第94話 彼女の決意

 二人でうどん屋を出る。

 つい先程から茜の様子がおかしい。何かを考え続けているかのような様子だ。


「おい、危ないって」


 目の前から歩いてくる人にぶつかりそうになっていたので大樹は彼女の左手を引いて彼女を引き寄せる。


 彼女はよろめいて大樹の方に倒れ込んでくる。それを軽く受け止めてから元の姿勢に戻させる。


「すみません……」

「別にいいけど、ちゃんと周りは注意して見てくれよ。茜が怪我するのが一番困るからさ」

「ぁ……」


 茜からそんな言葉にならない声が漏れる。見ると彼女は恥ずかしそうにはにかんでいた。しかし、その奥にはちょっと申し訳なさげな雰囲気が見て取れた。


「どうかした?」

「いえ……ただ大樹君ってなんでそんなに優しいんですかねー、と」

「結構自分勝手な理由だよ。大事な人を守れる距離に繋ぎ止めたいってだけのね」

「別に良いんじゃないですか?大事な人を守りたいって思いはとっても好感持てます。───────好きです」


 そう言った茜は上機嫌になって大樹の手を強く握りしめたのだった。




「おみくじ引きませんか?」

「おっけー」


 二人は近くにある神社にやってきていた。そこはまばらながらも人通りが多いので色々な人が見て取れた。

 一人でからご年配の方、和気藹々とした家族連れ、友達同士で来ているであろう女子高生らしき人たち。

 カップルで来ているのは大樹らの他に数組しか見受けられない。


「なんかすごい空気が綺麗だよな」

「そうですか?私には良くわかりませんけどね」


 茜は大きく深呼吸をした。その姿を見ていると視線に気がついたのかこちらをじっと見てくる。そして、


「大樹君」


 じぃっ、と。何やら不満げな様子。大樹は視線を少し上に上げて彼女と目を合わせる。


「どうした?」

「こんな私でも年頃の女の子です。視線には敏感なのですよ?」


 ここ、見てましたよね。茜は自身の胸の辺りに手を当てた。


 少なくとも彼女の着ている薄緑色のセーターにはなんの変化も見られない。ぺったんこである。


「今何かすっっっっごく失礼なこと考えましたよね?」


 茜がずい、と詰め寄ってくる。笑顔を見せてはいるが、目が笑っていない。大樹は人生で一番強い圧を感じて冷や汗が頬を伝うのを感じる。


「正直に言ったら赦してあげますよ」


 今『ゆるす』の字が本気の方じゃなかったか!?これはまずい。

 大樹は頭を深々と下げた。


「すまない!茜が深呼吸したところで邪な感情に負けて見てしまった!」


 こういう時はちゃんと正直に自分の過失を認めるに限る。そこで変なことを言ってしまえば茜からの評価がさがってしまうだろう。

 そんなのは死んでも嫌だ。

 茜は頬を染めて、そして少しばかり上目遣いになりながら


「でも、大樹君だって男の子ですから、その、おっきい方が好きでしょう?」


 恥ずかしげに伝えてくる。それに続けるように今度は寂しそうな目をしながら大樹を見つめた。

 大樹は彼女の頭を優しく撫でながら伝える。


「あのなあ、茜。確かに俺も男だし、その、胸が大きい女の人を見るとそりゃ目で追ってしまう。でもな、俺は茜の身体的な特徴とかほとんど関係なしに茜が好きだから」

「大樹君……」


 茜はぎゅっと抱きついてくる。そして、ぐりぐりと大樹の胸の辺りにその小さな頭を押し付けてきた。


「大好きです……」


 その言葉の重さに大樹は続く言葉を期待する。しかし、続く言葉はそれではなかった。


「私が、この気持ちを信じることができるように、したいことがあるんです」


 茜は自分の胸に手を当て、真摯な表情で大樹を見上げる。


「何するんだ?」


 できるだけ、柔らかな物腰で、彼女の想いを聞き取る。


「あの子に、会わないといけないんです」

「あの子?」


 大樹は誰が茜のいう『あの子』なのか皆目見当がつかない。


「私がかつて親友だと思っていた人です」


 茜はなんてこともないように言ってのけた。しかし、それを聞いた大樹は目を見開いて彼女のその発言にたじろいだ。


 あのバレンタインの日、茜の過去に出てきた人のことであろう。茜に当時一番近かった人物であり、茜を大きく変えた原因の人物。


「会うのか……?ソイツと」

「大樹君、ちょっと、目が怖いです」


 どうやら気づかぬ間に目つきが鋭くなっていたらしい。


「ごめんな」


 一度眉間を揉む。その間に思考を回す。その人物との邂逅は茜にとってひどく負担を与えるものではないのか?


 せっかく中学の頃の明るい茜に戻ってきたころで、本人もそれを喜んでいるというのに、わざわざリスクを負って彼女を負担にさらすことはない。


 そんな選択肢が浮かんで、唐突に消えて、思い返したのはバレンタインの日に決めた覚悟。


(でも、最終的に全てを決めるのは茜本人であり、俺は彼女を救うと決めている。茜の選択がどんな地獄を産んだとしても、全部俺が食い止める)


「……分かったよ」


 大樹は吐き出すように重く呟いた。茜はポカンとした後、「はい」と、頷いたのであった。


「……じゃあ、とりあえずおみくじ引きませんか?」

「……そうだな」




 おみくじの近くで立ち止まった時間、約十分。



次回更新


9月6日予定








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