第104話 茜とお泊まり会の始まり

「ハァッ!」

「甘い。そうしたら鳩尾がガラ空きじゃのう」

「まじかっ!」


 大樹は鳩尾に突き出された扇子を見てため息をついた。

 毎週通っている護身術の稽古。最近はようやく馴染んできたと思っていたところであった。


「大樹はのう、良くも悪くも空手に馴染みすぎとる。空手は素手じゃ。じゃがテレビでよく見る殺人鬼が素手なことがあるか?稀じゃろう。包丁、拳銃が主じゃ。素手の間合いに慣れておるとそなた、死ぬぞ」


 ずっしりと重たい声で告げてくる。

 確かに今のも木製の扇子で、しかも寸止めであったから何もなかったが包丁だったと考えたら致命傷だ。


「それにそなたには守りたいものがあるのじゃろう?なら、守らねばならん」

「はい」

「ほう、良い目じゃ。では、もう一度行くぞ」


 大樹は齢九十を超えながらも大樹以上に動く老人と向かい合った。




「見てたけど大変そうだね」

「……割とマジで死にかけた」

「今までに何回死にかけてるのさ」

「分からん。それに実戦ならその中の半分以上は死んでる」


 大樹と楓哉は道場終わりに自転車を漕いでいた。


「でも大樹の動きが最近人間を超えてきた気がする」

「だと良いんだけどな。まあそんな甘くないだろ。相手が包丁持ってきたら多分厳しい」

「大樹は何と戦ってるんだよ……」


 護身術を修めたところで役に立つ機会はそこまでないだろう。ただ、何が起こるかわからない世の中だ。自分と、大事な人は守れるようにしておかないとな。

 夜風が顔に当たる心地よい感触を味わいながら二人は岐路を辿るのだった。




「じゃあ兄さん。行ってくるね」

「おう。ちゃんとお土産よろしくな」

「へーい」


 そんな気の抜けた声と共にキャリーケースを携えた縁が家を出た。時刻は午前五時。今日から彼女は二泊三日の修学旅行である。行き先は東京方面。


 ドアが閉まる直前に縁がひらりと手を振ってドアが完全に閉まる。


 一人になると途端に緊張してきた。

 何度も深呼吸をして心を落ち着かせる。


「っと。茜が来るまでに色々と用意しないとな」


 大樹はまず手始めに自分の部屋の片付けをすることにした。


 ユカリ 『そういえば兄さん、今日茜さんとお泊まりなんでしょ?』

 ユカリ 『ボクのベッドを茜ちゃんに使わせてあげて』

 ユカリ 『まあ、兄さんと同衾しても良いけどさ』

 ユカリ 『でも中学生のうちにボクのことを叔母にしないでね』


 三十分ほど部屋の片付けをしていると縁からRIMEが来ていた。


 その内容に余計なお世話だと感じた大樹は一応縁の部屋に入った。


「うわ、すっげえきたない」


 床に本が散らばり、ジャージやズボンがベッドに放り出されている。


「よくあれで生活できるな。というか煌くんが家に来た時どうするつもりなんだ……」


 大樹 『縁。お前の部屋どうなってるんだよ』


 縁にそう連絡して大樹はそっと部屋を出た。




 アカネ 『今から行きます』


 お昼ご飯のカップ麺を啜っているとそんな連絡が来た。


 それに『了解』と返信してとりあえず最終確認を行うためにカップ麺を急いで食べ切った。




 何をするにも手持ち無沙汰で何も考えずにテレビをつけて眺めているとインターフォンが鳴った。


 直後にスマホに通知。


 アカネ 『着きました』


 大樹はソファから立ち上がってドアノブに手をかけた。


「こんにちは。大樹君」


 ドアが開くと、そこには水色のワンピースに身を包んだ少女が立っていた。短い袖からは白くて細い腕が伸びている。その肩には大きめのバッグがかかっている。

 その姿はこの暑い中でも涼しげであった。


「その服、似合ってる。好きだ」


 正直な気持ちを告げると彼女は途端に慌て始めた。


「そ、その……!急に『好き』とか言わないでください……!びっくりしちゃいます」

「ん、ああ、ごめん。なら今から好きって言うわ。あかね───────「ちょっと!?そういう問題じゃないです!」ごめんごめん」


 ちょっとからかいが過ぎたかもしれない。大樹はぺこりと頭を下げた。


 そうして顔を上げるとそこには熟れた桃のような顔の茜がいた。


「まあ、立ち話もなんだし、上がって上がって」


 大樹は彼女を家に招き入れた。


「お邪魔します……」


 綺麗に靴を揃えてリビングに上がった彼女はキョロキョロと辺りを見渡した。その彼女の横を通り抜けてキッチンに向かい、二つのコップに麦茶を注ぐ。


「ほい」

「あ、ありがとうございます」


 その一つを茜に手渡した。




「……えーっと、何する?」

「何しましょう?」


 先ほどから十分ほど無言の時間が続いていた。簡単な理由としては、主に大樹がガチガチに緊張しているからだ。

 なんだかんだで茜が大樹の家にやってきたのは初めてである。故にその大きな違和感が大樹を緊張させている。

 逆も然り。茜も大樹の家に来たのは初めてなので決して小さくはない緊張が伺える。


「その、茜が嫌じゃなかったら、なんだが……」


 大樹は一つの提案を口にする。


「今からどこかに出かけないか?」

「はい!でしたら、海を見に行きませんか?」


 茜は満面の笑みだった。





次回更新

9月24日予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る