第103話 親友の思い出②

 どれくらいそうしていただろうか。皐月がゆっくり振り返った。

 そして僕のことを視認して再びそっぽを向く。


「三枝。遅かったから見に来たんだけど、どうしたの?」


 何も知らない体で彼女に話しかける。


「みなづきくん……」


 弱々しい声。僕は駆け足になって彼女に近づいた。彼女はゆっくり振り返る。


「ねえ、私ってなんでこんなに人に対して高圧的に出ちゃうのかしら」

「分からないよ。でも、困ることもないんじゃない?将来就職して上司とかに対してしない限りは」

「そうね。でも、さっき失敗しちゃったわ。生徒会の子に来てって言いたかったのに……また私が変な態度取るせいで……」

「三枝?」


 彼女の声は震えていた。今にも泣き出しそうで、壊れてしまいそうな声。


「ごめんなさい。水無月くん。私のせいで貴方の時間をとっても多く使わせちゃったわね。明日から貴方も生徒会の仕事を手伝わなくてもいいわよ」

「それは僕が役に立たないからってこと?」

「いえ、そんなわけないわ。でも、私が頑張るから。貴方も無理しなくていいのよ」


 皐月は自分の感情を殺したかのように淡々と告げる。そして見せた笑顔。その痛々しさに息苦しさを感じた。


「いーや、明日からも行くよ」

「え」


 皐月は驚愕に目を見開く。そんな彼女に僕は続ける。


「さすがに友達が頑張ってるのを見て見捨てるようなクズではないからね」

「友……達……」


 彼女は今まで孤高でいたのだろう。その有能さゆえに誰も隣に並べず、ただ一人で問題に立ち向かう。

 二週間ほど彼女と生徒会をしてその姿を何度も見た。

 毎回それはかっこよかったが、その背後に見える寂しさが気がかりだった。


「まあ、一人で抱え込むなって」


 それに、その健気な姿に僕は惹かれていたのだろう。彼女がいつか安心して僕に寄りかかってくれるように、そんなことを願いながら僕は夕暮れの中彼女の頭をぽんぽんと叩いた。




「──────────────あの日から、ずっと好きだった。一人で凛と佇む姿がかっこいいと思った。テストの点数が良かった時にドヤ顔で自慢してくるのが可愛いと思った。君の声が心地よかった。だから僕と付き合ってほしい」


 皐月から目線は外さない。ゆっくりと、心から漏れ出す言葉に任せて僕は彼女に手を差し出した。


 どこまでも続くような時の中、皐月は一度目をぎゅとつぶり、泣きそうな顔を見せた。


「楓哉ぁ!」


 そうして彼女は僕の腕に飛び込んでくる。


「私も!私も好きよ!」


 僕は腕の中で泣き続ける彼女をゆっくりと抱きしめた。彼女の重みをしっかりと感じながら。




「春だなぁ」

「だねぇ」

「ですねぇ」


 大樹たちはグラウンドのベンチで喋っていた。

 先ほどの楓哉の大立ち回りを見た後お互いしか見えていなさそうな彼らを放って自販機でジュースを購入。三人で気の抜けた会話を楽しんでいた。


「にしても、あの楓哉イケメンすぎんか」

「だねー。どこ行ったんだろあのヘタレメガネは」

「確かにさっきの水無月君はすごかったですね」


 なんというか、キラキラが周りに浮かんでたように見えた。


「にしても、これであたし以外全員恋人持ちかー。早くあたしにもいい人が見つかりますよーに」


 美羽はなんて事のないようににへらと笑いぐぐっと伸びをした。


「美羽さんは可愛らしいですしすぐにいい人が見つかりますよ」

「えー、でももうタジュがめっちゃ良いって知っちゃってるから今のあたしのハードルめっちゃ高いよ?」

「大樹君より良い人……確かに、すっごく難しいですね……」

「二人とも俺をなんだと思ってるの?俺そんな大した人じゃないんだけど」

「違います!」「それは違う!」

「お、おぅ」


 その後、大樹は二人に「無駄に自己肯定感が低い」と言われて褒め殺されるのだった。




「おはよう茜」

「あ、大樹君。おはようございます。今日は文芸部があるので忘れないでくださいね」

「おっけー」


 体育祭が終わって二週間が経った。いつもと何ら変わらぬ平穏な日常を送っている大樹はいつものように彼女と待ち合わせをしていた。


「そろそろ今月も終わりますね」

「そうだな。というか恋人内定になってから三ヶ月も経ったのか」

「ほんとですね……びっくりです」


 茜は大樹の方をじっと見て、目が合うとすぐに俯いた。


「その、大樹君。縁ちゃんの修学旅行は次の土、日、月でしたよね」

「そうだな。じゃあ聞くけど本当に来る?その、二人きりとか嫌じゃないか?」


 もし何かがあった時に強く傷つくことになるのは茜だ。もとよりその何かを起こすつもりはさらさらないが。


 だから大樹はその確認を彼女にとったのだが……


「絶対に行きます!大樹君とお泊まりします!」

「お、おう……」


 そこまで勢いよく言われてはこちらが何かを言うのも野暮だろう。


 目をキラキラと輝かせている茜の頭を大樹はそっと撫でた。










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