第100話 決戦!借り人競走!

 結論、すっごく地味だった。

 確かにとても飛ばす生徒がいてその時はそこそこ盛り上がったが、他の種目に比べると圧倒的に盛り上がりに欠けていたのと、次の種目にリレーがあったので人気のほとんどはそちらに吸われてしまっていた。


 まあその地味な種目で三位というこれまた地味な順位を取った大樹はしばらく何をすることもなくクラスの待機場所に座っていた。


「お疲れ様です」


 そんな声が上から聞こえて大樹は振り返る。するとちょうど茜は大樹の隣に座ろうとしていた。

 茜が大樹の横に体育座りをして髪の毛を払う。


「今のクラス順位ってどれくらいですかね?」

「さあ、でも今のところみんないい感じの順位とってるから上の方にはいるんじゃないか?」

「だと良いですね」


 茜の次の種目は障害物競走だそうで、どうやら跳び箱以外はなんとかなりそうらしい。


「正面衝突だけしないようにな。勢いが出てるとめっちゃ痛い」


 大樹がそう声をかけると彼女は不満げに頬を膨らませた。


「私をなんだと思ってるんですか……」


 その頬風船に指を優しく押し込んでいく。彼女の柔らかい頬が少し凹み、『ふすぅ』となんとも可愛らしい音を立てて口から空気が漏れ出た。

 その様子に軽く微笑むと茜も眉尻を下げて表情筋を緩めた。


「えへへ……」


 二人で、見つめ合う。




「あのー、茜先輩と草宮先輩。そろそろ現実に帰ってきてくるっす」

「「!?!?!?」」


 二人して勢いよく声の方を向く。そこには金髪系後輩女子である羽村が呆れたような目でこちらを見てきた。

 羽村は目を細めて大樹と茜に伝える。


「先輩たちが二人っきりの世界に入ってるせいで他の方々が近寄れてないっす」


 その言葉に大樹は周りを見渡して勢いよく立ち上がった。

 待機場所となるブルーシートの周りにはずらりとクラスメイトたちが並び皆一様に温かい目をしていたのであった。




 茜が障害物競走をなんと二位で終わらせ、その後訪れた休憩時間が終わった後。


「『二年生借り人競争に出場する選手は待機場所に移動してください』」


 そんなアナウンスが聞こえて大樹はゆっくりと立ち上がる。


「んじゃ、行ってくるわ」

「はい。頑張ってください」

「おっけ。いい感じのお題引いて一位とってくるわ」


 茜からの応援を受けて大樹は借り人競争の待機場所に向かうのであった。




 借り人競争。全長100メートルのコースの50メートル地点に置かれた紙の裏に書かれた条件に当てはまる人を連れてきて一緒にゴールする種目。

 一度に五人が走るが、もし条件に合う人がいなかった場合、一度本部まで走り『救済お題』を回収しなければならないというルールがある。


 ただ、例年救済お題を使うまでもなくクリアできるお題だらけであるのでそれが使われることは三年に一度くらいであるらしい。

 しかも直近で救済が使われたのは学校一背の低い生徒が『自分より小さい人』を引いた時だというのだから。

 つまり相当変なお題が出ることはないと考えていい。


 一緒に走る選手を見ると、まさかの顔があることに気がついた。

 なぜか楓哉がいる。障害物競走で無双し、二人三脚を驚異的な速さで終わらせた秦明の誇る運動神経がなぜかいる。

 大樹は親友に駆け寄った。


「なんで借り人出てるんだ?」


 すると楓哉は苦笑いして答えた。


「いやー、補欠として立候補してたらさ、まさかの出場になっちゃったよ」

「ほお。良かったな」


 色々と含みを持たせた声色で伝えると意味を理解したのか楓哉は目を丸くした後、眉を顰めた。


「これはお前が『大事な人』引くフラグだな」

「さすがにそれは……」

「覚悟は決めてあるよな?」


 大樹は先ほどの笑いを含んだ口調ではなく、真剣で重い口調でたずねる。


「まあ、そりゃもちろん」

「なら良かった」




 ピストルの音が響き、大樹はスタートを切る。

 この競走は運要素が強すぎるので全力で走るメリットがかなり低い。ゆえに最初は皆ゆるいスピードを保っている。


 50メートル地点に置いてある机に一番乗りでたどり着いた大樹は手元にあった紙を取り上げて裏返す。

 目に飛び込んできた文字列を小さく読み上げる。


「えっと、『背中を預けられる人』?」


 その条件に当てはまりそうな人を頭の中で数人思い浮かべる。

 茜、楓哉、美羽、皐月、寺田……


 条件的には楓哉が一番適しているかと考えて大樹はちょうど紙を取り上げた楓哉に声をかける。


「楓哉がお題だった!」

「まじか。ごめん僕困ったお題引いたからゴール厳しい!」


 楓哉は紙を見てため息をついた。もう他の生徒はそれぞれお題の人物を探しに走り出している。


「何引いた!?」

「『ギャップ萌えする人』!」


 どうやら本当にとんでもないお題を引いてしまったらしい。

 楓哉の親しい人にあたるいつメンたちは基本的に裏表がなく、ギャップなるものがあまりない。

 そして見知らぬ人のギャップを知るなんてこの時間じゃ無理だ。


 そんなところで降って湧いた妙案。大樹は目を見開き、自分のお題の紙を楓哉に押し付けた。


「お題交換するぞ!」

「え、良いの!?このお題やばいけど!?」

「お前が皐月を連れてゴールするのが条件っ、だ!」


 大樹は楓哉のお題、『ギャップ萌えする人』を連れて行くべく地面を蹴った。





次回更新

9月18日予定










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