幕間

煎り豆とビスケット

 さすがに、ライオスの死をフィオに書かせるわけにはいかなかった。


 ペンを置いて、フィオが淹れてくれたイムリ茶をすする。

 冷めかけても、清涼感のあるすっきりとした味が少しも損なわれていない。

 俺が淹れると、いつも草の味がするというのに。


「……何が、違うんだ?」


 同じように淹れているはずなのに。


 首を傾げていると、フィオがやってきた。

 なにやら、ご立腹のようで。


「あなた、ライオスを見なかった?」


「いいや」


「そう。ならいいけど」


 いたずら好きの次男に、ご立腹だったらしい。


「あら、書き終わったの?」


「今さっきな」


 ふぅんってなんだ。

 そのつまらなそうな反応は。もっと、ねぎらってくれてもいいだろう。


 ライティングデスクから原稿を取り上げてフィオは、やっと満足そうに笑った。


「じゃあ、これから先も書いてもらうわね」


「あ?」


「いいじゃないの。わたし一人じゃ、書ききれないもの」


「いやいや」


 お前が泣きそうになってたから、見かねて書いただけだぞ。


「書きたかったくせに、何を言ってるのよ。まったく」


「うっ」


 なぜ、バレたんだ。


「ま、いいわ。ライオスを探さなきゃ。今日という今日は許さないんだから!」


 フィオが俺の原稿を持って走り去っていく。

 やれやれ、本当になんでバレたんだ。


「おい、ライオス。もういいぞ」


 テラスに通じる窓に声をかけると、用心深く顔を出したライオスが駆け寄ってくる。


「父さま、ありがとう」


「まったく、いつもいつも匿ってやれんぞ」


「そんなこと言わないでよ。はい、これ」


 ニヤリと笑って、十歳になった次男は麻の小袋を差し出す。


「悪いやつだな」


「てへへっ」


 ぎっしり詰まった煎り豆は、いわゆる口止め料とか、賄賂と呼ばれるやつだ。

 側に引きずってきたスツールに座ったライオスと、共犯者の笑みを浮かべ合う。


「母さまも、ムキになりすぎなんだよ」


「食べ物の恨みは恐ろしいと、昔から言うぞ」


「ふぅん」


 フィオが隠していただろうビスケットをポケットから取り出して、ライオスは食べている。


 まったく、悪いやつだ。


「ライィオォスゥウウウウ!」


「げっ。逃げるぞ、ライオス」


「うん!」


 戻ってきたフィオは、さっきよりも怒っている。

 まずい。非常にまずい。


「やっぱり、あなたが……こらっ、待ちなさい!」


 俺は、ライオスを抱えてテラスから飛び立った。


「晩御飯、抜きよぉおおおおお」


 やれやれ。


 背中のライオスが風の音に負けないくらい、大きな笑い声を上げている。


『速く飛びたければ、笑いなさい』


 そう最初に教えたのは、流星のライオスだ。


 今は飛ぶことができなくても、この小さなライオスも速く飛ぶことができるだろう。

 そんな予感がした。




 ――――


 これまでのあらすじ

https://kakuyomu.jp/users/rosemary_h/news/1177354054886576031


 ここまでの登場人物紹介

https://kakuyomu.jp/users/rosemary_h/news/1177354054883474486


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