第101話 最高のライバル②
「あかねー!」
大樹は彼女に呼びかけながら観客席へと走る。
観客席に近づくと茜がクラスメイトの隙間を縫って出てきた。
「大樹君、どうしましたか?」
「茜がお題だから着いてきて!」
「えっ、あっ、ええええええ!!!」
口をあんぐり開けて驚愕の声を漏らす茜の手を固く掴んで走り出した。
僕は必ず決めなければならない。
「皐月!」
彼女は運営側の人間であるので生徒会のテントの中にいるはず。
全力で加速してそちらに向かい、スタイルの良い彼女を探す。
「あら、楓哉、そんなに慌ててどうしたのよ」
テントの下でお茶を飲んでいた彼女はじっと僕の方を見た。
口の中がひどく乾く。僕はお題の紙をきゅっと握りしめて皐月に告げた。
「着いてきて」
「あら、私がお題なのね。何がお題なのかしら?」
「後で言う」
皐月は明日から立ち上がって僕の隣に来た。
遠くを見ると大樹が佐渡さんを連れて走り出したところだ。
その様子に原因不明の焦燥を感じて、気づけば体が動いていた。
「キャッ」
可愛らしい声が腕の中で聞こえる。皐月を横抱き、いわばお姫様抱っこにして走り出す。
「ちょ、ちょっと楓哉?その……重くないかしら?」
「平気。これでも鍛えてるからね。一位取りたいからもっとスピード上げる。しっかり掴まっててよ!」
「え、ええ……」
僕は全力で足を動かした。
「おお、やってんねー」
「あのお二方とっても仲良いですもんね!」
大樹は茜の手を引いて走りながらゴールからの距離が同じくらいにいる皐月をお姫様抱っこで運んでいる楓哉を認識した。
「茜」
「はい、なんでしょうっ!」
「俺たちもあれやるぞ」
「……ええっ!?キャッ!」
彼女の小柄な体躯を抱えて走る。
楓哉がこのレースで一位を取れば覚悟を決めた親友はきっとその場で告白をするだろう。
大樹としてもそれは喜ばしいことである。
しかし、だからといって八百長をする気にはならない。
仮にそれで勝ったとして楓哉は気づくだろうし、なんなら大樹自身の寝覚めが悪い。だから、本気で走る。
二人の戦士は互いの姫を抱えて戦場を駆る。
両方がお姫様抱っこという珍しい体勢であるからか会場のざわつきがかなりこちらに向けられる。
楓哉たちと並ぶ。
「楓哉。勝負だ!」
「ああ!もち、ろんっ!」
大樹は茜の抱きかかえ方を直して彼女に伝える。
「(しっかり掴まってろよ)」
「(はい)」
そして───────
「『それでは第一着、水無月楓哉さんのお題を確認します』」
「ごめん……負けた」
「いえいえ、私は気にしていませんよ。それに、大樹君のお友達にとってこれは大きなイベントですから」
楓哉に普通に負けた大樹は二着でゴールし、楓哉のお題公表を聞いている。
「『おおっーと、これは、【背中を預けられる人】です!水無月楓哉さん!理由をお聞かせください』」
そのお題にざわめきが大きくなる。皐月はびっくりしたように目を剥いていた。
生徒会役員の男子生徒からマイクを受け取った楓哉は真剣な目で答えた。
「『僕は中学生の時彼女とともに生徒会長、副会長を勤めていました。その時の彼女の真摯な姿勢とどんな時でも全力で最後までやり切る情熱が素晴らしいと思いました。だから僕は彼女に背中を預けることができます……皐月もそう思ってくれてると嬉しいですが』」
親友のいつになく真面目な口上に大樹は満足げに微笑んだ。
その後、他の走者のお題の確認が行われて、二年生の借り人競争は無事に幕を閉じた。
ただ数名無事ではない人がいる。
「なあ楓哉。ほら、落ち着けって。まだ終わったわけじゃないんだから」
「うぅっ、ぐすっ、終わりだぁ……」
退場した途端に泣き出した親友の背中をポンポンと叩く。
(まあ、確かに皐月表情筋一切動いてなかったもんな)
想いのかなり籠っていた楓哉の口上を聞いていても皐月は横で微動だにしていなかった。それに楓哉は気づいていたのだろう。
まあそんなわけで豆腐メンタルになってしまった親友だが……
大樹は少し離れたところを見る。その様子に苦笑した。
「皐月泣きすぎだよー。そんなに嬉しかったの?」
あたしは号泣している親友の頭を撫でる。むう、背が高い。まあ届くけどさ。十センチくらいしか変わらないし。
「ひぐっ、だって、あんなにかっこいい楓哉見たことなかったもの……」
空手の大会とかすっごいかっこいい技とか決めてたりするけどなぁ。最近は見れてないけど武道大会の決勝とかすごかったもん。
まあ、それよりも今回の方がかっこよかったと。確かにあの真摯な目はすごかったね。タジュ一筋なあたしも一瞬ときめいちゃったしね。
さすがに楓哉を狙う気はさらさらないけどさっ。
「それで、皐月。どうする?」
「うぅぅう……楓哉ぁ」
なんかすっごい泣いてる。春ですなぁ。あたしはしみじみと思いながら皐月の背中をポンポンと叩いた。
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