第12話 楓哉、試合に出ます
私は頭を下げて教室に入ります。担任の先生、
「草宮はどうした?」
私はできるだけ周りを意識しないようにして、
「草宮君はトイレに行きました」
私は自分の席に座り、黒板の方を眺めます。
八巻先生の話を聞いていると、
「すみません!遅れました!」
大樹君が豪快に教室に入ってきました。
大樹は教室に入って自席へと戻る。茜は座り際にひっそりと話しかけてきた。
「先程のゴミ袋のことはありがとうございます」
「いや、気にしないで良いよ」
大樹は笑顔を浮かべた後、また何か言い出しそうな茜を振り切るように黒板を見た。
先生がチョークで文化祭について書いている。
文化祭まであと1週間を切った。
一般的に勉学に力を注いでいる秦明高校でも文化祭の気運が高まってきていて、それは優等生の皐月も例外ではないそうで少し楽しげに見える。
秦明高校の文化祭、秦明祭は2日間にかけて行われる。
家族は招待制、一般はwebでチケットを購入することで入場できるというシステムをとっている。
樋口を筆頭とした技術部は休み時間に図面と睨めっこしたり教室の寸法を測ったりと忙しそうだ。
目立った活動をしている彼らほどではないがみなちょっとずつ作業を行なっており、教室の隅にはハサミで切られた厚紙や大量のビニールテープが段ボール箱に入っている。
そういえば、と大樹は脳内カレンダーを開き、明日からの土日の予定を確認する。
土曜日は空手の大会の応援、日曜日はいつメンでテニス、つまり週末は予定があるいうわけだ。まあ、日曜の方は軽く遊ぶ程度だが。
放課後、町外れの道場、陰陽道場で大樹は組合をしていた。相手は楓哉。なんとこの前の大会で東海大会2位を獲得した実力者。
明日は空手の地区大会で、大樹は出場しないが、楓哉は第一シードで出るらしい。
拳を突き出し、それをブラフとして回し蹴りを放つ。決まった、と思った。
しかし、
「甘い」
いつもの軽い感じではない、真剣な声。
「だろうなっ!」
蹴りは片腕で受け止められ、腹部に寸止めで拳を当てられ、大樹は投了した。
「確かに大樹の蹴りや拳は重いし、速いし、正確。ほんとに僕も見習いたいほどだよ」
だけど、と楓哉はその腕を組み、ウンウンと唸った。
「やっぱり技の部分が弱い。大樹は純粋な力押しが強いし、確かに中学の時はそれで通用しただろうけど、力押しだけでは勝てないところも出てくるんじゃない?」
現に大樹は力では勝っているはずの僕に負けているだろう?と楓哉は言った。
ちなみに楓哉の腕力は大樹より強い。しかし大樹は楓哉との腕相撲で負けたことはない。
「いや、俺のベースの戦い方ほぼカウンターなんだが」
今は試合に出る楓哉のために攻撃を仕掛ける大樹だが、やはり中学の時から染みついた癖はなかなか抜けないらしい。だからその技の練度はそこそこだ。まあ、もう関係のない話だ。
「まあ、明日の公式戦は頑張ろう。僕も全国の舞台に立ってみたいから本気でやろうと思ってる」
「だから俺出ないって」
「大樹実際僕より強いのに……」
「理由、分かってるだろ」
「……そうだね」
大樹はあの出来事からもう空手の大会に出ないと決めている。
ちなみに東海大会で3位以上に入ることができれば全国への切符が得られる。
そしてそれを楓哉は望んでいるらしい。
家に帰ると、数件のメッセージが届いていた。
『明日楓哉の応援行こうね!』
『明日は暇だから楓哉の試合見に行くわ。大樹もくる?』
『明日ちゃんと応援きてよ』
三者三様のRIMEメッセージを受け、それぞれに返信をした後、大樹は今日の授業の復習をするのだった。
夕食中、侑芽華が話しかけてきた。縁は塾にいる。
ちなみに今日は大樹の好物である鯵のフライだ。結構タルタルソース派が多いと思うが大樹は塩派である。
「ところで最近彼女できた?」
ニヤニヤと下世話な笑いを浮かべて侑芽華は大樹を見やる。
ため息一つ。
「いないし、作る気もない」
すると、ちょっと母は目を細めて、
「えっと、誰だっけ?この前大樹がデートに行った……佐渡さんか。その子とはどうなの?」
「連絡先交換しただけ」
デートじゃない、と言おうとしたが、この前茜に大樹はデートだと言ったのでそれを覆すのはなんだか嫌な感じがしたのでやめておいた。
「というか、なんか大樹からその子の話聞いてるとその子だいぶ闇抱えてない?」
いつもはヘラヘラしている侑芽華だが、時折強い洞察力を発揮する。それは大樹も感じていたこと。
そして、その闇の奥に見える原因はきっと……
翌日、大樹は市の体育館にいた。既に楓哉はいて、簡単にストレッチをしていた。楓哉が大樹に気付き、挨拶をする。
「おはよう!」
「ああ、おはよう」
大樹はお茶を一口含み、楓哉からもらったトーナメント表を眺める。
「県大会は行けそうだな」
「これでも最高戦績東海2位だからね?ほんとなんで大樹は……いや、やっぱやめ」
大樹にとってそこは触れてほしくない部分であり、もうほとんど傷は塞がったが、それでも時折痛む。
それをちゃんと楓哉は理解してくれている。
「ヤッホータジュ!あと楓哉!」
「こらこらはしゃがないように。高校生だからちゃんとモラルを守るのよ」
後ろから美羽に飛びつかれて、それを皐月が引き剥がす。
「2人とも、おはよう」
「皐月に美羽!応援来てくれてありがとう!」
「いやー。友達の大会の応援に行かない薄情者じゃないからなー」
「暇だったから来ただけよ」
段々と人が集まってきている。それと同時に大樹の心臓が強く脈打つが、
(いや、これは市大会だし、アイツが今も空手をやっているとは限らない)
そう自己暗示をかけ、その痛みを誰にも気付かれないようにして、
「じゃあ、行ってくるね!」
「頑張れよ」
「がんばー」
「楓哉、応援してるわ」
背を向けて選手控え室に入っていく楓哉を大樹は見送り、大樹達も応援席へと足を踏み入れるのだった。
あとがき
筆者は空手完全にわかのため空手のシーンはほぼゼロです。(小さい時に1ヶ月ほど習ったことはある)
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