第62話 新年の始まり
(なんでそんなに敵意を向けられるんだ!?)
大樹は彼の持つ剣幕に一歩後ずさる。初対面の相手に向けられる筋合いのない敵意に大樹は意味がわからず
「どうしたんですか?」
とりあえず質問をしておいた。謝ったらそれこそ彼、啓さんから更なる敵意を向けられるだろうから。
啓さんはあからさまに眉を顰めて
「大樹君。君は茜の過去の話について知っていると思う」
「詳細は存じていませんが茜さんがどのような状態にあるのかは本人に教えてもらいました」
「それが何を原因としているか知っているか?」
大樹はこれを言うべきか憚られた。しかし嘘はいけないと思い
「今まで彼女と関わってきて考えた僕の推測ですが良いですか?」
「良いぞ。その様子だとほぼ確信まで得ていそうだが」
「茜さんは中学時代に恋愛ごとでトラブルがあったのではないですか?」
「そうだ。だから僕は君を警戒している。茜に近づく男子をあまり信じられない」
そう伝えられて先ほど向けられた敵意の理由を大樹は大きく納得した。
もし大樹が啓さんの立場ならそうしただろう。
大樹は小さく頷き
「僕のことを信じてくださいとは言いません。ですが……僕は茜さんを支えたいと思っています」
真摯な表情。啓さんは大樹のその姿にぎょっとしたようにその細い目を見開いた。
「君、まさか……」
「……あんなに魅力的な女の子他にいないでしょう?」
啓さんは驚愕の表情を少しずつ険しくし、ため息をついた。
「……ふむ。確かに君は茜を支えてくれるつもりなのだね。ありがとう。でも、僕や妻が数ヶ月かけても救えなかった娘を君がなんとかできるとは思えない」
啓さんは茜のことを強く思っているのだろう。だからこそ大樹を警戒している。
ただ、啓さんは一つ思い違いをしている。大樹の芯の強さ。やると決めたら最後までやり通す精神力。
「僕は、いや、俺は救いますよ。あなた達が数ヶ月かけて無理だった。だとしたら俺はどれだけの時間をかけてでも茜を救います」
啓さんは再び目を見開き、そして今度は右の口端をニヤリと吊り上げて
「そうか。これで茜の将来も安泰か。だが孫の顔を見せるのは早くても七年後にしてくれ」
その言葉に大樹はとんでもないことを口走った事に気がつき全身を硬直させたのであった。
十二月三十日午後六時。大樹は隣町にある焼肉チェーン『焼肉帝王』にやってきていた。
皐月が計画した忘年会の場所がここだったのだ。
結局この集まりに参加した人数は三十人ほど。クラスが四十人なので十人ジャストで欠席している。
その理由として『お正月に向けて帰省中』とか、最近風邪が流行っており『インフルに罹った』とか。そんな感じであり、現に楓哉はインフルで高熱を出して自宅で寝込んでいる。
彼はなんだかんだでこの忘年会というものをとても楽しみにしていたのでかわいそうとは思う。なんたって皐月がいるからな。
「えーっ、と。今日は集まってくれてありがとう」
団体用の部屋の中はざわついているが皐月の言葉で静かになる。当の皐月は立ち上がってみんなの顔をぐるりと見渡す。
「冬休みいかがお過ごしで?楽しんでる?異常に多い宿題はどう?」
宿題のところだけ生徒からブーイングが入る。
「今インフルでぶっ倒れている楓哉はどうやら全く宿題に手をつけていないそうね。一体彼は何をしていたのかしら」
ここで小さく笑いが起こる。
皐月はトークスキルに長けている。間を読み空気を読み表情を読む。そこに彼女の頭脳が合わさることでクラスを引っ張っていく強力なリーダーシップを発揮する。
そんなクラスのリーダーはおもむろに飲み物が入ったコップを掲げた。
「では、今年の嫌なことを全て忘れて来年に備えましょう、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
かちゃんかちゃんとコップがぶつかり合う。
美羽のコップと大樹のコップがぶつかり音を奏でる。横から光希のそれも参戦する。
横に座る茜も控えめにコップを掲げていた。それに大樹はコップをこつんとぶつけた。
───────
楽しい時間というのはすぐに過ぎていく。気づけば冬休みも終わっており大樹は久しぶりに登校した。
「おはようございます大樹君」
自席に着くと茜がぺこりと頭を下げる。やはり茜は冬休み前と同じように少しだけ髪を分けて目元を見せている。
「おはよう茜。久しぶり」
「確かによく考えたら忘年会以降会ってませんね」
「県外の祖父母の家にいたからなー」
「確かに写真が送られてきましたね。那智の滝でしたよね?」
「そうそう。久しぶりに見たけどやっぱり圧巻だった」
「落差120メートルくらいでしたっけ?なかなか覚えてないですね」
他愛のない会話を続けながら大樹はリュックの中から筆箱を取り出して机に置く。リュックを床に下ろす。
その時に廊下の方から感じた視線に興味を持つこともせず大樹は茜と小さな声で雑談に興じるのであった。
そして───────波乱の三学期が始まる
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