第105話 共同作業

 茜の提案で海を見にいくことになった。


 大樹たちが住んでいるのは海あり県の海あり市であるが、その中でも内陸部に位置するため歩きで行くとそこそこ遠い。

 というわけで駅から港行きのバスに乗り込むというルートをとることにした。




「ふう、少し暑いですね」

「だな」


 駅までの道を歩く。現在時刻は午後一時。五月末の日差しはやはり少し暑い。


「大樹君も暑いんですか?」

「俺結構暑がりでさ」

「なるほど。では、どうぞ」


 茜はそう言って左手を差し出してくる。


「いや、茜も暑いんだろ?手を繋いだらもっと暑くならないか?」

「いえいえ、私の平熱って低いんですよ。だからほら、どうぞ。ひんやりしますよ」


 茜は純粋な笑みを浮かべて大樹を見上げる。

 その左手が目の前でゆらゆら揺れている。

 大樹はそっと彼女の手に触れた。柔らかい手のひらが指先に当たる。

 大樹はそのまま手のひら同士を合わせて、指を互いに絡ませた。


 なるほど、確かに少し冷たい。


「えへへ……」


 茜は表情を緩めてその素通しメガネの奥から柔らかい目線をこちらに向けてくる。その頭を自由な左手でそっと撫でた。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 大樹は彼女の手をそっと引いた。




「大樹君!海です!海ですよ!」

「おお分かった分かったから引っ張らないで!」


 駅からバスに乗り十分ほど揺られてたどり着いた海辺。

 そして茜は海が好きなのだろう。大樹の手を思い切り引いて走り出した。

 その勢いに大樹はそのまま引っ張られていき思い切りはしゃぐ茜に腕をブンブン振られた。


「茜。一旦落ち着こっか」


 大樹は苦笑いしながら告げると彼女は目をまんまるにして硬直した。


「……!これは、失礼しました」


 こほん、と彼女は咳払いを一つ。


「大樹君。海か山かどちらが好きですか?」


 この質問にはどう答えるべきか。大樹は『山』派である。理由としてはシンプルで、自分の名前に含まれている『草』も『大樹』の両方ともが山にあるものだからである。

 ただ明らかに茜は『海』派であろう。


 正直に答えるべきか。大樹はその結論を出した。


「山かな。俺の名前に入ってるものが山関係だし」

「そうですか。あ、もちろん私は海の方が好きです」

「……」

「……」

「まあ、俺と茜はもちろん違う人間だから好みとかが合わないこともあるでしょ」

「で、ですよねっ!」


 茜はちょっと必死なように見えた。ただ、ちょっと頭を撫でるとすぐに表情を緩めた。

 と、思っていたら茜は少し眉を寄せた。


「子供扱いしてませんか?」

「いや、ちゃんと同年代の可愛い女の子として扱ってる」


 撫でる手はそのままに茜に伝えた。茜は目を細めて大樹に寄りかかる。


「大樹君はかっこいいですよ」

「ありがとな」




 海でしばらくゆったりとした時間を過ごした後、大樹と茜は家に戻ってきていた。

 壁にかかった時計を見ると午後四時。実に二時間くらいを海辺で過ごしたことになる。


「大樹君。夜ご飯のことですが、どうします……?」


 大樹も茜も普段から料理をしているわけではない。大樹は最近流美さんが来てくれる時以外は縁と交代で料理を作ってはいるが、それでもやはり頻度は少ない。


「ああ、俺が作るよ。俺もそんなに上手くはないけどそこそこのものは作れるはずだから」

「……!大樹君の料理ですか!?ぜひ食べたいです!」


 茜は目をキラキラと輝かせて大樹の方に前のめりになった。

 ちなみに例の素通しメガネは外している。曰く、「大樹君しかいないので安心できます」とのこと。


 どうやら茜的には大樹は防護壁の内側に余裕で通してもらえるレベルらしい。

 そんな事実を再認識してちょっとくすぐったいようになりながら大樹はキッチンに向かい冷蔵庫を開けた。


「ちなみに聞くけどアレルギーある?」

「いえ、特には」

「おっけ」


 大樹はスマホの料理サイトから冷蔵庫内の材料で作れそうな料理をピックアップするのだった。




「まあ無難にカレー作るか」

「お手伝いします」

「うーん、まだ手伝いいらないかな。必要になったら呼ぶからそれまでゆっくりしてて」

「はい」


 キッチンにとてとてとついてきた茜を一旦リビングに帰してから大樹は材料を冷蔵庫から取り出す。




「手際がいいですね」

「おう。ありがと」


 小気味良い音を立てながらにんじんを刻む大樹のそばにいつの間にか茜がいた。

 茜は大樹の手元を斜め方向から眺めている。


 そのうちに野菜を全て切り終わり、それらを全て油を敷いた鍋に放り込む。


「じゃあ茜これ炒めてて」

「はい」


 大樹は解凍してあった鶏肉を冷蔵庫から取り出してはさみを鶏肉にいれる。

 一口サイズにカットしたそれらを茜がへらを忙しなく動かしている鍋に落として手を洗う。


「良い匂いですね」


 野菜と肉が炒められる匂いが漂ってくるのを感じながら大樹は計量カップに水を入れた。




 次回更新

 9月29日予定










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