第38話 だから私は……

 息苦しさで目が覚めた。目の前には緑色の布が。ちょうど人肌っぽい安心できる温度にもう一度寝落ちそうになるが


「!!!!!!!」


 咄嗟に口を手で覆ったので声は出ていない。冷静に大樹は自身の脳回路を繋ぎ直していき、昨晩の出来事を思い返していた。


 茜がベッドで寝息を立て始め、しばらくして大樹も眠りに落ちたが、睡眠中大きな音がなった気がする。


 そして目の前で安らかに寝息を立てる少女、佐渡茜だが、大樹は布団の中にいた。そして今も布団を通して床の硬い感触が伝わっている。


 なら、昨日の大きな音。それは茜がベッドから落下した音なのではないか?


 大樹は少し顔を上げて、二人の位置関係を正確に理解した。


 まず大樹は布団の真ん中から少し左にいる。枕に頭を乗せて掛け布団をかぶっている。典型的な睡眠スタイル。


 茜はと言うと、自身の腕を枕にして大樹の頭を包むように体を曲げている。それでも快適そうに寝れているので逆になんかすごい。というかよくベッドから落ちてそのまま寝落ちしたな。


 となると今目の前にあるこの緑の布は茜のお腹あたりだろう。

 そーっと立ち上がり、茜を昨日と同様、お姫様抱っこにして


「寝顔神なんだが」


 普段の少し知的そうな側面は引っ込み、年相応の少女のあどけない寝顔が大樹の網膜を焼き尽くさんとしてくる。


 大樹は彼女をベッドの中央に安置し掛け布団をかけた。スマホを見るとあと一分で六時だ。


(茜が何時起きか分からないからアラーム切っといてよかった)


 この様子だといつももう少し寝てそうだな。そう思った大樹はその間茜の寝顔をガン見していたことに気がつき慌てて首を振りながら布団に戻った。


 その瞬間、鼓膜が破壊されるかと思えるほどの衝撃に襲われた。聞こえたのは猛烈なシャウト。耳を押さえながら大樹はゆっくりとベッドから起き上がる茜をぼんやりと見つめていた。




「すみません。慣れてませんよね」

「茜いつもあれで起きてるの……?」


 朝食時。基本的にどちらも料理をしない大樹と茜は食パンをバターで焼いていた。


 簡単に言えば激しめの歌のサビのカラオケ音源並みの音量。少し離れた大樹が耳を塞いだのに耳元で鳴らしていた茜が平気そうにスマホのアラームを切った時は正気を疑った。


「曲をランダム再生にしているので運が悪かったですね」

「ちなみにいつもはどんな感じ?」


 茜はスマホを操作して机に身を乗り出しそれを大樹の耳元に近づけてくる。


 とりあえず分かったのは、今日は本当にロシアンルーレットが命中したということだけだった。それ以上に視覚に入る情報が鮮烈すぎて大樹の意識はそちらに引っ張られる。


 部屋着だからか少し緩い服装の茜が身を乗り出すと鎖骨あたりの肌がチラリと見える。


 あ、右のあたりにほくろある。結構肌質良いんだな。白いし血色も悪くない。いつかの不健康そうな肌とは大違いだ。


 そんなプチ変態化した思考を戒めた大樹はどうやら音楽を聞かせて満足している茜に気づかれないように視線を戻し


「良い曲だな」

「ほんとにそうですよね」




「お邪魔しましたー」

「あ、ちょっと待ってください」


 大樹が玄関で靴を履いて荷物を持って佐渡家を後にしようとしたら茜が廊下から駆け足で寄ってきた。


「服部先輩から明日の昼過ぎに正門に集合ってきました」

「えっと、ああ、ハロウィンか」


 茜がこくりと頷き


「昨晩のことはありがとうございました」

「いやいや、元は俺が原因だからさ」

「あえて否定はしないでおきます」


 そうして茜は楽しそうに笑った。大樹も笑い返し、そうして門の横にあるドアから佐渡家の敷地を後にした。




 大樹は緩みそうな頬にグリグリと拳を押し付けて、左に足を向けてそのまま一歩を踏み出した。




「ただいまー」


 大樹は靴を脱いでリビングに入る。すると、


「あらあらあらあら」


 侑芽華が口元にわざとらしく手を当てながらあらあら言っていた。


「避妊具を持ってかないなんて悪い子ね」

「そのシチュエーションにならなかったからな」

「あんな可愛い彼女の家に止まって何もないなんて」


 いまだに右手を口元から降ろそうとしない侑芽華を軽く睨んで


「付き合ってないが?」


 それからはもう母親と息子の心理戦だった。結果として無事誤解を解くことができた大樹は荷物を片付けて宿題に手をつけるのだった。




「お母さん?はい。元気ですよ」


 私はお母さんからかかってきた電話に応えています。


『どう?大樹くんのこと落とせそう?』


 最近はこのことしか聞いてこないお母さんにため息をつきながら、


「私大樹君のこと好きじゃないですよ。その、友達とか人としてはすごくいい人だとは思うんですけど思慕の情かと言われるとそうじゃないです」


「私はもう嫌なんです。期待した相手に裏切られるのは」


 だから私は……

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