第二章 都の探索
探索の前に
楽園への扉は、善良なる者にもそうでない者にも、等しく開かれております。
善良なる者の魂は、すぐに楽園で憩うことを許されます。
そうでない者には、長い旅路の果てに憩うことを許されます。
しかしながら、自ら命を絶った者は楽園で憩うことは許されません。
なぜなら、世界中の命は一なる女神さまより授かったものだからです。その命を粗末に扱う事は、決して許されません。
命を粗末にした者の魂は、地上で一なる女神さまの許しを得るまで繋ぎ止められます。
よろしいですか。
善良なる者にもそうでない者にも、楽園で憩うことができるのです。
決して、授かった命を粗末にしてはなりません。
『ある神官の説教』より
―――
三度目の朝は、大通りの上で迎えた。
昨日は黒い都にたどり着いたはいいが、ひとしきり言葉にならないほどの思いを噛みしめると、一気に疲れが襲いかかってきた。速いペースで一日中歩き続けた疲れだ。
もう一歩も歩けなかった。少なくとも、わたしは。
そういうわけで、大通りの上で外套にくるまって、わたしたちは黒い都での一夜を明かしたのだった。
「おはよ、フィオちゃん」
「おはよう、ローワン」
ローワンも少し前に起きたばかりなのだろう、ゴシゴシと目をこすりながらあくびをしている。
黒い都の朝は、やはり静かだ。
「むぅ……、ふぅう」
すがすがしい空気を目一杯吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
朝日の中の黒い都は、また別の顔を見せている。
黒い石の大通りは、二頭立ての四輪馬車が四台並んでも余裕がありそうだ。
まっすぐ南にのびる先には、この黒い都と世界竜族の象徴である世界の中心の塔がそびえ立つ。都の端からでも、見上げるほど高い黒い塔は、窓ひとつ見当たらない。見事な直方体の塔は、未来を知ることができたといわれている。
そして、大通りの両側に並ぶ家々に目を向けると、意外なことに石造りということ以外は、大きさも高さも様々な家が並んでいる。
白と黒と色は違うが、懐かしい故郷のリュックベンのようだ。
「お姉ちゃん、元気にしているかなぁ」
いや、元気すぎてお父さんとお母さんを困らせているかもしれない。
黒い都での探索を終えたらリュックベンに行きたいと、まだみんなに話していなかった。
水色のリボンで癖の強い髪をまとめていると、他のみんなも起き出す。
「むぅ? ねぇ、ローワン、アンバーとヴァンは?」
「あー、あの二人なら、そこの家で冒険中」
荷物を確認していたローワンが、左側の家を指差す。
「むっ、また勝手なことをして!」
ここはガツンと言ってやらないと。
たった二日だけど、確かな問題点に気がついた。
それは、計画性がなさすぎることだ。
長たちも、いい加減だ。こんな落ち着きのない若者ばかり集めて、いきなりまとまれるわけがない。まとめてくれる大人がいればよかったのに。
そこまで考えて、そもそもリーダーが誰かすらわからないことに、今さら気がつく。
「むぅ」
長たちのいい加減さに頭を抱えていると、ターニャがポンポンと肩をたたいてきた。
「もう一発くらい、ぶちのめしておこうか?」
「それはよくないと思うの」
「フィオ?」
ターニャが困惑している。
ぶちのめして、アンバーたちが態度をあらためるとは思えない。
黒い都の外に出れば、真理派のこともある。
計画性だけではない。緊張感も必要だ。
一人で頭を抱えていると、勢いよく扉が開く音が聞こえた。それから、アンバーの上機嫌な声も。
「みんな、おはよう!」
ニコニコ笑うと、どこか父のヘイデンに似ている。やはり、親子だ。いやいや、そんなこと考えてないで、ビシっと言わないと。
「ねぇ、アンバー……」
「みんな、朝食できたよ。ヴァンが、この家の台所を使って作ってくれたんだ」
「むっ!」
「驚くべきことに、食糧も新鮮そのものなんだ!」
アンバーに話をさえぎられたのは面白くない。面白くないが、ヴァンの朝食のひと言に、昨夜は何も食べていないことに気がついた。意識しなかった空腹が一気に襲ってくる。
それだけ、ヴァンの料理は美味しすぎるのだ。
――
アンバーとヴァンが勝手に入りこんでいた家は、都の端だからだろうか、とても素朴でこぢんまりしていた。
「楽園に坐す一なる女神さま。今日という日を、歓びのうちに迎えられたことに感謝します」
他の部屋から椅子を集めて七人で食卓を囲むと、食堂は少々狭く感じる。
焚き火料理とはまた違ったヴァンの料理は、やはり美味しすぎる。
ライラですらガツガツと食べるわたしたちに、ヴァンは気恥ずかしそうに笑う。
「驚いたよ。残っていた食材がみんな食べられる状態でさ。……スープ、おかわりあるよ」
「おかわり!」
アーウィンとローワンが声をそろえて、スープボウルをつき出す。
やはり、相性がいいのだろう。水と火だけども。
それにしても、温かいパンは最高だ。星辰の湖だけではなく、竜の森で出されるパンは堅かった。それはそれで美味しいのだけど、温められてフカフカのパンにはかなわない。もちろん、我がガードナーベーカリーのパンが世界一だけど。
早く故郷に帰りたいな。
幸せな朝食を終えて、さあ片付けようとなる前に、わたしは両手で食卓を叩いた。
「わたし、考えたんだけど、もっと計画的に行動した方がいいと思うの」
沈黙。
みんな急に何を言い出すのかと、戸惑ったのかもしれない。
