第102話 親友の思い出①
二年三組が優勝といった形で幕を閉じた体育祭。
その放課後、大樹、茜、美羽は校舎の外壁に張り付いていた。
「あの、美羽さん。あんまり告白の覗き見はよくないと思うのですが……」
「そう言いながらも茜ちゃん真っ先についてきたよねー!」
「おいバカ大きい声を出すな。気づかれる」
「大樹君が一番本気ですね」
「まあ、あのヘタレを一年間見続けたらそうなるよねー」
その視線の先には楓哉と皐月が向かい合っている。この距離ではどんな雰囲気なのかよくわからないが、楓哉の表情は真剣そのものであった。
「いけ!楓哉!ヘタレるな!」
小声ながらも勢いよく応援する大樹と美羽に茜は何か微笑ましいものを見るような目で微笑んだ。
やるしかない。今、この場で僕の思いを彼女にぶつける。借り人競争のノリのまま皐月を校舎裏に呼び出して正解だった。だってそれをしなければ僕は多分また逃げていただろうから。
「あの、楓哉……」
皐月だってわかっているのだろう。今から僕が告白するって。
「皐月」
僕は一声、彼女の名前を呼ぶ。彼女はぴくりと体を震わせて、僕を見た。
「中学校の時のこと、覚えてる?」
「……ええ、もちろんよ。私が生徒会長で楓哉が副会長をしてたわよね」
僕らの思い出話をしよう。
僕と彼女の出会いは中三の時だった。内申点を稼ごうと思い生徒会長に立候補したのは自然な流れだった。秦明を受けるには少し内申点が足りなかったのだ。
そこで対立候補として現れたのが三枝皐月であった。
クラスは一度も同じになったことがないが、頭がすごくいいお嬢様みたいな人という噂はかねてより耳にしていた。
そんな彼女と初めて話したのは選挙前日。大雨の日であった。
放課後の教室に残り、原稿の暗記を行っているとドアが開き、誰かが教室に入ってきた。
時刻は午後六時。部活動ことあれど教室に居残る生徒はほとんどいない。ドアの方を向いてもシルエットしかわからなかった。
「誰?」
「あら、誰かと思えば水無月くんじゃない」
「その声は、三枝か」
艶のある黒髪をストレートに流した彼女は僕をじっと見て、その口元に弧を描いた。
「明日の会長選、覚悟しなさいね」
「いやー、僕としても負けられないからなー」
「まあ、今回は落選しても副会長の候補者がいないからスライド制よ。だから安心しなさい」
今の僕からは考えられないことだが、当時の僕は彼女のことがあまり好きではなかった。
気が強く、自分が失敗するなんて微塵も考えない絶対的な自信を持つ彼女はどちらかといえば苦手な人間であった。
『生徒会長は、三枝皐月さんです』
そんな放送とともに彼女に向けての拍手が響き渡る。
「あー、副会長かー」
思ったよりも空虚な声が漏れた。
生徒会の仕事は思ったよりも難しかった。
先生方の傀儡だと勝手に思い込んでいたが、実のところ結構忙しかった。
それだけならまだ良かったのだが、僕と同じようにその忙しさのギャップにやられた生徒会役員は一人、また一人と生徒会に来なくなった。
「三枝。どうしたらいいんだろうね」
「人が来ないのよね……」
活動していたのはほとんど僕と皐月だけだった。僕は書類の束をトントンとやって整え、机の脇に置く。
「特に今の時期は体育祭があってすっごく忙しいのに」
僕はため息をつくと、皐月が弾かれたように椅子から立ち上がった。
「行ってくるわ!」
「行ってくるって、どこに?」
皐月は鼻息荒く生徒会室を飛び出した。
あっけに取られた僕だが数秒で我に返る。
そして彼女を追いかけた。
「ちょっと!」
彼女の前には野球部の生徒がいる。生徒会役員の一人だった。
「あのねえ!生徒会の仕事を手伝いなさいよ!」
夕暮れに彼女の鋭い声が響いた。
その野球部員は一瞬びっくりしたように目を丸くした後、けろりと笑った。
「いやー、だってさほら、俺は野球部で最後の大会を控えてるわけで。三枝さんは帰宅部でしょ?それに、俺が参加したところでなんの助けにもならないし?」
きっと彼に悪気は一切ないのだろう。ただ、それにカチンと来たらしい皐月はプルプルと震えて大声を出した。
「ねえ、じゃあなんで生徒会に立候補したのかしら?確かに生徒会をやってたってことは先生からの信頼度アップに繋がるから内申点にちょっとは影響するでしょうけど!当選してはい終わり!?馬っ鹿じゃないの!?当選しなかった子達が可哀想だわ!それくらいなら仕事効率は悪いけど真面目にやってくれる水無月くんの方が100倍マシよ!」
皐月の怒涛の声に彼は一歩退いたが、途端にニヤッと気味の悪い笑みを浮かべた。
「へえ、そう。水無月の方が100倍マシ、ゼロに何掛けてもゼロだろ?そんくらいの計算もできないんだ。会長。あ、それとも水無月も役に立たないってこと?あ、そっかそっかー!まあ確かになんでもできる完璧会長には手助けすらも足手纏いだもんねー!」
そう言ってそいつは皐月に手をひらりと振って立ち去った。
彼女はグラウンドの隅で固まったように動かない。
そっとしておくべきか、話しかけるべきか、僕には何もわからなかった。
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