデンが人間のふりをしてモール商会の会長をつとめていたことから、アンバーの話は説得力がある。もちろん、鵜呑みにはできないけども。
火竜族は、肝心のローワンがいないから確かめようがない。
けれども、もっと早く知りたかった。そうすれば、仲間たちと距離を置くこともなく、モーガルでアーウィンは右目を失わずにすんだかもしれない。
「むぅ、今さら後悔しても遅いか」
「まだ、後悔するのは早いと思うけど。……フィオは肝心なことを話していないよね」
「えっ」
アンバーに言われてうつむいていた顔を弾かれたように上げる。
「それとも話せなかったのかな、その腕輪のこと」
「っ!」
くすんでしまった腕輪に手をやったわたしに、アンバーは柔らかい笑みを浮かべる。
「もうすぐ夜が明ける。僕らも一度休んだ方がいい。ファビアンが起きてくれれば、その腕輪のことも話せるようになるかもしれないし、彼に世界の終焉のこととか他にも色々と確かめたいしね」
我慢しきれなくなったのか、アンバーは大きなあくびをする。
「とにかく、寝ようよ」
異論なんて、わたしにはない。
多くのことが一度に起こりすぎた。一度休んだとはいえ、やはり疲れは溜まっている。
異論がなかったのは、わたしだけではなかった。
疲れを少しでも吐き出そうとした大きな息が、五つ重なる。
まず立ち上がったのは、ヴァンだった。その目が赤くなっていたけども、今は触れるべきではないだろう。
「俺は、ローワンたちのための朝食を作っておくけど、みんなは休んでくれよ」
器とカップを集めた彼は、鍋に水を汲みに行った。
彼の行く先のアーウィンを横目に、ターニャは寝転がる。
「水鏡が使えれば、こんな……」
「あ、あーっ、そうだ、忘れていた! 水鏡、使えるかもしれない」
「なんだい、ニルス。いきなり大きな声を上げて」
彼女がうるさそうに顔をしかめて体を起こすほど、ニコラスの声は大きかった。
腰のあたりを探る彼に、わたしは迷惑そうな顔をしていたに違いない。
水竜族の秘術である水鏡は、他の竜族にも使えないというのに、なぜ人間の彼が使えるというのか。ありえないという考えは、彼が透明な鈴を掲げてくるとすっかり吹き飛んでしまった。
「むぅ、それはっ」
「いやぁ、なぜ忘れていたのだろうか。我が親友の
まさに、なぜ忘れていたのだろうか、だ。
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