「で、リーダーを決めたいの。責任持ってみんなに行動してもらえるようなリーダーが必要なの」
沈黙。
今度は、納得して考えてくれているような感じでほっとした。――のもつかの間のことだった。
アンバーが不思議そうに首を傾げて、みんなを見渡す。
「というか、僕がリーダーじゃなかったっけ?」
「むぅ?」
もしかして、わたしが知らなかっただけで、彼がリーダーだとあらかじめ決まっていたのだろうか。だとしたら、自覚が足りなすぎる。
「いやいやいやいや! そんな話し聞いてないぞ」
ローワンが否定してくれてほっとした。――のもつかの間のことだった。
「リーダーは最年長の俺だろ!」
お前もか、ローワン。頭痛がする。確か、ライラも同じ十九歳だったはず。誕生日も彼女のほうが少し早かったはず。
もちろん、アーウィンが黙っているわけがない。
「歳は関係ないよね。僕がリーダーやるよ」
「じゃあ、俺がやってもいいよね」
アーウィンとヴァンは、もはや他の竜族に対する対抗意識でしかない。
頭痛がする。
四竜族の若者たちの言い争いが白熱していく。
そもそも、彼らが協力し合うのが無理なのだろうか。
「むぅううううううう! いい加減にしてよ!!」
今度は食器が跳ね上がるほど、強く食卓を叩いた。
沈黙。
それから、ライラとターニャの笑い声。
「わたくし、フィオがリーダーになるべきだと思いますわ」
「あたしも、ライラと同じ意見だ」
思いもよらない意見に、わたしが困惑する番だ。
さらに思いもよらないことに、あれだけ言い争っていた四竜族の若者たちも、わたしがリーダーになるべきだと言う。
「む、わ、わたしは、そのぉ……」
わたしのための旅だということはわかっている。
「わたしは、しがないパン屋の娘だし。竜族じゃないし。ターニャみたいに強くないし。ライラみたいに世間に明るくないし……」
あらためて、自分がお荷物じゃないかって思えてくる。
うつむいてしまったわたしを励ましてくれたのは、ローワンだった。
「まぁ、とりあえず、フィオちゃんってことでいいんじゃないか?」
「むぅ」
このまま、リーダーが誰か話し合っていても終わらないだろう。なら、とりあえず、わたしがなるべきかもしれない。言い出したのはわたしだし。
しっかり、首を縦に振ると誰も反対しなかった。
ほとんど黒で統一された家の中を探索したくて、うずうずしているアンバーたちにも食器を運ばせたりして、みんなで手早く片づける。
他人の家を勝手に使わせてもらう罪悪感がないわけでもなかったが、それはしかたがないと割り切るしかない。これから、わたしの花婿を探すために誰もいない都を荒らすことになるのだから。
それに、せっかく食糧が食べられる状態で残っているのだから、食べてあげないともったいないではないか。
毎晩不吉な二つの満月が昇ることを除けば、静寂も気にならなくなったし、この都の不思議も悪くないものに思えてくる。
再び食堂に戻ってきたわたしたちは、これからどうするか真剣に考えなければならない。
アンバーが食卓の上に地図を広げる。以前見たものよりも、ずっと詳細な黒い都の地図だ。
「とりあえず、ヴァンが心配していた食糧は問題なさそうだ。でも、拠点は決めたほうがいいと思う」
地図の上を指差しながら、黒い都の詳細を説明してくれる。
黒い都はきれいな円を描いている。もちろん中心にあるのは、世界の中心の塔だ。南北と東西に走る大通りが都を四分割している。
わたしたちが今いるのは、南北に走る大通りの北の端だ。
「意外かもしれないけど、この都はあまり広くないんだ。それこそ、僕らの里と同じくらいか小さいくらい」
世界竜族の数が少なかったらしいと、アンバーは続ける。
「だから、この世界の中心の塔まで歩いて半日もかからないはず」
おそらく、世界の中心の塔を探索することになると、みんな考えていたはずだ。わたしも、真っ先に探索するつもりでいる。
しかし、アンバーは塔の南側にある大きめの建物を指差した。
「拠点は、この竜王の屋敷がいいと思うんだ。世界の中心の塔と同じくらい、重要な場所のはずだからね」
確かに最後の竜王ユリウスは、嘆きの夜に何が起きたのか理解していたような口ぶりだった。
なにより、生き残りがいるとライオスに言っていたではないか。
「むぅ。まずは、竜王の屋敷に行って拠点として使えるかどうか確かめないと」
まずは竜王の屋敷に向かうことが決まった。
できるだけ元通りにしてから、家を出る。
一歩、外に出て初めて実感した。この家で、あの夜まで生活が営まれていたことに。
「みんな、ちゃんとお礼を言おうよ」
当たり前の明日が訪れなかったこの家に、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
誰ひとり欠けることなく声がそろう。
必ず、わたしの花婿を見つけます。
心の中で、名前も知らないかつての住人と約束した。
それから、これはわたしの旅だ。やはり、リーダーはわたし以外にあり得なかったのだろう。昨日までも、わたしが自覚していれば、もっと計画的に進むことができたかもしれない。
もしかしたら、長たちが最初の目的地に黒い都を選んだのは、生き残りの花婿の手がかりを探させるためだけではなかったかもしれない。
仲間たちと上手くやっていくための時間を用意してくれたのかもしれない。
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