第64話 それぞれの一戦
武道大会。秦明学園にしかないと言われている行事。
『それでは、全ての競技の第一試合を始めてください』
廊下を歩いていると放送でそう通達される。
大樹は空手でシードを持っているためこの時間は暇だ。
「あ、でも茜の将棋がすぐだったような」
大樹は駆け足になりながら将棋の会場となる教室に向かった。
「佐渡選手の戦法は棒銀。シンプルゆえに拡張性が高くて初心者から上級者までなんでもござれな戦法ね」
将棋の会場に行くと駒が動くパチンという音とともに実況の声が聞こえた。見ると皐月が今やっている対局の解説をしている。
皐月将棋もできたんだな。と親友の有能さにびっくりしつつも教室の中に入りたくさんの生徒と一緒に茜の試合を観戦する。
確かに茜は飛車の前にある歩を動かして、銀の援助を受けながら敵陣の突破を目指している。
「対する那須選手は王手の絶対にかからない囲い、穴熊を組んでるわね」
穴熊を組み終え、いざ反撃と飛車を大きく動かした那須を茜の桂馬が襲った───────
「一回戦突破おめでとう茜」
「ありがとうございます」
みんなが出張っている教室で大樹は一回戦を突破した茜を労っていた。
どうやら相手は将棋初心者だったのか穴熊を組み終えた後の攻めが全く成立しておらず茜に全て対応されていた。
最終的には強度が自慢の穴熊も大量の駒を手にした茜に波状攻撃でボロボロにされ最後は桂馬と角行の連携でとどめを刺されていた。
これで茜は二回戦に進むことになったのだが……トーナメント表を見た茜は眉尻を下げていた。
そこに書かれていたのは秦明一の頭脳の名前。一つの教室で四つの対局を行うのだが一番早く終わった場所の勝者。
「服部先輩と勝負ですか……」
将棋部も参加しているが明らかな優勝候補の一人である。生徒会長服部桐花であった。
「まあ二回戦まであと三十分くらいあるからそれまでゆっくりしよ」
「大樹君は───────シード持ちでしたね」
「時間は少し短めにされてるからすぐ終わりそう」
とは言え、二回戦開始まであと三十分。その時間は何しようか。
「一回戦勝ったことクラスチャットに報告したら?」
「そうしましょう」
茜はスマホを取り出して軽く操作する。数秒後大樹のポケットが振動しその画面を見る。
アカネ 『将棋一回戦佐渡茜勝ちました』
える 『ナイス!』
miu 『(*´꒳`*)』
みっちゃん 『おめでとう』
「わわっ。いっぱい返信がきてます」
「良かったじゃん」
「こんな私でもクラスの一員として認められてるんですね」
「認めるに決まってるだろ。なんだかんだでもう十ヶ月くらいの付き合いだからな」
「なんだか嬉しいです」
「そりゃよかった」
大樹と茜はしばらく他愛のない話をして、そして───────
『武道大会空手種目第二回戦を行います。実況、解説は先ほど同様私、二年六組山田千秋と』
『空手歴は二十年間。日本史担当の綿笠大輔でお送りします』
大樹は道義を着て武道場の端に待機していた。武道場の二階の通路からはたくさんの生徒がこれから始まる二回戦を観戦しようとしている。
大樹は左胸に着いている青色のワッペンの意味を理解しかねていた。
なぜか審判の先生につけろと言われて渡された青色のワッペン。意味がわからない。
『では、時間になりましたので二回戦第一試合、一年五組結城昌也対一年四組草宮大樹の試合を開始します』
選手の二人は入場してくださいという放送に従い大樹は畳でできたリングに向けて一礼し、足を踏み入れる。対戦相手、結城は大樹の道義を見てギョッとしていた。
「(有段者って聞いてないぞ)」
黒帯は有段者の証明である。彼のそれは茶色い。
「(言ってないからな)」
口パクで続いた会話だがすぐにそれは打ち切られる。
『制限時間は五分。それまでに取った有効打の回数の多い方を勝者とします。有効打は日本空手連盟のルールブックに基づき審判の体育科の先生が判定します』
赤と青の旗を持った先生が片手を上げる。どうやら点数が入った方のワッペンの色の旗を上げるらしい。確かにそのほうが周りからもわかりやすいからな。変に主審の右側を赤とか青とかいうよりも。
大樹と結城は周りに一礼し、向き合って一礼。
『それでは試合を開始してください』
その放送とともに大樹は動いた。一歩大きく踏み込む。
間合いはおよそ三メートル。結城も動いて距離を詰める。互いの手が届く距離。
結城が正拳突きを放ってくる。無論直撃は禁止されているので怪我の心配はない。そもそもミトンをつけているからセーフ。
ただもちろんそれは有効打と判定されてしまう。
(俺は勝ちたい)
大樹はその突きを一歩踏み込むことで半身になってかわす。
「なっ!?」
信じられというふうに目を見開く結城の背後にさっと回り込む。
そうしてそのまま背中の中心に向けて貫手を放った。
ホイッスルの音が鳴り響き、有効打と認められて大樹に一点が加算された。
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