第98話 茜ちゃんと映画館
部誌の作業は文芸部員の中ではまだパソコンを扱える方である大樹が文芸部用のホームページを作成することになり、そちらの作業に追われていると気づけばゴールデンウィークを迎えていた。
「えへへ。お待たせしました」
「ん。時間に余裕はあるからゆっくり行こうか」
「そうですね」
ゴールデンウィーク二日目。大樹が駅前でスマホを触っていると人混みを抜けて茜がやってきた。
今日は茜がハマっていた小説の映画が上映されているとのことでそれを見に行くことになっている。一応どんな物語なのか興味を持って調べてみたところ、現代ファンタジーの恋愛ものであった。
「ヘルファイにハマって同時に現代ファンタジーにハマってしまいまして……」とは茜の談である。
と、まあそんなわけで映画デートである。
「むぅ。迷いますね」
「席結構空いてるな。どうする?」
大型ショッピングモールAtOmの隣に併設されている映画館にやってきた二人は券売機の前で悩んでいた。
具体的には映画の席をどこにするのかという問題である。
「後ろも良いですが前の方も捨て難いですね……」
茜がむむむと唸っている。思ったよりも真剣な表情をしていた彼女の横顔はとても綺麗だった。
なかなか決まりそうにないので大樹も茜の横顔から目を離し、券売機の画面に目を向けて、ふとそれに目を止めた。
「茜。どう?」
それを指差しながら聞いてみる。茜の視線が大樹の指先を追い、その先に止まる。
「はっや……」
その瞬間の茜の動きは非常に早かった。すごい速さでそのパネルをクリックする。
「ふふふ。いいものありました。大樹君。ありがとうございます」
排出口から出てきた二枚のチケット。『カップルシート』と書かれたそれの一枚を大樹に手渡した茜はとろけた笑みを大樹に見せた。
「なんだか、ドキドキしますね」
「ああ、俺もだ」
大樹と茜は最前列にあるその巨大なソファのようなそれに寝転がっていた。
初めは律儀に座っていたのだが隣のカップルシートに入った大学生らしきカップルは悠々寝転がっていたのでそれを真似した次第である。
茜の隣に座ったことは何度もある。二年生になってからはないが一年生の時は隣の席にいた。
電車に乗る時もよく隣の席に座った。
ただ、隣で寝転がるなんてあの昼寝の時以来だ。
「なんでそんなに距離取るんですか?」
間に人を一人挟めそうなくらいに距離をとっていると茜が寂しそうな目でこちらを見てきた。
その様子に慌てた大樹は真ん中に寄った。
「ごめんな茜。これで良いか?って、普通にくっつくんですね」
「もしかして、嫌でしたか?嫌なら離れますよ?」
そのどうしても寂しそうな目にさせた責任は大樹にあると確信して、大樹は心の中で猛省しながら彼女をギュッと抱き寄せた。
「始まるまではこうさせてくれ」
柔らかく、華奢な体躯を抱きしめるとそこに感じるのは確かな温かさ。
茜は安心したかのように全身を弛緩させて抱きしめ返してくる。
「えへへ。もちろん良いですよ」
周囲の明かりがだんだんと暗くなっていく。そして気づけば彼女の顔しか見えなくなっており、大樹はそれに吸い込まれるようにし、茜も目をぎゅっと閉じて不器用に少し唇を突き出して───────
『no more 映⚪︎泥棒!』
そんな例の広告に大樹と茜は現実に引き延ばされて弾かれたように前を向く。
頭カメラの男が警備員に捕えられたその姿を二人(特に茜)は忌々しげに眺めていた。
『絶対に、捩じ伏せる……!アイツを傷つけさせるものか……!』
クライマックス。傷まみれでフラフラになりながらも彼は立ち上がり、拳を固めて敵に飛びかかる。
瀕死になりながらも音速を超えるその一撃を敵は難なく回避する。
『っ!まだまだぁ!』
彼は自分に残った最後の魔力を解放し、命を代償とする一撃を構える。
それは、絶対に守り抜くと誓った最愛の恋人のために───────
「うぅ、ぐすっ……悲しいです……!すっごく切ないです!うわああああん!」
「茜。泣くのはわかるが、ここで泣くな。せめて映画館から出るまで待て」
「うわあああああん!」
映画のクライマックスから鼻を啜る音が至近距離から聞こえてはいたのだが、ちらっと見たところそこまで泣いてなかったはず。
ただ、映画が終わって人が段々と出ていったところで茜の涙腺が決壊した。
先ほどから大樹の胸に頭を押し付けて大声で泣き続けている。
なんと驚け。バレンタインデーの出来事以上に大泣きしている。そんなにこの映画が悲しかったのだろうか。
確かに切ない展開だが、主人公の決意はすごく納得がいくもので、主人公は死んでしまったが結果として恋人を守り切れたのだから大樹はむしろ晴れ晴れとした気分である。
「だって、あの主人公大樹君にすっごく似てるんですもん!」
場所は変わって『メヌ』店内。二人で昼食をとりながら茜と先ほどの映画の感想を語り合っていた。
その中でなぜ茜があんなに大泣きしたのかと聞くと返ってきたのがその返答であった。
「似てるとは思えないけど、それがなんで泣く理由になるんだ?」
「似てます!大樹君はいつも自分のことじゃなくて他の人のことを真っ先に考えてます!それに、その、大事な人のことになるとすぐ無茶するところとか!」
自分で『大事な人』と言って恥ずかしくなったのか茜は目を泳がせる。
「その、すっごくかっこいいんですけど、怖いんです……」
茜はその途端再び泣き出しそうな顔になりながら告げる。
「もしかしたら、あの映画みたいに大樹君も何かを庇っていなくなるんじゃないかって」
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