第37話 「泊まっていきませんか?」
「……ね!大丈夫か!」
何か悪い夢を見ていたような気がします。私はゆっくりと目を開けて、途端にフリーズしました。
天井が見慣れない。そして
「良かった。起きた」
横では心底安堵したような大樹君がいました。
どうやら私が寝ているベッドの周りはカーテンが貼られていて、そしてそのカーテンが開けられ、見たことのある女性が顔を出したことでここが保健室だと理解しました。
保健室の先生は私の様子を見て一言。
「この様子なら大丈夫そうね。もう暗いけど、歩ける?」
私は上体を起こし、前髪が分けられていたことに気づいてさっと直します。先生が残念そうにしています。
私はベッドから降りました。
「にしても、草宮くんなかなかカッコよかったわよ?佐渡さんのことお姫様抱っこで連れてきた時はびっくりしたもの」
「あの状態でおんぶとかはできませんからね」
「オヒメサマダッコ……」
茜が一瞬くらりとしたので慌てて背中に手を当てて支える。
「じゃあ、帰りますね」
「さようならー」
大樹は茜の荷物を持って保健室を出た。
「具合はどう?」
「元気ですよ?」
下駄箱で靴を履き替えながら大樹は茜に話しかける。確かに体は元気そうだ。先ほど気絶していた茜の体温は36.6と普通だったので熱があるとかそういう訳ではないらしい。
だから聞くのはもう一歩。
「何があったの?」
「まだ、話せません……」
「それは俺への信頼の問題?」
「いえ。私自身の心の問題です」
大樹は少し歯痒い気持ちはあったものの、流石に茜自身の問題に踏み込めるはずがなく、しばらく無言の時間が続く。
「でも、大樹君のことは信頼しているので伝えておきます」
大樹は茜に顔を向けなかった。
「もう気づいてるかもしれませんけど、私心的外傷持ちなんです。それっぽく言えばPTSD、一般的にはトラウマと呼ばれるやつです」
「だからふとした拍子にさっきみたいに気絶とかしちゃうかもしれないんです」
顔を向けられなかった。
やはり茜は影を抱えていた。そして、茜が気絶した理由。それはきっと何かを大樹が刺激したからなのだと、自ずと理解できた。
「ごめん。じゃあさっきのは悪いことをした」
「なんで謝るんですか。そんな必要ないですよ?」
「なんでって。茜の脆い部分に土足で踏み込んだわけだろ?」
「人間誰しも触れちゃいけない部分があります。深く関わっていくといずれそれに事故で触れてしまうこともあるでしょう?でも大樹君に悪意はないでしょう。だから大丈夫なのです」
それでも、と続けようとしたら、茜がずっと身を寄せてきた。距離はおよそ十センチほど。
「もしそんなに気にしているなら、一回私の手を触ってください」
そうして手を差し出される。触れるまでもなかった。震えている。
「怖いんです。大樹君が悪くないのはわかってます。でもやっぱり怖いんです」
「だったら……!」
すると茜はふふふと微笑んで
「そういえば今日から、両親共に出張でいないんです。先ほどトラウマ刺激されちゃいましたし、怖くて寝付けなくなるかもしれません」
見れば、茜の手の震えは止まっていた。そして口調は何かを期待するようで……
「今日、泊まっていきませんか?」
色々と準備とか済ませて二時間後、夜九時。大樹は佐渡家にいた。
「今回はまだだいぶ軽い発作だったので少しの気絶で済みました」
「じゃああの手の震えって」
「もちろん演技です」
「謀られた!」
「でも今もちょっと怖いんですからね?」
「それは……」
何も言えない大樹に茜は甘えるように寄ってくる。
「だから、頭撫でてください」
茜の頭に優しく触れて、その髪を手櫛で梳く。
そうそう。先ほど茜のお母さんと電話をすることになったのだが
怒られると思っていた。トラウマに触れたのは間違い無いのだから。
しかし
『大樹くんのことは茜からよく聞いてるからね。茜が気絶した後もちゃんと対処してくれたって聞いたし、別に茜のことを泣かさなければ良いよ』
と、なぜか軽ーい了承をもらったのである。
ちなみに侑芽華は大慌てで色々押し付けてきた。その中には例の10μメートルもあったのでそんなわけあるかとこっそり返品させてもらった。
ちなみに二人は茜の部屋にいる。茜はベッドに入り、大樹は客人用の布団をベッドの横に敷いてその中にいる。
お互い緊張しきっているのは理解しており、どちらも一言も喋らない沈黙が先ほどから続いている。
「あ、あの……」
茜が小さく声をかけてくる。
「どう、した?」
「ヘルファイしませんか?」
「おっけ」
二人でスマホを起動。目に多大な影響を与えるので電気はつける。
「どれやる?」
「対人にしましょう」
「それ絶対俺負けない?」
「頑張ってくださいバッファーさん」
時々茜とする時は基本環境武器を持っている茜がアタッカー、それを大樹がサポートするということが常だった。そんな関係で茜vs大樹をやったら結果は分かりきっているはずで……
「レートXはずるいと思います」
「ずるくないです」
結果、全敗。こちらが一万ダメージ入れる間にあっちは三万ダメージ入れてくるのだ。回避しようにもリーチがとんでもないので避けれない。
お互い疲れたので大樹が電気を消すと
「常夜灯でお願いします」
言われたのでボタンを数回カチカチとならして薄暗くする。どうやらそこの勝手は同じらしかった。
大樹は布団の中に入り、さあ寝ようと目を閉じたが
(好きな女子の部屋でお泊まりとか。寝れねぇ)
緊張や漂う茜の匂いに眠れない大樹だったが、しばらくすると聞こえてきた茜の安らかな寝息のリズムに緊張が解され意識は沈んでいくのだった。
睡眠中大きな音が鳴ったが大樹は気づかなかった。
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