第6話 佐渡さんとグッズ購入

 目的地のアニマーテは大樹達が電車に乗った駅から2時間ほどのところにある。


 ただアニマーテに行くだけなら30分のところにもあるのだが、規模が小さく、品揃えが信用できない。

なので時間をかけて隣の県の大都市に向かう予定だ。


 休日の午前十時という人が多い時間帯のせいで席に座ることができず立っている。大樹は普通に吊り革を掴んでいるが、


「もう一個も吊り革がないです。どうしてくれるんですか」


 かなり混雑しているので茜の分の吊り革がない。


「慣性の法則に抗い切ってみせます!」


 と5分前は意気込んでいたが、




「草宮君。助けてください」


 実際のところあっちにフラフラこっちにフラフラと電車が揺れるたびに体勢を崩しており、みているこっちが心配になる。


 流石に見かねた大樹は吊り革から手を離して


「佐渡さんが掴まっていいよ」

「で、では、遠慮なく……」


 おずおず、といった様子で吊り革を掴む茜が少しおかしくて笑みをこぼすと、


「何か?」


 大樹より頭一つ小さい割には冷たく、少し低い声でそう言われ、ほんのり感じた圧。


「いや、特に何も」

「絶対何か、いや、まあ良いです」


 結局黙って吊り革を掴んだ茜。こういうのって肘を曲げたりできて少しは余裕があるものだと思っていたが、電車の床から垂直に突き刺さっている茜に気が付き


「佐渡さん。吊り革ってちょっとは余裕があるほうが良いんだよ」


 こくりと頷いた彼女に大樹はひとつ提案をした。


「俺が吊り革掴んでるから佐渡さんは俺に掴まってて」

「え」


 茜の表情が驚愕に固まった。




(ハムスターってこんな感じなのかな)


 不安げに周囲をキョロキョロと見回しながら時折キュッ、と強く大樹の服の裾を掴む茜に大樹はずいぶん失礼ながらそんな感想を抱いた。


 かれこれ30分ほどこんな感じである。いつもならスマホをいじっていたが、これは見ていて飽きない。


 つまり元々電車内では暇つぶしの道具であったスマホは1人の少女に敗北したのである。


 断然こっちの方が面白いし、茜は普通に美少女なので目の保養にもなる。


(なんか変態的かもしれないな)




 隣の県に入り、しばらく経ったのちに停車した駅で大量の人を電車が吐き出したお陰で座ることができ、大樹と茜はそこに腰掛けた。


 大樹は茜と時々肩や腕が触れ合うのは不可抗力として捉えているし別にどうでも良いことであるのだが、茜が接触のたびに肩を跳ねさせている。


 その度に大樹は少し茜から距離を離すのだが、それでもやっぱりぶつかる。


「佐渡さん、ごめんな」


 一瞬訝しげに眉を顰めた茜だが、すぐに合点したらしく、


「い、いえ、別に良いですよ?私があんまり人肌慣れしてないだけなので」


 どう返せば良いか迷っているその時、


「あれからもう一年も経ったのに、まだ忘れられないそうですね」


 その小さな小さな呟きは電車の振動に隠れて大樹の耳に届く事はなかったのであった。




「やってきましたアニマーテ!」

「さっきまでいつもの草宮君だったのになんでテンション急上昇してるんですか」


 最寄り駅で降り徒歩十分。コスプレをした客引きをいなしつつアニマーテにたどり着いた大樹はテンションがMAXであった。


 茜も冷静そうにツッコんではいるが、口調が少し早口になっており、彼女自身、だいぶテンションが上がっているのが見て取れる。


「じゃあそろそろ入るか」

「そうしましょう」


 そうして大樹達はアニマーテに足を踏み入れた。




「えっと、ヘルファイの特設コーナーは、っと」


 所々に置いてある案内板に従って進んでいく。エスカレーターに乗り、さまざまなグッズの置いてある通路を抜けて


「おぉ」


 淡い色で描かれたポスターの貼られた品出し棚にはたくさんのヘルファイグッズが並んでいた。


「これもあるの……!すごい……」


 ふと茜の方を見ると、目がキラキラさせていた。いつもの敬語が外れているところから相当興奮しているのだろう。

 色々物色している茜を横目に大樹はCDをカゴに入れた。通販で買うよりこっちの方が安い。


 二十分ほど二人でグッズ購入に勤しみ、そろそろ一時となる時間。

 アニマーテから外に出ると、急に空腹が訴えかけてきた。


「佐渡さん。お昼にしない?」


 茜は大樹の方を少し見上げてから自分のお腹に手を当てて


「いえ、大丈夫です」


 しかし


 くぅ


 可愛らしい音が茜から鳴った。大樹は彼女の方を見てふふっと笑い


「お腹空いてるんじゃん」

「そ、そんなわけ!きっとあれです。どっかに犬がいるんです!」


 慌てふためいている茜をスルーしながら大樹はスマホで近辺のファミレスを調べることにした。

 すると近くに素晴らしい価格設定の某有名イタリアンファミレスがあったので


「よし、佐渡さん。着いてきて」

「えっ、え?」

「まあまあとにかくさ」


 歩き出した大樹の後ろを急いで付いて来る茜。

 そうして二人はここから二百メートルほどの距離にあるファミレスに向かうのだった。

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