第39話 Do you know?

 十月も終わりが見えてきた三十日の昼過ぎ、正門で立っていた大樹の頬を涼しい風が撫でた。

 そろそろみんな来る頃だろう。そう思いスマホに視線を落としたのが十分前。ようやく1人きた。


「素晴らしい!この私より先に着くとは」


 大樹はふっと顔を上げてそこにいた生徒会長をぼんやりと眺めて


「あ、こんにちは」


 ぺこりと頭を下げる。生徒会長はこちらに歩いてきて、しばらく辺りをキョロキョロと見渡して誰もいないことを確かめた後


「夕べはお楽しみでしたね」

「ゴフッ!」

「え、本当か!?茜ちゃんから其方と一夜を過ごしたと聞いたが本当に一線を越えてしまったのか!?」

「越えてません越えてませんから!」


 会長はふーんと全く興味なさげにスマホを取り出した。そして


「茜ちゃんからこんなのが届いてるんだけど?」


 そうして会長はRIMEの画面を見せてくる。そこには


『大樹君と二人きりで寝ちゃいました』

「思春期真っ只中の男女が二人きりで寝て何も起きないはず……」

「あるんですよねーこれが」

「あれ、寝るって……」

「そのままの意味でしょうが!」


 何度も追及をしてくる会長に大樹は呆れた目を向けた。というか茜なんで会長に教えた?


 大樹にとって永遠の疑問がここで生まれたのであった。




「ところで会長」


 昼過ぎと指定したためどれくらいの時間かわからず、とりあえず会長と二人で正門前で話している。


「なんだね」

「茜の過去について何か知ってますか?」


 これは綱渡り。人の過去に踏み込むという冒涜。そのギリギリを攻める。


 どうしても知りたいのだ。大樹にとってその踏み込みは必要なもの。そして、会長は少なくとも何かを知っている。だからこそのあの文化祭の時の発言。


「いや、私の知っている茜ちゃんは前からこの茜ちゃんだ。確かに中学時代辛いことがあったと聞いてはいるがそれが何なのか皆目見当もつかない。君が考えているであろう文化祭の時のことだが、あれは単純に傷を負った後輩と仲良くしてくれているのが君だというだけのことだからね」


 会長は困り顔を浮かべて、大樹の望まぬ回答をした。


「ただ、これはエゴかもしれないが、私は茜ちゃんに楽しく生きてもらいたい。可愛い後輩が背負ってる重みを少しでも分けてもらいたい」


 大樹は何も言わずにその話を聞いた。そして、会長は何事もないかのように大笑いして


「さあ、誰も来ないから先に私たちだけで準備を始めておこう。みんなには私から連絡しておくよ」


 よく考えたら昼過ぎとかいう曖昧な時間にしたから誰も来ないんじゃないの?と思ってしまった大樹なのであった。




 その十分後


 大樹と会長が準備をするために旧校舎資料室で飾りを取り出していると茜がやってきた。

 茜のその髪で隠れた目が会長を射抜き、


「先輩。ちょっと来てください」


 会長が茜の側により、それに茜が耳打ちする。途端に会長の表情が強張り、寒気を感じるほどの冷気が茜から放たれる。

 大樹は恐る恐る


「あの、茜さん?」


 会長は慌てたように


「いやえっとだな茜ちゃん。これにはチャレンジャー海溝よりも深くエベレストよりも高い訳があるんだ」


 何をそんなに会長は慌てているのだろう。




 茜ちゃんに手招きされ、私は後輩のそばに近寄る。すると、茜ちゃんはかなり冷えた声で


「昼過ぎって聞いたので来たら先輩は大樹君と二人きり。何してたんですか?」


 私はその微妙な変化に微笑ましくも思いながら、しかしそれでもいつも可愛い茜ちゃんがプチ怒状態の怖さが勝り世界で一番深い場所と一番高い山を使って言い訳せざるを得ないのであった。


(やっぱり茜ちゃんは可愛いなー)


 こんな可愛い子が髪で顔を隠すなんてもったいない。そう思ったが茜ちゃんには茜ちゃんの事情があることをわかっている私は何も言わずに草宮大樹くんと茜ちゃんの三人で準備を始めたのだった。




 途中生徒会も参加して大体十人ほどになったハロウィン準備は二時間ほどで終わった。


 廊下や教室には顔の形にくり抜かれたカボチャやフェルトのお化けが置かれ、ドアの上の方からは紫のビニールテープが大量に垂れ下がっている。


 準備に参加したメンバーはそれらを満足そうに眺めて、その中央にいた会長が腰に手を当て、


「まあこんなもので良いだろう!授業に支障が出てはいけないからな!」





 翌日、登校した大樹はクラスメイトがはしゃいでいるのを見て昨日の準備に満足していた。


「トリックオアトリート!!!」


 教室に入り、自席に座ると美羽が駆け寄ってきた。


「お菓子をくれなきゃ、い、た、ず、ら、しちゃうぞー!」

「はいトリート」


 大樹は一応いつも持ってきているお菓子、茎わかめを手渡した。

 美羽は手元の茎わかめと大樹とを見比べて


「えっ、お菓子持ってたの?それもなぜに茎わかめ……」

「茎わかめは常備品でしょ」

「それはタジュだけだよ!……あ、茜ちゃんだ!やっほー」


 大樹は教室の入り口の方を振り向くと確かに茜は教室に入ってきており、美羽が茜に声をかける。


「おはようございます。美羽さん」


 茜はぺこりと頭を下げて大樹の隣の席に座る。


「トリックオアトリート!お菓子ちょうだい茜ちゃん!」


 早速美羽が茜にお菓子をせびる。茜はちょっと困ったように微笑んで


「すみません今エクレアしかないんです」

 ?????

「エクレアってあれか?雷の話か?」

「それはフランス語の話です。お菓子のエクレアです」


 数あるお菓子の中で学校に持ってこないであろうお菓子に入りそうなチョイスに美羽と大樹は困惑しながらさも当然のようにコンビニのエクレアをカバンから取り出した茜を呆然と見つめていた。








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