第86話 お昼寝タイム
「いや、さっきスマホで読み取ってすぐに設定したから」
大樹はじぃっ、と見つめてくる茜に簡単に説明する。
本当ならキスの写真を設定しようとしたが少し気恥ずかしかった。これは時折眺めることにしよう。
「じゃあ、私もそれにしますね」
そう言って茜はスマホに指を走らせる。数秒後、見せつけられたその写真は確かに大樹がスマホに設定しているものと同じものであった。
「ふふふ」
茜はスマホの画面を見ながら頬を緩めている。ご満悦そうで何よりである。
「ただいま帰りました」
「俺はこれはただいま、なのか?まあとりあえず、お邪魔しまーす」
「私にもそこはよく分かりませんね」
そう言いながら茜は靴を揃えて玄関に上がる。そうしてくるりと回ってふわりと微笑む。
「でも、言わせてもらいます……おかえりなさい」
「……」
「大樹君?返事はありませんか?」
「あ、ああ……」
それを言ったら羞恥で撃沈する自信がある。ただ、せっかく茜がそう言ってくれているのなら応えるべきだろう。
「ただいま」
「……はい!」
茜は上機嫌に小さく鼻歌を吹きながら大樹を先導するのだった。
「甘えます」
「んぇっ!?」
「どこから声出してるんですか」
茜の部屋にて、彼女はベッドに座ると唐突にそう宣言した。
その言葉にびっくりして大樹は素っ頓狂な声を漏らして、それを茜は口元に手をやって上品に笑った。
茜はベッドからおもむろに立ち上がり、勉強机の椅子に座る大樹に歩いてくる。その目はほんのりと熱を帯びていた。
「スキンシップ禁止とか、私が言い出したんですけどやっぱり寂しいです。大樹君はモテるので私なんかよりも可愛い子や優しい子もすぐに見つけちゃうんです」
茜の手は先ほどから所在なさげに彷徨っている。
「不安なんです。だから、こうしたいです」
茜は大樹に縋り付くように抱きついてきた。柔らかい小柄な体躯が腹に飛びついてくる。
「好き、です」
そして、甘く囁く。背中にこそばゆいような痺れが走り、小さく呻く。
「大樹君、立ってください」
「い、いや、その、だな、今立つとよろしくないというか……」
例のアレである。まあそんなわけで今立ち上がるのはなかなかにきついものがあるのだが。
茜は折れようとしない。
「お願いです。立ってください」
「何をして欲しいんだ?」
それさえ分かればなんとでもなる。だからそれを尋ねたのだ。茜はその素通しメガネの奥の目を泳がせて大樹を見上げる。
「そ、その、えっとですね……」
「うんうん」
「はしたないって思いませんか?」
「内容による。R18を言ってきたらはしたないって思う」
「正直ですね」
「嘘をつく理由がないからな」
「分かりました。では、言いますね」
茜はすーはーと深呼吸を数回。
「一緒に、お昼寝したいです」
「え」
「だめ、ですか?」
「いやだめというわけではないんだが、その、な、俺は男だから、理性的な問題が……」
大樹は少し慌ててそのことを伝える。すると
「大樹君なら私が嫌がることをしないという自信があります」
茜は自身ありげに宣言した。
(反則だろ……)
そんな目で見つめられたら勝てるはずがない。
「わかった。じゃあ少しどいてくれ」
そう伝えると彼女は名残惜しげに離れる。そうして彼女はベッドに戻り、スカートを正して寝転がった。
大樹はゆっくり立ち上がってゆったりと彼女の側による。
「ほら、どうぞ」
茜は壁の方に転がっていき、横をぽんぽんと叩く。
「お、お邪魔します……」
大樹はおずおずとベッドに潜り込む。顔を壁に向けると茜の照れ顔があった。この至近距離だと彼女の肌がよく見える。
メガネを外している彼女の黒曜石の目は大樹を大きく映し出していた。
「大樹君。枕一つしかありませんよね」
唐突にそんな声を上げる。
「ああ。茜が使うべきだと思うんだがなんで俺の方にあるんだ?」
「腕枕を所望します」
「まじ?」
「はい」
そこで照れたのか茜は掛け布団の奥に入り込んでしまった。大樹が肩を叩くとモゾモゾと動いて頭が出てきた。
それをとっさに抱きしめる。
「むごっ!」
茜はしばらく体を動かしたあと、大樹の腕をぱしりと叩いた。
「ほかひへくははい」
「ん?ああ、どかしてくださいか」
大樹は茜の顔を覆う腕をどかした。
「大樹君」
冷ややかな声。彼女は無感動な目を大樹に向けた。
「力が強いです。息が詰まりました」
「ああ、ごめん」
茜は枕にしている大樹の腕をつんつんとつつく。
「硬いですね。男の人の腕って感じです」
「まあ、空手で鍛えてるからな」
「武道大会かっこよかったですよ」
「そりゃどうも」
茜は目を閉じる。
「じゃあ、私は寝ますね」
そうして数秒ほど黙ったのち、規則正しい呼吸音が聞こえてきて……
(まじで寝やがった……)
大樹はここで何をすべきか全くわからなくなった。右手は彼女の頭の下に差し込まれており左手は何をすべきかわからず大樹の胴の横に張り付いている。
なんとなくでその左手を彼女の頭に乗せて撫でておく。
奥の方から湧き上がる欲をできるだけ意識しないようにしながら大樹は彼女の頭を撫で続けるのだった。
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