幕間

イムリ茶の淹れ方

 序文は書き終わった。


「さてと、どこから始めるべきかしら?」


 苦い笑いとともにこぼれた独り言。

 こういう後先考えないところは、楽園へ召されても治ることはないだろう。


「お前が始まりだと考えるところから。これは、大部分がお前の物語だからな」


「あなたの物語でもあるわ。それから、この世界すべての物語でもあるの」


 夫は静かに笑う。


「途方もない物語だな、それは」


「いいじゃない。好きで書くんですもの」


「そうだろうよ」


 夫は考え込むように、金色こんじきを細める。初めは研ぎすまされたやいばのようで、苦手だったその鋭い眼光。その眼光すらも愛しく思えるようになったのは、いつの頃からだっただろうか。


「……あぁ、忘れるところだった」


 不意に、彼は軽く頭を振って部屋を出ていってしまった。


 軽く息をついて、最初の文章を考えていると、爽やかな優しい香りが鼻孔をくすぐった。イムリ茶の香りに違いない。


「めずらしいわね」


「いけなかったか?」


 ライティングデスクのすみにティーカップを置いた夫が、いたずらっぽく口の端を吊り上げる。まるで、ふてぶてしい猫のようだ。


「むぅ、あなた……」


「ん?」


 軽く持ち上げたティーカップの中のイムリ茶は、濁った茶色がかった緑だ。ぼんやりと映るわたしの顔の眉間にしわが寄っている。


「イムリ茶の淹れ方、さんざん教えたわよね?」


「『沸かしたての熱湯ではなく、やや冷ましたお湯で白砂しろずなの砂時計の砂が落ちきるまで待つ』だろう? その通りに淹れたぞ」


「飲んでみなさい」


 不満そうだったけれど、夫はわたしがライティングデスクに戻したティーカップを手に取った。


「うっ」


 一口すすって、顔をしかめる。


「それは、年越しのイムリ茶の淹れ方。これは、初摘はつづみのイムリ茶」


 わたしが知るもっとも偉大な水竜であり、わたしに対しては穏やかな大海原のようなライオスは、イムリ茶の淹れ方だけは辟易するほど口うるさかった。その理由わけが、夫とともに暮らすようになってから、嫌というほど理解できるようになるとは。


「初摘みのイムリ茶は、ティースプーン四杯茶こしに入れて、沸かしたての熱湯を茶こしの上から勢いよくカップに注ぐの。カップの周りに熱湯が飛び散るくらいの勢いよ」


「わかった。わかった。淹れなおせばいいんだろう」


 やれやれ。何度言わせるのだろうか。


「さてと、始まりかぁ」


 始まりは、そう、わたしの愛する故郷。


 インク壺にペンを浸しながら、故郷に思いを馳せる。


 故郷の港町。

 それから、お姉ちゃん。

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