第40話 豆は鳩鉄砲を食らうか

「溶けてもないし普通に美味しい!」

「保冷バッグにお弁当と一緒に入れてますので」


 すると美羽が何かを思いついたように手を叩き、そして……




「なあ、あれってどういう状況?」

「わかんね。でもなんで佐渡が柊木と昼飯食べてるんだろ」

「なんか弱みでも握られたのかな」


 居心地が悪そうに髪の奥で視線を彷徨わせている茜を遠目に見ていた大樹は楓哉にバレないようにその言葉を放つ男子生徒に敵意をぶつけた。


 とは言っても武術の達人でもなんでもない大樹が気を操れるはずもなく、単純に


「大樹?何に怒ってんの?」

「い、いや。なんでもないが」

「いや、この大樹は怒ってる。原因は……あれね」


 楓哉にバレた。そして、ぶつぶつと


「となると大樹の好きな人って……」

「なんだ」


 その男子生徒たちに向けた敵意の半分をそのまま楓哉にぶつける。 


「いや怖い」


 すぐに引っ込める。楓哉はそれに気がついたのかついてないのかしばらく考え込むようにして、スマホを取り出してなにやらフリック入力を始めた。


 その数秒後、美羽がこちらを見て手招きをする。大樹はきっと先ほどメッセージを送ったであろう楓哉の背中の中心を小突いた。


「痛っ!」




「私これ迷惑になってませんか?」

「なってないから安心しなはれ茜ちゃん」

「うんうん。もし仮に迷惑だったらそもそも美羽が行かない」

「まあ俺らの中で1番めんどくさがりだからなー」

「まああえて否定はしないわ」

「みんなひどいよぉ」


 そんなわけでいつメン+茜でお昼を食べることになった。そして茜は相変わらず居心地が悪そうにしている。


 しかし特に喋ることがないので黙々と各々の弁当をつついていると、ふと皐月が茜に尋ねた。


「ねえ佐渡さん」


 茜は体を小さく震わせてから皐月の方を見た。


「なん、でしょうか?」


 皐月はしばらく大樹の方を見てから


「うちの大樹と美羽と仲良くしていただきありがとうございます」

「皐月は誰目線なのそれ」

「美羽はともかく俺は皐月の子供じゃない」

「あたしも違うんだけど!?」

「そうね。ごめんなさいね……大樹」

「あたしは!?」

「でも美羽さんはいつも元気なところが美点だと思います」

「「「それは間違いない」」」

「みんな大好きー!」


 常に賑やかな美羽はクラスのムードメーカーの立ち位置にあり、そのおかげでクラスのつながりが強固なものになり、入学早々あった体育祭でも彼女のおかげで大樹のクラスは他より明らかに強い結束を見せ優勝したのだ。




 美羽は茜の弁当箱の中身を見て目を輝かせ、茜はそれに気づき恥ずかしそうに目を泳がせている。最近茜に慣れてきたおかげか髪の下から彼女の目線が分かるようになってきた。


 あ、こっち見た。大樹は目をチラリと合わせると茜は先ほどより慌ただしく目を泳がせた。


「茜ちゃん。その卵焼きとこっちの卵焼き交換しない?」


 美羽が茜の薄い黄色の卵焼きに目を輝かせている。


「へっ、あっ、別に良いですよ?」

「わーい。茜ちゃんありがと!」


 茜は弁当の蓋にその卵焼きを置き、美羽の前にそっと突き出す。美羽の箸がそれを掴み、口に運ぶ。しばらくもぐもぐしてから恍惚の表情で飲み込んだ。


「なにこれ!あたしの卵焼きの常識を良い意味で覆してきた!めっちゃ甘い!」

「……ありがとうございます」

「あたしのもあげるね!でも、ちょっとしょっぱいかも……」


 弁当の蓋に載せられた茜のものより黄色が濃く焼き色も付いている美羽の卵焼きを茜は恐る恐る口に運び、その小さな方がそれを飲み込んだ。


「おいしいです。しょっぱいものも良いですね」

 



 異変に気づいたのは皐月だった。彼女は教室のドアの方を見やり、眉を顰めた。


「どうかしたの?」


 楓哉が様子の変な皐月に尋ねると、見てみなさいと。四人もそちらに視線を向けると、


「なんなんだあいつら」

「いや、気のせいにしておきたかったけどあれは明らかになんかあるやつね」


 ドアの陰からチラチラと顔を出してこちらを見る三人ほどの他クラスの女子達に訝しげな視線を向けた大樹は机に体を戻し、


「別に何も実害ないからオッケーじゃない?」

「呑気ね」

「呑気だね」

「呑気だー」

「否定はしません」

「なあ茜それどっちに言った?」


 大樹は茜に視線を向けると茜は大樹を見て、


「大樹君と一緒で、別に何もないから放置でいいと思います」

「茜もこう言ってるから……」


 大樹は三人に目を向けて


「どうした。三人とも豆が鳩鉄砲食らったみたいな顔して」

「鳩鉄砲ってなんだよ。それより」


 楓哉は大樹と茜を交互に見てから


「大樹と佐渡さん名前で呼び合う仲なんだ」

「そう……ですね……」


 茜は緊張で爆発しそうになりながらも肯定したが、大樹はスッキリとしたような顔で


「いやいや、みんな知らないだけで茜とめっちゃ仲良いからね俺」


 一応この島から外には聞こえない声量で伝える。

 そして大樹は茜と撮った唯一の写真、サイズリアでの写真(茜のワンピースだけ)を見せて


「これ茜だよ」

「あたしは気づいてたよー」

「さすが大樹のことをよくみてきた女だ。面構えが違う」

「もうっ!好きな人のことをずっと考えるのは普通だよー」

「俺は結構気にしてるんだからな……」


 そして五人の平和な昼食は過ぎていった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る