第93話 お泊まりの約束

「撮るぞー。はい、チーズ」


 スマホのカメラ機能を使って縁と御影煌のツーショットを撮る。付き合ってすぐのカップルであるからか、その距離は少しだけ離れており、どことなくぎこちなく思える。

 縁にスマホを手渡す。妹はそれを受け取ってむむむと唸った。


「まあ、これでいいや。煌くん」

「ん、どしたの」

「今度はもっと距離詰めて撮ろ」

「あ、うん、そうだね」


 御影煌は少しどもって答えるが、縁はさらに気分をよくしたようで……


「煌くん。好きだよ」

「うわぁぁあっ!」


 御影煌は顔を真っ赤にして飛び退いた。


「あ、煌くん。離れないでよ」

「いや、お兄さん達見てるんだよ?」


 なんというか、妹が誰かにデレデレしているのをみるのは少し複雑だし小恥ずかしいものがある。それに、大樹達がいると彼らもやりにくいだろう。

 そんなことを考えていると茜が大樹の服の袖をつまんできた。


「茜?」


 大樹の疑問の声に彼女は簡単に答える。


「あの二人、一回二人きりにしてあげませんか?」


 どうやら同じことを考えていたらしい。その事実に大樹は心の奥が温まるのを感じて、目の前でぎこちなくいちゃついている二人に声をかけた。


「なあ二人とも───────」




「確かにここなら自由行動できるね」

「大樹兄さん、流石です」

「大樹君がこういうところ選ぶなんて意外ですね」

「まあ近いところにいいのがあったからな」


 四人はある神社の近くにある伝統的な商店街にやって来ていた。おかべ横丁という。


「じゃあ、四時にここ集合な」


 現在時刻は正午ちょっと前。ここからは別行動となる。


「また後でー」

「おう。楽しんでな」


 縁と御影煌の二人はおかべ横丁の人混みに消えて行った。


 その背中が完全に見えなくなる。


「さて、俺らも行こうか」

「ですね」


 そっと茜は左手を差し出してくる。大樹はその手をぎゅっと握って、彼女はふんわりと微笑んで……

 二人も雑踏の中に足を踏み入れた。




「そろそろお昼にしませんか?」

「おっけ。何食べる?」


 この通りにはこの周辺の土地で発展した和食のお食事処が乱立している。


 茜はキョロキョロと辺りを見渡して、やがて一つの向きに指をさす。大樹はそちらに視線をやってこくりと頷く。


「確かにここら辺だと有名らしいからな」




「大樹君!これ美味しいですね!」


 茜は目をキラキラ輝かせてうどんをすすっている。うどんといってもなんとこのうどん、汁がほぼない。甘い醤油のような汁が少しかかっているだけなのだ。


「確かに。なんか珍しいよな」

「ですね。私にとってうどんってやっぱり汁たっぷりのやつなんですよね」

「俺もだわ。なんかこういうのもありだなってちょっと思ってる。今度縁が修学旅行でいない時はこれでも作ってみるか」


 縁の修学旅行(行き先東京)の間は料理をできる人が流美しかおらず、その流美も毎日来てくれるというわけではないので必然的に大樹が料理を作らなければならなくなる。


 このうどんの汁はスーパーでも売ってそうなので今度買いに行くのもありだろう。


 そんなことを考えながらお茶を飲むと茜がこちらを見てきた。何かを期待するような目で、大樹は何を期待されているのかわからず、尋ねる。


 彼女は切り出しにくそうに「あの、その……」と言ったあと、覚悟を決めたように唇をギュッと結んで目を合わせた。


「縁ちゃんが修学旅行でいない時に、大樹君の家にお泊まりしても良いですか?」

「え……」


 縁の修学旅行はおよそ一ヶ月後。きっと今よりも関係は深まっているだろう。

 そんな時に茜が家に泊まりに来る!?


「そ、その、いや、でしたか?」


 茜が不安げな瞳を揺らしながら大樹を見る。

 ああ、だめだ。彼女にこんな表情はさせたくない。


「いやなわけない。逆に心配になった」

「なにが、ですか?」

「あんまり、俺を含めて男にそんなことを言わない方がいい。いつか襲われるぞ」

「大樹君にしか言いませんし……それに……付き合ってから二ヶ月も経ってるのでもう少しだけ関係を進めたいんです」


 茜はだんだんと頬を赤く染めていく。それと同時に俯いていく。


「茜」


 名前を呼ぶ。彼女は俯いた顔をクッと持ち上げた。やはりその表情は羞恥に襲われていて、大樹はできるだけ優しい口調で伝える。「よかった」と。


「どういうことですか?」


 そんな疑問を吐き出した茜に大樹は続ける。


「いや、茜も同じように思ってくれてるってことがわかってさ。───────でもな、これだけは覚えておいてほしい」

「何をですか?」

「俺達まだ正式に付き合ったわけじゃないってこと」


 あくまで二人の関係は内定。茜が恋愛に関する恐怖心を完全に払拭できるまでその関係は続く。

 最近は色々ルール緩和はなされているが、それでもまだキスは早いと思っている。それにきっと、キスなんてされたら大樹は自分の理性を保てる自信はない。


「……そう、ですよね」


 茜は目に見えて残念そうな顔をする。その表情に思ったよりも好かれていることがわかって大樹は面映い気持ちになりながらも微笑んだのだのだった。








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