第99話 ラグナロク!
「……いやいや、さすがにね?確かに茜が傷つきそうになったら本気で庇うけどいなくなるまではしないって」
大樹は軽く笑いながら答える。茜の精神が壊されそうになったらそれを全て肩代わりするし、何か怪我しそうになったら全力で庇う。その時に骨折までは許容範囲だと思っている。
もし茜が命の危機に直面したら───────
いや、考えないでおこう。現実に起こってしまった時が恐ろしい。
大樹の言葉に茜は安心したように頬を緩ませ、デザートの大学芋を一つ食べた。
その様子をじっと眺めていると茜がキョトンとしながらこちらを見てきて、次の瞬間目を見開いた。
途端に慌てだす彼女に大樹はどう声をかけるべきか迷っていると茜が大学芋にフォークを突き刺してこちらに持ってきた。
「茜?」
「そ、その、あーん、です……」
「え」
「大樹君も食べたいのでしょう?さっき物欲しそうな目をしていましたよ?」
どうやら普通に茜のことを眺めていただけなのだが勘違いされているらしい。
突き出されたフォークと茜の恥ずかしそうな顔。ここで本当のことを伝えたらどうなるのか。
絶対面白い反応をしてくれるだろうし、それを見てみたい気持ちも強いが、茜からの「あーん」をやってみたい気持ちの方が強くて───────
大樹は躊躇なくその大学芋を口で受け取った。
フォークが引き抜かれるのを待ち、ゆっくりと咀嚼する。
途端に口に広がる強い甘みに咳き込みそうになりながらも飲み込む。
「茜、ありがとう」
「どどどどどういたしまして!!!???」
「落ち着け落ち着け。どが多い」
彼女は机に顔を伏せてプルプルと震えている。やばい、かわいい。
大樹は自分の手元にあるミルフィーユに目を落とした。先ほど届いたばかりで一切手をつけていないそれの先端に大樹はフォークを押し込み、取り上げる。
それをいまだにプルプルしている茜に向けて一言。
「ほら茜」
そう呼びかけると彼女はゆっくりと顔をあげる。
「どうしましたか?」
「はい、あーん」
「んえええっ!?」
茜のびっくりした声が『メヌ』に響き渡るのだった。
「ふふふふ。さあ、始めようか。
「「「「……」」」」
「ねえ、何か言ってよ。これだと私が痛いことを言ったみたいじゃないか」
「先生。自覚あったんですね」
体育祭を『ラグナロク』と呼ぶ30代女性のどこが痛くないと言うのか。しかも無駄にそれっぽい口調になって教室を薄暗くしてからのそれだ。
ゴールデンウィークが終わって数日。体育祭当日となった。
大樹達二年一組は教室でのホームルームを終え次第グラウンドに集合する。
そのホームルームの先生の締めの一言が例のラグナロク発言だった。
「さあ行け
「「「「……」」」」
「また私が痛いことを言ったみたいじゃないか!?」
先生の悲痛な叫びが響いた。
先生の言うラグナロク(笑)である体育祭だが、あながち間違いではない。
盛り上がり方がえげつないのだ。どの種目に対しても全力の盛り上がりを見せるこの体育祭。
「『では、第一種目、二年生女子100メートル走に参加する選手の皆さんは待機場所に移動してください』」
それが今、始まった。
「美羽はっや……」
茜が出るという二年生女子の100メートル走の観戦をしているのだが、真っ先に飛び出た感想がそれであった。
クラウチングスタートを綺麗に決めた美羽はフォームを一切崩すことなく一気に加速。二位の女子生徒と5メートルほど差をつけた。
茜はどうやら六人中の五位を必死に走っているらしい。ひどくぎこちない動きで必死に前へ前へと足を踏み出している。
「茜!頑張れー!」
大樹は手をメガホンのようにして彼女への応援をかける。
「佐渡さーん!いいよいいよー!!!」
「茜さん!」
体育祭の観戦場所は基本的に自クラスの持ち場に限定される。だから、この周りにいるのは一組の生徒だ。まあこれは基本的なものであり、途中からはクラスの枠組みから解放されて自由なものとなっていく。
茜の走るリズムが少し変わったように見えた。
ピストルの音が響き、私はクラウチングスタートの姿勢から足を踏み出します。
隣を走る美羽さんは凄まじい勢いで加速して気づけば独走していました。
私は運動なるものをまともにした記憶がほとんどないので足はとても遅いです。
でも頑張ってなんとか五位をキープしています。四位の子とは数メートルほど離れています。
できるだけ追いつかないと……
その時、大好きな人と大切な友達からの声援が聞こえた気がしました。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゲホゲホゲホッ!……」
「茜ちゃん大丈夫!?死にかけてない!?」
「へ、平気です……ゲホッ!」
失策です。無理しすぎました。その甲斐あって四位に順位を上げることができましたが、息切れと咳が止まりません。
競技が終わり退場すると美羽さんが駆け寄ってきて背中をポンポンと叩いてくれています。
「にしてもすごかったねー。途中から急に早くなったじゃん。あたしくらい、とは言わないけど陸上部でもちょっとは戦えるレベルのスピード出てたよ!さすが愛の力、ってところかな」
「ハァ、ハァ……応援の力ってすごいんですね」
死にかけの私と余裕たっぷりの美羽さんはそれからも会話を続けていました。
そんな時、スピーカーから声が聞こえます。
「『二年生男子ジャベリックスローに参加する選手の皆さんは待機場所に移動してください』」
「!!!」
「茜ちゃん!行くよ!」
大樹君の種目です。私は美羽さんに手を引かれてジャベリックスローの競技場所に向かうのでした。
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