第36話 その傷の片鱗

 翌日の放課後、文芸部室にて。

 週一程度で集まり、いつも本を語らうか本を読むか勉強するかソシャゲをするかの四択な文芸部だが、今回はうるさい。

 本当に、うるさい。


 原因はこの人。


「君たち明日は暇だろう!なら手伝ってもらいたいんだ!」

「いや確かに暇ですし手伝おうとは思いますよ?でも理由がやっぱり理解できません」

「そうです。いくら尊敬する服部先輩と言えど今回のことは私達が勝手に動いて先生に怒られたくないですし」


 生徒会長、服部桐花が部室に押しかけてきたのだ。腰には何故か刀のような物を下げている。

 どうやら柄と鞘がくっついており、抜けないらしくどうやら中も空っぽらしい。

 斬られなくてすんだ。


「むう。では、今からあのハゲに掛け合ってくる!」「結果は後でRIMEで茜ちゃんに送るから待っててくれ!」

「少なくとも校長先生って言いましょ?」


 大樹が抗議の声をあげる頃にはもう部室の扉は閉まっておりドタバタとかける足音が遠くに去っていった。


 今日の日付は十月二十八日金曜日。となると次の登校日は三十一日。


 服部先輩が頼みに来たのはその前日のこと、ハロウィンの準備である。


「にしても学校中にジャックオランタンを飾るって許されるのか?」

「そもそもそんな量のカボチャがあるのでしょうか」


 ハロウィンの飾り付けといえば他にもフェルトのお化けなどが浮かぶ。


 ハロウィンといえば、縁のためにお菓子用意しないとな。アレの悪戯はやばい。


 本来微笑ましいはずのトリックオアトリートが部屋の所有権を維持する戦争と化すのだ。


 具体的にはお菓子を渡さなければ部屋の中に縁の私物がごった返す。


 服とかはまだ可愛い方で、この前は勉強机が丸々引っ越してきたこともある。


 大樹がその絶望を逃れるための策を練っているとおずおずといった様子で茜が尋ねてきた。


「そ、その。そういえば、あの……」

「どうしたそんなに躊躇って」


 大樹が視線を茜に向けると、彼女は持っていた本で顔を隠して(そもそも前髪であんまり見えてない)


「そ、その。美羽さんとお付き合いされたって本当ですか?」

「いや、付き合ってないけど?」

「え?」

「え?」

「いやでも、美羽さんが大樹君に告白すると文化祭一目の夜にRIMEで……」


 大樹はそこでかなり接点あったのかと驚いた。


 本当に理解できないふうに首を傾げている茜だが、理解したふうに相槌を打ち


「もしかして、振りました?」

「ああ」

「その、つかぬことをお聞きしますが、どうして、ですか?」


 これを馬鹿正直に答えて良いのか。もちろんNO。茜のことが好きだと自覚してすぐに行動に起こせるほど大樹のメンタルは強靭ではない。


 そもそも恋愛感情を抱いたのが初めてだというのに即告白できるはずがないだろう。


 というわけではぐらかすしかない。なので大樹は美羽を振った理由の一割を伝えた。


「いや、まあ。俺がいつメンのやつらを性別隔てなく接してたせいか恋愛対象として見れなくてな」


 残りの九割は無論茜のことが好きだから。なのだが言えるはずもなく切る。


「じゃ、じゃあ、大樹君には好きな人いるんですか?」

「っ」


 茜の性格ならここで切り上げて終わると思っていたが、予想だにしない追撃に小さくうめき声を漏らす。


 ここで肯定したらもしかしたら今の茜ならさらに追撃を浴びせてくる予感がした。

 しかし否定したらそれはそれでこれからの茜との関わりに障害をきたす可能性があった。


 考えろ。考えるんだ!草宮大樹!

 大樹の思考は過去最速で周り続け、何パターンものシナリオを読み切り、その中で最善と捉えた言葉を使う。


「そういう茜は好きな人いるのか?」


 結果、超テンプレ。

 しかし、そんなテンプレ質問であっても大樹の心境は大きく揺らいでいた。


(頼む!居ないでほしい!)


 それはつまり大樹に恋愛感情を抱いていないと同義であるのだが、いないのなら大樹に可能性が生まれる。




 神は大樹に微笑んだ。意味深な微笑みで。


「いや、今は……いないですね」


 その言葉に大きく安心して忘れていた呼吸を取り戻した大樹だったが、先ほどの発言で気になるところがあった。


「今は、ってどういうこと?」


 すると、先ほどから俯きがちだった茜の頭がさらに下がり


「……気になってる人がいます」

「なっ」


 すると茜はちょっとだけ顔を上げた。そして


「時々、思うんです。その人なら私を助けてくれる。また、光を見せてくれるって」


 大樹の心はざわついていた。それは目の前で好きな人が気になっている人の話をしている嫌悪だけでない。と言うか、この状況でそんなことを気にしている場合じゃない。


「茜、大丈夫か?」


 大樹は立ち上がり、茜のそばに近寄る。


「大丈、夫です……」

「おい!しっかりしろ!」


 彼女の息はだんだんと浅くなり、チラリと見えた額には玉汗が滲んでいる。そして


「うっ」


 椅子がガタリと揺れ、彼女は椅子から崩れ落ちた。

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